アンタが好きで、たまらないっ!
「部長、部長っ、……部長!!」
「っわ、な…なに!?」
「どうかしたんですか? 今日ずっとボケ〜っとしてますけど」
後輩の村雨に指摘され、漸く自分が意識を飛ばしていた事に気付いた。
「何でもない何でもない〜。さ、あのクソ生徒会役員たちにインタビュー行くぞ!」
「相変わらず酷い扱いっスね。あんな美形達捕まえて」
信じられないって顔をする村雨を、俺は鼻で笑ってやる。
「馬鹿言うな。美形? イケメン? 男前? はっ! ンなもん糞食らえだっつーの。俺はイケメンがダァアアァッい嫌いだかんな!!」
そ! 俺は天下のイケメン嫌い、黄銅学園三年、新聞部部長の三澤弥様だっ!!
◇
「先輩また週末のパーティ欠席ですか?」
この学園の生徒会長である、いけ好かない男から聞き出した情報をパソコンで纏めていると、後輩の村雨が寄ってきた。
「先輩も偶には参加しましょうよ」
「するよ」
「何でですかぁ〜…って、え!?」
「だから参加するって」
村雨は高い身長の腰を折り俺のデスクに手を付くと、只でさえデカイ目を目一杯広げた。
「なっ、なんで!? なんでなんで!?」
「はぁ? 来い来いって煩かったクセに何なんだよ」
「だって! 先輩今まで殆んどパーティに参加してないじゃないですか! 何でまた急に!?」
玩具を見つけた子犬みたいに目を輝かせる村雨に頭を痛めつつ、俺はニヤける口元を必死で隠した。
俺は今週末を、ひと月以上も前から今か今かと待ちわびていたのだ。あと二日もしたら、やっと…
あの人に会える。
◇
由緒ある黄銅学園の生徒会にリコール事件が起きたのは、今から凡そ半年ほど前の話だ。当時生徒会長だった楢崎斗真は、たった一人の手で傾いた生徒会を支えて居た。
新聞部で生徒会長特集の担当となった俺は、殆んど脅される形で楢崎の手伝いを始めたのだが…。その時、一体誰が予測出来ただろうか。
学校一、いや日本一と言っても過言では無いほどの美形嫌いな俺が、とんでもない美形に、しかも男に惚れるだなんて。
その上、恋人同士になるだなんて。
「弥ぅ〜、もう直ぐ出るわよぉ」
「へいへい」
緩んでいたネクタイをキュッと締めたところで、姉と妹が俺の部屋を覗き込んだ。今日は兄弟揃ってパーティに参加する為、実家に戻って来ている。
「アンタそれ、新しいスーツ?」
「…そうだけど」
姉が怪訝な顔で訪ねてくるので頷けば、今度は妹まで顔を顰めた。
「やだ、お兄ちゃん彼女でも出来たの?」
「アンタが格好を気にするなんて信じらんないんだけど!」
「うっ、煩いな!!」
思わず顔を赤らめれば、姉妹達は更に大きな奇声を上げた。
ザワザワと騒めく会場の中は、いつも通りギラギラと欲に濡れた男女の視線が飛び交っていた。矢張り好きになれないなと溜め息を吐く。
蝶のように飛び回る元気な姉妹を、今日ばかりは羨ましいと思った。
「先輩!」
着いて早々、壁にもたれてぐったりとしている俺に村雨が駆け寄ってくると、ニカっと人好きのする笑みを見せた。
「信じらんない! 本当に来たんですね!」
カラカラと良く笑う村雨は、特別イケメンって訳ではないが良くモテる。多分、その人目を惹く高身長と、そしてこの憎めない子犬の様な笑顔が決め手になるのだろう。後は人懐こい性格か。
「だからぁ、何度も行くって言ったろ?」
「だって俺がこの会に参加する様になってから、先輩一度も来たことないんですもん。もう十回以上開かれてるんですよ? どう言う心境の変化ですか?」
クリンクリンの純粋な瞳で覗き込まれ、俺は居た堪れない気分に陥った。
(全然会えない彼氏に会いに来た…なんて)
「言えるわけねぇ〜」
「え、何ですか?」
「何でもねぇよ」
俺は誤魔化す様にして、手に持っていたグラスの水を飲み干した。
俺が楢崎と“恋人”なんて括りに入ったのは、今年の2月14日の事。人には絶対言えない乙女感満載なこの記念日を、俺は密かに気に入っていたりする。
