朝の戦争
※臨也と静雄が半同姓中
無駄に甘い
そよそよと心地良い風がカーテンを揺らす。
隙間から漏れる日差しがチカチカと瞼の裏を刺激して、たまらずに顔を顰めた。サイドテーブルに手を伸ばし、何となしに目覚まし時計を目の前に持ってきた俺は、心地よい寝起きのまどろみから一転。一瞬にして現実に引きずり戻された。
「やっべぇ……」
7時35分。やっちまった。
さぁ、っと顔から血の気が引くのが自分でも分かる。今月に入ってもう3回目だ。さすがに社会人としてまずい。目覚ましが壊れていないところを見ると、アラームを止めた犯人は俺ではない。
「うぜぇ」
苦々しい顔で溜め息をつき、俺の腰に腕を絡みつけたまますやすやと気持ち良さそうに熟睡している臨也の肩を軽く揺さぶった。
「おい、臨也」
「…………んん〜……」
「起きろ馬鹿!てめぇ、また目覚まし止めやがったな!!」
低血圧な臨也は、俺以上に朝にはめっぽう弱い。揺すっても枕を取り上げてみても、むにゃむにゃと意味の無い声を上げるだけの馬鹿に、気の長くない(しかも遅刻寸前)の俺の怒りゲージはみるみる上昇していく。
「起きろっつってんだろうがこのノミ蟲野郎!!」
男二人で眠るにはいささか狭いベッドから、細身の体を躊躇なく蹴り落とし、拘束が解けたと同時に俺は洗面所に駆け込んだ。


「なんだこりゃああぁ!!!」
鏡に映し出された自分の顔を見て、早朝という事も忘れ気付けば大声で叫んでいた。また大家に嫌味を言われる羽目になるかもしれない、とすぐさま口を噤み、今しがた抜け出してきたばかりの部屋へ一目散に戻る。
「君さぁ、もう少し優しく起こせないわけ?」
さすがに目を覚ましたらしい臨也は、俺の顔を見るや否や、床の上に体育座りをしながらこちらをじっとりと睨み付けてきた。どうやら蹴り起こされた事が大いに不満らしい。まだ夢から覚めきっていないのか、半開きの目では威力半減といったところだが。
そもそも、怒りたいのは俺の方だ。
「てめぇ、俺の顔に何しやがった」
「ん?」
洗面台の鏡の前でさあ顔を洗うかと前髪を掻き上げた瞬間、異変に気づいた。
顔の至る所に黒いマジックか何かで子供が書いたような落書きが施されていたのだ。頬にはぐるぐると渦がまいており、瞼の上にはご丁寧に偽者の目まで書いてある。歴史の教科書なんかに載ってる偉人の写真に、ガキが暇つぶしに書き込む落書きと同じレベルだ。眠る前まではこんなものは無かった。となれば。
「だってシズちゃん夜中に俺のこと蹴り落とすんだもん。今月入って何度目?君は何回俺の安眠を妨害すれば気が済むのかな?」
まるで悪びれない様子の臨也にぶつ、っと頭の中で音がした気がした。
「うるっせええぇ!ただでさえ狭いベッド使わせてやってるだけありがたいと思え!」
「だからでかいベッドに買いなおそうって言ってんじゃん」
「んなもん置くスペースあるかよ!」
確かに、寝相の悪い俺は今までも幾度と無く臨也をベッドから突き落としてきた。その都度、翌日の朝にはネチネチと嫌味を言われ続ける事になる訳だが。だからといってこの時間の無いときに何してくれてんだコイツ。
イライラは一向に収まらなかったが、このまま臨也と揉めていても無駄に時間を浪費するだけだ。膨れっ面の臨也にチッと舌打ちを打つと、どかどかと洗面所に戻る。
流しっぱなしだった水を止め、洗面台に溜まった水で顔を洗う。洗顔料を目いっぱい泡立て、泡まみれになった顔をごしごしと擦った。
う、…………とれねぇ。


