Till death do us part ※ちょっとだけ痛々しい描写有り |
普段のシズちゃんは、今まで通り。本当に残酷な程に、今までと何一つ変わらない。 相変わらず口は悪く、俺とまともに会話しようものなら喧嘩が勃発したりもする。不器用で真っ直ぐで馬鹿で単細胞な、あの平和島静雄のままだ。あの日を境に、彼の中から暴力というカテゴリーはごっそりと抜け落ちてしまったものの。それ以外の部分だけを見れば、傍目からは彼の抱える異常性は垣間見る事などできないだろう。 「シズちゃん、ちゃんと薬飲んだ?」 「……のんだ」 「嘘。またトイレに流したんでしょ」 新羅から処方された薬は全部で4種類ある。彼は気まぐれに薬を飲んだり飲まなかったりするので、症状が悪化する事もしばしばだ。 シズちゃんのこの症状には全くと言っていいほど前触れがない。言い訳になってしまうかもしれないが、今日は彼の精神状態も比較的安定して見えた。安定剤を飲ませ続けているため、日のほとんどを眠って過ごす彼の安らかな寝顔を確認して、俺は遅めの朝食を摂りながら仕事を開始した。 波江が居なくなってからというもの、事務処理関連が溜まりに溜まってしまっているのだ。仕事量は減らし、極力自宅で出来る範囲の案件しか引き受けないようにしているが その分スケジュールの管理面では中々苦しい。躍起になってパソコンと向かい合っていた事が仇となってしまったようだ。 ち、と短く舌打ちを打つ。彼に向けてではない。自分自身の迂闊さに対するものだ。 「……悪ぃ」 思わず眉間に皺を作った俺の横顔を見て、シズちゃんは抑揚のない声で呟いた。 まるで機械と喋っているようで、背筋が寒くなる。間近で覗き込んだ瞳は何も映してはおらず、ただ虚空を見つめていた。陽の光から遠ざかった不健康そのものに青白い肌と対比的に、明るく脱色した髪だけが妙に浮き立ってみえる。 まるで、そう。ゼンマイ仕掛けの人形を相手に喋りかけているような。そんな不気味さが、ねっとりと全身に纏わりつく。巻き取られたネジが伸びきって、いつか彼が動かなくなってしまうのでは――。そんな恐怖にすら駆られた。 だから俺は、彼のゼンマイを巻き続けるのだ。例えシズちゃんがそれを望んでいようといなかろうと。 「……おいで」 返答を待たずに俺は椅子から腰を上げた。 * * * 「う、ぁっ、ぁ……!ひッん、っ……う、あ゛ぁっ!!」 耳に突き刺さる嬌声は決して甘やかなものではなかった。聞いている俺の方が滅入ってしまいそうな、辛く苦しい声。 細い紐で締め上げられた気道は圧迫され、呼吸を繰り返す事すら苦痛を伴うだろう。後ろ手に拘束した腕は、赤紫に変色してしまっている。 男性器を模したシリコン製の玩具は、彼の内臓を突き破る程の勢いで振動を続けていた。バイブは前立腺を容赦なく刺激するよう調整してある。普通であればあっという間に絶頂へと上りつめ、反射的に射精へと導かれるだろう。しかし、シズちゃんの性器には細い紐を幾重にも巻きつけ、簡単には欲を排出できなようにしてある。 言っておくが、俺に射精管理なんて趣味はない。玩具も紐も、全てシズちゃんが望んでしていることなのだ。 「あ!あぁ、ぅッ……はぁ、あ!ああぁ!」 トロトロと先走りを流し続けるペニスの先端に麺棒を押し当て、入り口を塞ぐようにじわじわと尿道の中へと挿入していく。弓なりに背中を逸らせたシズちゃんは、身体を捻って俺の手から逃れようともがいた。 「あぅ、ひ、……も、や!あ゛ッ……」 「駄目。許してあげない」 「……い、ざぁッ…………く、はっ…ァ!」 許さない。 その一言を口にすると、シズちゃんは口元に微かに笑みを浮かべた。彼が余りにも綺麗な顔で笑うから、俺は泣き出しそうになった。 シズちゃんが俺に何よりも求めているのは、慰めなどではない。その証拠に、手酷く扱えば扱うほど彼は満たされた顔をした。 「……ん、ぐっ、ぅ、……ぁあ!」 痛みを、苦痛を、陵辱を。