文章 | ナノ


▼ とある本丸の女審神者とへし切り長谷部の関係についてA

 先日わたくしめは、兼ねてより信頼していたとある刀剣男士から距離を置かれていることを察してしまいモヤモヤしておりましたが、蓋を開けてみればその理由とは私に恋心を抱いている故の機微だったそうで、つまりは困った。
 まさか、そんな、私自身の行動によって嫌われたのだと想定したのに、その実は相手の受け取り方次第だったのだ。どうしろと。私が何しても相手が「好きだ」ってなったらもう好きじゃん。好き以外の感情にはならないじゃん。
 ましてや腐っても主従。上司と部下。仕事仲間であり同じ屋根の下で生活を共にもしている。今更距離を置くには信頼をし過ぎた相手だ。
 己に向けられる感情が恋慕であっても、それが彼の中で完結しているならいい。見返りを求めたり行動に移すのもまぁ100歩譲って許そう。だが気を揉むことに、相手はその感情に自覚がない。一体どういう感情なのかも理解していない。あまつさえその感情が何なのか問うて来たのだ。この私に。自分が恋愛感情を向けている相手自身に。
 一体何と答えるのが正解だったのか。整った顔で、必死に眉を寄せ、強い男が苦しそうに懇願してくる。いっそ何の拷問だ。魅力的な男性に見える部下の、容姿の良さに耐えて何と返せばいい?
 結局、当たり障りのない、この場だけを逃げ切るために「それは私じゃなくて同性でそして気を許して信頼もしている相手に聞いた方がいい! 出来れば刀剣としてではなく人間として謳歌してそうなやつ!」と動揺から必要ないほど大きな声でそいつに言った。
 私の様子が急にしどろもどろになったことに呆気にとられてもいたようだが、数秒黙った後に彼の中で腑に落ちたようで「拝命しました」といつもの調子で恭しく首を垂れた。
 そう、結局その場しのぎでしかない。
 この場を逃れたところで、長谷部の中に生まれている、恋心にひどく似た感情を向けられている事実は消えない。

***


「そういや大将、最近長谷部の旦那に何か吹き込んだか?」
「何?」
「例えばそう、惚れた腫れたの類の、」

 薬研から受け取った資料を受け取る指が強張った。硬い紙がくしゃりと曲がる。

「あー……なるほど」

 長谷部はおそらく、薬研に話したのだ。主である私に抱く感情を。
 いやまぁ確かに長谷部はそこまで友好関係築くのが得意ではないしやつが自らの弱みや本音をさらけ出せる相手とは限られるのもわかる即ち前の主を同じくしていて私も何かと織田信長所有の刀たちを固めて指示すること多いから距離感近くなってるのもわかるからある意味消去法で最も信頼でき他言しないような相手として薬研を選んだのだろうけども。
 薬研はこうして、長谷部が相談したことを思い切り告げたのだ。この私に。

「相談された相手に気を使わなさすぎでは?」
「はは。おれっちに相談したのが不味いな」

 まさか長谷部も、相談相手が感情向けてる本人に告げ口するなど思いもしなかったのだろう。

「別に私は何も言ってないつもりだけど……」
「あの頑なな打刀が、昔のよしみとはいえ他人に己の感情を吐くなんて何か裏があると思ったんだがな?」

 薬研は私の目の前にどかりと腰を下ろした。本日の畑当番であり一応形だけの報告書を審神者に提出しに来ただけのはずなのに。長く話そうぜ?という体現だろう。

「……長谷部が薬研に言ったならっていう前提で話すけど、そもそも長谷部がまず私に言ったんだよね。なんか私を見てるとどうのこうのって」
「なるほどな。旦那も大胆だね。もう愛の告白みたいなもんじゃねぇか」
「いや別にそういうのじゃ……」
「でも大将はそう思ってんだろ? へし切り長谷部が主に抱いてる感情は恋慕だってな。じゃなきゃ他の男士に相談しろなんて回りくどいことしねぇだろ」

