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【あらすじ】
 美形騎士×捕虜平民。弟を背に庇ったノアが対峙したのは、伝説の騎士である白騎士のレイヴァンだった。『弟を助けたくば、お前が私の物となれ』
 その手を取ることは、果たして弟を救う路となるのだろうか…
※若干の残酷描写あり


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 散々弄んだ躰から抜け出した男は、非常に機嫌よく俺の耳元で言った。

「約束だ、明日弟に会わせてやろう」


 ◇


 2年前、突如同盟国であった西隣の国、イフィーリアに襲われた俺の母国リンジー。
 リンジーはあまりに小さな国であり、それを5倍しても足りぬ敷地と人口と戦力を持つイフィーリアに、それも突然襲われてはひとたまりも無かった。
 母国は、1日と持たずに落とされた。

 何故リンジーが潰されなければならなかったのかは、2年経った今でも俺には理解できない。
 初めこそリンジーの東隣の国、リュッセルとの戦争に向けた作略だったと予測されたが、その予測も確信を得るに至ることなく歳月が過ぎ、寧ろイフィーリアとリュッセルは以前に増して同盟の絆が強まっている様にも見えた。

 燃え盛り焼け落ちる、俺たちの国。
 泣き叫ぶ子供の声と、それに答えることの出来なくなった大人たちの沈黙が国中に広がっていた。その様子は凄惨としか言い様が無く、今思い出しても気が狂いそうになる。

『ハリー! 下がってろ!!』
『ノアッ!!』

 幼い頃から身体の弱かった弟のハリー。
 あまり外に出ることの叶わないハリーの肌は白く、その年十五となる同い年の少年達よりも随分と華奢だ。そして過去に患った病によって片足が不自由となったハリーは、走ることは勿論、普通に歩くことさえも困難だった。

 それを嘲笑うかのように、濁流の如く押し寄せてくるイフィーリアの兵士たち。俺たちが囲まれるのはあっという間だった。

『………』
『弟を傷付けたらっ、殺してやるっ!!』
『………』

 不気味な程静かに佇む兵士たち。
 そんな中、突如奴らがサイドに別れ道を作る。その割れた道の先には、こちらへと向かってくる一人の男の姿があった。

『イフィーリアの…白騎士!?』

 “守護神”とも呼ばれているイフィーリアの四天王騎士の中でも、唯一神の加護を受けたとされる伝説の騎士が、白騎士のレイヴァンだ。
 実際に見たのは初めてだった。だが、それでも一目で分かった。
 他の兵士たちとは全く存在感の違う…敵わない、と瞬時に知らしめる目に見えない何かを男は携えていた。

 男が身に纏う白金の甲冑には傷一つ無く、美しい光を放っている。
 “あの男に傷を負わせることは神であっても不可能だ”
 そんな噂が嘘偽りない事を十分に今理解し、恐怖した。俺たちは今日この場所で討たれ朽ちるのだと分かってしまったから。
 だが、それでも俺はハリーを守らなければならない。

『………』
『………』

 全身から冷や汗が流れ、ボロボロの短剣が手から滑りそうになるのを必死で堪えていると、静寂を破りレイヴァンの声が響いた。

『それはお前の兄弟か』
『ッ、』
『兄弟を助けたいか』

 俺よりも遙かに高い背と、しっかりとした体躯。
 甲冑の中にはさぞ無駄なく鍛え抜かれた肉体が収まっているであろうその姿に似つかわしい、美しいとも取れる声がアーメットを通して流れ出す。

『……弟は、俺の命に替えてでも守るッ!!』

 俺は握り直した短剣を白騎士に向けた。すると突然レイヴァンが笑い声をあげる。

『何が可笑しいッ!!』
『いや、勇ましい…と、思ってな』

 レイヴァンに向けた短剣は、地震でも来たかと思う程にガタガタと震えていた。震えていたのは剣だけでは無い。先ほどからずっと、膝が大笑いを続けている。
 情けない…俺はキュッと唇を噛みしめた。
 すると、それを上から見下ろしていたレイヴァンがもう一度口を開く。

