文章 | ナノ


▼ 宗三左文字は幸福である

お題『だってこんなの、愛じゃない』



1.『脱皮欲求』



「貴様が『誉』とは、珍しいこともあるものだ」

 刀身に付着した血(と言っていいのか、遡行軍相手を斬りつけた際に奴らから噴き出た液体)を掃いながら鞘へ戻す。不本意ながらも付き合いの長い、この悪友のような相手の皮肉も掃いたかった。

「僕の功績というより、連れて来た投石兵たちのお蔭でしょう。見誤るとは、貴方も焼きが回りましたね」
「ふん、減らず口を。実際に燃えたお前に言われたくはない」
「…上手いことおっしゃいますね」
「黙れ」

 へし切りに冗談は通じない。固い男だ。からかうには最適だが。
 敵本陣の総大将はたった今倒した。残った敵もあらかた殲滅し、しばらくは遡行軍も動きださないだろう。もうこの時代のこの戦場に用はない。宗三は早く本丸に帰りたかった。
 先を行く長谷部の他、第一部隊の背中が視界に入る。大太刀の石切丸と蛍丸、太刀の燭台切、脇差の物吉、そして長谷部。自分と比べ、みな優秀な刀剣達だ。打刀達の中でも極めて能力値が低い宗三は、自分が場違いで浮いていることに笑えてきて仕方ない。
 今回の戦闘の中での最たる功労者が自分であったのも、他の刀剣が遠戦兵を連れて来ていなかったため、結果的に自分しか先制攻撃を仕掛けられず、敵を倒した数も隊内で一番になっただけだ。大太刀のように一度に複数の敵をなぎ倒せないし、脇差のように敵を押し出す力もない自分が、まさか、なのだ。そう、自分自身の実力とは到底思えない。どちらかと言えば、自分が誉を取れるように、周りがお膳立てをしてくれたかのようだ。これでは、長谷部に皮肉を言われてもなんらおかしいことではない。
 宗三は、自分の能力値を数字として目に見えるものとした際、同じ刀種の刀剣達と開いた数値の差を、大しておかしいとは思っていなかった。むしろ、当然、とまで思っていた。
 刀であるにもかかわらず、道具というよりも象徴として扱われていた過去。炎に飲まれるも放っておかれず、複数回身体を治されたこと。刀として身も心もボロボロになった今、今更刀として力を振るえとは、なんたる巡り合わせか。
 自分が闘いの中に身を置くとことで、一体何が変わるのか。宗三は常々疑問を感じていた。

 宗三左文字が、現主の下へ顕現し、第一部隊所属とされ、戦闘の第一線へ駆り出されるようになってから、もう数ヶ月も経っているのだ。







2.『天秤にかけろ』



 現在宗三が所属している第一部隊が戦闘から戻り本丸に帰ってきたのが日が沈みかける頃のこと。その後、各時代に資材調達や情報収集に行っていた第二から第四の部隊も戻ってきた。非番の者も含め、本丸に全員が揃うのは決まって夕飯の刻である。
 元は刀だろうに、どういう因果か炊事が好きな者、得意な者もこの本丸にいる。不思議なことだ。刀とは戦いの道具であると認識していたが、実際に人間のを持つと、存外人間の性格基準に倣うらしい。審神者は当初、家政婦を雇うつもりだったそうだが、本丸の事務業務から経理から炊事洗濯掃除まで、審神者と刀剣男士達だけでやっていけるとわかるや否や、もう部外者を本丸に入れる必要はないだろ、と満足げに笑っていた。確かに、戦いに従事ていない部外者を招き入れることは、それなりにリスクもある。賢い選択だった。
 宗三は別段炊事が好きでも得意でもなければ、事務のような細々した作業は気が滅入るからなるたけしたくはないし、金銭の匙加減が特別上手いわけでもなかった。が、戦闘とは別に、共同生活する上で最低限のことは自分でやれ、と躾けられてからは、まぁ掃除くらいなら他の者を手伝わなくなくもない。共同スペース、例えば、今宗三や他の刀剣男士が夕飯を食べている、広い敷地に質素な大机が複数、座布団はたくさん置かれているだけの食堂なんかは、衛生的に綺麗でなければ嫌な気がして、いつも掃除を念入りにしていた。
 埃や汚れが残っているのは許せない。食べこぼしなど、もってのほかだ。