バレンタインのチョコを橋渡しにして繋がった俺たちは、楢崎が卒業するまでの間、蕩けたチョコレートみたいな蜜月を過ごした。と言っても、その蜜月は余りに短かった。
卒業式を迎えた楢崎は、春から通う大学への準備に忙しく寮生活の俺に会いに来る暇なんて無かった。それは梅雨入りした今でも相変わらずで、その代わりに毎日電話やメールを欠かさず寄越してくれたが、寂しさや不安、電話の後ろで聞こえる声への嫉妬は膨らむ。
でも言えなかった。だから俺は、いつも余裕のある振りをしていたんだ。
(それももう、限界)
自分の気持ちを認識した途端、そこから育つ俺の感情は早かった。素直じゃ無い俺はいつだって言葉になんて出来なかったけど、心の中には楢崎への気持ちが溢れてた。
早く、貴方に逢いたいです。
「そう言えば、今日は楢崎グループのお孫さんも参加するらしいですね」
「あ〜…、へぇ、そう…なの?」
急に楢崎の名前が出て思わず目を泳がす。
「俺、実はまだ会ったこと無いんですよねぇ〜。この会って高校上がらないと呼んでもらえないじゃないですか?」
「そうだったか?」
「そうですよ! 一度でいいから噂の楢崎斗真に会ってみたくて、毎回参加してたのにちっとも来ないんだもんなぁ」
「……大学、忙しいんだろ」
お前よりも、何万倍も俺のが逢いたいっつーの! 俺が少しだけムッとしたところで、パーティ会場の一部がやたらと黄色い声を上げた。
「あ! 遂にお目見えですよ!!」
村雨に促され向けた視線の先に、色気溢れる男前が、そのモデル顔負けの体に濃いブルーのスーツを身に纏い現れた。
彼が歩く度に黄色い悲鳴が上がり、女も男も性別なんて関係無く青年に腕を絡めようとするそれは、いつか見た光景と同じだった。
そんな彼らに、嫌な顔ひとつせず笑顔を向けている好青年。
あの頃と違うのは、きっとこの俺の胸中だけだ。
楢崎に絡む若者達が疎ましい。
何勝手に触ってんだよ。
俺だってまだ、目すら合わせて無いのに。
何で真っ直ぐ俺んとこ来ないんだよ。
女なんか腕に絡ませて…。
俺が奥歯をギリっと噛み締めた所で、漸く楢崎が俺の方を見た。目が合ったその瞬間、彼がふっと微笑む。それだけで俺はもう限界で、グワァッと込み上げた目元の熱を堪えるのに必死だった。
楢崎が、俺の元へと歩いてくる。待ってるだけなのがもどかしい。足が、自然と彼の方へ動いた。
「楢崎さっ「楢崎斗真さんですよねっ!?」」
殆んど走りだすように一歩を踏み込んだ俺の前に、滑り込む様にして割り込んだのは村雨。
「俺、村雨って言います! ずっと貴方にお会いしてみたかったんです!! 会えて嬉しいです!!」
驚いて止まった楢崎は、それでもやがて皆んなに向けた笑顔を村雨にも向けた。
「そりゃあ光栄なことで。ありがとな」
ニコッと笑った楢崎に、村雨が頬を紅く染めたその瞬間。
――ブツッ
俺の頭の中で何かが切れた。
「うわぁっ!?」
「「「きゃあぁあっ!!」」」
村雨の慌てた声と、周りから上がる先ほどとは色の違う叫び声。俺の手には、近くのテーブルから奪ったグラスが握られていた。
ハッとした時にはもう遅かった。グラスの中は空っぽで、その大半は楢崎が頭から被っていたのだ。
「ぁっ、」
「……つ、めたぁ」
「先輩! 何してんすか!?」
村雨の怒鳴り声で涙腺が緩み、楢崎の濡れた姿に涙が溢れた。
(俺、何してんの…)
こんなの、原動力なんてただの嫉妬だ。そんな醜い感情で、ずっとずっと逢いたかった相手に水をぶっかけるなんて…。
言葉なんて何も出てこなくて、ただただ手が震えた。
「何やってんですか先輩! っわ!?」
俺のグラスを持つ手を取ろうと村雨が手を伸ばす。でも、そんな村雨の手は何故か楢崎に捻り上げられていた。
「ぃたっ、えっ」
「コイツに触るな」
「え…」
ぺっ、とゴミを投げるように村雨の手を捨てた楢崎が次にとった行動は、俺を抱き上げることだった。そのままスタスタと会場から出て行ってしまう。
「楢崎さん!? 先輩っ!!」