『お前に慈悲をやろう。弟の命は助けてやる。その代わり、お前は私の物となれ』

 その囁きこそが地獄への入り口だったのだと…その夜男が甲冑を脱いだその時、俺は漸く思い知る。



 散々弄んだ躰から抜け出した男は、非常に機嫌よく俺の耳元で言った。

「約束だ、明日弟に会わせてやろう」



 ◇



「ノア、身体の具合は平気なの?」

 華奢な身体は相変わらずだが、儚げで美しい容姿は更に磨きがかかったように見える。2年も経てば、病弱とは言え成長期だったハリーも随分と成長していた。
 それとも、俺がいつも床に伏せったまま会っているからそう思うのだろうか…でも、どうしようもなかった。

 あの男の遊びはいつも激しい。

 この2年の間。
 月にたった一度だけ会う事を許されるその日に、俺が立ち上がりハリーを迎えることは一度も出来やしなかった。

「いつもこんな格好ですまないな…不自由はしていないか?」
「大丈夫、良くしてもらっているよ」

 にっこりと笑うハリーを見て、俺は居た堪れなくなり目を逸らした。

 首が、
 焼ける様に痛い……

 ハリーが部屋から去った後、俺は重い身体を引きずりながら与えられた部屋の中にポツンとある棚へと足を向ける。
 そこには2年前に持ち込んだものが、ずっと大切に仕舞い込んであるのだ。

「ハリー…」








「案外バレないものね」
「その様にしろと言ったのだ、当然だろう。それよりもアリッサ、早くその姿を解け。不愉快だ」

 レイヴァンの隣を歩くハリーは、瞬時に豊満なボディを携えた女性へと姿を変えた。その姿は一目ですべての男を虜にする程に麗しい。

「随分と遠くへ遠征させられていたと言うのに、帰って早々に嫌な仕事をさせるだなんて…貴方、相変わらず鬼よね」

 アリッサは魔術師の証である美しい赤毛を掻き上げ流した。

「それにしても、殺すことは無かったんじゃない? いつだって大人しくしていたのに…それにとても美しい子だったわ。牢に閉じ込めておくには惜しい程に」

 まるでお気に入りのオモチャを捨てられた子供の様にグズるアリッサを見て、レイヴァンが再び口を開いた。

「アレはノアを“愛している”と言ったのだ」
「兄弟なんでしょう? それのどこが悪いのよ」

 長い睫毛に縁どられた大きな瞳をはためかせ、アリッサがレイヴァンを見上げ首を傾げる。そんなアリッサの言葉をレイヴァンは鼻で笑って見せた。

「兄弟だから何だと言う?ノアを愛する者はこの世にふたりも必要ない」

 颯爽と歩く男の後ろで、アリッサが大きく溜め息を吐いた。

「あの子も随分と恐ろしい男に目を付けられたものね…」



 ◇ ◇ ◇



「どうした。今日はいつに無く良く啼く」

 毎晩毎晩、立ち上がることが出来なくなる程俺を蹂躙しつくす男が、2年前と変わらず美麗な顔で笑って言った。
 この笑顔を一度見せられたなら、老若男女問わず腰が砕け、皆が皆、彼にすべてを捧げるなどとのたまうのだろう。実際、この国の実権はもう彼の手中に有った。
 王も王妃も、そして次期国王となる王子でさえも彼の虜なのだから。

 この男に母国を焼かれただなんて、そんな悲惨な過去さえなければ俺も…この男に堕ちていたかもしれない。

「弟に会えたのがそれ程に嬉しかったか?」
「ぁッ、つ…きに、一度しか無い……機会、ですか、らっ、あぅっ、」

 攻め立てられる中で途切れ途切れにそう言えば、レイヴァンはその切れ長の瞳をスッと細めた。それはどこか俺を咎めている様にも思えたが、そんなことは俺にとって些細な事だった。
 今更何の咎めを受けようとももう、俺には関心の無いことだ。
 この命は、ハリーの為に有ったのだから。

