現実ってのァいつだって望んだ結末になんかなりゃしない。 元通りの世界、と思いきや、どうやらピースが欠けているらしいのだ。 ガシャン。錆びたフェンスが背に当たり、逃げ場を失ったことを知る。どっと冷や汗が吹き出て、渇いて粘つく口内で無理に唾液を嚥下した。 燃えるような空は、ゆっくりと近付いてくる見知らぬ男の銀髪を場違いにも綺麗な橙色に染めていた。 ガシャン。今度は俺の顔のすぐ脇へと置かれた手が、フェンスを派手に鳴らした。 「逃げてんじゃねーよ土方ァ、」 間近で聞く男の一層低めた声に、頭の中で警鐘がけたたましく鳴り響く。治りかけているはずの頭部の傷が再び痛んだような気がした。 何も知らない。何も分からないのだ。この男が誰なのかも、この男が自分を追い詰めるワケも。 ただ、あの落日よりもなお紅いその眸を直視したら最後、なかったことにしたかった全てが暴かれてしまうのだということだけはどうしてか分かった。 視線から逃れようとするかのように顔をそらし、フェンスを掴む男の拳へと視線を固定させる。 けれどそれが、気に食わなかったのだろう。 「……ッ!」 乱暴に顎を掴まれて唇を男のそれで塞がれながら、間近にその緋色を見てしまった。思考回路は状況を把握することを拒否し、その隙に性急に割って入ってきた舌に身体だけが燃えるように熱を持つ。 不意に恐ろしく感じて、抵抗を試みるもそれ以上の力で抑え込まれ、背後のフェンスが身動ぐたびに耳障りな音を立てた。 ―逃げてんじゃねーよ。 呼吸すら奪うような荒々しさに朦朧としながら、先ほどの男の言葉を思い出す。敵前逃亡は士道不覚悟で切腹、そんな御法度を作ったのは自分じゃあなかったか。そうは思うけれど。 腰に回った手が背骨に沿って下から上、明らかな意図を持ってぞろりと撫で上げ、その知らしめるような手付きに応えるように背筋が震える。 長くも短くも感じたその行為は、口腔に溜まる血の混じる液体をやむなく嚥下したのを合図に解放された。 「俺だけ思い出せねェって?」 ―冗談じゃねえ。 言葉を紡ぎながら、紅の双眸は相変わらず俺を射抜いている。 「…なかったことになんか、させるかよ」 何故そんなことが言えるのだと、酷く腹立たしくて同時に酷く胸が裂かれる思いがした。 俯いて、静かに目を伏せる。 小さく震える身体を叱咤して、もうお前に振り回されるのは懲り懲りなんだと呟けば、よく知る男は満足げに笑った。 11/8/6 残焦(企画) |