彼女が好きだという雨を、俺は嫌いだ。雨は様々なものを掻き消して、人より鋭敏な筈の己の感覚を、たちまち役立たずにしてしまう。音も、匂いも、全てが雨の中へ閉ざされる。だからそんな日は、彼女の元へと急ぐ。

「―――何で」

雨が降るのは空が泣いているからだ、と言ったのは誰なのだろう。それが本当かどうかなんて知る由もないし、そもそも興味なんてない。それでも、全てを覆い隠す雨の世界というのは、誰にも悟られないようひっそりと涙を流すのに、恐らくうってつけの環境なのだろう。

「キバ、くん…?」

驚いたように瞬くその両眼は、腫れたように赤い。降りしきる雨に紛れてしまったのか、涙の名残は見当たらないが、きっと長い間、泣き続けていたのだろう。独りきりで、声も上げずに、ただひっそりと。

「何で、独りで泣くんだよ」

雨が好きだと、彼女は言った。それはきっと、誰にも知られる事なく、声を上げて泣けるから、なのだろう。悲しいのなら悲しいと、苦しいのなら苦しいと、誰に憚る必要などない、泣きたいのなら、思い切り泣けば良い。なのに、そんな時まで必死に何かを堪えている彼女が酷くいじましくて、そんな時でさえ彼女に何もしてやれない自分が嫌になって、いっそこっちが泣きたい気分になってくる。

「ごめんね…でもね」

キバ君に心配をさせてしまうのが、私にとって、一番辛い事だから。そんな事を言って、涙目で柔らかく微笑む彼女は、きっとこの瞬間、誰よりも強い。
抱き寄せた細い身体越しに見る空には、灰色の雲間から、一筋の陽の光が射し込んでいる。もう、雨は降らないだろう。



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