無限遠点 ※臨也さんが女々しいかもしれない |
それが、今から三月ほど前のことだ。 結論から言うと、静雄はハロウィンを綺麗さっぱり忘れ去っていた。 一日の仕事を追え、コンビニで適当な弁当とプリンを買った。本当ならすぐに眠ってしまいたかったが、惰性で口に詰め込んだ夕食の後、簡単にシャワーを浴びて風呂上りにプリンを食べた。 日付が変わる前に布団にもぐりこんでまどろみかけていたところに、来訪者を告げるインターフォンが鳴り響く。ドアの前で真っ黒なマントに身を包んだ男の姿を見ても、まだ臨也の意図をはかりきれず首を傾げたほどだ。 「トリック・オア・トリート」 彼がとどめの一言を放って、ようやく眠たげにしょぼつかせていた目を見開いた。 その反応で、静雄が今の今まで「約束の日」を忘れていたことはもはや明白だった。臨也は黙って静雄の安アパートに足を踏み入れ、冒頭の台詞を吐いたというわけだ。 「まったく、君の頭の中にはおがくずでも詰まってるの?たった数ヶ月前の約束も覚えてられないなんて」 嫌味に返す言葉もなく、静雄は黙って臨也の顔を睨んだ。ここで言い訳すれば、彼の小言が二倍三倍に膨れ上がることは分かっていた。 「……悪かった」 「聞き飽きたよ。形ばっかの謝罪より、シズちゃんには相応の罰ゲームでも受けてもらった方が、いっそ為になるんじゃない?」 「罰ゲーム?」 「言ったでしょ。“いたずら”だよ」 臨也は怒りを覆うように作り物の笑みを浮かべ、手にした紙袋を静雄に押し付けた。 「……これで満足かよ、この変態野郎」 精一杯の虚勢を張る静雄を眺め、いたずらの首謀者は子供のように手を叩いて笑った。 頭にはフェイクファーで作られた犬(臨也曰く、狼だが)の耳、首元には真っ赤な首輪を締めただけの静雄の格好は、一言で言うと滑稽でしかない。 素っ裸に首輪といういでたちだけでも相当に恥ずかしいが、頭の上にちょこんと乗っかった獣の耳が余計に情けなさを醸し出している。いやらしく目を細める男の視線から逃れるべく、静雄はベッドの上にどかりと腰を下ろした。 「うん、似合ってるんじゃない?」 「くそ、似合ってたまるか」 非難をこめた視線で臨也の顔をにらみ付ける。自分がこんな馬鹿みたいな仮装(?)をさせられているというのに、当の臨也はしっかりと衣服を身に纏っている。いつものコートではなく、いわゆる“吸血鬼”の装束だ。それがまた無駄に様になっている分、余計に己の惨めったらしさが際立つようで腹立たしい。 首元のリボン結びを解き、肩に羽織っていたマントを床に落とすと、臨也もベッドへと乗り上げた。肌寒さにうっすらと粟立った背中をなぞりあげる手つきに、静雄は思わず身震いを返す。 「まさか、この格好のままヤるつもりじゃねえだろうな」 日本人にとってハロウィンなど仮装して騒ぐだけの、コスプレイベントに過ぎない。宗教的な意味合いも何も無い、ただのお祭りだ。 だから、臨也の意図はなんとなく透けて見えるのだが――静雄からしてみればいい迷惑でしかなかった。引け目があるからこそ、おとなしくこんなばかばかしい仮装ごっこに付き合ってやりもしたが、簡便してほしいというのが本音だ。 「まさか」 臨也は細めてた双眸をわずかに見開くと、静雄の胸を力任せに突き飛ばした。ベッドに仰向けに沈んだ薄っぺらな身体に乗り上げ、半開きの唇にかぶりつく。 反射的に閉じかけた唇を割って開き、舌先をもぐりこませる。喉の奥に錠剤を突っ込み、そのまま荒っぽい口付けで唇を塞ぐと、静雄は観念した様子でそれを嚥下した。こくりと上下した喉仏を確認し、臨也は満足げに顔を上げる。 「その仮装、まだ中途半端だし」 唾液にぬれた唇を指先でなぞり、「それに」と言い添えた臨也は、ベッドサイドに放りっぱなしの紙袋から、あるものを取り出した。 