Happy happy birthday!
※静雄バースデー2013
年間365日を通して超多忙を極める新宿の情報屋・折原臨也も、今日という一日ばかりは休みを取る。なんといっても、長年想い続けてようやく手に入れた可愛い可愛い恋人のためなのだ。これまで散々傷つけてきた分だなんておこがましいけれど、今はただシズちゃんが喜ぶ顔が見たい。
彼が望むことなら何だって叶えてやるし、どこへだって連れて行ってやるつもりだ。自慢ではないが、それを実行するだけの経済的余裕は十二分にある。
「恋人の誕生日に休みが欲しいだなんて、貴方がそんな愁傷だと新宿に自販機が降るからよしてくれない?」などと、小姑のようにネチネチと嫌味をたれる波江の精神攻撃に耐えること約一ヶ月。予定通り、28日は一日通して休みをもぎ取ることに成功した(おかげで年末年始はほとんど無休で働き続けることになったので、そのとばっちりを受けた彼女が不機嫌になるのは至極当然の結果だろう)


27日から28日へと日付が変わる瞬間、「今日は一日休みをとったから、シズちゃんの家に行ってもいい?」とメールを送信。もちろん「誕生日おめでとう」の一言を添えることも忘れない。
時間が時間だから、返信はあまり期待していなかった。返事がなければ、合鍵を使って進入するまでだ。彼が目覚めたら、もう一度きちんと顔を見て「おめでとう」と伝える。勝手に入るな、とぶすくれながらも、シズちゃんはきっと頬をゆるめるだろう――。


軽く自分の世界にトリップしていた俺の桃色妄想を断ち切るように、握り締めた携帯が鈍い振動音を響かせた。条件反射で開いた携帯のディスプレイに視線を落とし、思わず間の抜けた声を上げる。
「……あれ?」
送信元はシズちゃんだった。「Re:」という飾り気のない件名をクリックして中身を開くと、そこにはたった一行「来てもいいけど、何もねーぞ」という言葉がつづられていた。
絵文字も顔文字も無いのはいつものことだ。シズちゃんは基本的にあまりメールが好きではないらしく、俺から送ってもたいがいは数行が限度のそっけない返信しか返ってこない。特に用もなくメールの往復が続けば「面倒くせぇから電話にしろ」と怒られる。
だから、これはいつも通りの俺とシズちゃんのやりとりで、なんら不自然なことはない――はずなのに、なぜだか胸の片隅にちくりと棘が刺さったような感覚があった。はっきりとは説明できないのだが、メールの文面ごしのシズちゃんが怒っている……というか、そっけないように感じる。シズちゃんと付き合うようになって、彼特有の「勘のよさ」のようなものが、俺にも備わったのかもしれない。
年末から数えると、直接会うのは実に一ヶ月半ぶり、心躍る久しぶりの逢瀬だ。しかも、今日はシズちゃんの誕生日。いくら今まで色恋に縁のなかった彼でも、俺が何をしに尋ねるかなんて分かりそうなものなのに。
頭の片すみに宿った不吉な予感を振り払うように、俺は手にした携帯をパチンと閉じた。



久しぶりに顔を見た恋人は、俺の不安をよそにいつも通りだった。
寝際だったのか、いつも通りの味気ないスウェット姿に、いつも通りのくわえ煙草というスタイルで出迎えてくれたシズちゃんに、ほっと安堵の息をつく。
早く顔を見たくてばたばたと押しかけてしまった自分を内心恥じながら、「お邪魔します」と玄関先で靴を脱いだ。いつもなら手土産にコンビニのプリン程度は持参するのだけれど、今日はそれすら失念していた。なんたる失態。
「ごめんね、寝てた?」
「いや。明日は誕生日だからゆっくりしろって社長が有給くれたからよ、帰りにトムさんたちと飲んできた。さっき帰ってきたとこだ」
「誕生日休暇だなんて、シズちゃんの会社もずいぶんと小洒落たことするねぇ」
狭くるしいキッチンの隅っこで紅茶を入れる背中が、小さく肩をすくめた。
「最近、女子社員が増えたからかもな」
「なるほど」
両手に携えたマグカップをテーブルの上に置くと、シズちゃんはフローリングに腰を下ろした。愛用のコートを適当なハンガーにつるすと、俺もその隣に腰を下ろす。
ベッドに背中をもたれるように並んで座りながら、ふう、とマグの中身に息を吹きかけるシズちゃんの横顔を眺めた。一ヶ月以上も会えなかったのは正直俺としても辛かったが、その分今日はとことん甘やかしてやれる。