 ずかずかと言い切る薬研の視線はこちらに真っ直ぐ伸びている。気まずくて逸らした。
 執務室で事務作業をしていたが、気持ちがもうそれどころじゃない。資材の支出等を表に打ち込んでいたが手を止めた。

「大将は、どう思ってんだよ。そこに尽きるだろ」
「どうもこうも、私たちは審神者と刀。主と従者。部下と上司でしょ」
「それはフェアじゃねぇ。旦那はそういうの取っ払った気持ちぶつけてんのに、大将が壁作っちゃいけねぇや」
「壁って言ってもさぁ」

 気持ちの面で、薬研の言っていることはわからなくもない。単純な話、長谷部が私を好いてくれている。好意を持たれるのは嬉しい。立場やしがらみを捨てればそういう話なのだ。
 だが、しかし、そうは言っても私たちの関係が変わることはない。ましてや、私は人間、あっちは刀の付喪神。たとえ同じような生き物の形をとっていたとしても、そこをはき違えてはいけない。私はそう思う。

「立場もあるだろうさ。でも、おれっちが聴きたいのはそこじゃねぇ」
「どこよ?」
「好かれて大将自身はどう思ったのかってことさ」

***


 私の生きる時代、審神者と言う職業はマイナーではあれど珍しいものではなかった。適正やら素質がある前提ではあるが、学年に一人や二人いてもおかしくはない。
 学生生活を謳歌する中で己の将来を見据えた時、一体どの職業に進むのか選択を迫られることは誰にだってある。私は自分のできることと向き合った結果、審神者という職業を選んだ。
 だから、私は審神者以外の仕事というものを知らない。学生時代、飲食店でアルバイトをしていた時期もあるけど、また話が違う。
 オフィスラブという言葉が古からあるのを察するに、そう珍しい話でもないのだろう。でも、思うのだ。職場で恋愛をすると面倒が多く訪れるのではないだろうか。周りから好奇の目で晒され、茶化され、もし離れようものなら騒がれ、そしてその関係がなかったことにはならない。あの二人は恋人関係であったという事実は消えない、残る。その上で仕事をしろというのは、あまりにもリスクが高すぎるのでは?
 要は、オフィスに居たことのない私では、あまりにも職場恋愛というのは危険な行為に思えてしまうのだ。
 相手は美丈夫とはいえ人間ではない。向こうから好意を向けられたとして、私にできることは今までと変わらずに上司として、本丸内では審神者として主として接するだけだ。
 今までと変わらずに。私がしっかりすればいいのだ。

「明日の第二部隊の編成の件ですが」

 もう当日の業務はあらかた終わっている。ので、今夜の夕食を作る手伝いを少しだけしてきた。
 そう時間をつぶしている間に、遠征に出ていた第二部隊が帰還。明日以降の編成に関して話があったので、体調の長谷部を呼び出して、今に至る。
 時刻は夕方。窓から部屋に入る西日だけでは暗いので電気をつけた。

「ああ、申し付けくだされば俺が……」
「部屋の電気くらい自分で付けるよ。まぁとにかく座って」

 執務室には棚と机と椅子くらいしか置かないのでそれほど広さがあるわけではない。
 長谷部は扉から入ってすぐの手前の椅子に、私は審神者業務をするための椅子に腰かけた。
 すぐに説明ができるよう、山積みの中でも一番上に置いていた紙を、長谷部の方へ向けて出す。

「これが、今朝、政府から下った伝令なんですけどね」
「……特命調査、ですか」
「そう。遂に三回目。およそ半年ぶりだね。で、明日から第二部隊は天保江戸への任務へ向かわせます。なので、長谷部は取りあえず明日からおやすみで」
「拝命しました」
「で、問題は第二部隊に誰を連れていくかなんだけど、最近の新入り男士さんたちの様子を踏まえて、長谷部は誰が適任だと思う?」

