A


石川は名倉をこっそり横目で見つめる。


自分といても、名倉は特に話しかけてくることはない。それはそうだ、名倉と自分には平常では何の接点もない。沢谷みたいに気が合うわけでもなければ、門田みたいに共通の趣味があるわけでもない。守や関賀みたいに積極的に自分を売り込む事もできないし、それどころか名倉が何か言えば、憎まれ口を叩いてしまうのが関の山なのだ。本当は、話しかけられればとても嬉しいのに。


「……」


相変わらず、モジャモジャ頭を隠しもしない牛乳瓶眼鏡のダサい男は、何をするでもなく猫を膝にのせている。そして当猫は、そんな名倉を気にもせず、膝の上でのんびりしながらただ喉でゴロゴロ鳴いている。そんな様子を、石川は羨ましく思う。


……羨ましい。


何もしないでも名倉に許容される。そして何も言えないから、名倉に憎まれ口を叩くことがない。それで側にいれるなんて、羨ましい。きっとこんなひねくれた男なんか名倉だって嫌だろう。……いっそ、猫にでもなれたら、もう少し素直に名倉の近くにいれるだろうか。なんて思っていると、名倉の方が石川に声をかけてきた。


「お前も、声をかけてみたらどうだ」
「……は、はぁ?」
「羨ましいなんて口に出すくらいなら、行動した方が建設的だと思うが」
「……、」


名倉が何を言っているのかわからず、石川は眉をひそめる。が、名倉の言葉を反芻し、みるみる顔を赤くした。――無意識に、羨ましい、と声に出ていたらしい。ただ名倉は全く別の解釈をしたようだが。見る間に顔を赤くし、石川はそっぽを向いた。


「は!ば、ばっかじゃないの!僕がこんな猫の事なんて気にするわけないじゃん!」
「そうか」
「そうだよ!それにコイツ、どうせ僕の事だって、―――、」


言いかけ、石川は目を見開き口を閉ざす。いつの間にかしゅうたは名倉の膝から降り、石川の方に寄ってきていた。それを見た石川は固まり、名倉は少し笑いながら言った。


「どうやらしゅうたの方はお前に興味があるようだな」
「……、」
「呼んでみればどうだ」
「え、」


近づいてくる猫を、石川は所在なく見つめる。……まさか、自分に興味を持たれるとは思ってなかった。戸惑いながら、石川は猫と名倉を交互に見つめる。そんな石川に、名倉は頷きかけた。それで意を決した石川は猫に恐る恐る声をかける。


「……しゅうた」
「……」


ニャ。


石川の呼び掛けにしゅうたは短く答えた、気がした。それに石川は大きく目を見開き、ごくりと唾を飲み込むと、恐る恐る手を伸ばす。……すると、


「……!」


しゅうたの頭に、石川の指先が触れる。それに石川が目を見開き固まるが、しゅうたは特に嫌がっている様子はない。予想外の出来事に石川が動転していると、しゅうたは興味を失ったのか名倉の膝に戻った。その頭を撫でながら名倉は言った。


「意外にお前には慣れていたようだな」
「……、」
「まあ、元々人懐っこい猫だったしな。もうすぐ撫でられるようになるんじゃないか」
「……、」


石川は困惑しながら猫と、そして名倉を見つめた。


「……いいのかな。僕みたいなのが、しゅうたに触れて」
「嫌なら猫なりに主張するだろう。おとなしくしてるなら気にする必要などないと思うが」


大して考えてる様子もなく、名倉はそう言う。それを見ながら、石川はぼそり、と呟いた。


「……お前も、……」
「ん?」
「っ、なんでもない!」


石川はまたそっぽを向く。そんな石川を名倉は見ていたが、やがてこう言った。


「嫌なら嫌だと主張できる。……人間なら尚更」
「、」
「ならば、そういうことだ」


それだけ言い、名倉はじゃれつくしゅうたに視線を移す。そんな名倉に困惑の視線を向けつつ、石川は少し戸惑いながらも口を開こうとした、……ちょうどその時。


「やあ、名倉くん、待たせてしまって申し訳ない。キャットタワーの設置場所が決まったよ」
「お待たせー、タワー持ってきたよー!」


にこやかな守と志野、そしてそこそこ大きな荷物を抱えた多田と河相が帰ってきて、名倉としゅうたを取り囲む。その様子に石川は言葉を失い、眉をしかめてそっぽを向きつつ名倉から離れた。そんな石川を見、河相はため息をついたが、石川の口許が少し緩んでいることに気づき、荷物を置いてさりげなく石川に尋ねた。


「どうだった、石川くん」
「どうもこうもあるか。あんな短時間でどうしろって言うんだよ」「……そのわりには、ちょっと嬉しそうだけど?」
「……」


少し目を細める河相に、石川はちょっとバツが悪そうに視線をそらす。それで大体察した河相は微笑を返しつつ、河相は石川を名倉たちの方へ引っ張っていき、――しゅうたを中心として、名倉たち六人の間には穏やかな時間が過ぎていったのだった。


・END・


お題・王道・石川と名倉のほのぼの話

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