熱の檻
※お付き合い未満
静雄がビッチ気味
ひどく寝苦しい夜だった。
狭いワンルームの部屋は蒸し風呂のような有様で、ただじっと横になっているだけで首筋や背中がじわりと汗ばんだ。最悪なことに、夜風もほとんどない。クーラーどころか扇風機すらない部屋で、静雄はひたすら眠気が襲い来るのを待っていた。
炎天下の中を歩き回る仕事柄、身体は疲弊しきっている。うつらうつらと意識が沈み始めたのが、ほんの数時間前。まだ日付が変わる前だったはずだ。それが、どこをどう間違えてこうなったのだろう。額に張り付いた前髪をかき上げ、静雄はゆっくりと寝返りを打った。
「だりぃ……」
静まり返った暗闇の中、小さな足音が近づいてくる。革靴でコンクリートを踏みしめる靴音に続き、ドアが閉まる無機質な音が控えめに響いた。隣人が帰宅してきたらしい。
くぐもった溜息と足音、冷蔵庫を開く音。静雄がこの部屋に越して数年が経つが、相変わらずプライベートな生活音が筒抜けで嫌になる。
もしも隣人の帰宅時間がほんの少しでもずれ込んでいたら――考えるだけで、背筋が凍る想いだった。
汗でべとつく肌にシーツが張り付いて気持ち悪い。玉のように汗のふき出した額を枕に押し付けて、静雄は乱れた呼吸を整えることに専念した。
全身をぬるま湯に浸したような蒸し暑さと、体の奥底からとめどなく湧き上がる熱が、ただただ不快だ。サイドボードの上に投げ出されたままになっていた煙草の箱に手を伸ばしかけたところで、思わず顔をしかめた。
「……っ、あの野郎」
太ももにドロリと伝った生ぬるい液体が、たっぷりと二人分の汗を吸ったシーツの上に零れ落ちる。何気なく視線を落とすと、フローリングの上にはくしゃくしゃに丸まったコンドームがうち捨てられていた。ベッドから身を乗り出し、ローションまみれのそれをそっとつまみ上げる。
中身が空なことを確認し、静雄は小さく舌打ちを鳴らした。行為に没頭していたが故に気がつかなかったが、射精の直前にでもこっそりと外していたのだろう。
もともと嫌がらせから始まったような行為だ。中出しは後々面倒だからやめろと言ったところで、臨也が聞き入れることはまずない。自分に散々無体を強いておきながら、今頃鼻歌でも歌いながら暢気にシャワーを浴びているであろう男の顔を思い浮かべて、手にした煙草ケースがぐしゃりと潰れた。
「あー……くそ」
ベッドシーツの張替えに加えて、後処理。厄介ごとがひとつ増えた。見る影もなくひしゃげた煙草とゴムとをひとまとめにゴミ箱へと放ると、静雄は再びベッドへと身を投じた。
とりあえず、戻ってきた臨也には鉄拳をおみまいしてやるとして。何よりも腹が立つのは自分自身だ。好き勝手に体中を弄くられ、洗い立てのベッドシーツを駄目にされてなお、あの男を拒みきれずにいる。
下手に暴れてアパートを追い出されるわけにはいかない。そんな見え透いた言い訳に縋って、あっさりと欲に流されてしまう自分自身の馬鹿さ加減に、ほとほと嫌気がさした。


臨也とこうした関係になったいきさつも、それがいつの事であったかも、そもそもなぜこんな事になっているのかという原因すら、静雄にはもう思い出すことが出来ない。そもそも、理由や動機など端から存在しないのかもしれない。互いの欲を吐き出しあうのに最適な関係だった。それだけのことだ。
相手はあの折原臨也だ。
恋人でもなければ、ましてや女でもない。長らく憎みあい、殺しあっていたはずの男。
弄ばれているだけだと、頭では十分すぎるほどに理解しているつもりだった。しかし、静雄はあっという間に夢中になった。臨也に――いや、もっと端的に言うなれば、彼とのセックスに。
初めて触れた肌の滑らかさ。吐息の甘さ。繋がり合った部分から溶けて混ざり合う快感。何もかもが心地よくてたまらなかった。
「……くせぇ」
シーツに顔をうずめると、ほのかな洗剤の香りに混じった汗の匂いが鼻先をくすぐる。胸焼けがするような甘ったるい匂い。麻薬のように理性を蝕む香り。臨也は、その存在自体が毒だ。あの男のすべてが、平和島静雄という獣をを狂わせる劇薬と言える。
