text | ナノ




大学生





「…あのさ、」

俺、童貞なんだ。



真剣な面持ちで坂田は言った。
ちらりと坂田を一度見てから、馬鹿じゃねぇの、って言ってやった。そんな冗談面白くない。

「…いや、お前に言おうか言わないか迷ってたんだけど、その、さすがにこの歳で童貞って情けないし恥ずかしいからなるべくなら言いたくなかったんだけど、でもやっぱ誰かに相談したいなぁって思って、するならやっぱお前かなぁって、思って」

恥ずかしそうに目を逸らし、言い辛そうにぼそぼそと坂田は呟いた。俺は坂田を凝視しながらその言葉の意味を改めて理解するべく固まった。
そしてもう一言。

「……嘘だろ?」

ピクリと肩を揺らして、坂田は俺を見てムッとした。そしてそっぽを向いて頭を掻き、やっぱ相談する相手間違えたかも、と拗ねたような声でポソリと呟いたのだ。

いやいやいや。
童貞?坂田が?いやいやいや。嘘だろ?俺ら大学生だぜ?は?お前天然記念物?
ありえねーだろ!

「…、………、なんで?」

まさかのタイミングでまさかのカミングアウトをされた俺は盛大に馬鹿にするより先に思わずその言葉が口をついて出た。思ったより混乱しているのかもしれない。
坂田は唇を尖らせてちらりと横目で俺を見た。





まずね、俺なんでセックスするかとかわかんねーの。だって別に子供作りてーわけじゃねーんだろ?気持ちいいからやってるだけなんだろ?それで幾億もの可能性を殺してるわけだろ?意味なんて特にねーんだろ?ムリ、ムリムリムリ。つーか女の性器がまずムリ、グロいじゃん。俺中学ん時さ、友達に無理矢理そういう本見せられてさ、トラウマなったんだ。だって、おっぱいは許せるけどアレはだめだろ。なあ、そう思わねぇ?いや思わねぇよな、うんわかってる、俺も思わない。結局何が言いたいって、女の性器がグロいって思ってたのは飽くまでそん時までの話であって、さすがに今は違うわけ。やっぱ俺も男だし。人間だし。周りより少しだけ、なんつーの、性の目覚め?が遅かっただけで。でもなんで目覚めたのにお前童貞のままなんだよ、とか思うだろ?俺も思うよ。右手に世話ンなりっぱなしだよ。でも仕方ねーんだよ、お前、バカにするかもしんねーけど、目覚めたとき既に俺は高3だったんだよ。怖いだろ。そん時の彼女とかさ、みんな経験済みだったわけ。それこそ一度や二度ならず。俺の彼女可愛い子多かったし。そんな彼女とさ、できると思うか?できるわけねーじゃん!俺童貞な上に性の知識浅いんだよ、上手くできるわけねーんだよ、俺遊び人に見られがちじゃん、なのに童貞って、童貞って、恥ずかしいじゃん!こんな風に俺ずげぇ悩んでんのにさ、彼女はそんな俺の気も知らずにヤりたがるしさ、もう、ぶっちーんだよね。だからちょっと言ってやったんだよ、そしたらばっちーんって。女の平手打ちって怖いのな。だから1ヶ月以上続いたこととかなかったと思う。いやあったかな、でもとにかくどの子とも長続きはしなかったよ。そんで気付いたら今度は大学生。やっべーって、さすがに思ったね。でも余計無理なんだ、大学生で、この風貌で童貞って、やっべーって、俺ちゃんと危機感感じてたけど、ムリ、ムリムリムリ。だってお前、絶対バレるじゃん!恥ずかしいじゃん!恥ずかしいんだよ!だから俺、誰かにこのこと相談しなきゃって思って、色々教えてもらおうと思って、そんでお前しかいないかなぁって思って。なあ、俺どうすればいい?セックスって何?あ、違う、セックスは分かるよ、当たり前だろ。ええと、できれば、童貞じゃない奴のセックスっての教えてもらいたいんだけど。え?土方は童貞じゃないよね?





だそうだ。
坂田は童貞な上バカだ。そして多分きっと、俺も大概バカだ。じゃなきゃ、どう考えたってこの状況はおかしい。バカ同士にしかできない、どちらか一方がもう少し冷静な頭の持ち主だったなら絶対に成りえない状況だ。


「これってさ、やっぱ男が脱がしてあげんの?最初から全部?それとも徐々に脱がしていく感じ?」

待てよ、待て。どうしてこうなった?よく考えろ、いくら自分がバカでもバカなりにこの状況を作る手伝いをした理由があるのだろう。思い出せ、俺。
あぁええと確か、今週末がレポートの提出日で、坂田ん家で二人でやることになって、最初は中々集中できないで喋ってばっかいたけどそのうちお互い集中してきて、そしたらいきなり坂田が自分が童貞であることをカミングアウトしてきたんだ。相談できるのは俺しかいない、と。そして坂田が童貞であるわけわかんねぇ道程をごちゃごちゃと説明しだして、最終的に俺に童貞じゃない男のするセックスってやつを教えろ、と。それだけなら仕方ねぇなって、可哀想な友人のために一肌脱ぐか、って程度だったはずだ。
そうだ、コイツ、自分が童貞のくせに俺を疑ったんだ。俺はそれが許せなくて、…

ああ、やっぱ俺もただのバカだ。バカの理由はやはりバカである。

「っ、」
「あはは、すっげ」

とにかく引き返せないところまで来てしまった。バカが揃うと碌なことがない。


「なあ、次はどこ触るべきなの?お前いっつもこのあとどうしてる?こう?」
「…ちょ、坂田、マジで勘弁してくれ」
「ええ、ダメだって、俺まだ恥ずかしいままだし!お前しか頼れる奴いないんだって」
「でもこの状況は絶対おかしいと思う、ぜ?」
「そうかな?別におかしくないと思うけど。だって俺、土方に助けてもらってるだけだもん」
「…そうなるのか?」
「うん」
「俺お前助けてんの?」
「うん」


そうなのか。そう言われればそうかな。
俺が納得しようとしてる間に、坂田は再び頭を沈めると俺の腹をべろりと舐めた。引き攣った声が出る。

「感じてんの?」

うるせぇ。悪寒がしただけだ。
あまりにもきらきらした目を向けられてしまったので、口には出さず代わりに目の前の銀色を睨み付ける。

ねぇ、どこがイイ?
銀色は喋り続けながら手を動かしている。いやに器用だ。でも頼むから黙って欲しい。坂田は耳からも俺を追い詰める。





キスはいっぱいされた方嬉しい?乳首でも感じんの?これってやりすぎ?しつこいと嫌われるか?キスマーク付けていい?ここってこうなってるモンなの?今のとこが好きなの?俺下手じゃねぇ?ちゃんと気持ちいい?ねぇ、答えてよ、教えてよ、ねぇ、ねぇ、ねぇ。


「…ッくそ、この嘘吐き野郎…!」








僕は妖精
、なんてね。








10/1/25