「オレこれ嫌いだー、食ってくれよ!」
「ひぃ、自分の分はちゃんと食べてくださいよぉ」

 短刀達による野菜の押し付け合いが始まった。あーあ、ドレッシングが机に飛び散る。誰が綺麗にすると思っているのか。…いや、あくまでこちらが勝手に拭いているだけなので、誰かに謝られたり、感謝されたりもしないのだが。

 今晩の夕食は、葉物のサラダとハンバーグだ。男所帯だからか、一つ当たりの量が多い。基本的に夕餉の支度は燭台切が仕切っているので、メニューは豊富だが、何分規格が大きい。作る手が大きいせいだろうか。宗三も背は低くないはずだが、燭台切は背も出かければ体のサイズも全体的に大きい男だ。…顕現したての頃は、あまりのも多い量を食べきれず四苦八苦していたが、今ではペロリだ。
 しばらく食べ慣れなかった洋食を頬張っていると、ある刀剣男士が食堂へ姿を現した。

「審神者と歌仙、今帰った」

 雅だ風流だとうるさい刀剣の声が食堂に響く。そして、宗三は思い出した。今日は審神者の定例会議があったということを。
 刀剣男士とは審神者の力を借りてこの世に顕現している。我々の主は審神者である。それはどの刀剣男士においても共通の認識だ。しかし、奇怪なことに審神者というものは、我々にとっての審神者だけではないらしい。なんと、審神者は複数人もいて、本丸は時空間にいくつも点在しており、それぞれに刀剣男士は顕現して、つまりは自分の主以外の主に仕える自分以外の宗三左文字も存在するという。
 時折、演練だと言って他の審神者の刀剣男士との模擬戦を行うこともあるが、考えた人間は悪趣味ではないだろうか。自分の命を預ける仲間と、同じ姿をしているだけの別の何かと戦闘をしろというのだ。これならば、醜悪な見た目をしている遡行軍の方がまだ情けをかけずに殺すことができよう。
 ともかく、明確な審神者の数は流石に知るところではないが、膨大な審神者を統括する存在が、政府と呼ばれる組織である。政府という名が正式名称なのか俗称なのか、その辺りも不明瞭だ。宗三はこの手の話題にそこまで興味がなかったので、詳しくはわからない。
 政府は、時間遡行軍への対策、戦闘ととして、主な指針を審神者に言い渡す。その場が、定例会議だ。参加者は政府のお偉いさん、審神者、そして一人の刀剣男士の同行が許される。同行者の制限は特別設定されていないが、ほとんどの審神者は信頼のおけるものを連れていく。我が主の場合は、初期刀であり最も付き合いの長い歌仙兼定を連れていくことが多い。何回か一回は、別の者が同行することもあったが、宗三は一度も定例会議に参加したことはなかった。

「隣り、良いだろうか?」
「……。どうぞ」

 他にも空いている席はいくらでもあるだろうに、歌仙は献立の乗ったお盆も起き、宗三の隣りへと腰を下ろした。
 しかし、初期刀である歌仙と、審神者が審神者となって鍛刀とした刀剣達の中でも比較的早い時期に本丸に来た宗三は、割合顔を会わす機会も多く、不仲でもなければ、勝手知らない間柄でもない。何より、弟とも親しくするこの男の好感度が低いわけがない。

「どうでした、今日の会議は?」
「どうもこうも、最近は停滞していてならないな。新たな時代での遡行軍が観測されないのか、そもそも遡行軍の数が減っているのか、はたまた検非違使共がはびこるあまりにこちらから動けないのか、理由は見当もつかないが、あまりにも政府からの指示が薄すぎる」

 気疲れをしたのだろう。息を吐きながら、歌仙はゆっくりとした動作で箸を使い、肉料理を口へ運ぶ。そして、味が気に入ったのか、少し顔がほころんだ。
 過去へと遡っていき、大きく区分して7つの時代へと集中的に訪ねていた我々だが、確かに最後に「江戸城内に行け」と言われてから随分と時間が経った。その間、政府が怠惰に何もしなかったと言えばそうではなく、まだ出会えぬ刀剣男子を探しに大阪城へもぐったり、戦力拡充と銘打ち新たな仲間を探しに行ったり、編成できる全部隊で戦闘を行ったり、何でできてるんだかわけのわからない玉を集めたり、そう言えば江戸城へ潜入し鍵を集めたこともあった。定期的に催しのように開かれるそれらは、あくまで本題ではないのだ。まぁ、お蔭さまで仲間は着々と集まっているのだが。
 歌仙も、どこか不服そうな様子だった。