思えば、静雄が臨也の匂いをかぎ分けることができるようになったのも、こうして身体を重ねるような関係になってからのように思う。毒だと知りながらそれに依存している自分は、もうとっくにおかしくなっているのかもしれない。静雄は茹だる頭の中で、ぼんやりと考えていた。
「っ、ぁ……?」
無意識に下肢に伸びた手を見下ろし、静雄は愕然とした。
ほんの数十分前に、飽きるほどに熱を吐き出したばかりだというのに。嫌というほど扱かれ、もうやめろと懇願したばかりだというのに。彼のペニスは、ゆるく頭をもたげていた。
「なん、で……ッ」
確かに、臨也と肌を重ねるのは久しぶりのことだった。もし今晩臨也が尋ねて来なければ、近く静雄の方から夜這いをかけていたに違いない。それくらいに熱を溜め込んでいたのは事実だ。そして、それは恐らく臨也も同じだった。
いつも以上に性急で余裕のない愛撫は静雄の身体に大きな負荷を掛けることとなった。暴力的なまでの快楽に、訳もわからずに喘ぎ続け。こうしてろくに身動きを取ることもままならなくなってしまったというわけだ。
抜かずの二発目が終わったところで、なおべたべたと纏わりつく臨也を渾身の力をもってして引き剥がした。挿入の負荷も去ることながら、繰り返し吐精させられたことですっかり消耗しきっていた。
当分は自慰の必要もないだろうとすら思っていたのに、何故。
混乱する頭とは別の生き物のように、静雄の右手は勃ち上がりかけたペニスを掴んでいた。
「っ、ん、ぅ……ふ、」
未だ熱のくすぶる身体は、当人の意志とは無関係に昂ぶっていく。
遠くかすかにバスルームから響く水音と、薄い壁を隔てた向こう側でくつろいでいるであろう隣人の存在が頭の片隅から消えてなくなったわけではない。いつ臨也が部屋に戻ってくるともしれない。声を上げれば、隣の住人に聞かれてしまうかもしれない。
自分が今どれだけ馬鹿なことをしようとしているのか、分からないわけではなかった。しかし、静雄は沸きあがる欲求をせき止めることができなかった。
「く、……ッん、ァ」
雄々しく勃ち上がったペニスをゆるく上下に扱いてやれば、それだけで腰の奥に甘く疼きが走る。口からあふれ出した声を塞ぐようにベッドに頭をこすり付け、枕に噛り付いた。甘く鼻先をくすぐるあの男の匂いが、先ほどまでの淫らな行為を思い起こさせる。
ひんやりと冷たい細指が、怒張したペニスをゆっくりと上下に撫でさする。亀頭に爪を立て、鈴口をえぐり、先走りで汚れた指先をわざとらしく口に含んでみせた。ぬらぬらと光る形の良い唇をゆるく吊り上げ、「いやらしい味だ」と嘲笑う。その表情すら、ありありと脳裏に描くことができた。
普段は仮面を被ったように涼しげな表情を崩さないその顔には、幾筋もの汗が光る。匂い立つようなその色気に中てられて、理性もなにもかもが吹き飛んでしまう。
「……はぁっ、んん…」
うつ伏せの状態から腰だけを突き上げ、一心不乱に右手を上下させる。追い討ちをかけるように、空いているもう片方の手でそろりと乳首をなぞった。わずかばかり芯をもったそこを指の腹で押しつぶすと、鼻から抜ける喘ぎ声にも自然と熱がこもる。
こうなったら、さっさと抜いてしまうしかない。自分が今どんな痴態を晒しているのか、それを気にかけている暇はない。臨也が戻ってくる前に、早く、早く――。
「ふ……ん、んぁ……な、んで……」
脳髄までびりびりと痺れるように気持ちが良いはずなのに、射精まで今一歩至らない。出口を失った熱が身体中を駆け巡り、微かに残った理性を苛む。
「ッぁ、く…ん、は……くそっ、ん、ぅ」
ゆらゆらと腰を揺すり、更なる刺激を求めて張り詰めた陰茎の先端をベッドのシーツに擦りつける。ごわついた布の感触を味わうように、先走りにまみれたそこを前後させた。
あいつは、どうやって自分を追い詰めただろうか。あの細くしなやかな指はどこを辿って、どんな風にこの身体を暴いた?
