TF 100題 | ナノ





0036:自重できたら苦労しない(メガププ)



 困った。これは大変に困ったことになった。
 メガトロンは今、長いトランスフォーマー人生の中で最大の危機を迎えていた。時折、信じもしないプライマスに祈ってみるなど現実逃避をしては己の馬鹿さ加減に苛立っていた。
「メガトロン様…」
「うむ…」
 そんな主に心配そうに声を掛けるのはショックウェーブだ。顔を俯きながら何かに必死に耐えているメガトロンをただじっと見つめている。
 うぅ…と主らしくない呻き声を聞いて、思わず肩に手を置きそうになるがやんわりと制されて右手が宙に止まる。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だ…と言いたい所だが正直辛い」
 絞り出すような声に、やはり…とショックウェーブは排気した。
「…まだ痛みますか?オートボットから手に入れた鎮痛プログラムとアンチウイルスプログラムは確かにインストールしたのですが…こうも効かないとなるとしばらくは療養が必要かも知れません」
「こ、この破壊大帝ともあろう者がなんと情けない…!すまぬなショックウェーブよ。お前にしばらくリーダー代理を頼んでもよいか…?」
「身に余る光栄です。何よりも御身のお体をご自愛くださいませメガトロン様」
「う、うむ…うぐぐ。それにしてもしつこいったらないわ…この感染性排気タンク炎症は…!」
 憎々しげに今己を苦しめている病気の名前を吐き出した。
 ショックウェーブは心からメガトロンに同情する。
 そしてブレイン内で改めてメガトロンを苦しめている病気の詳細を表示した。
 感染性排気タンク炎症とは、トランスフォーマーにとって不要になった排オイルを溜めておくタンクが大概下腹部に内臓されているのだが、そのタンクが何らかの原因でバグ…人間で言えば膀胱炎に酷似した炎症を起こした状態である。
 その原因としてウイルスが挙げられるのだが、これに感染すると厄介で排オイルを排泄する際に強烈な激痛と、排泄後の不快な残尿感にまず悩まされる。さらに重症化すれば機体内の抗ウイルス免疫システムがウイルス攻撃のために機体熱を急上昇させ、オーバーヒートを起こしてしまうのだ。
 要は急性膀胱炎に似た症状を起こすのである。
 そしてメガトロンの場合、重症化一歩手前の危険な状態なのだが。
 しかしそこは破壊大帝のプライドが病に伏せるなど許せず、部下たちの必死の説得にも関わらず活動した結果、容体が悪化してしまったのだった。
(おいたわしやメガトロン様…!)
 ショックウェーブは愛する主の矜持に内心涙する。
 今もこうして平静を装っているが辛いだろうに。無理をしているのがよく分かる。しかしこの状態をオートボット側に知られる訳にはいかないのも確かだ。
 もしもメガトロンが病に伏せているなどと情報が漏れれば、向こうがどんな攻勢に出るか分からない。オールスパークをまだ手中に収めていない今はどうしても戦力不足が否めない以上、迂闊に動かず潜伏した方が良さそうだと進言すると、メガトロンも異議はなく「そうしてくれ…」と力なく呟くのみだった。泣ける。
 ヨロヨロと立ち上がったメガトロンは、そのまま自室に戻ろうとおぼつかない足取りで歩こうとした。
 その時、ふとメガトロンはここにはいないオプティマスプライムの顔を思い浮かべた。
(そう言えばここ最近逢引きしておらんかったな…)
 考えることはそれだった。敵同士の身ゆえに表立って会おう訳には行かないため決めた日時と場所でこっそりと逢瀬を楽しんでいたが、最近はこんな体調のためにめっきり会う機会が無くなってしまったことを残念に思う。
 はぁ…と排気するメガトロンの背中を、事情を知る数少ない部下のショックウェーブは生温かい顔でーー単眼を半分にしてーー見つめた。
「…あのオートボットにお会いしたいのですね?」
 余りにも分かり易いと逆に可笑しく思えてきて、微かにショックウェーブは笑いを堪えながら聞くと、図星だったのかメガトロンの肩がビクリッ!と跳ねた。
「図星ですか」
「笑いたければ笑え」
「笑いはしません。誰でも病気になれば心弱くなるものですしお気持ちはわかります」
「そ、そうか…ならばよいわ」
 てっきり「やかましいわっ!」と怒鳴られるかと思ったが、こんな覇気のないメガトロンは酷く珍しい。ショックウェーブは少し驚いた。恐るべし感染性排気タンク炎症…!
「ですが、そのオートボットも少し心配ですね…」
「それは…何故だ?」
 メガトロンが訝しげに聞くと、ショックウェーブは「オートボット軍内のアカデミーにいた頃、医学の座学中に学んだのですが…」と前置きを置いて、
「どうもこのウイルスは性交渉で感染することもあるようで」
「は?」
「つまり…性病です。メガトロン様が発症したなら今頃そのオートボットも大変な状態なのではないかとふと思いまして」
 メガトロンの顔が青くなる。
「つ、つまりオプティマスも我と同じ症状になっていると言うのか?まさかーーー」
「いや、心当たりなんていくらでもあるでしょうに。相当野外でお楽しみだったようですから。あ、あと最後はきちんと洗浄していました?敏感な器官の洗浄と清潔は大事ですよ、メガトロン様。恋人へのマナーです。と、学びましたが」
「うぅぅ」
「…その様子だと怠っていたようですね…ならオプティマスプライムも発症しているかもしれません。向こうはどのぐらいの症状か分かりませんが」
「あぁぁぁ」
 メガトロンは頭を抱えながら崩れ落ちた。まさかこんなことになるとは露ほどにも思わず、忠臣の言った通り洗浄を怠っていた。機械の体だから平気だとタカを括っていたのは認める。が、まさかこんな事態に陥ろうとは…!
 おそらく、いや間違いなくオプティマスも苦しんでいるはずだ。それを喜べるはずがない。
 後悔に唸り続ける主に近づいたショックウェーブは、そっと触れて立ち上がらせた。
「メガトロン様。まずは自分を治すことに専念してください。そのオートボットも医者がいるので大丈夫でしょう(多分)さぁまずは休んでください」
「あ、ああ…ここは任せるぞ、ショックウェーブ」
 部下の言うことも尤もだ。メガトロンはふらつきつつも再度立ち上がった。相変わらず痛みは続くし何だか寒気すらしてくるが、気力を振り絞ってその場を後にした。
 残されたウェーブはやれやれ…と小さく排気した。