「遡行軍相手ではないが、次の目的も言い渡されたよ。玉を回収し、篭手切江を仲間に引き入れろ、だそうだ」
「篭手切江?」
「脇差さ。短い間だけ細川家に来ていたこともあるが、親しくなる前に稲葉家へ行ったよ」
「どんな方なんですか?」
「堅実で真面目なやつだが、…少し変わっているね」

 宗三は、最近本丸に来た面々を思い出し、あまりの濃さに顔をしかめた。やたら自分を虐げられたいやつとか、やたら脱ぐやつとか、やたら人妻が好きなやつとか……。また変な刀剣が増えるのか。

「他の刀剣ほどの強烈さには欠けるけどね」
「…安心しました」

 二人は会話の最中に箸を進め、宗三に至ってはもう皿は空だ。他の刀剣らも皿を片付け、自室や風呂や、各々好きなことをしていることだろう。
 そういえば、と今日はまだ審神者が夕食を食べに来ていないことに気付いたのはこの時だ。共に本丸を出ていた歌仙がこの場にいる以上、まさか本丸内に審神者がいないわけはない。審神者は、よっぽど業務が立て込んでいない限り、みなと共に食事をし、交流を深めようとする人柄だ。

「歌仙、主の姿が見えませんが」

 疑問を歌仙へ投げかければ、歌仙は少し宗三の顔を見つめた後、口を開いた。

「そういえば、すぐに仕事部屋にこもったね。何か急ぎでもあるんじゃないか?」
「そこは別に把握しているわけじゃないんですね」
「しがない初期刀だからね」

 歌仙は何かが面白そうに、口角を少し上げている。今の会話中、どこに笑みをこぼす要素があったのか。

「何か面白いことでも?」
「いや? ただ、そうだな、君が主と会いたいように、僕には見えてね」

 宗三、絶句。

「何故です? 僕が主に? 何を言って…」
「まぁまぁ落ち着いてくれよ。そう見えただけだ。気にしないでくれ」

 相も変わらず楽しそうにしている歌仙に、腹が立つ気がしないでもないが、ここで言葉を返したところで言い訳にしか聞こえまい。
 確かに、そう言われてみれば、主と顔を合わせたい。厳密に言えば、何故今日の出陣で、自分に誉をとらせるような編成と装備を指示したのか、問いたい。そして、何故自分のような弱小を、戦闘の第一線に立たせるのか、も。

「主へ夕食を運んではどうだい? 本来なら僕が運ぶ予定だったが、生憎と食事中だ。君に託すとしよう」

 先程から愉快にしているこいつの提案を鵜呑みにするのは癪だったが、宗三は呑むことにした。これ以上の開口は見苦しく思えたからで、決して同意ではない。決して。







3.『金平糖の入った瓶』




「主、夕食をお持ちしました」
「あれ、宗三? 珍しい人が来たね。どうぞ」

 襖を開けると、飛び込んできた光景に宗三は目を見開いた。そして困惑した。
 主の仕事部屋は広くもなく狭くもなく、そこに事務処理用の机と必要書類や入用のものが置かれる棚があるくらいの部屋だが、今はともかくの紙の束。山積みになった棟がいくつかあり、きっと分類分けがされているのだろうから、宗三は崩さないように慎重に、お盆に乗った夕食を主の下へ運んだ。

「なんです? この紙の山は」
「うーん、政府がねぇ、遡行軍やら検非違使やらの調査結果だの、今後の方針がどうのだの、他の本丸でこんなこと起きてるから気を付けろだの、まぁ諸々の報告?を律儀に紙にまとめやがってさぁ。読まないで燃やしたいところだけど、確認しないと後がうるさいしねぇ。今時は文明の利器ってのがあるんだから、そっち使えばいいのに、資源の無駄だよね」

 主は紙に埋もれた机の上から、薄ぺらな光る板を出した。確かに、主はよくそれとにらめっこをしては指を滑らしている。名前は何と言ったか。自分の生まれた時代には存在しなかった物の、知識はあるが全ては理解できないし何より馴染まない。

「心中お察しします。…これは、どちらに置きますか?」
「ああ、ご飯。ちょっと待って、机片付けるから…」

 そうやって机上にある紙をバッサバサと周りに避けるのは片付けと呼べるのか? 主が手を動かしている中、徐々に机の表面が姿を現し、宗三にはあるものが目に留まった。
 が、それもつかの間、蓋が空いていたその瓶は横に倒され、中身は床へ散らばった。色とりどりな金平糖が無造作に散らばる様は鮮やかではある。しかし、彩りに感嘆したところで大参事には変わりない。

