俺にもその証をちょうだい
※お題は遠吠えポルカ様より
「……理不尽だよねぇ」
無意識にそう漏らすと、シズちゃんは眉間に皺を寄せてこちらを振り返った。
何が、と言いかけた男の横をすり抜け、冷えたフローリングへと降り立つ。身体が熱を帯びているせいか、足の裏に触れる無機質な感触にぞわりと肌が粟立った。
残りわずかとなった煙草のケースを手に取った恋人の姿を視界の端に捉えた俺はに
「ベッドの上で吸わないで」と一言釘を指し、部屋の隅に設置されている小型の冷蔵庫へと向き直る。
もともとは仕事の合間に仮眠を取るために使用していた、小さなアパートの一室。がらんとした打ちっぱなしの空間には、ベッドと冷蔵庫以外に目立った装飾品は入れていない。
簡素な空間に漂うは、互いの汗の匂いとシズちゃんの纏う煙草の残り香ばかりだ。
「何か飲む?」
「牛乳」
「ないよ、そんなもの」
良い年の男が、セックスの後に牛乳を強請るだなんて妙に滑稽で、思わず小さく笑った。
冷蔵庫の中身は、口を切っていないミネラルウォーターと炭酸水が一本ずつと、ブラックの缶コーヒーが数本。どちらも子供舌なシズちゃんのお口に合いそうなものではなかった。
仕方なく炭酸水を一本だけ携えて、ベッドへと戻る。
「おい、灰皿くれ」
「吸っちゃだめだって言ったのに……」
薄手のブランケットから顔だけを出したシズちゃんは、さも当然のように寝煙草にいそしんでいた。
空中に漂う白い煙を手のひらで散らし、ベッドの淵へと腰を下ろす。サイドボードの奥に隠していた小さな灰皿を差し出してやれば、彼はにこりともせずにそれを受け取った。
小気味の良い音を立てて、ペットボトルのキャップをひねる。
一口煽ると、小さな炭酸の粒が喉から腹にかけてを爽やかに駆け抜けていく。火照った身体から、ふうと熱気が抜けていくのを感じて、深く息を吐いた。


「なあ、」
「うん?」
半分ほど吸った煙草を灰皿の底に押し付けながら、シズちゃんが気だるげに半身を起こした。
「さっきの、理不尽ってなんだよ」
「分からない?シズちゃん小学生からやり直した方が良いんじゃないの」
「言葉の意味じゃねえよ」
苛立ちを含んだ声を含み笑いで受け流し、再びペットボトルへと口をつける。
「……って、」
唇の端から零れ落ちた透明な液体が、顎を伝って首筋へと伝い落ちた。瞬間、皮膚を刺す刺激に眉をしかめる。指先で肌をなぞると、薄く擦り切れたそこには血が滲んでいた。
こんなところにまで。小さく舌打ちを零し、肩口を見下ろす。左肩には猛獣の爪跡を思わせる傷が幾筋も残されていた。
「俺だって理不尽の意味くらい知ってるっつーの」
馬鹿にすんなよ、などとぶつくさ文句を垂れるシズちゃんの右手には、新たな煙草が握られている。
すらりと長い指の間に挟みこまれたそれを抜き取りフローリングの上へと放り投げると、シズちゃんは汗に濡れた前髪の間で深く眉間に皺を刻んだ。
ベッドの上へと這い登り、すっかり脱力しきった様子のシズちゃんの膝の上へと乗り上げる。こんなに近くに居ても、それこそ理不尽な扱いを受けたとしても、シズちゃんが怒りを弾けさせることはなくなった。
軽く肩を押せば、細い身体はいとも簡単にベッドの上に倒れこむ。我ながら、よくこの猛獣を飼いならしたものだ。
「……何ニヤついてんだてめぇ」
「うるさいな。ちょっと黙ってて」
しっとりと汗に濡れた首筋に唇を押し当て、舌先でなぞる。ちゅう、と音を立てて少し強めに吸い上げるが、白い肌はほんのりと赤く色づくだけで、すぐに元に戻った。
何度か同じ場所に吸い付き、最終的にはかなり強めに歯を立ててみたが、当人はいぶかしげな表情を浮かべるばかりで痛がる素振りすらなかった。
「はあ、……理不尽なのは君だよ」
「あ?」
「見て、これ」
がっくりとうな垂れ、生々しい肩の傷と、半身を捻って背中を見せつけた。
幾筋にも重なったその傷が何を意味するのか、シズちゃんにしては珍しく一瞬で思い至ったらしい。ふい、と顔を背けた彼の耳が少しだけ赤く染まっていることに気づき、小さく笑った。
「俺はセックスするたびにこうして傷だらけになるのに、君はキスマークすら付かない。これって理不尽じゃない?」
まるで自分のテリトリーにマーキングする野生の獣のように。この非生産的な行為に何かを残そうとするように。
俺に縋り付くシズちゃんを見るのは、なかなかに気分が良い。けれど、同じように彼が自分の物だという証を刻み込むことができないのは、少しだけ悔しかった。
「君が俺のものだって証はどうしたら残せると思う?ナイフで切り付ければ、少しは何かが残るかな?」
なだらかな胸板をゆっくりと指先でなぞり、爪をたてる。やはり傷一つ残らない肌に、そっと口付けを落とした。
「……ゴチャゴチャうるせぇな」
苛立ち混じりの声で低く呟くと、彼はおもむろに身体を起こした。あっとういう間に形成逆転。ベッドの上に仰向けに転がった俺に、今度はシズちゃんが覆いかぶさってきた。
一つ舌なめずりをした唇が、顎を伝って首筋へと降りてくる。かさついた感触は探るように肌の上を行き来し、薄い皮膚を食む。
「ちょ、っと……なに」
「黙ってろ」
言うが早いか、彼の唇が触れた場所に鋭い痛みが走った。一瞬、皮膚を食い破られたのかと錯覚するほどの痛みに、鈍いうめき声があがる。
「いっ……!」
今しがた食らい付いたそこを指先で撫で、シズちゃんは満足げに呟いた。
「おい、なんかアザみてぇの出来たぞ。これで良いのか?」
「……は?キスマーク?」
今までの会話から、どうしてそうなるのか。相変わらず、彼の考えていることは分からない。全くもって理解不能だ。
「このしるし残せんのは、俺がてめぇのモンだからだろ?じゃあ、それがお前の言う証ってやつじゃねーか」
訳が分からない、といった表情の俺を見下ろして、シズちゃんはいたずらが成功した子供のような顔で笑った。







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(2012.11.9)



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