村雨の呼ぶ声に、楢崎は一度も振り向かなかった。
「弥、顔上げろ」
「ひっ、く……ッ、う」
下ろされたのは会場の外にある庭園。
楢崎に顔を上げさせられ、嫌でも目を合わせられてしまう。困惑している楢崎を見て、謝らなきゃって思うのに言葉は喉につかえて出て来ない。
「弥、言いたいことを全部言え」
「ぅっ、ふう…うっ、」
楢崎の長い指が、俺の涙を優しく拭った。たったそれだけの事で、俺の言葉は土石流の様に流れ出した。
「んなっ、な…で、」
「うん」
「何で、他の奴にっ、笑ってんの?」
「………」
「何でっ、他の奴に触らせてんのっ?」
「………」
「なっ、何で! 直ぐに俺んとこっ、来てくんないんだよ!?」
「弥…」
「俺が妬かないとでもっ、思ってんの? 待ってないとでも、思ってんの!? 酷いよっ、ンなに待たせといてっ、他の奴に笑いかけるなんて! 嫌いっ!! アンタなんて大嫌いっ!!」
「弥っ」
「嫌だ嫌だっ! 嫌だぁあっ!!」
ぎゅうって抱きしめられたら、もっと涙が止まんなくなった。
「悪かった、弥」
「ぅああぁあっ、うっ、うっあぅっ」
「悪かった」
「うぇぇ〜」
抱き締めたままヨシヨシと撫でられる。俺はひっ、ひっ、と嗚咽を煩わせながら、久しぶりに嗅いだ楢崎の香りに頭をふわふわさせていた。泣き過ぎて酸欠だった事も原因かもしれない…。
「はぁ、俺もアホだな」
ふわふわする頭の上で、楢崎が溜息と共に呟いた。それは随分と情けないの声だったから、俺は思わず顔を上げる。
「格好付けた結果がコレだ」
そう言って楢崎がもう一度俺の涙を拭う。
「俺だってお前に逢いたかったよ。周りの奴らなんか蹴散らして、一番に駆け寄りたかった。でもそれを堪えて、余裕のある振りをしたんだ」
「へ…?」
見上げた先の楢崎は、困った顔のまま笑った。
「好きな奴の前でくらい、余裕のある男を演じたかったんだよ。この鈍チン」
「いでっ!」
ピコンっ、と額にデコピンを受ける。
「最初から素直に行きゃあ良かった。そしたら泣かせずに済んだのにな?」
「んっ、」
今度は指じゃなくて、柔らかい唇が目元に落ちた。
「俺はお前しか見えてねぇから。お前以外に意味なんて持てねぇから。だから頼むから泣くなよ。俺はお前に泣かれるのが一番辛ぇ」
そう言って楢崎が俺の首筋に顔を埋めた。
「楢崎さんも、俺に逢いたかったですか」
「当たり前だろ? さっきも言ったろ」
「浮気、してませんか?」
「する訳ねぇ。それもさっき言った」
「俺、楢崎さんが好きです。」
「それもさっき言った……は?」
驚いて顔を上げた楢崎に、笑って見せた。
涙でぐちゃぐちゃの顔は、お世辞にも可愛いなんて言えないだろう。けど、俺は満面の笑みを浮かべて笑って見せたんだ。
「大好きです」
そのまま奪う様に重ねた唇。楢崎のそれは珍しく悪戯に動かなかった。
驚いたまま目を見開いてずっと俺を見ていたかと思うと、徐に「はあぁぁぁ〜ッ」と脱力して芝生の上にうつ伏せて倒れこんだ。
「楢崎さん?」
「…………」
「え、大丈夫っすか?」
心配して覗き込むと、楢崎が仰向けに向きを変え大の字になった。
「…ハァ………お前早く卒業しろよぉ…もう離れてんのキツすぎる」
泣きそうな声で呟く楢崎に、俺は思わす噴き出した。
「ぶくくっ!!」
「あー? お前何笑ってんだよアホぉ。俺ぁ本気だからな? さっさと嫁に来いよもぉ〜」
「ぶぁあはははっ!!」
駄々をこね出した楢崎に、腹がよじれる程笑いが込み上げた。
あんな格好付けた笑顔なんかじゃなくて、今見せてる情けない子供みたいな顔が嬉しかった。
この顔を知ってるのは、きっと俺だけだから。
「待ってて下さい、すぐ嫁に行きますから」
「絶対だからな?」
互いに笑い合い、また唇が重なった。
今度こそ、あの二月に交わした蕩けるようなキスだった。
二人だけの世界に入った俺たちは気付いてない。俺たちの一部始終を、会場のみんなに見られていた事に…。
こうしてまた、波乱が幕を開けたのだった。
おわり☆
戻る