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▼ とある本丸の女審神者とへし切り長谷部の関係について

 長谷部の様子がおかしい。気付いたのは最近だ。
 審神者歴も年単位、本丸に迎えた刀剣男士の人数も六人部隊四つでは休みの者も増えてきたぐらいの頃。本丸内でも古株、かつ第二部隊の隊長を任せていたへし切り長谷部と目線が合わなくなった。
 長谷部はしっかりしているから業務に関してもほとんど任せきりで、第二部隊の隊長としての遠征管理などもほぼ事後報告を受ける程度だった。だから、普段からこれと言って接点があるわけでもなく、かと言って顔を合わせない日もない。食事時に見かければ声もかけていた。長谷部も快く会話をしていた。
 つまり、私には長谷部に目線を合わせてもらえなくなるような行為をした覚えがないのだ。
 何か、主と慕ってくれる彼が幻滅してしまうほどのことをしてしまったのか、とここ数ヶ月で近侍を任せていた光忠に問うた。が、返ってきた答えと言えば「うーん。主自身の行動が原因ではないと思うんだけど……」と、光忠すら思い切り目線を逸らすのだ。なんで!

 長谷部も私も、仕事はきっちりやらないと気持ちが悪い真面目な性格だったため、本丸運営に支障を来たすようなことをしてはいない。報告自体はいたって平常。ただ、長谷部の目線の先が気になるだけで。
 あまり距離が近いとも言い難かった我々の、どこか変わってしまった空気に気付いた男士もあまり多くなかったと思う。いや、気を使って間を取り持とうと行動に移すほど、親密ではなかったという方が正しい。
 緩和されることもなく、悪化することもなく、長谷部の私への距離はどんどんと遠くなっていった。

***


 短刀や脇差を多く迎えた我が本丸最初期に、初期刀に次いでやってきたのが長谷部だった。
 私が何者であるのか、どういう性格なのか、どういう家柄なのか、あらゆる肩書を気にせずして、長谷部は私を主と慕った。真面目だけが取り柄で、なし崩し的に審神者へとなった、決して能力が高いとも言い難い私を、長谷部は一切否定をせず『主』としてくれたのだ。
 その気持ちは素直に嬉しい。『主』などという柄でもない私を、審神者として、刀剣男士を統べる者として、時間遡行軍と闘う者として、自覚を持たせてくれた。
 もしかしたらそれは、あまりにも『主』として不甲斐無い私をどうにか奮起させようとした、彼なりの計算だったのかもしれない。しかし、今もこうして本丸を維持し、最前線とまではいかなくとも闘いを続けられているのは、長谷部の何気ない行動のお蔭なのだ。
 私は長谷部を信頼しているし、長谷部も私を表面上では信頼しているように振舞っている。だからこそ、業務を任せ、最低限の会話しかしていなかったわけで、完全に裏目に出てしまったのだが。

 相談した光忠は、私に原因が無いと言っていた。目を逸らしながらだけど。
 鵜呑みにするのであれば、急に距離をとられるようになった原因は長谷部にあるということだ。
 わからない。何故、急に長谷部が私を避けるのか。しかもなるべく避けてない風を装いながら。いやお前自分が思っているよりも嘘吐くの下手だからな。
 まさか本人に「なんで?」と聞く度胸もなく、日だけが過ぎていった。
 時間が解決するかもしれない、と思っていたこともあったが、そう都合の良い展開にはならず。
 
 日中の業務を終え審神者執務室にて書類整理をしていた。
 さぁ、この後は風呂に入り身支度して寝るだけだぞー、今日も一日終わったなぁ、と就寝モードに入りかけていた時である。
 執務室に続く廊下をドタドタと駆ける足音が大きくなってきた。

「主、急務だよ。入るね」

 今日も近侍を任せていた光忠の声だ。
 ……彼が足音を立てながら急いで訪ねてくるのは珍しい。そして、仕事部屋とはいえ女性の部屋だから、と普段は私の返事を聞いてから襖を開ける紳士っぷりをみせてくれるのだが、間髪入れずに襖は開いた。ああ、これは急を要することなのだ。自然と背筋に力が入る。
 最低限の動作で入ってきた光忠の表情は冷静だった。かと言って、尖った空気も纏っている。

「第二部隊が遠征先で襲撃を受けた連絡が入った。最初の襲撃では軽傷者が一人出ただけで済んだそうだから、主へ報告はせずそのまま速やかに帰還するように隊長には伝えたんだけど、」
「二度目の襲撃があって中傷ないし重傷者が出たんだね。うん。帰還まであとどれくらいかかる?」
「もう数分程度。襲撃者も粗方片付けられたそうだから帰還自体はできるはずなんだ。ただ……」
「あとは重傷者の体力次第だね。動ける人集めて待機させて。私は手入れ部屋の準備するから」
「わかった」