「全く、何やってんですか。鈍くさいですね」
「わぁー、ごめーん」

 いそいそと手を動かし金平糖を拾い集める。宗三も、置けるくらいにはなった机へお盆を置き、屈んで手伝う。

「蓋も閉めずに放置するからですよ」
「書類仕事してると糖分欲しくなるからね、いつでも食べられるようにしてるんだ。ん」
「言いながら床に落ちたものを口に含まないでください。汚いですね。あと夕飯前なんだから辞めなさい」
「はぁいママ」
「貴方の母親だなんてまっぴらですよ」

 この主、いつまで経っても幼子のようだ。齢で言えば二十歳は越えてるだろうに、なんというか、子供っぽい人間なのだ。
 これで審神者としては各方面で優秀なのだというのだから、宗三は何かの詐欺にひっかかっているのかもしれないと気が気じゃない。

「ありがとね、宗三」

 一通り金平糖を拾ったところ、主は笑っていた。

「笑いごとじゃありませんよ。しょうもない人ですね」
「で? 宗三、私に何か用事あるんじゃないの?」
「…僕、そんなこと言いましたか?」
「別に。でも、ご飯頼んでた歌仙じゃなくてわざわざ宗三が来るってことは、何か理由があるんじゃないかなって」

 ほら、こういうところだ。やたらと敏い。細かい綻びから、確信を見つけ出す。

「はぁ。主の菓子を拾っていたら忘れましたよ」

 実際、今の今まで頭からは抜けていた。こんな頭空っぽで直感だけで生きているような主に、自分がわざと誉を取れるように仕組んだなんぞ、考えられまい。何かの偶然なのだ。自分の思い過ごしなのだ。

「えぇー、濁されると気になるじゃーん」
「お黙りなさい。夕飯が冷めるでしょう。今日の炊事当番は燭台切ですよ」
「わーい燭台切のごはーん!」

 話題を逸らせばそちらに即座に食いつく。やはり馬鹿主か。
 さて、もうここに用は無いと立ち上がり、襖へ向かう。ふと、拾いきれていない金平糖が一粒、まだ床に転がっていたが、屈んでとるのも億劫で、何となくそのままにしておきたかったので、宗三はその事実を審神者に伝えることもせず、襖に手をかけた。

「あ、そういえば、いつも食堂綺麗にしてくれてありがとね」
「…どうも」

 唐突な言葉だった。何故、この瞬間に主がそんな一言を投げかけたのか、その思考回路はわからなかった。
 そして、心変わりもした。この後は真っ直ぐ自室に帰るつもりだったが、一度食堂に寄り、掃除でもしようか。