犬耳と同じ毛色の束を見て、狼の尻尾だろうと静雄は判断する。素っ裸の自分に、どうやって取り付けるのかと訝しげに眉をひそめた静雄の表情は、みるみる青く染まっていった。 「手前、それ……」 勢いづけて起き上がりかけた身体は、数センチばかり浮き上がって再びベッドシーツに沈んだ。強い酒をしこたま飲んだ後のような奇妙な酩酊間が、静雄の身動きを封じる。 「躾のなってない犬には、お仕置きが必要だもんね?」 あらぬところを這いずり回る指の感触に、静雄は骨ばった腰をひくひくと震わせた。 ローションのぬめりをたっぷりと纏った指は、はしたなく収縮を繰り返すアナルの入り口だけを浅く抜き差ししている。時々思い出したように爪の先でひっかかれ、そのたびに静雄は情けない悲鳴を上げた。 媚薬か、弛緩剤か。臨也に飲まされた薬がどういった類のものなのか判然とはしないが、身体の奥深いところが疼いて仕方がなかった。 四つんばいになった手足がガクガクと震えて、身体を支えることもままならない。ろくな愛撫も与えられていないというのに、静雄のペニスはだらだらと先走りを零して震えていた。 羞恥を煽る己の格好と、わざとらしい“おあずけ”の繰り返し。何より薬の効果がじくじくと身体を蝕み、このままでは一人で勝手に果ててしまいそうだ。それなのに、臨也は一向に次のステップに進む気配を見せない。たまらずに、自ら腰を押し付けるような形で、細い指を中ほどまで飲み込んでやる。 「こら、ちゃんと脚立てて」 乾いた音を立てて、尻たぶを叩かれる。じんと広がる鈍い痛みさえも、今の静雄にとっては快感に摩り替わった。 「っ、はぁ、……んッ!臨、おくっ、挿れ、ろって…ッ」 こんな風に理不尽に身体を暴かれて心底腹が立つというのに、その怒りさえも愉悦に塗りつぶされてしまう。恥じも外聞もなく強請ると、臨也はいたずら半分に埋めていた指をあっさりと引き抜いた。 いつだって、臨也は自分に甘い。静雄自身にも、甘やかされているという自覚はある。喧嘩をしても、最後まで意地を張りとおす自分に、しぶしぶとだが引き下がるのは臨也のほうだ。 セックスにしたってそうだ。ねちっこい前戯に根をあげれば、彼はすぐに望むものを与えてくれる。キスを強請れば、しまりのない顔でそれに応えてくれる。 「あ……ッ、ひ、ぃッ?!」 ひくつくアナルに硬く昂ぶったものを押し当てられ、やっとこの羞恥から開放されると安堵したのもつかの間。身体の力を抜いた一瞬の隙をつき、臨也は入り口に押し当てたものをずぷりと静雄の中に押し入れた。 それが臨也のペニスでないことに気づいた時には、異物を半分以上飲み込んだ後だった。ひやりと冷たい感触が、熱っぽい内壁を掻き分けて静雄の身体を容赦なく押し開いていく。 「は、っァ、なに、……あぁッ、ん!」 ベッドシーツをきつく握り締め、迫り来る圧迫感に耐える。短い呼吸を繰り返し、小刻みに震える静雄の背中に口付けを落としながら、臨也は「あと少し」と囁いた。 すっかり敏感になった内側を無機質な塊が擦り上げるたび、静雄の口からは掠れた嬌声が上がった。滑らかな毛束が太股に触れ、ようやく全てが納まったことを理解する。 「よく似合ってるよ」 仮装衣装の吸血鬼にでもなりきっているつもりなのか、汗ばんだ首筋にやわく歯を立て、臨也が満足そうに呟いた。 「狼男っていうよりは、やっぱり犬だけどね」 そうか、これは狼男の仮装だったのか。静雄は、今さらのように納得した。 ハロウィンにかこつけた、ただの嫌がらせだとばかり考えていたが(事実、半分近くは嫌がらせなのだろうけれど)この日を楽しみにしていたであろう臨也を思うと、なけなしの良心がちくりと痛んだ。 