 手入れ部屋が一度に抱えられる負傷者は四人。重傷者が五人以上いるときつい。
 それに、第二部隊の誰が怪我を負ったのか、聴けず終いだ。いや、それはいい。ともかく怪我を治すのが最優先なのだ。
 お休みモードから気持ちを切り替え、まずは、動く。

***


 遠征部隊の隊長には比較的高練度の者を置くことが多い。その代わり、隊員は練度の低いものを配置する。所謂、ヒトの体に慣れてもらうためでもあった。
 此度に襲撃を受けたのは第二部隊、件の長谷部が隊長を務める隊だった。
 遠征部隊の主な任務は、枯渇しやすい本丸運営に欠かせない資材調達や各時代の視察、諜報などだ。我が本丸において、第二部隊は低練度の男士たちへの半ば授業も兼ねており、その辺りは同じく刀剣男士である長谷部に任せていた。
 それが仇となった。戦闘に慣れている男士が一人だけという状況下での襲撃。敵が何者で何の目的で、そして仕組まれていたことだったのかも、今はわかりようもないが、ともかく、隊長の長谷部が敵の攻撃を惹きつける以外ない。低練度の男士たちを護りながら、長谷部は本丸への帰還を最優先にしてくれた。お蔭で他の男士は中傷以上にはならずに済んだ。

 手早く手入れ部屋を準備し、重傷者へと付きっきりになるべく霊力を温めていた最中、大柄な男士たちに担がれて入ってきたのは長谷部だった。私が知る限り、肌色が見えないぐらい土や血に汚れた長谷部を見たことは無い。
 反撃すら後回しにして、護ったのだ。
 長谷部を運ぶ山伏と長曽祢へ、他の負傷者の面倒を見て欲しいと伝え、私は長谷部に付きっきりになった。
 勿論息はある。しかし、意識は遠のいているようだ。長谷部は己のことに関して他人の手を煩わせるのを嫌うから、負傷した際もよっぽどなことが無い限り自分の足で歩く。
 霊力を施すことこそ生身の人間の治療とは異なるが、汚れた服を脱がせたり肌を清潔にしたりするのは人間と変わらない。私の精神力と言うかなんかそういう気力のような目に見えない何かがすり減って行けば行くほどに、目の前の逞しい身体は人間の形を取り戻す。
 しばらく集中していると、虚ろではあるが長谷部の眼が開いた。
 このまま二度と目を覚まさないようなことになるとは思ってはいなかったが、とにかく焦りで汗が噴き出るのがこれで落ち着くことだろう。

「手入れ部屋だよ。わかる?」
「ほか、の、だんしは……?」

 喉が渇いているのだろう。声が出しづらそうなので、準備していた水を渡そうとするが、どう考えても自分で飲める状況ではない。

「みんな無事だよ。ありがとう長谷部」
「主命、ですので」

 治療の手を止め、思わず長谷部の頭をくしゃりと撫でた。砂埃や自らの血で汚れた頭髪は指通りが悪い。
 長谷部の健気さが、真っ直ぐさに息が詰まる。存外キレやすいようで敵に一太刀浴びせられようものなら即座に反撃しにいく好戦的な面があることも知っている。だからこそ、己を律して傷だらけになりながらも反撃よりも逃走を優先したことが、心臓が掴まれたような感覚だった。

「これは私の独り言だから長谷部には聞いて欲しくないし、身体を休めて欲しいから子守唄的な感じで眠って欲しいんだけど」
「……」

 手を動かしながら口も動かした。
 口の中の渇きがうつったかのようで、たまらず唾をのみ込んだ。

「最近、新しい合戦場に行くことも減ってきたし、何よりみんなの練度が高くなってきたから、多分私平和ボケしてたんだよね。ごめんね。今回のことは私の采配ミスだ。遠征だろうがなんだろうが、もう少し部隊のバランス考えなくちゃね」
「そ、んなことは……っ」
「寝て」

 起き上がろうとしたようだが、すぐに体がピキリと固まった。痛みが引くほど治療はまだ進んでいない。

「今回は長谷部が優秀だったからどうにかなったけど、もし、少しでも運が悪かったりしたら……って考えると、怖い。失ってからじゃ遅いのに。だから、もっとちゃんとやるね」
「……俺が、もっと強くなれば」
「馬鹿かな。そういうことじゃないでしょ。いいから寝て」

 ここで一息。

「部隊の采配に関してもそうなんだけど、聴きたいこととか、やりたいこととか、伝えたいこととかも全部、言える時に言わなきゃ、もしかしたら後悔するときがあるかもしれないって思っちゃった。そうならないために私が努力しなきゃならないんだけど、それは置いといて」
「……」
「ねぇ長谷部、なんで急に眼を合わせてくれなくなっちゃったの?」
「……」

