猟奇的な彼氏
シズちゃんは俗に言うツンデレだ。ツンデレといっても99.9%がツンで出来ていると言っても過言ではないだろう。デレなんて単語はオマケでしかない。むしろ表示ミスだ、誇大広告だ。
そんな彼は人並み外れた怪力を持ち、感情の起伏が激しいため非常にキレやすい。加えて無駄な男前さをも兼ね備え、もはや俺の手に負えないレベルだったりもする。
平和島静雄という人間を一言で表すならば、正直「扱いにくい」の一言につきる。


それでも俺はそんなシズちゃんの事が大好きだ。
いつからこんな感情を抱き始めたのかは自分でも分からない。最初は純粋に興味を持って近づいて、気づけば好きになっていたといった具合で、甘酸っぱい片思いだなんてものは最近になって知った感覚だろう。おそらくは無意識に彼の背中を追いかけていた期間が一番長いと思う。
自覚した時には既に俺とシズちゃんの関係は修復しようが無いほどに滅茶苦茶だったから、この想いが成就する日が来るとは想像すらしなかったわけだが。ふとしたきっかけで自分の気持ちを吐露してしまった俺に、シズちゃんは少し驚いたようにサングラスごしの目を見開いて、それから見たこともないような優しい顔で笑ったかと思えば
照れくさそうに「俺もお前が好きだ」と小さな小さな声で応えてくれたのだ。
思えば、あれが今世紀最初で最後のデレだった気がする。
「はぁ……」
「これ見よがしに溜息つかないでくれる?」
クールで有能な秘書はてきぱきと書類の整理をこなしながら、俺への対応も「ウザいわ」とその一言で片付けた。酷い、酷すぎる。
「ちょっとは慰めようとかいう気はないわけ?」
「あら、慰めてほしかったの?」
「いや、いいや……」
不毛だ。波江から建前だけの慰めを受けた所で、俺のこの陰鬱な気持ちは晴れるはずもない。
デスクにうつ伏せて手持ち無沙汰に携帯を開く。待ち受け画面は勿論シズちゃんの隠し撮り写真。カチカチと慣れた手順でボタンを操作し、メールセンターに問い合わせる。
―未受信メール 0件―
分かりきっていた結果に、俺は思わず深く溜息をついた。


シズちゃんと奇跡的に恋人同士になってから、早一ヶ月。その間、俺とシズちゃんは実に健全なお付き合いを続けていた。
今までが今までだったからお互い照れくささも手伝って、キスはおろかまだまともに手すら握れていないというのが現状だ。
――というよりも、進展しようがなかった。
女の子と付き合ってる訳じゃないのは十分承知しているつもりだ。「おはよう」と「今何してるの」とか、相手の現状を逐一把握したがる女子高生のようなやりとりを20代も半ばに近づいた男二人で交し合っていたらそれこそ狂気の沙汰だ。けど、シズちゃんの淡白さは別の意味で狂気の沙汰だった。付き合い始めて間もない、いわば蜜月ともいえる現状において、メールも電話もここ一週間近く全くない。
耐え切れずに山積みの仕事の合間をぬってこちらから電話をかけてみれば「何か用か」と素っ気無く吐き捨てられ、「別に用ってわけじゃないんだけど」と言った瞬間「用が無ぇならかけてくんな」と切られてしまった。
……あんまりじゃない?
極めつけは三日前。
仕事にかこつけて池袋に出かけた。いや、実際にクライアントとの打ち合わせがあったのだけれど、道端でシズちゃんに出くわせたらもうけものだと、俺は柄にもなくウキウキと浮き足立っていたんだ。
仕事の打ち合わせを滞りなく済ませ、さあ池袋の町を堪能しようと取引相手と別れようとしたところで、相手の女性から食事に誘われてしまった。相手方とのパイプを繋いでおきたかった俺は、少し迷った末その申し出を受ける事にした。別にやましい事は何一つとしてない、これは仕事なのだからと自分を納得させて。
しかし、その女性が希望した店というのが、よりにもよって北口を出てすぐのラブホ街を抜けた所にある小ぢんまりとした洋食店で。更に間の悪い事に、そんな場所を女性と二人で歩いている所をシズちゃんと遭遇してしまった。
一緒に歩いていた田中トムは俺の姿を見つけるや否や、緊急回避とばかりにさっと脇道に身を隠したし、さすがの俺も修羅場というものを覚悟して思わず身構えたね。
けれど、シズちゃんは俺を視界に捕らえた次の瞬間には、さっと踵を返してまるで何事もなかったかのように来た道を引き返していってしまった。
彼の性格からいって、あの状況で怒りを抑えられようはずもない。状況から導き出される答えは一つ。
シズちゃんは俺に全く興味がないのではないか。自然と頭に浮かんでしまったその考えに俺は絶望した。


