愛を込めて花束を
※静雄バースデー2012
来良の制服を着た少年二人と、そのすぐ後ろから同じく制服姿の女子生徒がシズちゃんへと歩み寄っていった。
自販機の傍らでぼんやりと煙草をゆくらせていた喧嘩人形におそるおそる声をかけ――。一人ずつ、代わる代わる手に握り締めていたものを差し出していく。
ああ、帝人くんが手にしているのはシンビジュームかな?なかなかマニアックなチョイスだねぇ。杏里ちゃんが手渡したのがカーネーション。一方、紀田くんが手渡したものは、ライラックだ。それぞれ一本ずつの切花が、シズちゃんの手の中で小さなブーケになる。
はじめこそ戸惑いの表情を浮かべていた平和島静雄は、サングラスの奥の目を細めて笑った。サングラスのつるの部分を触るのは、照れくさかったりイラついていたり……まあ、彼の感情に何かしらの波が立った時の癖だ。本人は気付いていないみたいだけれどね。……ふぅん、シズちゃんみたいな化け物でも、やっぱり誰かからの贈り物は嬉しいものだったりするのかな。なんだか面白くない。


ちょうど高校生組みが去ったころ、辺り一面に馬の嘶きが轟いた。真夏のアスファルトに張り付いた影のような出で立ちのデュラハンは、シズちゃんのすぐ傍らでバイクを止め、手にしていたそれをさっと差し伸べた。シズちゃんの手の中のブーケに、また一つ色が増やされる。彼女のチョイスは、淡いブルーと白とのコントラストが美しいネモフィラという花だった。1月28日、彼の誕生花だ。これはおそらく、新羅あたりの入れ知恵だろう。
ネモフィラの和製名は瑠璃唐草。花言葉は、可憐……だったかな。破壊の化身と言っても過言ではないあのシズちゃんが、可憐。思わず笑いがこみ上げた。


それからも彼は行く先々で呼び止められ、同様のやり取りを繰り返していった。
ドタチンは小さな向日葵のような形をした、ルドベキア。茜ちゃんの小さな手に握り締められていたのが、まつばぼたん。トムさんがりんどうで、シズちゃんの後輩が手渡したのがサルビア、と。それぞれからたった一本ずつの切花を手渡され、シズちゃんの片手に収まっていたはずの小さなブーケは、いつの間にか両手で抱えるほどの花束へと成長を遂げた。
身長180超えの大男が色とりどりの花々に囲まれる姿は、なかなかに滑稽だ。けれど、それ以上に笑えたのが花束を手にしたシズちゃんの、幸せそうな表情だった。自販機を軽々と担ぎ上げるその手で、大切そうに――まるで宝物に触れるみたいに、そっと花たちを抱く。普段は怒りに燃え上がる瞳には、慈しむような優しくてあたたかい色が宿っていた。
「……化け物のくせにさぁ」
覗き込んだ双眼鏡から視線を外し、臨也は一人呟く。がらんとしたビルの屋上で、その言葉に応えるものはなかった。


♂♀


「わあ、立派な花束になりましたね」
両腕から零れ落ちそうなほどの花束を見て、帝人が感嘆の声を上げた。
正臣や杏里と別れ、サンシャイン通りを一人歩いていると、何の因果か再び静雄と鉢合わせになった。一番最初に帝人が手渡したはずの真っ白なシンビジュームの花弁も、他の草花に押しやられてほとんど見分けが付かない状態となっている。
「よう。今帰りか?」
「はい。静雄さんは……」
「あー……。これじゃ仕事になんねぇからよ。一旦事務所に戻るところだ」
やれやれと溜息を吐く彼の表情には嫌悪めいたものは見当たらない。帝人はほっと安堵の息をついた。