4.『なのめならず』



 歌仙が言っていた通り、程なくして篭手切江を仲間にすべく玉集めが始まった。
 過去にも何度か経験したこともある玉集めではあったが、問題は集める数と玉を回収へ向かう土地の解放期限だった。いつも以上の玉の数を要求されるにも関わらず、期限が圧倒的に短いのだ。
 最近は短刀や脇差を中心に修行へ行きたいという者も増え、そして本丸へ帰ってくると目まぐるしい成長を遂げた者が少なからずいる。素早い動きと敵の急所を突き確実に仕留める実力は、第一戦へ引っ張りだこになってもおかしい話ではない。
 今回の玉集めは、短い期間中に片付けなければならないという理由から、素早く行って帰って来れる修行済みの短刀達へ任が下された。お蔭で通常にこなしていた戦闘を行う時間も全てそちらに回され、勿論打刀である宗三は暇をしていた。
 主曰く『宗三にはいつも頑張って貰ってたからしばらくお休みね!』と、事実上のクビか何かを言い渡された。その日以降、宗三はいつもより遅めに起きて、朝食を食らい、午前中は本丸の掃除と畑仕事、昼食を食らい、午後には馬の世話をしてまた掃除、そして夕食を食らい風呂に入って就寝。すっかり老後気分だ。
 慣れとは怖いもので、あんなに戦闘へ出ることが非日常だった宗三も、主の命で第一線で戦い続ければ、平和な暮らしがいつの間にか非日常へと変わっているのだ。
 当初は、身体に傷はつかないし、風呂に入る時しみなくて済んで良い、くらいにしか感じていなかったのに、今では刀を握り振るわないことが不安で仕方がない。本丸内に存在する道場で、慣れない一人稽古をしてみたり、同じく暇を持て余す刀剣達と手合わせをしてコテンパンにされたり、今までの自分だったらあり得ない行動ばかりしていた。いつの間にか武闘派集団に宗三も括られていたのが、最大の不服だった。
 心に溜まった淀みが、何をするにしても消えない一方だ。
 そうしているうちに、玉集めは時間だけがかかり難なく終了。歌仙から聞いていた篭手切江の印象は良くなかったが、実際に対面してみると確かに生真面目で堅実な性格のようだ。ただし、歌ったり踊ったりに興味があるらしく、言動に変わったところが無いというわけでない。
 新入りが来ると、翌日は一日かけて新入りを歓迎するようになっていた。歓迎というからには、普段食べ慣れないご馳走を頂いたり、普段は飲まない連中も酒を飲んだりするのだが、これはあくまで新入りに託けた催しに過ぎず、実際のところは増え過ぎた刀剣男士をある程度覚えてもらう紹介の場と言った方が正しい。
 毎度のことながら、みな羽目を外して騒ぎだす。宗三はあまりこのような空気を得意だとは思わなかったが、何度も何度もつき合わされれば慣れてくるもので、同じく静かに過ごしたい刀剣達と輪を外れて酒を煽るのだった。
 宴も竹縄になった頃合い、いつも通り刀剣同士の関係性構築を尊重して出しゃばらない主は、今後の予定として声高らかに放った。

「しばらくは定例会議も無いので、のんびり休みます! その後に練度底上げを行います!」

 この時、宗三は、酒が入っていたために頭が回らず、へぇそうですか、くらいにしか思わなかったのだが、これが悪夢の始まりだった。







5.『……』



 玉集め、大規模連休、練度上げ、審神者が計画した日程をこなしていると、宗三は今まで感じたことのない、内でくすぶるものが一向に燃えきれずに悶える心地に支配された。
 宗三が戦闘に出ていく機会が全くなくなってしまったのだ。
 顕現してからというもの、ほぼ第一部隊に所属し、第一線で遡行軍をいなしてきた宗三は、おのずと他の刀剣達よりも経験を積む機会が多くあった。
 ある時、刀剣の戦闘能力の数値化を導入した際、単純な力の強さ、足の速さ、貫く力など以外にも、所謂「この刀剣の授かった肉体的に、これ以上の強化が見込めなくなる時」というのも分かるようになった。それが、最高練度というやつである。
 人一倍戦闘経験が多かった宗三は、なんと信じられないことにこの本丸で最も早く、最高練度へ到達した。己よりも先に最高練度に到達した宗三に対し、長谷部のやっかみ様といえば凄まじかった。
 つまり、宗三はもうしばらく前から練度上げの必要のない刀剣となっているのだ。最近精力的にに行われている練度上げのための戦闘に、宗三が編成されるわけはない。
 あんなに戦闘経験の乏しかった自分が、こんなにも戦闘に出ることを望むようになるなんて。
 すべての思考は、宗三の苛立ちを助長させた。

「ふん。宗三、酷い顔だな。人を斬りそうだぞ」

 ある時、本丸にて畑仕事をこなしてると、同じく畑当番だった長谷部が声をかけてきた。

「僕は刀なんでね、作物の世話だけでは暇なんです」
「主から頂いたせっかくの休暇だ。休め。今までの疲労を抜いて、せいぜい死なないことだ」
「…休んでいた方が剣が鈍って死ぬと思いますが?」
「なら、俺と手合わせするか?」
「弱い者いじめは格好悪いですよ」

 へし切りとの手合わせなんぞ、敵わないことがわかっているのだから、絶対にしない。
 部隊に所属していないということは、審神者と顔を会わせる機会だって格段に減る。長谷部も宗三と共に最高練度なために、最近は部隊に所属していないのだ。行き過ぎなくらいの忠誠心を見せる長谷部にとって、主との接点が少なることには鬱憤も溜まるのだろう。昔から、長谷部は機嫌が悪いと宗三を構う。
 もちろん、宗三もその状況は変わらない。宗三は、主と顔を会わせられないことがこんなにも自らの精神へ支障を来たすとは思いもよらなかったし、ようやくこの時に自覚したのだ。