カチリという音と共に、静雄の中を犯すバイブが振動を開始した。ふやけきった思考は強烈な快感の波に攫われ、あっという間にぐちゃぐちゃに絡まってしまう。ベッドに上体をつっぷしたまま、静雄は成す術もなく快感の渦に飲み込まれていった。 「んぁ゛ッ、ぁっ、あぁ!は、ッひ……っ」 シリコン製のそれは、抉るようにうねりを交えて、敏感になった内壁を容赦なく擦り上げた。いつもなら慎重に時間をかけて愛撫される前立腺をゴリゴリと押し上げられ、意図せずとも腰が揺れる。 臨也は何も言わず、黙って恋人が乱れる姿を見下ろしている。汗を含んで束になった静雄の髪を指ですき、赤く色づいた耳にキスを落とすが、それ以上の接触はない。 「結局シズちゃんは、気持ちよければ何でもいいんだよね。まるで本物の獣みたいだ」 自嘲気味に呟かれた臨也の問いに、静雄は首を振って懸命に抗った。 違う、欲しいのはこんな物じゃない。燃えるように熱い身体に反して、頭の中は酷く冷静だった。 こんな形ばかりのイベントに何の意味がある?自分にとって重要なのは、そんなものじゃない。いつだって求めて止まないものは――。 「だから君にとっては、思い出もイベントも無価値なものなんだ。必要なのは自分を満たしてくれる存在。相手は誰だって良い」 とどめの一言に、静雄の中で何かが切れた。それは、普段あっさりと千切れる堪忍袋の尾とは全く別のものだったが、彼の理性を弾けさせるといった点では同じような代物と言えるかもしれない。 震える指先で尻尾の毛をひっつかみ、一思いに中から引き抜く。ローションでべとべとに濡れたバイブを床に放り、間髪いれずに臨也の襟首を捻り上げた。 「っ、…好き勝手なこと、抜かしてんじゃ、ねえ」 怒りと欲とを混ぜこぜにした瞳は、臨也の顔をまっすぐに見据えていた。乱れたベッドシーツの上に無抵抗な身体を叩き付け、その上に馬乗りに跨る。 物言いたげに開いた唇に自らの唇を重ね、静雄は臨也の言葉を強引に飲み込んだ。角度を変えて何度も舌を絡ませながら、きっちりと着込まれたままの服を乱していく。 パンツの中から取り出した臨也のペニスを掌の中で擦り上げ、先走りの滲んだ先端をアナルにこすり付ける。 「ちょ、と…シズちゃ、――ッ」 性急すぎる行為ではあったが、バイブで押し広げられた静雄の入り口は、怒張した男根を易々と飲み込んだ。 作り物のそれとは違い、繋がりあった部分から滲む熱にひどく安堵する。無意識に添えられた腰の手に自らの掌を添えて、静雄はゆっくりと腰を揺すった。 「っ、ふぁ、あ、ん……っ」 出し入れを繰り返すたびに、結合部から濡れそぼった音が零れた。ほんのりと朱の滲んだ顔を満足げに眺め降ろし、静雄は上体をかがめた。 「…っ、多分、俺は…記念日なんか、何回祝ったって…っ、わすれる、ぜ」 誕生日も、クリスマスも。付き合って何年だとかいう日だって、静雄にとっては日常の一部でしかない。 臨也にとってどれほど大切な一日だろうと、静雄にとってはなんてことはない平凡な一日に過ぎないのだ。その価値観の違いは、きっと努力でどうこうできるものではないのだろうと思う。 悲しげに伏せられた瞼にそっと唇を押し当て、静雄は臨也の身体を抱きしめた。抱き壊さないよう、慎重に。 「俺にとっては…、昔のことより、今の方がずっと大切なんだよ」 臨也と過ごすこの一分一秒が、キラキラと眩しくて。過去にうつつを抜かしてる暇なんかない。それを伝えたところで、この男は何度だって記念日を祝うのだろうけれど。 つまるところ、自分達ふたりはどこまでいっても正反対なのだ。静雄は苦笑いを浮かべた唇で、臨也にそっと口付けた。 無限遠点 ← ![]() ハロウィンにかこつけたケモ尻尾プレイでした。 (2013.11.11) |