据え膳食わぬは何とやら。
※萌茶にて書かせて頂いたもの
昔の言葉にあるじゃない?据え膳食わぬはなんとやら……ってさ。女のほうから言い寄ってくるのを受けないのは男の恥。そう、目の前に居るのが池袋最強と噂に名高い怪物であろうと、そいつは間違いなく俺の「女」なわけで(ああ、でもシズちゃんはこの表現をすごく嫌うけれど)
曲りなりにも恋人である男が、コップ一杯のビールでデロデロに酔っ払って、いつもはきっちりと着込んでいるシャツの前を大胆にも開いて。真っ赤な顔をしてベッドにしなだれていれば、手を出さない道理はない。
たとえ酒の中に睡眠薬が入っていようと、媚薬が入っていようと、この際そんなことは関係ない。ガードが固すぎる恋人と一線を越えるべく、こんなベタベタな手法で獣の牙を抜くなんて、我ながら実に滑稽な話ではあるが。
長年の因縁に加え、プライドだけはエベレスト級のシズちゃんを口説き落としていたら、たぶん俺もこいつも爺さんになってしまう。かといって、力でどうこう出来る相手でもないのがことさら厄介なのだ。
「シズちゃ〜ん……?」
だらしなく半開きになった口元を人差し指の先でつんつんとつつくと、彼は赤子がむずがるようにもぞもぞと身じろぎをしてベッドの上を一回点半転がった。その拍子にはだけたシャツが全開となり、ほの赤くそまった胸元が白熱灯の元に晒される。
吸い込まれるように手を伸ばして、シャツの襟をかいくぐった指先で滑らかな鎖骨をするりと撫でた。しっとりと汗ばんだ肌は、手のひらに吸い付くように馴染む。
「ほんと、どういう身体してんだか」
彼の身体は、どれだけ切り刻んでも、少し時間がたてば傷跡は綺麗に消えてなくなる。ナイフは五ミリしか刺さらないくせに、触れれば存外にやわらかく、そして暖かい。
ベッドに乗り上げた拍子に、安いスチール製の骨組みがぎい、と軋んだ。真っ白なシーツの上に散らばった金髪に鼻先をうずめて、肺腑の奥の奥にまでその香りを吸い込む。安っぽいシャンプーの芳香に混じる、タバコの香り。決して良い香りとは言いがたいというのに、俺の下半身はにわかに熱を帯びた。
上半身を無遠慮に撫で回していた右手で、赤く色づいた耳元の毛をそっと掻き揚げる。形の良い耳介を唇で食み、淵をたどるように舌先で愛撫すれば、細い肩がひくりと震えた。
「は、シズちゃん……」
うなじを辿って、首筋に食らいつく。うっすらと残った歯型も、きっと明日には残っていないのだろう。
「ん、…ッぅ、」
噛んで、舐めて、吸って。あちこちに跡を残すたびに、シズちゃんの身体は面白いぐらいにびくびくと跳ねる。触れられることを期待するかのようにぷっくりと立ち上がった乳首に、唇が触れると、酒気を帯びた吐息が「いざや」と囁いた。
「ねえ、起きてるんでしょ?」
硬く瞼を下ろしたそこに、触れるだけの口付けを落とす。
しばらく反応をうかがうも、彼はまだ狸寝入りが通ると思っているのか、わざとらしく寝息を立ててみせた。
「ふぅん……。まあいいけど」
俺が何をしようとしていたのか、君が気づかないはずないもんね?全部分かってて、それを口にしたんだろう?
据え膳食わぬは何とやら、だよ。シズちゃん。俺は君の誘いに乗ってやったにすぎない。
だから、遠慮なんてしてやらない。
「いつまで寝たふりが出来るか、楽しみだね」
囁きかけた耳元は、先ほどよりも真っ赤に熟れていた。









5/18の萌茶にて書かせて頂きました。

素敵な小説が次々投下されていって自分が書くことをすっかり失念していたため
いつも以上のがっかりクオリティではありますが、楽しかったです!


(2013.5.31)







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