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 明け方の空の下。
 ふらふらとした足取りで古いアパートに辿り着く。玄関を開けば、そこには草臥れた靴が何足が転がっていて、嫌でもいつもの日常に戻ってきたのだと思い知らされる。
 今日は土曜日。いつもなら金曜の夜から泊まりでコージの世話をしているはずなのだが……正直いまはそれどころじゃなかった。
 よたよたとした足取りでキッチンに行き、コップに水道水を注ぐと一気に飲み干す。
 頭をスッキリさせたくて喉に流し込んだ冷たい水は、しかしぼんやりする頭も、いまだにジクジクと熱を持つ体もスッキリさせてはくれなかった。




 ───ギッ、ギッ、ギッ、ギッ、

 エロ本でしか見たことのなかった擬音を、まさかこんな形で聞く日がくるとは。

『あっ、あっ、やっ! あぁあっ、あ!』

 揺さぶられる度に、目の前でチカチカと星が瞬く。
 仰向けで足を左右に大きく開いたその間に、美しく引き締まった体が入り込んでいた。
 先ほどから忙しなく自分の中に出入りしているそれは、自分のモノよりかなり大きく立派だったことを思い出す。身長に二十センチも差があれば仕方のないことかもしれないが、そんなものが、まさか自分の体の中に入るなんて。

『あっ! はっ、やぁあっ! あぅっ、あっ』

 しかもそれによって、こんなにも快感を得られるなんて……。俺はもはや恥も外聞もなく善がり狂い、口からはだらしない声が漏れ出るばかり。溺れるように開いたそこで、舌が踊る。

『ああっ、まどかっ、まどかぁ!』
『んっ……賢太、気持ち良いか?』
 
 生まれて初めて経験するアナルセックスで、ここまで快楽を拾えるものなんだろうか?

『きっ、もち……! きもち、ぃよぉ』

 激しい快楽の波に翻弄された俺は、壊れたオモチャのように気持ちいい、気持ちいいと泣きながら叫んだ。そんな見苦しい俺を見下ろす綺麗な顔は、なぜか柔らかく笑んでいる。

『んっ、んぅ、ん……』
『ん、キスも上手くなってきたな』
『はふっ』

 合わせられていた唇が離され、それを寂しく思った舌が彼の舌を思わず追っていた。息の仕方も分からずキスに溺れそうになった少し前のことが、嘘みたいに思える。
 長い時間をかけてゆすられ続けた体からは、もう色のない液体しか出ていない。あまりの快楽に、快感はいつしか恐怖へと変わりかけていた。

『まどかっ、まっ、まどかっ!』
『んっ、ふっ、……どうした?』
『こわいっ、こわっ、こわいぃ』
『賢太?』
『まどかっ、手ぇ、つないでっ、てぇつないで』

 円は瞳を細めて俺を見ると、必死でシーツを握りしめる俺の両手に、自身の両手の指を絡めて握りしめた。まるで、愛し合う恋人みたいだ。

『これでっ、怖くないか?』
『んっ、ん! あっ! あっ! ンぁあっ!!』
『ッ、』

 案の定達した体はビクビクと痙攣を起こすばかりで、円の立派なモノとは正反対の、小柄な自分の体にふさわしいそこからは何も出てこなかった。
 達した俺から少しして、円の体も何度目かの絶頂を迎えて奥で震えた。初めは怖かった生暖かい感触すら、いまでは『気持ちいい』に変換されてしまうから恐ろしい。

『はっ、』

 くたりと力なく体を投げ出した俺の上で、円が汗ばんだ髪を掻き上げた。綺麗な男はそれだけの仕草でも様になる。
 少し動いたことで体勢が変わると、中に入ったままのソレがまたいいとろを微かに擦った。

『ンあ!』

 思わずあげた声に円が笑った。

『初めてなのに、随分と淫乱な体になったな』

 望んだ通りになったな、と意地悪にそう言われて言い返したくなったのに、全身が甘く痺れて上手く動かない。
 恨みがましく切長の瞳を睨みつけると、瞼の上からそっとキスを落とされた。
 ゆっくりとした動作で、中から円が出ていく。

『あぁ……』

 抜け出ていくその感覚にも体は震え、思わず円の腰を足で挟んだ。また、笑われる。

『可愛いヤツ』

 落とされた言葉の意味は全く分からなかったが、空っぽになったそこが酷く寂しく感じた。
 そんな俺の顔に円が触れるだけのキスをたくさん降らして、最後にそっと、唇を重ねた。

『賢太、明日は休みか?』

 明日……といってももう日付は変わっていた。
 先ほどまで埋められていた場所はまだ物足りなさそうに疼くのに、声を出すのも億劫なほど疲れた俺は、ただコクリと頷いた。そんな俺の髪を、円の指が優しくすいた。

『じゃあ、このまま眠ろうか。シャワーは起きたら浴びよう』

 もう一度触れるだけのキスをすると、円の腕の中にぎゅっと抱きしめられた。
 人の体温って、こんなにも暖かくて気持ちがいいのか……。俺は円の肌に擦り寄って瞼を閉じる。それから意識が闇の中に落ちるのは、あっという間のことだった。


「ハァァァ……」

 空になったコップをシンクに置くと、俺は手で顔を覆って蹲った。
 確かに、抱いてくれるなら誰でもいいと思っていたし、それによって自分がめちゃくちゃにされても良いと思っていた。痛みも、辛さも、全部耐える覚悟でいた。
 好きな人に愛されることのなかったこの自分の体など、どうなったっていいと思っていたのだ。それなのに……。

「めちゃくちゃ優しかった……」

 昨夜バーで会ったばかりの名前しか知らないような相手に、それはそれは優しく抱いてもらい、初めてだというのに死ぬほど善がり狂った。
 目が覚めたらいなくなっていてもおかしくない状況で、あの男───桐原円は俺が目覚めるまでちゃんと待っていて、その後共に風呂に入り、後始末の仕方まで教えてくれた。
 その際、またしても兆してしまった俺のそれを、円は呆れることなく処理してくれた。

『俺にだって好みってもんがあるんだよ』

 そう言って一度は拒絶したのに、あんなにも丁寧に抱いてくれたあの人は、間違いなく優しい。
 恥ずかしさや緊張で生意気な口を何度も叩いたけど、それくらいは俺だって分かっていた。
 ベッドの上で、俺の濡れた髪をタオルで拭きながら円が言う。

『賢太。余計なお世話だとは思うけど、昨日みたいな真似はもうやめろ』

 どうしてか、すぐに返事はできなかった。
 黙り込んだ俺の肩口に円が顔を埋めると、彼は祈るように呟いた。

『お前は……ちゃんと愛されるべきなんだ』



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