それだけが、今の彼を唯一癒すことができる。 この行為に愛だなんてものは微塵も含まれてはいない。少なくとも、シズちゃんはそう思っているはずだ。これは自傷行為の代わりでしかない。彼が自らの皮膚を裂いて血を撒き散らす事と同じ。こうして適度に苦痛を植え付け続けなければ、きっと彼は自身の手首の血管を噛み千切るぐらいの事はしてのけるだろう。 「ごめ、…っ、ごめんな、さ……あぅ゛!あぁッ、っひ……!」 甘く優しく彼を抱けたら。そんな空想を浸った事がないわけではない。けれど、きっとシズちゃんはそんな事を望んではいない。自分の幸せを、彼は決して許しはしないだろうから。 「あ、ひッ!や、いざ、…いざやっ…うぁ……壊れ、っる……ッ!」 痙攣を続ける身体を強く抱きこんで、耳元でそっと呟く。 「……良いよ。さっさと壊れちゃいなよ」 シズちゃん、君は残酷だね。 本当は俺の気持ちに気づいているんでしょ?その上でこの役回りを俺に与えたんだとしたら――――。 弛緩していく身体を受け止めて、俺は唇を噛んだ。 * * * 呻き声にも近い嬌声で埋め尽くされていたベッドルームはしん、と静まり返っている。くったりとベッドに沈み込んだシズちゃんの身体を、堅く絞ったタオルで黙々と清めていった。涙と涎と汗とで見るも無残な顔を拭って、腹の上に飛び散った精液を擦り取る。時間が経って乾きかけたものは、ぬるま湯に浸したタオルを被せておいた。 「うわ、相変わらず派手にやったなぁ……」 紐の痕がくっきりと残った腕を取って、爪先に視線を落とすと、そこにはやはり凝固した血の塊がぎっちりと詰まっていた。 血まみれの手首に簡単に消毒を施して真新しい包帯を巻きつけた。続いて爪の中で赤黒く変色した汚れを綺麗に落とし、いびつな形をした爪にやすりをかけていく。 シズちゃんの爪を切るのは、俺の役目のひとつだ。しかし、爪切りで切ったままにしておくと、とがった部分を肌に引っ掛けて今回みたいな流血騒ぎを招いてしまう。今度からは、もう少しこまめに手入れしてやらないとな、と心に誓った。 「…………っ」 ぱたり、シズちゃんの白い手の甲に雫が落ちた。 それが自分の涙だと気付くのに、そう時間は掛からなかったけれど、俺は見ないふり決め込み、目尻に溜まった涙を指先で拭った。 「……シズちゃん」 後から後から流れ出す涙で、シズちゃんの顔がぐにゃりと歪む。耐え切れなくなった俺は、両手で顔を覆ってひっそりと嗚咽した。 「……ごめん…ね」 分かっている。この涙が全てを物語っている。俺は本当は気付いているんだ。こんな事、長くは続かないんだってこと。 死にたがっている彼を生かして、自分のエゴを押し付けているのだとういうことすらも。 「……泣いてん、のか…?」 俺の膝の上で力なく投げ出されていた手が、濡れた頬にそっと触れた。 いつの間に意識が戻ったんだろう。指の隙間から覗くと、シズちゃんは困ったように眉尻を下げた。 「ごめん、な」 俺の大好きな低くて艶のある声。少し掠れてはいるけれど「ああ、シズちゃんの声だ」と俺は安堵した。性懲りもなく溢れそうになる涙をぐっと飲み込んで、彼の冷えた指先にそっと指を絡めた。 「シズちゃんなんか、……大嫌い、だよ」 いつかきっと、俺が君の願いを叶えてあげる。だからどうか、今だけは――――。 「……奇遇だな。俺もてめぇが大嫌いだ」 赤く腫れ上がった目元を緩ませたその表情は、かつての彼を思い起こさせる、とても優しい笑顔だった。 死が二人を分かつまで ← 毒林檎様リクエスト。 『監禁設定で、臨也が静雄の身の周りの世話をやく。 自傷癖のある静雄が臨也に依存していく話』……という大変滾るリクだったのですが。 出来上がったものを読み返してみたら、どちらかというと依存しているのは臨也な気がorz きちんとリクエストに添えたか不安ではありますが、毒林檎様に捧げさせていただきます(返品可) 企画にご参加ありがとうございました! (2011.10.6) |