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滝谷くんの憂鬱*

 元から下がっている眉が更に垂れ下がって見えるのは、決して見間違いなどでは無い。
 たたった今、滝谷マコの機嫌は極限まで降下していた。

「マコさぁん、諦めましょう? 総長に逆らえる訳無いんですからぁ。側に居られるだけまだマシだと思いましょうよ、ね?」

 マコの舎弟の様な立場であるミヤが軽く言う。
 だからマコの機嫌は更に降下した。
 だって、ミヤの言うことはその通りだからだ。

 マコは器用に眉だけ下げたまま、溜息と共に空を見上げる。
 楽しみにしていた中学の卒業は、あっという間に胃の痛むものへと変化した。

 ―――俺の元に来い

 そう書かれた簡素な手紙は、マコの手の中でぐしゃりと握り潰された。


 ◇


 滝谷マコ、15歳(♂)
 極限まで色を抜いた髪には、鮮やかな赤色を染み込ませてある。
 身長は170にギリギリ届かない残念な高さだが、腕っ節は相当強い。
 そう、彼は所謂不良な中学生だった。
 一般的とは言えないカナリ荒んだ家庭に育ち、ある意味正当に成長した結果だ。

 マコが中学1年に上がったばかりの頃のことだった。
 青少年は完全に補導される時間帯、煌びやかな街の中を、マコはガラの悪い高校生たち数名と彷徨いていた。
 だが、歳上と言うだけで偉そうな彼らとの時間は酷く退屈なもので、辟易した気分で歩いていた。

 そんな時ふと目に入った細い裏道。

 排他的な街の中で、薄暗い路地裏と言うのは危険が満ちているものなのだが、この時のマコはどうしてか呼ばれている気がしてならず、路地裏に繋がるその裏道から目が離せなかった。
 有り難いことに、高校生達はマコの遅れに気付いちゃいない。
 そのまま誘われる様にして路地裏へと吸い込まれていった。

 そうして彼は運命の出逢いをする。
 その辺り一帯を仕切っている族の総長である、灰原瑞貴(ハイバラ ミズキ)との遭遇だった。



 ◇


 ハラハラと舞い散る桜の樹の下に、淡いピンクが白く見えてしまうほどに燃え盛る赤い髪が揺れていた。
 広大な敷地内で、マコは完全に迷子だった。
 きっと、とっくの昔に約束の時間は過ぎているのだろうけど、辿り着けないものは仕方ない。
 諦めた彼は、優しくそよぐ風に吹かれながら桜の樹にもたれ掛かりうとうとと眠りの船を漕いでいた。

「コラッ! マコ! こんなとこで何してやがる!!」

 せっかく素敵な世界に飛び立てそうだったのに、バシンッという大きな音とともに頭に痛みが走る。

「いったぁ……あれ、悠太くん」
「あれ、悠太くん。じゃねーよ! お前何やってんだよこんなとこで! 約束の時間とっくに過ぎてんぞ!? 着いたら即行で職員室に来いって言ったろ!」

 マコはプンスカと怒る男を、眉の垂れた顔で見上げた。
 女が好みそうな優男な彼、悠太は、灰原の族の幹部だ。
 悠太の手には分厚い書類が握られている。どうやらこれでマコの頭を叩いた様だ。

「ああ…そのぉ、道に迷いまして」

 ポリポリと後頭部を悪気なくかくマコをみて、悠太は溜息をついた。

「お前…相変わらず方向音痴だな」
「分かってんなら迎えに来て下さいよ」
「おっまえなぁ!」

 再びプリントを振り上げかけた悠太だが、ハッとして手を下ろしマコの腕を掴んだ。

「お前と遊んでる時間は無いんだった!ほら行くぞ!」

 俺、遊んでもらってたんだ。なんて言うマコのセリフは耳に入れず、悠太はそのまま引き摺るようにしてマコを職員室に連れて行った。



 その日は、マコにとっては面倒臭いことの連続だった。
 元々こんなデカイ、謎な学園に行くつもりのなかったマコは、準備が間に合わず他の新入生よりも遅れての入学となった。(試験? それは聞いちゃいけない黒い部分だ)
 その為手続きが色々と大変らしく、職員室に数時間缶詰めされる羽目になった。

 やっと解放されても、教室へ向かう途中で凄い数の好奇の目に晒された。
 辿り着いた教室の中に詰められているクラスメイトとは、一人も気が合いそうに無い。

 この学園は全寮制だ。
 一歩外へ出るのにも許可が要る。
 その上なんと、男子校だと言うではないか。
 マコにとっては牢獄以外の何物でもないこんな学園に、わざわざ好き好んで入るはずが無い。
 それもこれも、全部灰原のせいなのだ。

『俺の元に来い』なんて手紙を渡すから。

 マコは灰原に逆らえない。
 いや、逆らう気がないのだ。
 自分が灰原のモノだと理解しているから。
 それにマコは、死ぬ程灰原に会いたいのだ。
 会ってすぐに髪をわしゃわしゃとかき混ぜて欲しい。
 だが、ここの場所はマコにとって地獄でしかなさそうだ。

