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▼ 幸村精市に奪われる

さっき幸村くんからメールが来ました。何でも頼みごとがあるから、今から屋上に来てくれって内容の。

只今昼休み終了五分前。明らかに時間ギリギリだけど、相手はあの幸村くん。ゴメン無理、なんて二つ返事なんかで断りを入れたら……何をされるかたまったもんじゃない。けどきっと、幸村くんもそこまで不真面目な人じゃないから、授業が始まる前までに終わる頼みごとなんだろうな。うんそうだよきっと。

私は一緒に談笑してた友達に一言言って、教室を出た。
















庭園のある屋上には、割かし人が集まる。特に昼休みなんかは、カップル達がお昼を食べる場所1と言っても全然差支えないほどだと思う。…最も、私は人生一度も彼氏なんて出来たことがないから、そんな話は無縁極まりないんだけども。

無駄に重っ苦しい厳重な扉を開ければ、仄かに花の甘い匂いが香る。屋上の面積の半分を占めている花壇は色取り取りの花に飾られ、凄く綺麗だった。四角く区切られている花壇に沿うように置かれている、お洒落な白いベンチには、今はもう人は座っていないようだ。そりゃあ、あと数分で授業が始まるのだというのに屋上に居たら間に合うはずがないんだけど。



「やっと来た」



扉の方から奥へと数えて二つ目のベンチ手前、幸村くんが花に負けない綺麗な笑顔で立っていた。何故か、私はその笑顔を見た瞬間、寒気にも似た何かが背筋を通って行く感覚を味わった。確かに幸村くんと言えばその儚げな見た目に反して腹の真っ黒なところが特徴というか、むしろそこのギャップで女の子に人気を得ているというか。いや、飽くまで友達の見解ですよ。私はどちらかと言えば、柳生くんみたいな真面目な子の方が好みですよ。



「ごめん、待たせちゃった?」

「いいや、むしろ遅い方が好都合だよ」

「…?」

「うん、分からないなら良いんだ」



言いながら扉に一番近いベンチの方まで来た幸村くん。相変わらずその笑顔は私に寒気しか与えてくれない。それに、どういうことなの? 一体何が好都合だというのだろうか。何も分からないけど、取りあえず座りなよ、と促されたので、目の前のベンチに座った。その隣に幸村くんも座る。…何だか、肩が触れ合っているんだけども、近くないでしょうか幸村さん。



「…頼みごと、って何?」

「まぁまぁ、そう焦らないでよ」

「…いや、だって、あとちょっとで授業、」



始まっちゃうよ、と言いながら、無情にもチャイムが学校中に響いた。瞬間、幸村くんの笑みは深くなる。不覚にも、その普段見たことのないその表情に心臓が高鳴った。あれ、おかしいな。



「ほら、授業始まっちゃったじゃん、どうするの」

「どうするもこうするも、最初からそれを狙ってたんだよ。気付かなかった?」

「え?」



肩に合った幸村くんの温もりがなくなる。と、間もなく幸村くんの大きな掌が私の両肩を掴む。その大きさに男の子を感じながら、またさっきよりも少し心臓が早くなっているのを自覚していると、よく見れば幸村くんは私に覆い被さっていた。丁度良く、幸村くんの顔が逆行で暗くなり、笑顔の不気味さを増長させていた。



「幸村、くん?」

「はは、その怯えた表情、なかなかそそるね」



なんだ、なんなんだろうこれ。急に熱が上がったかのように、体が熱く火照りだす。近くにある幸村くんの顔から感じる息使いとかがリアルな感覚で自分の頬にかかって、思わず顔を赤くさせてしまっている。

何がなんだかわからない。私は今ここで何をしているんだろう。授業は? 幸村くんの頼みごとって? そして、今の状況は何?



「この後どうなるかわからないって顔だね」



なんてことだ。幸村くんは人の心を読めてしまうらしい。



「凄く、可愛いよ」

「へ?」



なんだって。と思うのも束の間。肩に置かれていた手で顎を持ち上げられたかと思いきや、幸村くんが顔を近付けてくる。不意に、耳に息をかけられた。まただ。また背筋に何かが通る。喉の奥から甘ったるい何かが出てきそうで、力んで止めたがさすがに息だけは荒くなってしまった。何がなんだかわからない。



「ちょっと話をしようか」



耳殻に唇をあてられている。お陰で、言葉を紡ぐ度に一緒になって振動してしまい、こそばゆい。いや、もしかしたら、これはこそばゆいというだけではないかもしれない。吐いた息が、熱かった。



「俺さ、君が好きなんだ」

「………え? どういう、」

「黙ってて、」



ぐい、と。

熱い。あつい。目を開けたくて、今の状況を確かめたくて、目を開けたい。けど、そんな勇気は私にはなかった。明らかに、他の体より熱い唇。違う体温。知らない感触。これは、明らかに、



「……はぁ、」

「ん、」

「……ごめん、」



離れたことには離れたものの、顔はまだ至近距離。私は今になって心臓がバクバクと活発に音を立て始めた。



「…幸村くん、今、」

「うん。した」

「…………」



そう言って口角をあげる幸村くんは、全然嬉しそうでも楽しそうでもない。何で、そんな風に無理矢理笑ったの?



「また、いいかな」

「え?」

「また、ここで、」

「……………」

「いい?」



気になる。彼の真意が。

私は、幸村くんに初めてを奪われた。それこそ一瞬にして。好きだ、と言われて。けど、絶対、幸村くんは私のことを好きだなんて思っていない。全然、嬉しそうじゃないんだ。こんなことを好きな人としたら、嬉しくないわけがないんだ。…と思う。

少なくとも、私は今、幸村くんとしても、嬉しくなかった。



「いいよ」



思いの外、はっきりと言葉が出た。そのことに驚いたのか、幸村くんは目が丸くなっている。なんだか、おかしい。さっきまで主導権を握っていた彼が、状況を把握出来ていない。不本意だけど、笑い声を漏らしてしまう。



「…ははは、思ったより生意気だ」



気を悪くしたらしい幸村くんは、今度は楽しそうに、だけど、…どこか悪者っぽく、笑いながら、私の腕を引っ張った。

また、















120212



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