夏色想い
※来神仲良し4人組み
イザシズは既にお付き合い中
しゅわしゅわと弾ける炭酸がゆっくりと喉を通って腹に流れ落ちる。照りつける日差しは相も変わらず殺人的と言えたが、甘くて冷たいサイダーは汗と共に消費した体力をほんの少しだけ補充してくれた。
ふう、と一息ついて首筋を流れる生ぬるい汗をシャツの襟元で拭う。プールサイドに腰を下ろしていると、熱されたタイルのせいでジャージ越しでも尻が熱かった。
池袋のド真ん中だというのに、何処からともなく蝉の声も聞こえる。まるで競い合うように、生き急ぐように鳴く命の歌声が。
ああ、夏なんだなぁ……。
「ちょっと、何一人でサボってんのさ」
じわじわと体を浸す夏の空気をたっぷりと味わっていた俺に、デッキブラシ片手に臨也が唇を尖らせて文句を吐いた。奴は上は制服のシャツそのままで、下だけ膝まで裾を捲り上げたジャージ姿という何とも奇妙な格好をしている。どうせ汗だくになるのは目に見えているのだから全部着替えりゃいいものを。
コイツの性格からして適当なトコでばっくれる気満々だったのだろうが、今回は門田が一緒に居るものだからその目論見も失敗に終わってしまった、といった所か。
珍しく汗の粒をびっしりと貼り付けた臨也の顔に、俺は手の中で着々とぬるまり始めているペットボトルに口をつけながら、内心「ざまあみろ」とほくそえんでやった。
「あー、もう駄目。暑い。限界。死ぬ」
「うるせえな。夏なんだから暑くて当たり前だろうが」
「俺はシズちゃんと違って繊細にできてるの」
その場にへたり込んだ臨也の足元には、まだコケがびっしりと広がっている。水を抜いたプールは想像した以上に広く、一年分の汚れを溜め込んだ底は緑色のぬめりで万遍なく覆われていた。
適当に水を撒いてブラシでこびり付いた汚れをこそぎ落す。一連の動作をもうかれこれ3時間以上は続けているが、未だに顔を出した本来のタイルの面積の方が圧倒的に少ないのが現状だ。さすがに足腰も痛えし、何より暑さでクラクラしてきた。俺より体力の無いもやし野郎にはさぞかし辛い事だろう。現にこの茹だる暑さの中、臨也の顔は哀れなほどに真っ赤になっていた。
「うぅ、それ一口ちょうだい」
「何でテメェにやんなきゃなんねーんだよ。自分で買って来い」
「……良いじゃん一口くらい。ケチだなぁ」
「うぜえ」
俺の眉間に血管が浮き上がるのと同時に、背後からひょい、とペットボトルを奪われる。
「お前ら、頼むからここでまで喧嘩すんなよ」
声の主へと視線をやると、自然と太陽を見上げるような形になった。チカチカと目を刺す光に思わず顔をしかめ、手のひらでひさしをつくる。逆光で表情までは分からないが、耳慣れた落ち着いた声は門田のそれだ。
ノミ蟲野郎にハメられてうっかり校長室に教卓をブン投げてしまい、俺と臨也は揃ってプール掃除なんて面倒くさい真似をしなければならなくなった訳だが。門田は俺達二人だけでは今度はプールが大破する事になるだろうと、何の関係もないのにこの罰に付き合う事をかって出てくれた気の良い奴だ。
こいつの周りには自然と人が集まる。本人はどちらかというと寡黙な部類に入る男なので、クラスの人気者というような柄ではないが、いざという時に彼の懐の広さを頼る人間が多い事を俺は知っている。
「新羅は?」
「コンビニ行くつってたかな」
「あいつ何しに来たんだよ……」
「暇だったんじゃない?」
臨也は興味なさそうに呟くと、ポケットから携帯を取り出して何やらポチポチと操作し始めた。恐らく新羅にメールで何か買ってくるよう頼むつもりなのだろう。俺もついでに何か冷たい物でも頼むかな、とつられたように携帯を取り出す。
「とりあえず、まだ半分以上残ってるしさっさと済ませちまおうぜ」
そう言うと、ぐるりとプールを見渡した門田は手にしていたペットボトルに口をつけた。もう残り少ないそれはきっと人肌程度にぬるくなっていて旨くないだろうに。
お前も何か頼むか?と尋ねようとした俺の言葉を遮って、ニタリ、人の悪い笑みを浮かべた臨也がすかさず口を挟んだ。
「ドタチン間接キスー」
「……ぶふぉっ!!!」
「うぉ!」
臨也の発した一言に、門田は口に含んだサイダーを盛大に噴出した。頭上から降り注ぐ液体をもろに被った俺は思わず肩を竦め、反射的に手にしていた携帯を閉じた。
「お、おい。大丈夫か?」
髪の毛やら肩やらが甘い液体でベタベタになってしまったが、ゲホゲホと咽せ返る門田を怒る気にもなれず、しゃがみ込んだ広い背中を軽く叩いてやる。臨也の奴はそんな俺の顔を何か言いた気な素振りでじっとりと見つめ、さも面白くないとばかりに唇を尖らせた。
