神様は死んだから 04
「雨宮蓮です。よろしくお願いします」 ごくシンプルな自己紹介と共に彼が姿を現したのは午後になってからのことだった。 「おいおい転校初日から遅刻とか…」 「普通の神経じゃないよ…マジ怖い…」 元々悪い印象の上にこの大遅刻だ。唯の周りではすぐにそんな会話が始まった。本人に聞こえないようにする気も特にないのだろう。 蓮は席に着くと担任の川上が面倒くさそうに指示を出し、隣の席の女子生徒が蓮に教科書を見せた。仕方なく嫌々、という様子がありありと見てとれて、唯は思わず顔を顰めた。不愉快だった。 教室の空気は午前中とすっかり変わっていた。クラスメイト達の姿も唯の目には別人のように映った。ただ蓮だけが、動じない雰囲気を纏っていた。最初からこうなることを承知していたように。
「雨宮くん、次移動教室だよ。一緒に行こ?」 チャイムが鳴り、次の授業で使う教科書と筆記用具を持った唯は席に座ったままの蓮を覗き込んだ。 「…高崎さん」 「あ、びっくりした?同じクラスだよー」 へらへらと笑って見せる。びっくりしたのは蓮だけではない。誰もが近寄りたがらない筈の転校生に唯が突然親しげに話し掛けたのを見て、クラスメイトたちがぎょっとするのを唯は背中で感じた。誰も予想していなかったことだろう。 ぐん、と背後から腕を強く引かれる。1年生の時から同じクラスだった女子生徒に、ほとんど引き摺られるようにして蓮から距離をとらされた。 「ちょ、ちょっと唯?何してんの…!?」 「え、だって雨宮くん教室の場所とかまだわからないかなって。準備してすぐ行くからさ、先行っててよ」 「そういうこと言ってんじゃないわよ…!」 あっけらかんと言う唯に女子生徒は焦れたようだった。しかし、唯の好意をこれ以上批判することに良心の呵責があったのかもしれない。更に声のボリュームを落とし、耳打ちした。 「なんかされそうになったらすぐ逃げるのよ?無理なら大声出すこと!」 「そんなことにはならないって〜」 軽く笑い飛ばして、唯は蓮の席へと戻って行く。まだ戸惑った様子でこちらを見ていた彼と目が合って、唯はなんでもないという風に笑った。
「ごめん、迷惑だった…?」 二人で廊下を歩きながら、唯は尋ねた。クラスメイト達への抗議の気持ちも少なからずあったので、やや強引だったかもしれない。目立ってしまって気を悪くしただろうか。 冷静になるとそんな不安が湧いてきたのだが、蓮は首を横に振ってくれた。 「迷惑なんかじゃない。この間も今日も親切にしてくれて感謝してる」 ほっとした唯だったが、蓮はすぐさま次の言葉を続けた。 「けど、このままじゃ高崎さんまで色々言われる。俺にはあまり関わらない方がいい」 「……。」 やっぱり、と唯は思った。彼はいつも自分のことより他人のことだ。 彼に同情しているのか、彼を助けたいのか、彼のことをもっと知りたいのか。自分の気持ちがどれに一番近いのかよくわからない。けれど、関わらないなんて絶対に嫌だった。 「でも迷惑じゃないんだよね?」 「え?」 「迷惑じゃないって言ったよね?」 「……いや…言ったけど」 後半部分を重点的に聞いて欲しかったのだが、唯は二言は許さないと言わんばかりにそこを攻めてくる。 「じゃああとは私の好きにしていい?」 その訊き方では、駄目だという権利は蓮にはない気がして口を噤んだ。元々口下手な方なので大概のことは思ったままストレートに伝えることにしている蓮だが、唯もなかなかストレートな人間のようなのでこのまま続けていても論破できる気がしなかった。 「…高崎さんって」 「ん?」 「変な人だな」 「え!?」 ショックを受けたように声を上げる唯を見て、蓮は笑う。その笑顔に唯は一瞬釘付けになってしまった。落ち着いていて大人っぽい印象の彼だが、笑うとやはりちょっと可愛い。 「ありがとう」 「あ、いえ、お礼を言われるようなことでは!」 急に固い話し方になってしまいまた笑われた。 ーーどうしよう、彼はなんだかこちらの調子を狂わせる何かがある。唯は得体の知れない焦燥感を感じた。 きっと素敵なところがいっぱいある人なのに、まだそれを皆は知らない。勿体無いなぁと思う気持ちと、偶然にも知れたことを幸運だと思う気持ち。もう少し彼と話していたいと思ったが、間も無く二人は次の教室の前に辿り着いてしまった。
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