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生徒と教師





「…先生」

教室の窓からこちらの様子を眺める先生を見つけた。気付けば俺の足は先生の元へと駆けていて、慣れた教室へと踏み入れる。先生、と。呼吸を整え、ふわりと揺れるカーテンの中のその人を呼ぶ。しかし返事はない。

「先生、」

土方、先生。

二度目の呼び掛けに先生はゆっくりと振り返った。

「…なんだよ、こっち来ちまったのか」

少し笑って、先生は言う。
ああ、先生。こんな風に話すのも、こんな風に笑ってもらえるのも。

「先生見っけて…、泣いてるかと思って」

今日で最後、だなんて。

「…誰が泣くかよ。それよりお前いいのか?仲間たちとの別れを惜しまなくて」

言いながら先生は先ほどのように窓の外を眺め、校舎前で写真を撮り合い、抱擁を交わし、そして涙する卒業生たちの姿を見た。またふわり、と穏やかな風にカーテンが舞う。

泣いてたら良かったのにな、なんて思う。

「…十分に惜しみました」
「そうか」

ああ、どうして。なんで笑ってんの。先生が泣いていたなら、俺も泣くのに。

「…せんせい、」
「坂田」

震える俺の声に対して、酷く穏やかな声で俺を呼ぶ。素直に先生のすぐ傍まで歩み寄れば、先生の大きくて温かな手の平は俺の頭を撫でた。

「卒業、おめでとう」

たった一言、それだけ言うとその手はすぐに離れていった。離れた手は慣れた動作でポケットから煙草を取り出し、それを銜える。

「正直お前がちゃんと卒業できるか不安だったんだぞ?授業中は居眠りばっかしてるし平気で追試受けやがるし、何かと問題起こすし…本当、手が焼けたよ」

窓の外を見ながら、やはり落ち着いた声で先生は言う。白い煙は澄んだ青空に溶けていった。それを見ながら、鼻の奥がツンとなるのを感じた。

こんなとこで煙草吸っちゃってさ。真面目そうに見えて案外そうでもない先生も、それを見てみぬふりをするこの学校も、俺が言うのもなんだけどちょっとどうかしてるよ。俺は泣きたくて泣きたくて仕方無いのに、声すら震わせずにそんな事言えるあんたが憎いよ。

「…先生さ、わかってんの」

最後なんだよ、おれがここへ通うのも。この学生服を着るのも。この教室に足を踏み入れるのも。肩並べて、他愛もない話をするのも。
なあ、わかってんの。

「…最後、だなぁ」

目頭が熱くなった。
わかってんなら、少しは悲しい素振りしてみせてよ。いつまでも道理の解る教師面すんなよ。畜生、

「嫌だ…、嫌だ、先生。俺、先生にいっぱい嘘吐いた。…数学の授業退屈で眠くなるって言ったけど、先生の授業だからいつも楽しみだった。先生のマヨ好き馬鹿にしてたけど、先生の意外な一面を俺だけが知ってるのが嬉しかった。先生の煙草の匂い嫌いだって言ったけど、気付いたらそれすら好きになってた。不器用なとこも怒りっぽいとこも世話焼きなとこも、いっつも素直になれなくて言えなかったけど、先生らしくて好きだった…ッ」

視界が霞んでは頬に生温かいものが伝い、またすぐに霞む。止まらない。情けない。けど止まらない。
俺はもうここにいれないの?

「…ッ、…先生、おれ、嫌だ。ここにいたい。先生困らすかもしんねぇけど、本当の本当は、卒業なんてしたく、なかっ…、…ッ…また明日もここに通って、バカやって、先生に怒られて、ずっとみんなで…、先生の傍で笑ってたかった…!」

また、熱い雫を零して。クリアになった視界に映る横顔は泣いていた。窓の外を向いたままで、煙草を持つ手で顔の半分を隠して、確かにその睫毛は震えていた。

「…ッ」

小さな小さな嗚咽。初めて見た先生の泣き顔。


先生、

好きです


好きです



初めて、時間を止めてくださいってかみさまに祈った。








いやだなあ
まだあなたを思い出にしたくなど、








10/3/5