学生時代から散々自分を苦しめてきた折原臨也に対する、彼なりの精一杯の嫌がらせ。自分の事を好きだなどとのたまった俺をその場で打ちのめしたい所をぐっと堪えて
その気持ちを逆手に取って嘲笑う――。単細胞を絵に描いたようなシズちゃんにしては実に高度な嫌がらせだ。
あの笑顔も言葉も全部ウソで、腹の中では俺のことを笑っていたのだろうか。
今まで散々人の人生を狂わせてきた俺がこの言葉を言うのはどうかとも思うが、あんまりだ、酷すぎる。涙も出なかった。
「これ以上、仕事する気がないなら私はこれで失礼するわよ」
もはやデスクの上の生ける屍と化した俺に何とも情け容赦ない言葉を残し、波江は時計を見上げ定時を回った事を確認すると、さっさとオフィスを後にした。


* * *


食欲も沸かない。何をする気にもなれない。
波江が居なくなった後も、俺は相変わらずデスクに突っ伏して一人腐っていた。どれだけの時間そうしていたかは分からないが、彼女の手によって綺麗に片付けられたオフィスの中はいつの間にやら真っ暗だった。
このままじっとしていても事態は何も変わらないと頭では分かっている。けれど、動く気力も何もかもこそぎ取られてどうにもならなかった。
「はあ……」
何度目になるか分からない溜息を吐いた瞬間、ゆらりと地面が揺れた気がした。
「地震か?」
それにしては嫌に一瞬の出来事だったな、とぼんやりと考えていると、部屋のあちこちが軋む音と共に今度こそはっきりとした衝撃が体に伝わってきた。ただし、元凶は地震などではなく轟音と共に玄関先からゆっくりと近づいてくる。
凄まじい破壊音に、何か爆発物でも投げ込まれたのかと思わず体を起こした俺は、薄暗い部屋のなか目を凝らして入り口を注視した。
「シズちゃん……」
爆弾はバーテン服を身にまとい、静かな足取りでこちらに近づいてくる。
唖然としている俺の前で立ち止まると、にゅっと伸びた長い腕は俺の服の胸元を掴み上げ軽々と持ち上げた。
「ぐっ……、」
ぎり、と襟元を締め上げられる形となった首から、言葉にならない呻き声が押し出された。
何とか酸素を取り込もうともがいていると、高々と掲げられた身体は机の上をまたぎ、放り投げるようにソファに下ろされる。腰を落とすと共に首元の圧迫感が消え、急激に肺に流れ込む酸素に今度は噎せ返ることとなった。
柔らかな革張りのソファに背中を沈め、元凶である男に視線を向けた瞬間。俺の頭のすぐ横、背もたれの部分が鈍い音を立てて破裂した。破れた革の隙間から中のスポンジ素材が溢れ出す。
ソファから生えた腕を横目に見て「これ気に入ってたのになぁ」と何とも場違いな考えが頭を過ぎった。それだけこの現状に混乱していたのだ。
「ちょっと、いきなり押しかけてきたと思ったら何なの?」
しかし、それは早々に憤りに姿を変える。シズちゃんが何に対して怒っているのかはさっぱり分からない。そもそも、彼の思考回路を俺が理解できた試しなど無いに等しいが
暴れたいのはむしろ自分の方なのに、とふつふつと怒りが湧き上がってきた。
「馬鹿みたいに舞い上がってる俺のこと見て楽しかった?そろそろ飽きたからとっとと息の根でも止めてやろうってこと?」
自分で言った言葉に少なからず自分でショックを受ける。馬鹿か俺は。
「……シズちゃん?」
問いかけに対する答えは、沈黙。今更ながら、彼がここに現れてからまだ一言も言葉を発していないことに気づく。
無言を貫いたまま、めり込ませていた拳をソファの背もたれから引き抜くと、シズちゃんは今しがたまで拳を作っていたその手を俺の首に巻きつけるようにしてしがみ付いた。膝を跨ぐような形で乗り上げられ、身体の自由を完璧に奪われてしまった。これは本気で殺されるかもしれないなぁ、などと何処か他人事のように考える。
