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ミズキ



 煌々と電気のつくリビングのソファに、ぐったりと横になる相方の姿に笑みが溢れる。明日は漸く定休日だから、無理に起こす必要はない。

「おつかれさま」

 肌触りの良いブランケットを肩までかけてやると、お気に召したのかムニャムニャと口を動かしながら相方は更に深い眠りに落ちた。


 お笑いコンビの相方から人生の相方になった花とは、養成所で出会った。お笑いの世界に嫌気が差して辞めようと思ったまさにそんな俺の目の前に、花が現れた。

『俺、ピン芸人目指してるハナって言います。急に話しかけてごめん。でもどうしても水樹くんに伝えたいことがあって』

 そう言って初めて話しかけてきた花は、そのままノンストップで十五分間一方的に話し続けた。普通なら何だコイツとなる話だが、この十五分が俺の世界を完全に変えてしまった。
 今まで誰も理解しようとしなかった俺の内面を、まるでそのまま見てきたかのように理解して話す花に衝撃を覚えた。
 花は大きく勘違いしているが、俺の相方を望む者の殆どがこの容姿を利用しようと考えている奴らだった。

『水樹はネタも面白いけど、やっぱあの容姿だろ。絶対女受けしてすぐ売れる』
『どんな形でもとりあえず売れたもん勝ちだしな』

 裏ではいつもそんな会話が繰り広げられていて、誰も俺と真剣に漫才をしようと思っていない。中には単に俺と不埒な関係になりたいがために近寄ってくる奴もいた。
 そんな中、花は驚くほど俺のネタしか見ていなかった。それは俺にとって、養成所に来る前の人生を含めても初めてのことだった。
 お笑いのことでいっぱいだった頭の中は、気づけばガラリと花のことに入れ替わった。ここで花を逃したら、もう二度と俺を本当に理解してくれる人間には出会えない。
 大袈裟でなく、それは確信だった。

『俺の人生にはお前が必要だ。この先もずっと、俺と一緒にいてくれ』

 まさかその意味が全く一ミリも伝わっていないとは思わなかったが。あれだけ俺への理解が深い花だから分かってくれると思っていたが、よく考えてみれば花はいつだってお笑いだけを見ていた。本当にストイックなのは俺ではなく花の方なのだ。下心満載の俺にとって、あの日からお笑いは花と共にいるための手段になっていたのだから。

 相方と芸能界の両方を辞めると言った花は頑なで、初めからすれ違っていた俺に彼を止める術はなかった。
 まあ、諦めるつもりもさらさら無かったが、考える時間というのは俺よりも花の方にあるように思えた。だから言われた通り一年我慢した。コンビ名は捨てず、物理的に離れているその一年間も共にいるつもりで生きていた。
 花は全く俺の気持ちを分かっていなかったから一年後の俺の選択に酷く驚いていたが、そんなものはどうでも良かった。
 また同じ道を歩けるのなら、それまでのことなどどうでも良かったのだ。

「ギリギリまで働いてたのか」

 ソファの前にあるローテーブルに散らばるのは、休み明けからスタートする新メニューのチラシだ。

『お笑い以外だったら、何がやりたい?』
『あ〜、そうだなぁ……俺は弁当屋やりたいな』

 昔何気なく聞いた質問に、花はそう答えた。

『弁当屋?』
『俺、実は料理好きで調理師免許もっててさ。最近は女性向けのオシャレな弁当とか増えてるけど、俺は断然男向けの、少ない小遣いでもガッツリ食えて満足感たっぷりの弁当作ってみたいんだよなぁ』

 今度こそ人生の相棒にと花を口説き落とした俺は、花が昔話してくれたその話を持ち出した。

「え、俺とお前で弁当屋?」

 毎日死んだような顔でサラリーマンをする花を見ていられなかった。どうせ一度きりの人生なら、好きなことをやって死にたいし、好きな人には楽しい顔をして生きていてほしい。

「営業とか食材の値段交渉、銀行とのやりとりとか税理士との話は全部俺がやる。だから花はメニュー考えるのと作るの、店の切り盛り頼みたい」

 花は一瞬ポカンとして、次の瞬間には目をキラキラさせた。

「ま、まじ?」
「マジ、大マジ」
「でもお前、顔バレ酷いだろ」
「それだって営業の強みになるだろ。あ、味見も俺がしてやる」
「それはお前が食いたいだけな」
「バレたか」
 
 笑うと花も泣き笑いみたいな顔をした。

「一緒に準備して一緒に頑張ろう。一緒に、人生楽しもう」

 もう一度、一緒に隣を歩こう。握り合った手は、キスよりも熱くて柔らかくて、優しかった。



 ローテーブルの上のチラシを纏める。ソファの上には先ほどと変わらず花がぐっすり眠っている。

「可愛いな」

 芸能界時代は誰も理解していなかった、花の真面目で不器用なところ。ピン芸人だったのも、ピンが良かったわけじゃなくてうまく相方を探して口説けなかったからだ。
 花は五年前のあの日、自分の存在を知られていないこと前提で俺に話しかけてきたが、実のところ話しかけられるよりずっと前からちゃんと花のことは知っていた。もちろん、名前も認知していた。
 花のネタは正直面白くなかった。もしかしたらお笑いの才能はあまり無かったのかもしれない。それでもお笑いに取り組むその姿は、スクールの誰よりも真剣で真摯だったし、だからこそ俺の本質が見えたのかもしれない。俺のネタの良さを最大限に引き出せるのは、花しか存在しなかった。
 あんな曇りなき眼で自分自身を真剣に肯定されて、惚れない奴がいるだろうか。自分の人生の相方にはコイツしかいないと運命を感じた。
 コンビを組んでからは、花のその真面目で不器用で人間臭い人柄に惚れ直すばかりだった。

「花、可愛い」

 眠っている花の髪に指を滑り込ませ耳にかける。

「今日はゆっくり休んで、明日は爛れた一日にしよう」

 しっかりと閉じた瞳に笑い、真っ赤に染まった耳輪にそっと、口付けを落とした。



END




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