視線に気づいたのか、こちらを見たシズちゃんの頬を指先でそっと撫でる。外から来たばかりの俺の指先が冷たいからか、ほんの少しだけ迷惑そうな顔をしたが、やがて指先に頬ずりするように目を細めた。頬から耳の後ろをたどって、金色の髪に指先を埋める。耳元に触れるだけの口付けをして、ひそやかな声を落とす。
俺のこの胸の中に溢れる愛おしさが伝わるようにと、願いを込めて。
「誕生日おめでとう」
ぱちぱちと数回瞬きをすると、シズちゃんは照れくさそうな笑みを浮かべて言った。
「まさか手前に祝われる日が来るとはな」
「俺だって、シズちゃんを祝う日が来るなんて思ってもみなかったさ」
顔を見合わせて笑い、そして、どちらからともなく唇が重なる。かさついた唇の表面を一舐めして、薄く開いた唇に舌を差し入れた。細い腕が背中に回され、互いの身体がぴたりと密着する。
薄手のシャツの裾から手を進入させた手のひらで、わずかばかり汗ばんだ肌を撫でると、シズちゃんが甘い吐息を漏らした。
「もしかして、期待してた?」
キスだけでこんなメロメロになっちゃうなんて、とからかうと、シズちゃんはムッとしたように口はしを歪めて「悪ぃかよ」と呟く。くそ、そんな反応、反則だ。
ただでさえ一ヶ月お預けをくらって、理性のたがが外れかけているところに、そんな事を言われてはたまったものではない。じっくりと時間をかけてとろとろに蕩かせてやろうと思っていたのに、我慢が効かなくなってしまう。
唇を奪いながら、たくしあげたシャツの下で主張を始めた乳首をつまみ上げる。指の腹で執拗にこね回せば、シズちゃんの身体は面白いぐらいにびくびくと跳ねた。
こうして触れ合うときを待ちわびていたのは自分だけではなかった。その事実に俺自身が何よりも興奮してしまって、ムードや甘い言葉なんてものにまで気が回らなくなる。
「……ン、ぁ、っ…」
薄い背中を支えてやりながら、脱力しかけた身体をフローリングに横たえた。
唾液に濡れた唇を指先で辿れば、恐る恐る伸ばされた舌に絡めとられ口腔内に招き入れられる。腰の奥が熱く重くなっていく。
「ごめん、余裕……ないかも。カッコ悪……」
荒い吐息混じりに侘びると、シズちゃんは「ばぁか」と囁いて、柔らかく笑んだ。