 それまで身じろぎ口を挟みまくっていたのに、静かになってしまった。
 確かに寝て欲しい。でも聞きたい。でも、自分に落ち度があったら。何か避けられるようなことをしてしまったのではないか。今回のように取返しがつかなくなるような、もしくはその一歩手前のようなことを。無意識に長谷部を傷つけてしまう言葉や行為をぶつけてしまったのならば、私は自分が許せない。
 長谷部の肌は表面上の傷が癒え、心なしか表情も少し痛みが引いたように見える。ただし目には見えない骨や内臓がどこか負傷してる可能性があるので、確かめるためにも長谷部の肌に触れた。
 その瞬間に、腕が掴まれた。指先に触れた肌が遠のいた。えらく太くて角ばった手は強く掴んで離さない。
 私も長谷部も、それ以上に少しも動けずにしばしの沈黙が流れた。
 そのうち、長谷部がもぞりと動いて、布団に横たわっていた上半身を起こす。

「……長谷部さん、掴まれてたら治せないんですけども」
「………………」

 長谷部とはやはり視線が交わらない。そして彼は返事も何もせずに、ひたすらに息を吸っては吐いていた。
 埒が明かないので、取りあえず手を掴まれたまま指先だけでも長谷部の肌へ触れようと力を込めた。が、更に上回る力で阻止された。
 長谷部に力で勝とうなど到底無理な話だが、こうも拒否されるとこちらだってだんだん維持になって来るというものだ。ぐぬぬ、と歯を食いしばる程押すが、結局体力を消耗するだけで掴まれた手は放してもらえない。

「触られるのも嫌なんですか?」
「…………嫌というか」
「でも触れないと内部までは治せないですよ」
「…………ええ」
「確かに人体の自然治癒で治すこともできなくはないですけど、数ヶ月かかりますし、長谷部さんに休まれたらとっても困っちゃうなぁ」
「……くっ」

 褒められると嬉しいのか、少しだけ頬の赤みが増した。

「あのさ、自惚れでも何でもなくさ、私、長谷部に嫌われてるとは思わないんだ。なのに、今まで普通にお話してくれたり、普通に笑いあったりしてたのに、そういうの無くなっちゃうと、うーんと、なんというか」
「…………何でしょう」
「寂しいんだよね」

 本音をこぼした恥ずかしさからか、ついに長谷部の顔を見れなくなった。
 掴んでいる長谷部の大きな手の上に、自由な私の手を重ねた。立派で強そうな、戦う人間の手に比べて、私の手のなんて弱弱しいこと。

「お願いだからさ、私に非があるなら直すから、何も言わずに離れていくのは寂しいからさ、教えてよ」
「主…………」

 随分と呻くように呼ぶものだから、どこか痛むのかと心配になって顔を覗く。そこには、随分とタコに似た長谷部の顔があった。
 そんな表情を見たことはない。釣られて私まで顔が熱くなってしまう。

「な、な、な、なんでそんなに赤くなってるんだよ……」
「わかりました。白状します。しますから、一度離れることを約束してください」
「なんでだってば」
「今から説明します。的確にできるかわかりませんが、俺の命を救うと思って」

 いまいち長谷部の言っていることが理解できない。しかし必死なのは伝わった。
 ようやく緩んだ手から抜けて、触れるつもりが無いアピールとして、少し長谷部から離れた。
 長谷部はその様子を恐る恐る見届けた後、痛みもあるであろう体を引きずりながら正座した。そんなにかしこまった話なのだろうか。

「主、俺は、貴方を見ていると息が苦しくなるのです。姿が見えないと落ち着きませんし、視界に入れば気もそぞろになり貴方の姿を目で追ってしまいます。貴方に微笑みかけられると体が軽くなり、仕事すら手につかない始末。このままでは自分に任された命を全うできないと思い、なるべく貴方と距離を置こうと決めました。……貴方の気遣いを無下にする勝手な行為でした。お許しください」

 長谷部の口から流れてくる音は、私の耳を素通りしていくもので、あまり内容が噛み砕けないでいる。
 しかし、でも、要は、つまり。

「あー……なるほど……うーん……」
「その、先程のように主と距離が近かったり、触れられてしまいますと、あー……」

 黙るのはこちらの方だった。こういう時にどうすればいいのか、勿論マニュアルなんて存在してないし己に経験値もない。無下にできるものでもないし、そもそも漠然としている長谷部のその感情を、抱かれてる私自身が説くにはあまりにも、あまりにも羞恥プレイが過ぎる。

「この感情を教えてください、主。俺は、どうすればまた前のように主と接することができるのですか」

 懇願されても困る。
 私だって、もう長谷部と以前のように接することなんてできそうもない。




191022



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