 政府から不定期に命じられる特命調査は、他の任務と少し毛色が違う。
 普段、我が本丸では合戦場へ第一部隊を送ることが多い。が、特命調査は長期にわたる任務のため、第一部隊の長期不在は避けたいことから、原則第二部隊での出撃を余儀なくされる。かつ、現地で協力してくれる刀剣男士がいるらしく、こちらからはいつもより一振少ない五振を送ることとなる。
 こうなってくると、だいぶいつもと勝手が違う。男士の練度だけではなく、長期任務で上手いこと距離感を計れる、所謂協調性のある男士、そして全体のバランスも加味しなければならない。
 審神者目線だとどうしても数値上の話に偏ってしまうので、身近で色んな男士を見ている長谷部に意見を仰ごうという魂胆だ。

「……そうですね。因みに、近侍は何と?」
「そうだね。時代的に蜂須賀は適任じゃないか、って。政府の男士も知り合いかもしれないからね、時代的に」
「そうですね。俺も同意見です。敵部隊の傾向がわからない以上、刀種は偏らない方が良いでしょう」
「うんうん、となると……」

 政府からのお知らせ紙切れの裏は真っ白なので、そこをメモ書きに使った。名前の挙がった男士たちを書いていく。
 その途中で、突然長谷部の口が止まった。あまりにも不自然だったので、視線を紙から長谷部へと上げる。
 口をへの字に曲げて、なんとも言えない表情をしていた。見覚えのある顔だ。

「どうしたの長谷部」
「あっ、いえ……、その、」
「……思ったことははっきりと言って欲しいんだけども」

 以前の問答から、最近の私がよく長谷部に言う言葉になってしまった。

「はい……。その、主の書き文字は、随分小さく丸っこくて、可愛らしいな、と……」
「…………」

 口に出してから照れたらしい長谷部は、瞬く間に頬が染まった。
 き、聴くんじゃなかった。後悔しても遅い。釣られて私の頬の色が鏡みたいになっても仕方ないはず。

「あ、ありがとう……?」
「突然このようなことを口に出して申し訳ありません。最近、主に関わる何もかもにこのような感情を抱いてしまい……」
「さ、さようでございますか」

 それは相当な末期では!?盲目的になり過ぎではないかな!? と思ったところで口には出さない。言ったって飲み込めないのが目に見えている朴念仁なのだから。
 長谷部は表情を戻し、すかさず咳払いをした。

「失礼いたしました。部隊編成の話に戻りましょう」
「そうだね……」

 こういう時、お互い真面目な性格で助かる。切り替えはすぐにでき、また第二部隊五振編成案について思案した。

 さて、なんだかんだと数十分話し込んで、ようやく編成案が固まった頃には、もう夕食の時間を少し過ぎている。誰かが執務室に呼びに来るまで時間の問題だ。
 長谷部は早速、「食堂に集まるみなに伝えてきます」とメモ書きを持って出て行った。
 一方の私は、椅子に深く座り込んで息を長く吐いた。基本的には平常運転とはいえ、何気ない瞬間に私へ好きであるオーラを出したり話したりするのは、何というか、気恥ずかしさで疲れる。……嫌な、わけではないんだろうな。
 溜息を吐いたのは体の無意識な緊張を解くためであったが、部屋に留まったのはまだ理由があった。
 蜂須賀を筆頭に組まれた明日からの五振第二部隊に、結果的に明日から近侍を任せようと思っていた男士が編成されることとなった。近侍はある期間の持ち回り制にしているので、その当番が周ってきた矢先の出撃となってしまう。あとで個別に言葉をかけておかないと。
 となると、明日からの近侍の席が空いてしまう。それは、業務上避けなければならない事態だ。業務が滞るので。ならば他に誰が、という話になる。
 今までの私だったら、出撃任務遂行という、第一部隊の役割を第二部隊が担うのだから、第一部隊には当分第二部隊の役割ないしそれに類するものを言い渡してであろう。しかし、第二部隊の隊長は長谷部である。それがそのまま第一部隊の隊長になるということは、しばらくの近侍は長谷部になるということだ。……それは、今までだったら自然の流れ、他の男士たちも特に不満も持たない、当然の流れになるはずだ。
 だがしかし、今は状況が以前と違う。長谷部は私に恋心を抱いているし私はそれを知っている。そんな相手と四六時中、仕事とはいえほとんど一緒に過ごせ、だと?
 耐えられるのか、そんなの。色んな意味で。私も。長谷部も。
 先程の小一時間で精一杯なのに? 無茶だ。
 だからと言って、これで長谷部に、さっき伝えたように本当に休暇を与えて、己から遠ざけるのは、あまりにも私情を挟み過ぎでは……? それは私の審神者としてのプライドが許せない。
 ……腹をくくるしか、なさそうだ。