「あー、そんな力任せに擦っちゃだめだよ」
目を瞑っている俺の背後から臨也ののんびりとした声が聞こえて思わず顔面に青筋が立つ。誰のせいでこんなことするハメになってると思ってやがんだ。
臨也の言葉を綺麗に無視して、あてつけるように更に力を入れて擦ると、後ろから伸びてきた腕に手首を掴まれた。思いのほか優しい手つきだったので、振り払うに振り払えない。
「離せよ」
「かして。俺がやってあげる」
「いらねえ」
「時間無いんでしょ」
泡が目に入らないようにそっと瞼を持ち上げ、しぶしぶ臨也に向き直る。
ワックスや歯磨き粉なんかが雑に並んでいる戸棚をごそごぞと漁ると、見覚えの無い小さなボトルを手にした臨也の顔がずい、と近づいてきた。
「洗顔フォームじゃ落ちないと思うから」
「……なんだそれ」
「クレンジングオイルだよ」
「何でお前がんなモン持ってんだよ」
クレンジングって、あれだろ?女が化粧落とす時とかに使うやつだろ。
「これは男性用。スキンケアぐらい今どき男でもするよ」
「俺はしねえけどな」
「せっかく肌綺麗なのに勿体無い」
臨也に促されれるまま向かい合うようにして洗面台に腰を下ろす。
水で濡らしたタオルで顔中の泡を丁寧にぬぐわれ、その上から何やらぬるぬるとした液体を塗りたくられた。細い指がゆっくりと顔の表面を撫でていく。こんなモンで本当に落ちるのか?
「はい、流していいよ」
ザー、と水を流す音が聞こえ、改めて洗面台に向き直った。


「すげえ、落ちた」
ぬるぬるとこびり付いたオイルをすっかり落として顔を上げると
あれほど頑固だった顔中の落書きは綺麗に消え去っていた。……って感動してる場合じゃねえ。そもそも、原因を作ったのはあの馬鹿なのだから、俺が礼を言う必要など無いわけだが。
「…………サンキュな」
聞こえるか聞こえないか程度の小さな声で一応礼は言っておいた。悠長にシャワーなど浴びている時間はなさそうなので、そのまま着替えに向かうべく、慌ただしく洗面所を駆け出す。と、俺の背後からなまっちろい腕がにゅっと伸びて、腰の辺りをがっちりとホールドした。
「っおい、ふざけんな。マジで時間ねぇんだよ」
親に甘える子供のように背中にぴたっと張り付いている臨也。俺は壁掛け時計にチラリ目線をやって、たまらず抗議の声を上げた。
自由業にも近いこいつはまだ余裕があるのかもしれないが、きっちりと就労時間の決められている俺は本当にもうカツカツなのだ。
出来る事なら、あと5分以内には家を出たい。このまま着替えて部屋を飛び出し、会社までの道のりをひたすら走れば、何とか就業開始ギリギリには間に合うだろう。
頭の中で算段を付けている俺の耳元で、臨也は楽しそうに「シーズちゃん」と声を弾ませた。
「こんな風に悪戯されるのが嫌だったら、ちゃんとベッド買おうね」
「あぁ?!」
何悪さすること前提に話進めてんだ。ふざけんな。
「だから置き場がねえ――」
眉間にこれでもかと深く皺を刻み込み、背後に睨みを聞かせた瞬間。


ちゅ、


「…………は?」
小鳥の囀りみたいな音を立てて、キスをされた。
「だったらこんなボロアパート出て一緒に住む所探そうよ」
ね?なんて可愛いこぶって首を傾げる臨也。
何だそのプロポーズみたいな言葉。アホか。一瞬そんな言葉が脳裏を過って、元々熱を持っていた顔が一気に沸騰した。慌てて正面に向き直るが、恐らく耳まで真っ赤な俺を
臨也のヤツは背後でニヤニヤしながら見ている事だろう。
分かっているからこそ、尚のこと振り返れない。身動きが取れない。
あー……くそ、遅刻確定だ。



「新居にはキングサイズのベッド置こうねー」
「さすがにデカすぎるだろ」
「シズちゃん背でかいんだし丁度いいよ。広い方が色んなプレイもできr・・ぐえっ」
「死ね」







もう早く結婚しろよお前ら。
って常々思ってるので、ナチュラルに臨也さんが静雄宅に住み着いてる。




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