そこまできて、ようやく気付いた。俺の胸に密着するシズちゃんの身体は異様に熱を孕んでおり、耳元に掛かる吐息には仄かにアルコール臭が混じっている。
「もしかして、酔っ払ってる?」
「……よってねえ」
あ、やっと喋った。ていうか、「酔ってない」という一言が既に強烈に酒臭い。
シズちゃんはあまりお酒に強くないはずだ。元より子供舌な彼は自ら好んで酒に手をつけるタイプではない。ましてや、こんな風に自分を失う程に酔い潰れるなんてことは皆無といっても良いだろう。
「ほんと、何しに来たのさ……」
薄暗い部屋の中で、こんな風に擦り寄られると妙な気分になってしまう。
あれだけへこんでおいて我ながら現金なものだとは思うが、俺だって健全な20代真っ盛りなのだ。そこは大目に見てほしい。そんな俺の心中を知らないであろうシズちゃんは俺の肩にぐりぐりと顎を擦り付けていた。
畜生、可愛い。けど、これ以上はマズい。主に俺の下半身的な意味で。
子供をあやすように背中をぽんぽんと叩いてやるとシズちゃんはようやくぴたりと寄り添わせていた体を離した。
暗闇に慣れた目は、目の前のシズちゃんの表情を如実に映し出す。酒のせいかほんのりと蒸気した頬と、とろんとした眠たげな眼差しは普段の彼からは想像もつかない壮絶な色気を放っている。初めて見る表情に思わず釘付けになっていた俺の唇に唐突にシズちゃんのそれが重なった。
あまりの衝撃に、一瞬妄想でも見てるんじゃないかと思わず目を見張る。
けれど、やわやわと角度を変えて何度も繰り返される幼いキスは柔らかな唇の感触を確かに伝えて、合間に漏れるシズちゃんの吐息からは確かにアルコールが香っていた。
「っ、シズちゃん」
「……んっ、ぅ」
夢でも妄想でも良いと思った。俺は無我夢中でシズちゃんの頭を引き寄せ、噛み付くように口付けを仕掛けてやった。きつく結ばれた唇を舌先でつつき、恐る恐る開かれたそこに無遠慮に舌を差し込む。
ほんのりとアルコールの余韻が残る唾液を絡め取るように夢中で貪り、徐々に力の抜けていく細い体を支えてやりながら、ゆっくりとソファに押し倒す。
「なんで……」
「あ?」
ここ数日馬鹿みたいに悩み続けていた事と、今の状況とが余りにちぐはぐ過ぎて、俺は珍しく頭の中で情報を整理しきれずにいた。情けないとは思いつつも、脳裏に浮かんだ疑問をそのまま口にする。
「なんで電話もメールも全然してくれなかったの」
シズちゃんは俺になんか興味ないんじゃないの、とは言えなかった。言葉を変えたせいでますます女々しいことこの上ない台詞になってしまい、羞恥で死にたくなる。
今の自分の顔なんか間違っても鏡で見たくないけれど、見なくても分かる。心底みっともない表情を浮かべているであろう俺を真っ直ぐに見上げて、シズちゃんは「アホか」と小さく溜め息を吐いた。
「てめぇ、今忙しいはずだろ」
「え?」
「意味ねえ電話するぐらいならちゃんと休め。ていうか寝ろ」
隈なんか作りやがって、と長い指が俺の目元を優しく撫でた。そこからはもう涙が出ないように歯を食いしばるだけで精一杯だったけれど、俺は負けじと言葉を吐き出し続けた。
「浮気したってキレられるかと思った」
「あぁ゛?浮気してんのか」
「してない、けど」
瞬時に眉間に皺を寄せたシズちゃんに思わず口元が緩む。俺の顔を見てシズちゃんは薄っすらと微笑を浮かべ、「知ってる」と小さく呟いた。
「お前、俺以外に勃たねぇだろ」
嫌だなぁ、何でバレたんだろう。



「……ていうかシズちゃん?シズちゃーん!!ここまで来て寝るとか何なのホントに!」
「…………zzz」





へたれ×男前大好物です。


(2011.7.29)



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