「…そっちも痛むんだな…私は高熱で起き上がれないよ」
『やはり貴様もか…奇遇だな。我も起き上がれんし何度もトイレと自室の往復で正直しんどい』
「ふふふ、破壊大帝らしくない言葉だな。まぁ私も他人のことは言えないが…うん、しんどい」
「『ハァ……』」
 秘密裏に設定した回線を通じてこっそりと会話していたオプティマスとメガトロンは、疲労感を滲ませながら排気した。
 とにかく怠いし機体が重い。ラチェット曰くアンチウイルスが攻撃しているせいで上昇した機体熱のために体が動かせないとぼやくと、ん?とメガトロンは不思議そうな口調で、
『体が動かせないだと?ならばトイレはどうしているのだ?それは排泄すればウイルスが排オイルで流れて治りが早いと聞いたが』
 尤もな疑問に、オプティマスはうっ…!と言葉に詰まった。
 何故か動揺している様子に、メガトロンはどうした?と聞くと、
「そうなんだ…動けないから、でもトイレに行く必要はあって…仕方ないから今は、その、あの…」
『?』
「…いわゆる介護用のオムツを…履かされてるんだ…』
 恥ずかしそうに呟かれた衝撃的な言葉に、メガトロンの思考が停止した。
 しばし無言のままフリーズし、口から出たのは。
『そうか…オムツプレイとはマニアックな…』
「違うっ!断じて違うから止めろエロ大帝っ!!」
『いやでもそーゆービデオがあると以前部下から聞いたことがあってだな…』
「どんな部下だ!私だって嫌だったけど体が動かないんだから仕方ないじゃないか…!」
『ああ、悪かった悪かった。もう揶揄わんからそう怒らないでくれ。貴様も大変だったんだな』
「まさかこんなウイルスに感染するとは思わなかったけどね」
『………』
「メガトロン?」
『…いや何でもない…オプティマス。我はしばらく養生しておるが、治した際は必ず貴様に会いに行くぞ』
 急に真剣な声で言うメガトロンに、オプティマスは照れ臭そうに笑う。
「ハハッ…私も楽しみにしているよ」
『今度からは大事に後始末してやるからな…』
「後始末?」
 何を?と尋ねるオプティマスにメガトロンは苦笑する。まさか性病だとは夢にも思うまい。流石にオートボットの医者にはバレているだろうが、馬鹿正直に今ここで告げる気は流石に無かった。破壊大帝でも。
 とにかく早く治れ。すぐにでも会い行きたいから。
 情けないが、今の心境はただそれのみだった。

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