「ぃあぁあっ!!」

 俺の想いが伝わったのか、レイヴァンの動きが先ほどよりも荒く激しくなった。
 その動きに快楽を拾い悶える躰が、俺には忌々しくて仕方なかった。だが、今日だけは違う。

「はっ、あ…あうっ!」

 一際強く良い処を擦り上げたそれに奥深く入り込まれ、目の前に火花が散る。それに身悶えた動きを利用して、俺は手を枕の下へと忍びこませた。




 アンタは俺が気付いてないと思っているんだろう?
 先ほど部屋にやって来たハリーがハリーでない事に。
 ハリーがもうこの世に居ないと言う事に、俺が気付いていないと思っているんだろう?

 だけど、俺は知っている。

 今日の明け方、ハリーは首を落とされた。
 その痛みで俺は目が覚めたのだ。
 誰がやったのかなんて分からない。だが、それを指示したのは間違いなくアンタだろう、レイヴァン。

 アンタは知らない。
 いや、誰も知らないし気付きもしない。
 何処をどう取っても似ていない俺たちが、魂を分け合った双子であると言う事を。その双子の感覚が常にLINKされていたことを。

 俺たちは常に繋がっていた。
 痛みも、悲しみも、そして…快楽さえも全て。

 ハリーは確かに無事だった。
 暗く冷たい場所に閉じ込められていようとも、暴力を振るわれることは無かった。だが、俺に与えられる痛みと快楽を感じ取り、ハリーは少しずつ狂っていった。


 ノア

 ノア 

 ノア

 愛してる

 ノア

 ノア

 ノア



 ノアアァアァアァアッ!!!








 俺は完全に選択を誤った。
 ハリーを狂わせたのはレイヴァンでは無い、俺だ。
 助けるつもりで選んだ自己犠牲は、結局ハリーの神経を食い荒らす腫瘍となってしまった。その痛みがハリーから俺へと伝わり、俺自身も衰弱の跡を辿る。

 それでも、ハリー。
 俺はお前に死んで欲しくなかった。
 俺と違い可憐な花の様な、そして儚くも美しいハリー。
 例えお前が精神を病んでしまったとしても、俺はお前に死んで欲しくなかったんだ。
 だってお前はたった一人の、俺の半身なのだから。

 俺たちはふたりで一つだ。
 俺たちはふたりでなきゃ意味が無い。
 なぁ、そうだろう?
 ハリー。



 ハリー

 ハリー
 
 ハリー

 俺も、お前を愛しているよ






 何故母国が潰されなければならなかったのか。
 何故ハリーが殺されなければならなかったのか。
 そんな事はもうどうでも良い事だった。
 大切なのは、ハリーがもう生きていないと言う事。ただそれだけだ。

 アンタの笑顔を一度見せられたなら、老若男女問わず腰が砕け、皆が皆、アンタにすべてを捧げるなどとのたまうのだろう。実際、この国の実権はもう彼の手中にあった。
 王も王妃も、そして次期国王となる王子でさえも彼の虜なのだから。

 もしも俺が無知な子供だったなら、皆と同じ様に5分と持たずにアンタに堕ちて居ただろう。

 だが、俺は知っている。

 アンタは俺の母国を焼き落とし、そしてハリーを、命よりも大切な俺の半身を…


 ―――殺したんだ


 レイヴァンは曝け出した俺の喉元を舐め上げた。彼が舐めるその度に、今朝から続く首の痛みが増していく。

 ああ、ハリー
 そんなに怒らないでくれ。
 こんな茶番はもう直ぐ終わるのだから…

 俺はゆっくりと枕の下からその手を引きだすと、レイヴァンの後ろへとその手を振りかざす。
 2年前よりも錆び付きが激しくなった短剣が、月光を浴びて鈍く光った。







 剣を振り下ろす瞬間、
 首元でレイヴァンが笑った様な気がした。

「私に傷を付けることは神であっても無理なのだ。なぁ、そうだろう? ノア」


END




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