献上品 | ナノ







何気ない、いつも通りの変わらない日常。意識して考えたことはないが、多分、これが幸せっていうことなんだろう。
コンロの前で煮込み料理の味見をする。うん、これなら味にうるさい兄も弟も満足してくれる筈だ。さっき焼きあがったパンもテーブルに置いたし、サラダも既に用意済み。エプロンの結び目を後ろ手で解いて適当に自分の椅子にかけたところで、がちゃりと玄関のドアが開く音がした。

「おかえりなさい、ルドガー。今日はユリウス兄さんよりルドガーの方が早かったのね」
「……ああ、ただいま」

ルドガーの返事にはどこだか覇気が無かった。無理もない。ルドガーはユリウス兄さんと同じ、一流企業であるクランスピア社の一員だ。私には詳しい仕事内容は解らないが、疲労も人一倍なのだろう。

「今日は疲れてるみたいだし、先に二人でご飯にしよっか。ユリウス兄さんには悪いけどね。ほら、ルドガーも座って」

ルドガーに背を向けて、私は料理を出そうとキッチンに向かう。ルドガーにはユリウス兄さんには内緒に特別に大盛りにしてあげよう。ふふ、と笑っていると、後ろからぽつりとルドガーの声がした。

「───いや、食事は要らない」
「ん?ルドガー、何か言った?ちょっと待っててね、今そっちに運ぶからその時に、」

その瞬間。ぱん、と破裂音がした。したと思ったあとに、ぱん、ぱん、と立て続けに辺りに音が響く。
……一体、何の音だろう。ルドガーに聞こうと振り返ろうとしたら、お腹と胸が、あつい。
胸を撫でると、ぬるりとした感触がした。

「え」

手は真っ赤だった。これは、私の、血……?
それを自覚した瞬間に腹と胸が痛んだ。いや、痛いどころじゃない。燃えてしまうようだった。けれども身体はどんどん冷えていく。寒い。凍えてしまう。
立っていられずにその場に崩れ落ちた。ぱりん、と持っていた皿も落ちて割れる。ああ、破片が飛び散ってしまった。早く片付けないと。
顔を少し動かして、ルドガーに目を向けた。ルドガーの視線は、氷のように冷ややかだ。そんな顔も、出来たんだね、ずっと一緒に居たのに知らなかった、よ。

「るど、が」

ルドガーの手には拳銃が握られていた。今更ながらに、私は撃たれたのだと気付いた。
ルドガーが私に近付く。ぱちゃんと音を立てて私の血溜まりを踏んでいる。

「くつ、よごれ、るよ……」

ルドガーは私の言葉を無視して、膝を血溜まりについて私のそばにしゃがんだ。さっきより近くなったのに、何故だかルドガーの顔が良く見えない。
ルドガーの手が私の頬に触れた。

「ねえさん」

ルドガー。もう私の言葉は声にならない。手も、指先すら動かせない。

「ねえさん」

ルドガーの声も、水中に居るかのように篭っていて聞こえにくい。ルドガーの手が、頬から首に移った。

「俺は、ねえさんのこと、一度も姉さんだなんて思ったこと無かったよ」

ぱきん、と何かが砕ける音がした。ルドガーは私に向かってまた少しだけ口を動かしたけれど、それはもう私には聞こえなかった。



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