「まぢ帰りてぇ…」

 マコが本気で泣きそうになって机に伏せると、教室の中で突如悲鳴みたいな声が一斉に上がる。は? 何だようっせぇな、と思った時、聞きなれた声が教室内に響いた。

「マコ!」
「……あれ、悠太くん」

 教室の後ろのドアから悠太が手招きして呼ぶ。
 クラスメイトの大多数が、どこから出してんだ? って言うほど甲高い声でキャアキャアと騒いでいる。
 どうやら悠太を見て興奮しているようだ。
 まだこの学園の仕組みを理解していないマコは、全ての事態に首を傾げながら悠太の元へと向かった。

「マコ、屋上行くぞ」
「総長?」
「ああ、お待ちかねだよ」

 その言葉に漸くマコの荒んだ心がほっこりした。
 ここに来た理由に、やっと会える。
 彼に会うと言うことは、少しの憂鬱が待ち構えていると言うことなのだが…彼に会えるなら何時もの様に耐えるだけだ。

 歩き出した悠太の後を追うようにして、マコも屋上へと足を向けた。





「久しぶりだな、マコ。元気だったか?」

 青空の下でフェンスに凭れかかる男は、その長い髪を片手でかき上げた。

 日本人にしてはカナリ高い身長に、どこから生えてんの!? って程長い足。
 腰まである長い黒髪は、痛み知らずでツヤツヤ。
 髪と同じ色の切れ長の瞳は黒曜石の様に煌めいている。
 売り出したら即完売しそうな鼻筋と、片端だけを上げる薄めの唇は男のマコから見てもセクシャルに映る。
 族の総長である灰原瑞貴の容姿は、まさに神の悪戯かと思うほどに美しいものだった。

「総長!」

 久しぶりに会えた嬉しさに、マコは灰原の元へと前を歩く悠太を追い越し走り寄った。わしゃわしゃと髪を掻き回される感覚に目を細めると、灰原はくくっと喉を鳴らした。

「何だ、何時もより甘ったれだな」
「総長が最近ちっとも帰って来てくれなかったからでしょ?」
「だから呼んでやったろ?」

 そう言われて、呼ばれた場所であるこの学園のことを思い出したマコは唇を突き出した。

「こんなとこ、嫌いですよ…」
「まぁそう言うな。教室には戻らなくて良いから」

 つまり、ずっと灰原の側に居ろ。と言うことだ。
 マコは満足そうにコクリと頷く。一気に気分が上昇した。だが…

「じゃあマコ、確認させろ」

 その言葉で、再びマコの気分は降下した。マコの一番憂鬱な時間だからだ。

「そんな嫌そうな顔すんな」

 再び喉を鳴らして笑った灰原が歩き始める。屋上から出て行く灰原の後を、未だ憂鬱な顔をしたマコが付いて行こうとすると、すれ違いざまに悠太に肩をポンと叩かれた。
 それは、『ドンマイ』って意味だった。





「全部脱ぎな」

 全部とは、全部だ。
 マコは言われた通り、灰原に連れてこられた空き教室のなかで身に付けていたもの全てを脱ぎ捨てた。もちろん、下着もだ。

「そこに手をついて後ろ向きな」

 腰までの高さのロッカーに手をつき背を向けたマコの肌の上を、長くて冷たい灰原の指がスルリと滑る。顔を左右に向けさせ首筋を確認すると、指は肩から肩甲骨を辿り、そして腰までゆっくり落とされる。

「ぅ……ッ、…ぁ、ぅ…」

 灰原の刺すような視線が、全身を隈なくチェックする。
 マコの身体に、傷が付いていないか確認しているのだ。

「ひぁっ!?」

 灰原が、マコの一番苦手な場所に触れた。小ぶりの双丘を撫でた後に、割り開いたのだ。

「ぁっ、うぁっ」

 そのまま再び柔らかい肉をくにくにと揉んだ後に、灰原がマコの項にちゅっとキスを落とした。
 これはマコの好きな行為だ。
 
「良い子だ。今度は前向きな」

 マコの心臓がドキリと跳ねる。
 灰原のチェックに反応をしてしまった自身を晒け出さなくてはいけないからだ。




「ん、何処にも傷は無いな」

 後ろ側同様に首筋から爪先まで確認をした灰原がオッケーを出す。
 そうして漸く、マコはほっと息を吐くことが出来るのだ。

「服は……もう着ても?」

 微妙な反応見せるソレを早く隠したくて問うが、灰原はニタリと意地の悪い笑みをこぼして言った。

「そのままで辛く無いのか?」

 こう言われた後にされる行為は一つだ。灰原の手で、ひたすらに抜かれまくる。

「お、お手柔らかに……」

 だが、案外マコはその時間が憂鬱では無かったりする。




「腫れ上がるまでは…やめてくださいね?」
「さぁどうかな、久しぶりだしな」
「っ!?」

 やっぱり、憂鬱かもしれない…


END





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