***


「主、芋が焼けたのでお持ちしました」
「ん? ああ、わざわざありがとう」

 天保江戸へと向かった第二部隊と通信をしていた端末から顔を上げた。
 長谷部がアルミホイルに包まれ、二つに割られた黄金輝く焼いたさつまいもを持っている。
 ちょうど、第二部隊との定期連絡が終わったところだった。特命調査の舞台となる時代は、どうにもこちら側との通信が不安定らしく、朝と夕方、一日に二度だけなんとかチューニングをし、部隊に指示を出すのがやっとだった。お蔭で一日で進む調査量が少ないのが難点。しかし、今のところ順調そうだ。政府からの先行調査員である二振とも合流ができ、水心子正秀殿に同行をお願いした。
 向こうの言葉を聞き洩らさないように集中していたため、肩が凝った。首を回し、肩を回しながら、長谷部から焼き芋を受け取る。

「これから下に行こうと思ってたんだ。どう、みんな楽しんでる?」

 本丸内は敷地が広い。というのも、かなりの数に上る刀剣男士を迎えているからなのだが、こうなってくると庭の掃除も大変だ。特にこの時期になると、落ち葉が特に。なので、それをかき集めて焼き芋を焼く会が催されるのが毎年の恒例になった。……第二部隊不在の時期の開催は申し訳ないので、今年は第二回も必要かな。

「ええ。新入りたちは物珍しいようで、それぞれ興味を示してました」
「……長谷部は? 久々におやすみ……ってわけでもなくなっちゃってて悪いんだけど、少しは息抜きになった?」
「いえ、俺は……。限定的な期間とはいえ、近侍になれたことが何より嬉しいので」
「んー、そうでふよねぇ」

 湯気すらたつ焼き芋にかじりつく。熱い。でも、甘味が口いっぱいに広がって、脳にまで染みわたるようだ。

「おいひい……」
「ええ、みな絶賛しておりました。桑名が張り切っていたので、今年はまた格別なようで」
「長谷部は食べた?」
「いえ、夕餉が近いですし、俺は遠慮しておきます」
「えー美味しいのに」

 未だに執務室の扉前で恭しく立っている長谷部を、ちょいちょいと手招きした。
 表情ではてなを浮かべながら、おとなしく向かいの椅子に座る様子は、あまりにも従順で犬の様だ。

「はい、あーん」
「!? な、なん……!?」

 長谷部の口元に焼き芋を差し出す。しかし、とんでもない速さで後ろにのけ反られたせいで遠のいてしまった。

「えー傷つくなぁその反応。私との間接キスはそんなに嫌かい」
「かんせ……っ! いえそのようなことではないのですが! 俺には勿体ないです主の芋を頂くなど!」
「んな大げさな。はい、美味しいから食べてよ。同じもの食べて感想を共有したいんだよ、ほら」
「…………」

 ずいずいと焼き芋を差し出すと、長谷部の口はむにゅむにゅと動いていた。眼前に差し出された甘い匂い、長谷部と言えど食欲への誘惑に勝つのは厳しかろうて。

「……では、いただきます」

 そう言うと、長谷部はおずおずと口を開いた。ゆっくりと。……思わず、焦らされているような心地で、長谷部の開かれた口を凝視してしまった。
 印象としてなかったが、体格に見合った大きな口。開けられて見えた腔内は勿論赤い。対比するような白い歯は、犬歯が意外と尖っていた。
 私が見入っていたのに気づいたのか、長谷部の視線が私に向く。口を開きながら、私の目を見た。何故か、わからないけど、心臓が音をたてた。普段の長谷部と同じ表情に見えないのは、角度のせいだろうか。
 例えば、圧倒的に自分より力が強いものを目の前にすると、本能的に察知するのか、身体が勝手に後退するだろう。私は自ら差し出したというのに、芋を持つ手を反射的に引っ込めようとした。
 が、

