初めて彼と会った時の印象は空っぽの箱だと思った。
我ながら機械生命体らしくない酷く抽象的な表現だと思った。しかしそれ以外に思い浮かんだ表現はない。外見から分かることは自分と瓜二つの姿形。違うのはただ色がブラックカラーを主体としていることと、残りは性格だろう。
もう一人の色違いの自分が目の前にいる。それが余計に周囲の困惑を誘う。
「…何にも喋らないね〜」
「無口な子なのかしら?ねぇオプティマス、この子ってどこから来たの?」
「…センチネルの話だと、つい先日誕生したばかりのオートボットらしい。プロトフォームに入力されたCNA情報がたまたま私と同じだったんだそうだ」
へぇ〜と興味津々にバンブルビーとサリが真っ暗なもう一人の自分を遠慮無く眺め回す。
もちろんオプティマス自身も戸惑いが隠せないが、仮にもプライムである以上は平静を装わなければならない。
警戒されないよう笑顔を浮かべながら一歩彼の前に進んだ。
「私はオプティマスプライム。君の名前は?」
「………」
反応無し。
「やっぱり喋らないんじゃん」
「ひょっとしてまだ共通言語をダウンロードしてないとかぁ?」
「人格形成が初期型とは言え、基本的な動作プログラムは我々と大差ないはずであるが」
つまりそれはこちらの言葉を理解し、かつ喋れるはずだと言う事。
アイアンハイドとプロールは首を傾げた。
オプティマスはラチェットに振り返る。
「ラチェット?」
「一応、おいが診断チェックしちゃる」
あまりの反応の無さに心配になったラチェットは、彼の顔に手を触れ綿密な全身スキャンを開始する。
その間もやはり彼は無表情のまま身じろぎもしない。
「…まるで人形みたいだな」
思わずそう口にしてしまう。
全ての感情が何もないまっさらな箱。まだ傷一つ無いそのオプティックには、この世界がどう見えているのだろう?
そんなことを考えていたら、スキャンが終了したラチェットがポンッと彼の肩に手を置いた。
「特にこれと言った異常はなか。健康優良児じゃ。喜べオプティマス、こいつはお前さんの兄弟みたいなもんじゃっど」
「は、はぁ?私の兄弟だって?」
「わぁ〜じゃあこの子が弟で、オプティマスがお兄ちゃんになるのよね!?」
呆然とするオプティマス。
何故かサリが嬉しそうにはしゃいでいてブレインが痛くなって来る。
「ねぇ、兄弟ってあのジェットツインズみたいなものなの?」
「いや、ツインズ達は元々一つのスパークを分け合った存在で言わば双子じゃど。こいつの場合はオプティマスと同型機であるだけで、スパークはまた別もんじゃ。だから双子ではなか」
「…よく分かんないけど、弟が増えて良かったね〜オプティマス!」
「よ、良かった…のかな?」
「私に振られても困るである」
ですよねー。
内心、どこぞの武器商人の口癖でつぶやいた。
…ふと、オプティマスは彼が真っ直ぐ自分を見ていることに気づく。なんの感情も浮かべていない真っ赤なオプティックにドキリとしてしまう。
(本当に鏡の自分を見ているようだ)
ほんの少しだけ怖さを感じてしまったが、すぐに愚かしい考えを振り払った。
確かに彼は自分に瓜二つだが、敵ではないはず。
しかしこの後はどうしよう。
まずは彼の名前を決めなくてはとオプティマスが言った途端、仲間達が一斉に挙手して各々の考えた名前を叫び始めた。
@バンブルビー
「じゃーまずは僕!ブラッディ・ブラッドリーハンターなんてのどう!?」
「どこの何を狩るハンターだ!却下!次!」
Aサリ
「あたしはね〜もうちょっと可愛く考えてみたわ。ダークネスギガンティスってのはどうかしら?」
「…なんか銀河を滅ぼすラスボスみたいな名前だな…それに可愛くはないから、すまないが却下だ」
Bアイアンハイド
「んー。宇宙空間みたいなイメージでデネブってのいいんじゃあないかなぁ?」
「白鳥座α星の固有名詞か。確かに悪くはないな…」
Cラチェット
「いちいち考えるのも面倒臭いのう。オプティマスの名前を捩ってオライオンと名付けりゃあよかよ」
「う、ま、まぁそれも悪くは無いが、なんだか別の意味でヤバい気がする…最後にプロールは?」
Dプロール
「かつて全国行脚の世直しをした伝説の副将軍水戸光圀公はどうであるか?(ドヤァ)」
「……………却下」
次々と却下しまくるオプティマスに苛ついたらしいサリとバンブルビーかブーブーと不満の声を上げた。
「もー!せっかく私達が一生懸命名前を考えてるのに、さっきから文句ばっかりじゃない!」
「そーだよ!そこまで言うならオプティマスが名前考えたらいいじゃん!」
「わ、私が?しかし私はセンスなんて欠片も無いんだが…」
チラリとラチェットに助けを求めるオプティマスだったが、ラチェットは肩を竦めて諦めろと訴えるのみ。
アイアンハイドはボーッとしているし、速攻で却下されたプロールは不貞腐れながらさっさと消えてしまった。
もちろん真っ黒な彼は無表情だ。
こうなっては後に引けぬ。オプティマスは腕を組みながら渋々名前を考え始める。
(真っ黒だから…真っ黒…まっくろ…クロ…)
ピコーンとブレインの中で白熱電球が点灯した。
Eオプティマス
「…じゃあ、クロで」
「「「は?今何て?」」」
「いや、だから真っ黒だからクロがいいんじゃないかなーと、私は思ったんだが。あ、あれ?皆どうしたんだそんな呆れたような顔をして。なぁラチェット。クロはいい名前だと思わないか?」
「…まぁお前さんがそう思うんならそれでいいんじゃなかと?ハハッ」
「なんで苦笑いしながらため息をつくんだ!?やっぱり私はセンスが悪いのかい!?なぁサリ!?」
「ん、んー。まぁクロでもいんじゃない?彼が気に入ってくれたらだけど」
生暖かい目をしながらサリは彼を見上げた。
ハッとオプティマスも彼に近づく。
「ならこの際好きな名前を君に選ばせよう!何番が気に入った?」
「…………」
「な、何番がいい?」
「………………E」
「えっ」
「……Eがいい」
「マジ…?」
「てか、喋れるんじゃん!?ちょっとオプティマスより低い声だけど」
「え、ええと。ならクロでいいんだな?本当にクロでいいんだね!?」
「………」
ちょっと嬉しそうなオプティマスに肩を掴まれる『クロ』はコクンと頷く。
ええぇ〜マジかよ…などとドン引きな仲間達。
「そういうわけで今日から彼の名前はクロだ。皆よろしく!」
そんな空気に気付いていないオプティマスはクロの肩を抱きながら高らかに宣言する。
しかしいつまでも名無しのままでは困るのも確かだから、彼が気に入ったのならそれでいいか。
半ば自分に納得させてクロを受け入れる仲間達は、彼が喋れると分かってからいろいろと質問攻めにしたり握手したりと和気あいあいな雰囲気になったが…
「…それ黒猫の名前である」
この光景を天井裏から眺めていたプロールは呆れた顔でポツリと呟いた。
(終)