しっかりと目をつぶり、臨也の指を、唇を思い起こす。自らを詰る艶を含んだ声と、熱っぽいその吐息を。背筋を駆け上る快感に意識がさらわれかけたその刹那、鼻腔にまとわりつく甘い香りが一際濃くなった。
シーツや枕に染みこんだ残り香とは違う、もっとはっきりと欲情をかきたてる雄の香り。
「……て、めぇ…ッみ、てんじゃ…ねぇっ、」            
反射的に身体を仰け反らせ背後に視線をやると、静雄が想定した通りの表情で、男はそこに佇んでいた。いつからそこにいたのか、濡れた黒髪からぽたぽたと滴る水滴が、フローリングにいくつもの水溜りを作り出している。
細めた赤い双眸から、全身を舐め回すように絡みつく視線。薄い唇を吊り上げた、嘲りを含んだ笑み。何もかもが静雄の神経を逆撫でる――が、それらを咎めようにも、中途半端に昂ぶったままの身体では成す術もなかった。
「そんな状態じゃ辛いだろう?俺のことは気にしなくていいから、続けてよ」
「ふざ、け……っ、ン……ッ」
毒のような甘い声で、臨也は事も無げに言ってのけた。
静雄の頭の片隅に残っていた欠片ほどのプライドが、どろりとした欲に塗りつぶされていく。
「く、ん…っ、あ、ぅ……んぁ…」
握りこんだままの右手をゆっくりとスライドさせる。ぐちゅぐちゅという濡れた音が、胸の内側で膨らみ続ける羞恥心をことさらに煽った。
まるで犬か猫のように発情して、よりにもよって天敵でもある男の前で惨めったらしく自慰にふける。そんな異常な状況に、ぐずぐずに溶けた理性はあっさりと流れ消える。
「……ふふ、見られて興奮してるの?シズちゃんってさぁ、結構屈辱的な体位とか好きだよね。なに?普段いじめられることがないから、そういうのがイイの?」
「っる…せぇ、ひぁっ、あ……」
自分が何に発情しているのか。臨也の言葉を借りずとも、とっくに理解している。
認めたくない。認める気もない。けれど、身体は何よりも正直だ。今はただ、このむせ返るような熱に身を委ねるほかに術がない。
「あ、ん…はぁ、あ!…や、ぅ……ッ」
もうあと少しで昇り詰められる。なのに、張り詰めたペニスは先端からとろとろと透明な液体を滲ませるだけだ。
「力任せにやっても駄目だよ」
「……ひッ、…ぅあ?!」
ふいに耳元にかかった生ぬるい吐息に、静雄は身体を硬直させた。枕に押し沈めていた頭を持ち上げるのと、背後から覆いかぶさってきた臨也の指がむき出しの太ももをなぞりあげるのはほぼ同時だった。
汗ばんだ肌の上を、細い指先がくるくると踊る。わざと直接的な刺激を避けるようなもどかしい愛撫に、腰の奥に溜まった熱は敏感に反応を示した。
「てめ、な…に、して……っんぁ、あ!」
「良いから。ほら、集中集中」
濡れそぼった性器を静雄の手の上から握りこむと、耳元に押し付けた唇でそっと囁く。
「俺がいつもどんな風に触ってるか、思い出してみて」
促すように指先で亀頭を引っ掛け、臨也は汗ばんだうなじにかじり付いた。ぴりぴりとした細かな電流が、触れ合った肌の表面から静雄の身体の中へと流れ込んでいく。
「……う、ぁっ、あぁッ、ン」
「あっは、そうそう。上手」
裏筋を指の先でなぞり上げ、張り出したカリの部分を掌で包み込む。ゆっくりと、次第に早く。時々爪を立てて先端を抉ると、どうしようもないくらいに良い。けれど、まだ決定的な刺激が足りない。
辛い、苦しい、イきたい。早く、早く――。静雄の声無き声に応えるように、臨也は力なくシーツを蹴る足を左右に割り開く。先走りに濡れそぼった指先でひくつくアナルを押し開き、焦らすように指の先端だけを押し沈める。
「やーらしい。溢れてくる……」
臨也自身の放った精液は、静雄が身体を捩るたびに外に流れだしていく。指先をこすり合わせると、生ぬるい白濁がにちゃにちゃと卑猥な音を立てた。
「……っ、生ですんな…っつってんだろうが」
「よく言うよ。中に出されるの好きだろ?」
「は、よっぽど殺されてぇらしいな」
「その気もないくせに」
殺気を放つどころか、まともに焦点すら定まらない静雄の目をまっすぐに見据え、臨也はくつくつと喉を鳴らした。
「俺が死んだら、だぁい好きな精液注いでもらえなくなっちゃうもんね?」
恍惚とした表情の静雄の目の前にぬらぬらと光る人差し指を差し出す。ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべる男の意図を悟ってか、それとも、欲に飢えた彼の本能が“そう”させたのか。
静雄は白濁にまみれた指にそろそろと舌を這わせはじめた。形の良い爪の先から、節くれだった指の腹を丁寧に舌先でなぞり、指の股まで丁寧に愛撫を施す。熱い吐息を絡ませ、もどかしげに腰を揺する静雄に、臨也は満足そうに笑った。
「ほんと、どんどんいやらしくなってくね」
「……ふ、はぁ…ッァ、…言えた、義理か、よ…、んっ……」
静雄は後ろ手に腕を伸ばし、固く芯をもったそこを指先でなぞり上げた。臀部に押し付けられた臨也のそれは、下着越しにもはっきりと分かるほどに張り詰めている。
「……あーあ。せっかく汗を流してスッキリしたってところだったっていうのに」
額や首筋に滲んだ汗を忌々しげに拭いながら、臨也は「シズちゃんの部屋でセックスすると、どっと疲れるよ」とぼやいた。






蒸し暑い部屋で汗だくになって絡み合うイザシズを書くつもりが
いつの間にか静雄が一人で勝手におっぱじめてしまいました。
くっついてはいないけど、臨(→)(←)静な感じ。静雄は無自覚。
お互いに性欲を言い訳にしか触れ合えない汚れたピュア(笑)


(2012.8.28)


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