「……逃がしませんよ」

 長谷部の手が、私の手首を掴んだ。ぎゅっと。力を込められているのは、手袋の皺を見れば一目瞭然。しかし痛みは感じず、手袋越しだというのにやたらと熱かった。

「いただきます」

 ぼそりと呟き、芋に歯をたてる。私よりは確実に大きな口が、私の噛み後の上からがぶりと。そして芋は数cm四方の一部を失い、捕食者の体内へと囚われた。
 長谷部の手は未だに離さない。最初から逃げられないことをわかってしまったから、手を引っ込めようだなんて考えなかった。
 数度の咀嚼を経て、喉仏が上下した。もきゅり、という音も聞こえたのが、やけに生々しく感じた。

「……程よい甘味と蒸れ具合が美味しいですね、主」
「そ、そうですね」

 長谷部の唇にちろりと舌が滑った。腔内で見た赤。
 自分でも何に恥ずかしくなったのかわからないが、どうにも頬が高揚するのが止められず、俯くしかない。

「長谷部、手、放して」
「……失礼しました」

 言えばすぐに手は放してくれた。
 しかし、何故かしばしの沈黙。私は顔を上げられないから、今長谷部がどんな状態なのかわかっていない。でも、何故沈黙が続くのか、空気感とかで察してしまった。
 次に長谷部が口を開く時、絶対にさつまいも級の言葉を言う。

「主の手は細いですし、一口だってこんなに俺より小さい。……同じヒトの体とはいえ、ここまでの個体差があるなんて。主は、俺とは違う」
「それは、所謂男女差ってやつじゃないかな」
「俺は……、主と性別が異なるために、こんなにも心の内が苦しく、甘味を味わった時のように感じるのでしょうか」

 長谷部の方から、布擦れの音が聞こえたので、反射的に顔を上げる。心臓がありそうな胸の部分の布を、ぎゅっと掴んでいる。

「ヒトはさ、どこまで文明が発展しようと、結局は生物、動物なんだよね。だから、生き物として種を存続させるために子供を産もうとする本能があるんだよ。わからないけど……、性差はその欲を満たすために存在してるから……」
「俺は、主にそういう本能を抱いている……?」
「それは……、長谷部じゃない私には断言できない。長谷部以外のヒトには、断言できないよ」
「そう、ですよね。…………」

 私はこれ以上、長谷部になんという言葉をかけたらいいのかわからなかった。
 未だに温かい焼き芋を握り締めたら、アルミホイルがカリカリと音を鳴らした。

「主、俺は、あなたを愛してしまった。それは変えられない事実なんです」

 長谷部の視線にも言葉にも、答えることはできそうにない。
 そして、遂に長谷部が「愛」を口に出してしまった。自覚を、したのだろう。

「私は、あなたのどんな言葉を聞いたとしても、それが愛なのか、ヒトの体に則った性欲によるものなのか、それとも主として慕う上なのか、判断できる術を持っていないし、あなたの気持ちに答えることはできない」
「はい。存じております」
「ごめん」
「謝らないでください。俺が勝手に、抱いた感情なので。それで、主である貴方を振り回すなど、おこがましいにもほどがある。……ああ、でも」
「でも?」

 長谷部の笑った時に漏れる吐息が聞こえた。

「俺の言葉に翻弄される貴方の表情が見れたのは、嬉しく思います」

 失礼します。と続けざまに言った長谷部は、そのまま執務室を出て行った。
 耳に入っていなかったが、外から短刀たちがはしゃぐ声が聞こえてくる。
 日は落ち始め、もう夕焼けは顔を隠していた。手に残る焼き芋は、未だ冷めない。



200206



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