「ていうかさぁ、俺にはくれなかった癖にドタチンにはあげるわけ?」
「あぁ?」
「……ふーん、へーぇ」
拗ねた子供のような口調でそう言ったかと思えば、奴は足元でチョロチョロと水を垂れ流し続けていたホースを手に取った。――と、指で口の部分を押しつぶしたそれを、あろう事か真っ直ぐに俺に向けた。
「ぶわッ!!」
圧力の加わった水は勢いよく俺の顔面を直撃する。あまりの唐突な出来事に身構える暇も無かった俺の目やら鼻やらを、生水が容赦なく襲う。口を開いた瞬間にかなりの量を飲み込んでしまい、門田に引き続き俺もむせるはめになった。
「げほっ、げっほッ!……て、んめぇ……」
「あははは!」
頭から水を浴びた事で汗は流れ、体温も下がって正直少し涼しくなった。反面、ケラケラと人を小馬鹿にしたように笑う臨也を前に、怒りはグツグツと腹の内で煮えくり返っていく。
「いいぃーざーやあああぁ!!!!」
「お、おい!静雄!」
傍らに放り出してあったデッキブラシを片手に振りかぶってプールに飛び降りる。門田の制止の声も最早耳に残らず、ぬめる足元に四苦八苦しながら臨也の背中を追った。
リーチの長いブラシを目いっぱい振り回すが、奴はひょいひょいと器用に避けてしまい、なかなか思い通りに当たってくれない。そればかりか、わざと俺を挑発するかのように時折くるりと背後を振り返っては挑発的な笑みを浮かべている。どこまでもふざけた態度に、俺の怒りは増していく一方だ。
「ちょこまか逃げてんじゃねええぇ!!」
思い切って大股に足を踏み込んだ瞬間、分厚いコケに足元を掬われてバランスを崩した。そのまま派手に転倒して、仰向けに転がった拍子に軽く頭を打ち付けた。べしゃ、という音に続き、じわじわと背中やら尻やらが湿っていく不快感に思わず顔を顰める。臨也のせいで既に上半身は水浸しだったわけだが、とうとう全身くまなく濡れ鼠の完成だ。
起き上がろうとタイルに手を付くが、どこもかしこもぬるぬるのコケまみれでどうにも上手くいかない。そうこうしている内に、臨也が俺の腹の上にまたがり、いわゆるマウントポジションというやつを取られてしまった。
「どけ」
「ふふ、形成逆転だねえ」
顔に張り付く前髪を掻き揚げ、楽しげに笑みを浮かべている臨也を睨み上げてやる。
何が形勢逆転だ。いくら体に乗り上げられた所で俺にとっては大した拘束になどなりはしない。細っこい体を振り落とそうと身を捻りかけた瞬間、ビクリと肩が強ばった。あろう事か、臨也の指がTシャツ越しに俺の胸の突起を摘み上げたのだ。
「うわー、シャツ透ちゃってるよ」
男の癖に乳首ピンクー、なんて馬鹿げた事を口にする臨也。
「……っに、してんだ手前」
指先を擦り合わせるように刺激されて、思わず声が上擦る。むず痒い妙な感覚を堪えるようにぎゅう、と唇を噛む。明らかに欲を含んだ手つきで無遠慮に捏ねくり回され、俺の意思とは関係なく浅く繰り返す息は徐々に色を含みはじめていた。
「……っ、ざけん、…ふ、ッくぅ!」
ここが何処だか分かってんのか、門田だっているんだぞ、と抗議の声を上げようにも、今口を開けばどんな声を出してしまうか知れたものではない。仕方なく、震える唇を手のひらで覆い、ニヤニヤと嫌味ったらしい笑みを貼り付けた臨也を睨み付けるに留める。
「シズちゃんさぁ、油断しすぎだから」
「ん、……っ」
やっと手をどかしたかと思えば、臨也の手は俺の手首をがしりと掴む。そのまま薄い唇に息を塞がれ、抗議の声は奴の唇へと吸い込まれていく。べったりと圧し掛かってくる胸板を押し上げ、慌ててプールサイドに視線を走らせる。幸いにも先程までは確かにそこにあった門田の姿はいつの間にか消えていた。ほ、と胸を撫で下ろす俺を見下ろして、臨也は尚も続ける。
「もう少し自覚しなよね」
「……何がだよ」
「まぁ、相手がドタチンだから今回は許してあげるけどさ」
だから何の話だ、という言葉は先ほどよりも深い口付けにのまれて消えた。
どこまでも澄み渡った夏の空をバックに、目を細めた臨也の表情は心なしか普段よりも熱を孕んでいるような気がした。



「ただいまー!アイス買ってきたよ〜……って、何。あの二人またやってるの?」
「……俺はもう知らん」






夏が終わる前に夏っぽい青春話が書きたくて2011。
来神4人がキャッキャしてるだけで幸せ。

静雄は臨也との関係を他の二人にバレてないと思ってるけど
新羅は臨也にのろけられて知ってるし、ドタチンは何となく気づいてる。


(2011.8.23)


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