*素敵企画『春と修羅』様へ提出させて頂きました



『もしもし?』

電波に乗って耳に届く声は、最後に会話をしてからそんなに時間が経っていない筈なのに、酷く懐かしい響きに感じられた。

『珍しいな、ヒナタの方から電話してくんの』
「うん、そうだね…あ、今話して大丈夫?」
『おー、もう仕事終わったし。そっちは?』
「今日は、講義がお休みだったの」
『うらやましー。俺も休みてぇ!』

そしたらヒナタに会いに行けんのにな、と拗ねたようなその言葉に、会えない寂しさで冷え切った心がほんのり温かくなった、気がした。

「──ありがとう、キバ君」
『ん?何だよ、急に』

どんなに遠く離れていても、彼の存在は、いつだって私を暗い場所から掬い上げてくれる。その事実だけで、十分だと思った。
そう思えたなら、きっと、まだ大丈夫。もう少しだけ、一人で頑張れる。

「あのね、キバくん──」
『ヒナタは知ってると思うけどさ、俺は短気だし、我慢強くもねぇし、それに、考えるより先に行動するって方が、性に合ってんだ』

タンタンタン、と階段を登る音がする。中心地から外れた住宅街に建つこのマンションは、夜ともなると、小さな物音でさえはっきり耳に届く程静かだ。

『俺は、声聞くだけじゃ全然足りねえよ』

温かさに包まれた感情に、ひゅっ、と不意に隙間風が入り込むような寂しさが襲った。けれどそれは、さっきまでの辛いだけのものではない。冷たくて凍えそうな心の一番奥には、彼に焦がれてやまない想いが熾火のように熱を放って、私をたまらなくさせる。こんな気持ちを、恋しい、と呼ぶんだろう。
カツン、と一際大きな足音が響き渡った。

『だから、会いに来た』

インターホンの呼び出し音が鳴った瞬間、一目散に玄関へと駆け出していた。狭い部屋の、玄関までの距離でさえ、酷くもどかしい。勢い良くドアを開くと、携帯電話を片手に驚いた様子で佇む彼がいた。

「つーか、インターホンくらい出ろよ。危ねぇだろ」
「だ、だって…っ!」
「あー…ごめん。ただ心配で…だから、んな顔すんなよ」

ぽん、と軽く頭を撫でた、彼の手のひらが余りに温かくて、私は彼の胸にしがみついた。ぐしゃぐしゃの涙声で、ありがとうとごめんなさいを伝えると、彼は困ったように笑う。

「あのさ…大分恥ずかしいから、一回しか言わねーけど」

強い力で抱き返されて、彼の顔を見る事ができない。それをこんなにも悔しいと思うのは、きっと後にも先にもないんじゃないだろうか。

「お前だけじゃねーぞ、寂しいのは。…俺だって、寂しいんだ」

この先きっと、何回だって寂しくなるんだろう。けれどこの寂しさは、もう私一人のものではない。彼も同じだというのなら、寂しいという感情ごと、全てを愛してしまおう。彼を愛する事の喜びも悲しみも、全部、私のものなんだ。
そう思って、初めて本当の意味で彼を好きになれた、そんな気がした。



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