* * *


散々盛った挙句、シズちゃんを抱き潰して迎えた翌日の朝。
自らのふがいなさを挽回しようと、俺は早朝に目を覚ました。隣ですやすやと安らかな寝息を立てる恋人の寝顔をたっぷりと楽しんだあと、いそいそと朝食の準備にとりかかる。
使い勝手の悪いキッチンでまずは食材のチェック。家主の言葉どおり、プリンと牛乳がいくばくか置かれている意外は、冷蔵庫の中身はほとんど空に近かった。買い置きの食パンはしなびていたし、卵もベーコンもない。改めて、彼の食生活の貧困さに溜息がこぼれる。
「……いざや、」
「あ、おはよう」
空っぽの冷蔵庫を前に立ち尽くしていると、背後からあくび交じりに名前を呼ばれた。
綺麗に右側に流れた金髪をがしがしと掻きながら、立て続けにあくびを放つと、シズちゃんは俺を押しのけて冷蔵庫から牛乳を取り出した。
「本当にびっくりするぐらい何も無いね……」
「あぁ?だから言っただろうが」
「何もない」という言葉が文字通り空っぽの冷蔵庫を指すとは思わないよ、と反論しようかとも思ったが喧嘩になりそうなのでおし留める。
「今日はシズちゃんの誕生日だから、うんと美味しい朝ごはんを用意しようと思ってたのに」
ぶつぶつと文句を垂れる俺を横目にパックのまま牛乳を豪快に煽ったシズちゃんは、「誕生日……」と呟いた。
「そう、年に一度の誕生日。しかも俺達が付き合って初めての。だから張り切って休みも取ったし、今日は一日何でもわがまま聞いてあげるよ?」
白い髭の生えた口元に触れるだけの口付けを落とし、にっこりと微笑む。
ぼんやりと立ちすくむシズちゃんの手の中の牛乳パックを冷蔵庫に戻してから、昨晩のままハンガーにかかったコートを手に取った。
良い一日は、良い朝食から。まずは栄養たっぷりの朝ごはんを食べて、お姫様のリクエストに応えるのはそれからだ。シズちゃんのアパートから住宅街を進むと、小さな商店街がある。とりあえずは、そこで食材の調達をしないことには話が進まない。
頭の中で献立を組み立てながら、いそいそと玄関先へと向かう俺の後を、シズちゃんがのそのそとついて歩く。
「すぐ帰ってくるから、その間にシズちゃんはシャワーもでも浴びて――うぇっ」
びん、と首元が絞められ、思わず軽くえづいた。何かにフードが引っかかってしまったらしい。振り返ると、なにやら難しい顔をしたシズちゃんが右手に見覚えのあるものをわし掴んでいた。俺のフードだ。
「……今日は、俺の誕生日だからって言ったよなぁ?」
「え?う……うん?」
「何でもわがまま聞くんだよな?」
どうやら簡単には離してもらえないらしい。諦めて背後へと向き直ると、ようやく首への圧迫感がなくなった。シズちゃんにしては偉く回りくどい物言いに首をひねる。もしかして、昨日散々抱いたことを根にもっていて「今度はヤらせろ」とか言われるのでは……という不吉な考えが頭を過ぎる。
彼が本当にそれを望むのなら、一度ぐらい抱かれてやっても良いのだけれど、俺としてはやはり自分の身が心配だ。
「何が言いたいのかな?」
忘れられない誕生日にはなりそうだ、と苦笑交じりに言葉の先を促すと、シズちゃんは口をへの字にして俺を睨んだ。昨日メールを見た瞬間に感じたあの妙な感覚が、はっきりと実体を持って押し寄せてくる。それと同時に、その正体を垣間見たような気がした。
「別になんもいらねえから、今日はずっと、ここにいろ」
音もなく伸ばされた腕に絡め取られ、ぎゅう、と抱き寄せられる。肩口に鼻先を埋めたシズちゃんが、くぐもった声で呟いた。目を見開いて、シズちゃんの顔を見やる。表情は伺えないが、髪の間からのぞく耳はこれでもかと赤く色づいていた。
「欲しいものとか、行きたいところとか無いの?」
「ねえ」
「ご飯は?何もないから、出かけないってわけにはいかないでしょ」
「ピザでも取ればいいだろ」
「ジャンクフード……」
「うるせぇ。何でもいう事きくんだろ」
ためしに有名なデザートブッフェの名前を出してみたが、それでもシズちゃんはかたくなに首を横に振るばかりだった。
最高級レストランディナーや、夜景が見える綺麗なホテル、舌がとろけるような甘いスイーツ。格闘技観戦が唯一の趣味の彼を、有名なタイトルマッチに連れて行ってやるのも良いかなぁなんて考えていた。
彼が欲しがるなら、いくらでも、どんなものでも与えてやるというのに、よりにもよって俺なんかを選ぶなんて。本当に馬鹿なシズちゃん。一ヶ月間も放置してしまったが故に、彼が今一番欲しいものが俺になってしまうなんて、とんだお笑い種だ。
「何もいらないからずっと傍に居て欲しい」だなんて、きょうび少女マンガの登場人物でも言わないだろう。


来年のリベンジを固く胸に誓い、駄々をこねる大きな子供の背中をぽんぽんと叩いてやった。ばつが悪そうに歪んだ口元にキスを落として、折衷案を提示する。
「じゃあ、まずは一緒に買い物にでようか。すぐそこのコンビニで、プリン買ってこよう」
それなら良い?と聞くと、シズちゃんは満足そうに頷いた。
Happy happy birthday!






シズちゃんお誕生日おめでとう!臨也とお幸せに!!


(2013.1.28)




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