ほんの数日前、ダラーズの掲示板にこんな書き込みが投下された。
【池袋の喧嘩人形こと、平和島静雄さんの誕生日にみなさんで花束をおくりませんか?
一人一本ずつ、思い思いの花を持ち寄って、最終的には大きなブーケが作れたら素敵ですね☆参加者募集中です!】
帝人も見たことのないハンドルの人物が提案したこの企画は、ダラーズメンバーの間で賛否を呼ぶこととなった。彼とさほど親しくない、あるいは憎悪すら抱いているような一部の人間からは拒絶の声が多く、恐らく静雄と面識がある、もしくは彼の破壊衝動を是とする層からは支持を受け。
――そうこうしているうちに、1月28日当日を迎えたというわけだ。
非日常の代表格とも言える静雄に対して、どこか憧れのような気持ちすら抱く帝人は親友二人に声をかけ、花を贈ることを決めた。何度か対面はしているものの、やはり一対一で静雄に声をかけるにはそれなりの度胸が必要となる。


それにしても――帝人はふと考えた。いったい誰が、何の目的でこんなことを始めたのだろうか、と。
投稿者の書き込みはたった一度きり。彼ないし彼女は、その後の論争には姿を見せていない。けれど不思議と、反対派の意見は時間の経過と共になりを潜めていった。


「やあ、シズちゃん。しばらく見ないうちに、今度は花屋にでも転職したのかな?」
ここ数日の間に自身のパソコンの中で巻き起こった、非日常――と呼ぶにはあまりにもささいで、けれども彼の日常からはどこか逸脱した出来事。とりとめもなく思いをめぐらせていた少年の目の前から、今この場でもっとも耳にしたくない声が近づいてきた。
底冷えするような殺気が、帝人の背筋をなでつける。元凶は言うまでもなく、彼と肩を並べる喧嘩人形、その人だ。
「ああ、そういえばシズちゃんって今日が誕生日だったっけ」
おめでとう、などと空々しい台詞を吐く男に、静雄が低く唸り声を上げた。
「うぜぇ……」
ゆっくり、ゆっくりと後ずさり、爆発寸前の核爆弾から逃れるように、帝人は二人から距離を取る。臨也と静雄のやりとりに巻き込まれて無事でいられる自信などない。脂汗を浮かべた少年とは対照的に、静雄は一歩ずつ着実に天敵の男へと歩み寄っていった。手にしたままの花束が、抑え切れない怒りにざわざわと震えている。
「化け物に花束なんて、美女と野獣以上に救いのない組み合わせだよねぇ」
ポケットに両手を突っ込んだまま、折原臨也は仰々しく肩をすくめてみせた。地雷の埋まった土の上でタップのステップを踏むようなものだが、本人は恐らくあえてそうした言動をしているのだろう。静雄の怒りを煽るために。
ぴゅん、と空を切る小気味よい音がし、赤の、白の、黄色の花弁が宙を舞う。抜き身も見せない早業で繰り出されたナイフは、静雄の腕と花束とを見事に切り裂いてみせた。
「……って、めぇ」
パラパラと足元の地面に散っていく残骸を見つめ、静雄は声ならぬ声を絞りだす。飴色の瞳の奥には、ドス黒い光がちらりと揺れた。
「……やっぱり、君には色とりどりの花なんか似合わないや」
臨也は歌うように呟くと、ナイフの切っ先にこびりついた血を舌先で掬い取った。


ああ、まずい。もの凄く、まずい。帝人は間髪入れずに踵を返す。背後で何か――恐らく、サンシャイン通りの街燈かなにかが引き抜かれる音だろうが、とにかく、轟音と共に悲鳴が巻き起こる。


「俺からも、真っ赤な花を一輪だけあげる。ハッピーバースデー、シズちゃん」


臨也の呟きは、獣の咆哮に掻き消されて消えた。






池クロで配布した静雄BDペーパー。


帝人(シンビジューム):飾らない心
杏里(カーネーション):あなたを愛する
正臣(ライラック):青春の喜び
セルティ・新羅(ネモフィラ):可憐
ドタチン(ルドベキア):正義
茜ちゃん(まつばぼたん):無邪気
トムさん(りんどう):あなたの悲しみに寄り添う
ヴァローナ(サルビア):燃ゆる想い


(2012.2.29)



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -