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悪魔の腕の中【前編】


 ――チャリ、チャリ、チャリ…

 歩く度に鳴る耳障りな音にも、その重さにも大分慣れた。今気にするべきはそんなことでは無く、セナとハヤトの機嫌、そして仲間の安否のみなのだ。

 ――ゴトッ

 テーブルに置いたアイスコーヒーの氷がカラリとまわる。

「もう直ぐセナも戻るから、食事の準備よろしくぅ〜。あ、俺も食べるからね!」

 チャラチャラとした身なりと口調の男がシュウゴに指示を出す。シュウゴはその男の言葉をそこまで聞いて、返事などはせず無言で背を向けた。
 
 シュウゴは今この男達に…飼われている。


 ◇


 一ヶ月ほど前の事だ。
 何時もの様に買い出しへと出ていたシュウゴがチームの溜まり場へ戻ると、見慣れた光景は無残にも打ち砕かれ忌々しい相手が二人、踏ん反り返っていた。

「あ〜! シュウちゃんやっと帰って来たぁ〜」
「………」

 溜まり場の床にはおびただしい数の血痕。しかしそこにはその血痕以外の物は何も無く、仲間の姿など皆無だった。

「カツミさんは…どうした」

 情けなくも声が震える。目の前に居るこの二人の男の危険さを、身を持って知っているからだ。
 ここら辺一体、チームを組んでいる者たちが一番危険視していたチームの総長セナと、副総長ハヤト。二人の容姿の美しさには決して騙されてはいけない。

「んふふ、震えてやんのぉ! かぁ〜わいぃ〜食べちゃいたぁい」
「………」
「ちょっとセナ、怒んないでよ」

 この惨状には似つかわしくない二人のやり取り。いや、実際口を開いてるのはハヤトだけなのだが、余りのその陽気さにシュウゴの何かがブチりと切れた。

「カツミさんはっ、皆はどーしたって聞いてんだよ!!」

 シュウゴの怒鳴り声に二人が此方を振り向いて、やがてセナは組んでいた長い足を外し立ち上った。細身な身体に纏った、少し光沢のあるライトグレーのスーツが嫌味なほどに似合っている。

「彼奴らが心配か? では、取引しようか」

 その言葉が、シュウゴを地獄の牢へと投獄することになる。





 シュウゴは両手両足を拘束されてはいるが、その鎖は何処へも綱がってはいない。
 この広いフロアの全て移動可能で、基本的には家政婦の様な事をしていた。ただし、動けるのはあくまでこのフロアのみの話だ。フロアから出ることは不可能だった。

 言われた通り二人分の夕食を作る為にキッチンへと移動する。食事の準備が大方整うと次は風呂の準備。手枷足枷の有る生活にも慣れ、手際良く支度を進めていく。
 今日のセナの機嫌はどうなのだろうか、先ほどからリビングで寛いで居るハヤトの様子から察すればそこそこ良いのかもしれない。
 セナの機嫌が良いのなら、今日こそ聞き出さねばならないことがあった。

「カツミさん…」


 二人が出した条件はこうだった。
『総長のカツミやその他のメンバーの身の安全を保証する代わりに、シュウゴがセナとハヤトの所有物になること』

 シュウゴに拒否権など無かった。
 足元に血痕、姿の見えない仲間たち。目の前に居る相手が容赦の無い男達だと分かっているから、首を横に振れば悲劇しか無いことは明らかだった。
 しかし、だ。囚われの身になってから一ヶ月経っても仲間の無事をこの目で確認出来ておらず、彼らが今どうしているのか全く分からない。
 あの時あの場所に居たのはセナとハヤトの二人のみ。しかし二人は無傷だった。地面に着いた血の跡を見る限り、相手が無事なわけは無い。

 シュウゴの所属するチームの総長であるカツミは、とても男らしく腕っ節の強い頭のキレる男だった。どんな時も堂々と、そして物事の裏を読む慎重さもあり、何より孤独な自分を拾ってくれた優しさを持つ。
 
 シュウゴのカツミに対するものは心酔に近い。
 誰にも負けることなど無いと信じていた絶対的な存在であるあのカツミですら恐れを抱く相手、それがあの二人なのだ。
 何故あの日チームが襲われ、自分が囚われの身になったのか。そんな一番の芯の部分ですら分からぬまま、ただ時間だけが過ぎていた。


「あ、おかえりぃ〜」

 ハヤトの声で、二人目の主が戻ったことが分かった。

「早かったねぇ?」
「割と順調に進んだからな」
「ジジィ達相手に珍しいじゃん」
「もうそろそろ迎えが来るんじゃないか」

 二人の笑い声が聞こえ、シュウゴは手を強く握る。ハヤトは兎も角、セナの機嫌が良いことは余りないことがこの一ヶ月で良く分かった。
 かと言って不思議と暴力を受けたことも無く、寧ろ自分には基本的に甘い気もするのだが、機嫌の悪い時のセナには話しかけることは躊躇われる。
 しかし今日は仕事か何かが上手く行った様で、声のトーンからもカナリ機嫌が良さそうな事が伺えた。このチャンスを逃せば次はいつになるか分からない。
 シュウゴは今日こそはと握った手を戻し、準備の整った食事をリビングへと移動させた。



 二人が食事を終えたところで少々震える体に鞭を打ち、シュウゴは意を決して二人の前に立った。

「約束は…どうなってる」

 二人の視線が一気に自分へと向き突き刺さる。震えは余計に強くなったが、それに負けては居られない。

「みんなは本当に無事なのかっ」

 無言でジッと見つめてくるセナから目を逸らすことも出来ず暫し見つめ合うが、やがてセナはふっと笑い立ち上がった。

「ハヤト。明日の夜九時、あの部屋にシュウゴを連れて来い」
「りょ〜か〜い」
「え、ちょっ!」

 そのまま立ち竦むシュウゴの前を通り過ぎ、セナがリビングから出て行こうとする。
 訳が分からず焦るシュウゴにセナは、「心配すんな、明日お前が会いたくて仕方ない奴に合わせてやる。楽しみにしてろ」と不敵な笑みを見せた。
 その笑みでシュウゴは、全身に嫌な汗をかいた。


 ◇


「シュウちゃん、こっちおいで〜」

 今日もまたいつも通り二人が夕食を取り終わると、ハヤトを残しセナは直ぐに何処かへ消えた。
 昨日セナが口にした午後九時がまもなく訪れる頃、普段は絶対にくぐることの叶わない扉の前にハヤトが立っていた。

「昨日約束したでしょ? 会わせてあげるから、おいで」

 この男達とした約束。シュウゴの会いたい人に会わせてくれること。
 自分が奴らのオモチャになることで安全は保証されているはずなのだから、きっと無事で居るはずなのだろうが…それでもこの目で確かめ無ければ不安だった。
 そして、もしも今から会う人物がカツミであるのなら、今のシュウゴの状況を何とかしてくれるかもしれない。

 シュウゴはゴクリと唾を飲み込む。
 期待と不安が入り混じる瞳で見据えると、やがてハヤトと共に扉をくぐった。



 連れて来られた場所は、矢張り自分の居たフロアとは別の階のフロアだった。
 移動する間に見た建物の全貌は驚く程広く巨大で、ハヤト曰くこの建物はセナとハヤトの持ち物らしい。
 この中の一部にチームのメンバーが集まる場所もあるが、シュウゴがいた場所はセナとハヤト専用のフロアで二人以外は決して入れないらしい。だから家政婦が欲しかったのか? などと的外れな事を考えて居る間に、一つの部屋の中へ案内された。

 とてつも無く広く真っ白な部屋。その部屋の中にはもうひとつガラス張りの部屋があり、ガラス張りの部屋の中も同じ様に真っ白。そしてその中には簡素なベッドがポツリと置かれている以外何も、何も……、、

 シュウゴはガラスに張り付いた。
 自分の立つ位置からベッドは余りに遠く分かり辛いが、シュウゴがその存在を間違える訳が無かった。

「カツミさんっ!?」

 ベッドの上にはシュウゴが尊敬して止まない、チームの総長カツミが横たわっていた。それも、全裸で。

「なっ、これはどう言うことだ! 何でカツミさんがこんな所に居る!?」

 自分が捕まる代わりにチームのメンバーの安全は保証すると、手は出さないと契約したはずだ。
 感情任せにハヤトにか掴みかかった時、二人が入ってきた入り口とは別の入り口からガラス張りの部屋の中にセナが現れた。
 いつも通りパシっと着こなしたスーツを身に纏い、セナは悠々とベッドへ足を進めていく。

「やめろっ、なにする気だ!!」

 シュウゴはガラスを叩き叫ぶが、セナが此方を見る様子はない。ベッドに辿り着いたセナが何か言葉を紡ぐと、寝ていたカツミが飛び跳ねる様にしてセナに掴みかかった。
 シュウゴは息を呑んだ。矢張りカツミは何かしらの機会を狙って囚われていたのではないか、そう期待が頭を過る。
 カツミがセナに何かを必死で訴えているが、此方の声が向こうに届かないようにまた、向こうの声も届かない。

「そろそろ、かな?」

 ハヤトはニヤリと笑うと、リモコンの様なものをポケットから出して操作した。

 ――ガガッ

『……ですっ! お願いですから!!』

 スピーカーから流れた久しぶりに聴く声。カツミの必死な形相と切羽詰まったその声に、シュウゴは目頭を熱くさせる。

「カツミさんっ」

 しかし次の瞬間、シュウゴは耳を疑った。

『いつになったら貴方をくれるんですかっ、シュウゴですか!? シュウゴが従順じゃないからですか!?』

 なに…? 俺が…何だって?

『だったら俺が! 俺が従順にさせますから! だからもうっ、もう待てないっ』

 シュウゴの理解の範疇を軽く超えた言葉が耳を突いて頭の中をぐるぐると回っている。

『シュウゴは良くやっている。約束だ、今日くれてやる』
『あああっ』

 殆んど叫びに近かったが、それは確かに歓喜の声だった。

『俺は何もしない。勝手にやれ』

 そうしてベッドヘッドに背を預けて座ったセナに、カツミは獲物に食い付く獣の如く飛びかかった。

『あぐっ!』
『余計な事すんじゃねぇ。さっさと勃たせて突っ込んで終わらせろ』

 キスをしようとしてセナに殴られたカツミ。しかしながら文句も言わず言われたとおりセナのベルトに手を掛け、やがて片手を自身の尻に持って行き蕾を解し始めた。
 ガラスにすがる様に崩れ落ちたシュウゴ。もはや処理し切れぬ事態に思考回路は停止状態だ。

 俺は何の為にここにいる?
 チームの為?
 仲間の為?
 カツミさんの為?
 大切なものを守るた為?

 では、その守るべき存在は何処にいる?

「大丈夫?」

 白々しいハヤトの言葉に構っている余裕も無く、シュウゴはガラスに爪を立てた。

「ダメダメ、爪痛めちゃうから」

 ガラスから手を外させ、シュウゴの顔を両手で包み自分の方へ向けさせるハヤト。

「………他の…みんなは…?」
「他の? どーかなぁ…総長に裏切られちゃったら、もう着いては来ないでしょ」

 ハヤトの言葉にシュウゴは目を見開いた。

「裏…切った…?」
「可哀想にねぇ、シュウちゃん何も知らないもんねぇ。チームを潰したのは、カツミくんだよ?」
「な…に?」
「カツミくん、ずーーっと俺達が欲しくてさぁ。すっごくしつこかったワケぇ。シュウちゃん拾ったのも俺達の気を引く為でね? シュウちゃん見つけたの、何処で知ったのかなぁ…あれはやられたねぇ」

 最早シュウゴの頭の中は真っ白で、ハヤトの言葉を認識することだけでいっぱいいっぱいだ。

「カツミくんはねぇ、俺達のアレをケツにブチ込みたいが為にチームを売ったんだよぉ? あ〜…、売られたのはシュウちゃんだけかな? 他はみんな再起不能に近いしね」

『ぁっ、アッ…ぁあぁぁあっ』

 スピーカーから流れる声が、より一層乱れ始めた。

「ほら見て? シュウちゃんが大好きな総長様、ふふっ、めちゃ腰振ってるよ? 嬉しそうだね」

 衣服を全く乱さず、つまらなそうに座っているセナ。そのセナに跨り獣の様に腰を振るカツミ。カツミの身体に、拘束具などは一切着けられていなかった。
 シュウゴの瞳から涙が溢れる。


 殺してやる
 殺してやる
 殺してやる
 殺してやる
 殺してやる


「……し…やる…」


 そう呟き意識を手放したシュウゴを見て、ハヤトは嬉しそうに笑った。

「あぁシュウちゃん、超可愛い」


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