6.『愛撫される心』



 部隊によく編成する刀剣達がどうしても偏ってしまい、練度の差ができてしまったのは、この本丸の弱点である自覚はあった。この本丸を取り仕切る私のミスだ。なので、今回は思い切って、あまり戦闘へ参加していなかった刀剣達の練度上げを目的とした戦闘を繰り返しているのだが…。
 電子機器に入力した刀剣男士達の練度数値を眺めながら、ひとりごちる。最近、最高練度になった子達を構わなさすぎではないだろうか?
 そろそろやばそう。特に長谷部。あれだけ普段から主主と慕ってくれる彼を、なんやかんやと放置しているのは今回が初めてだ。その内フラストレーションが溜まり過ぎて、何かの形で爆発して、どうにかならないだろうか…。今更心配したって遅いのだが。
 寝る前にグチグチ考えたところでどうにもならない。私は早々に布団に入り、明日から何かしらのケアをしようと決めた。

 寝つきが悪いので、布団に入ったところですぐに寝れるわけではない。布団の中でぬくぬくと温まりながら、もう夜も遅いからみんな寝たかなぁと部屋の外に耳を傾ける。いつものこの時間ならば、もちろん物音は聞こえてこない。が、今晩は様子が違った。
 外から足音が聞こえる。特別早くもなければ、遅くもない足音だ。
 私の仕事部屋であり寝室でもあるこの部屋は、みんなの寝室とは真反対。仮にトイレに起きたとしても、私の部屋の前を通って厠へ向かうルートなんて皆無である。
 とすると、だ。十中八九、私に用があるに違いなかった。こんな夜分に来るくらいだから、よっぽど急な用事なのだろう。このまま布団に入っていてもどうせ眠れないのだから、いっそ布団から出て待つことにした。
 案の定、件の足音は目の前の襖で止まる。直後、結構な勢いで開かれたその奥、月明りを背中に受ける急用の刀剣は意外にも宗三だった。

「宗三、どうしたの?」

 向こうから来て、向こうが襖を開けたにも関わらず、宗三は何故か驚きの表情だ。

「…もう眠っていると思いましたが、起きていたんですか?」
「うん? いや、布団には入ってたけど、足音聞こえるから、誰か用事かなって」
「用事って………、はぁ」

 何故、大きなため息を吐かれなきゃならんのか。

「入って良いですか?」
「どうぞ?」

 断る理由も無かった。眠れないし、話相手になって欲しいところだ。
 襖を開けた勢いはどこへやら、宗三はのろのろと襖を閉めた後、私のいる布団の上に座った。

「で、何の用?」
「…貴方ねぇ。みなが寝静まる刻に男が訪ねて来たら、何を意味するかわからないんですか?」

 男と言ったって、お前は刀剣じゃないか。

「急用?」
「夜這いしに来ました」
「ほぉ………」

 今度驚いたのはこっちだ。口から漏れた息はため息とも形容しがたい。

「失礼します」

 宗三はご丁寧にも私の両手首をがっちり掴み、布団への押し倒された。手首には宗三の骨っぽい手のぬくもり。背中にはさっきまで横たわっていた布団。開いた襖から入る月明りだけが頼りだが、それでもわかる宗三との顔の近さだった。宗三の髪の一房が、私の頬をくすぐる。わお。すごい、夜這いっぽい。

「どうしたの? 最近戦闘出ないから、こう、発散できなくなっちゃった?」

 ついさっき、最高練度の刀剣を構ってないと焦っていた直後、この有様だ。
 が、少なくとも、私の知る宗三左文字は、夜更けにみだりに私の部屋に訪れるような色欲にまみれた刀剣ではない。こうして、私の両腕をがっちり掴み込んで、布団の上へ縫い付けるようなことも、絶対にしないと思っていた。
 そう。どうにも、今目の前で起こっている宗三の行動は、普段の宗三らしくないのだ。物事は常に一歩後ろで傍観し、あまり自分から首を突っ込んでいくことは、あまり見たことが無い。話の中心へ向かおうという行動を、自らが行うことなんて、普段の宗三は決してしない。
 ……ああ、彼にらしくないことをさせるほど、私は彼の心を乱してしまったのだろうか。

「…随分と余裕なんですね。貴方より力の強い異性に、好きなようにされる直前ですよ」

 宗三の眉間の皺はいつもより深かった。

「宗三がそれで満足するなら、私は構わないよ。…ごめんね」
「…………」

 審神者としての最低限の償いだと思った。普段絶対に私を乱暴に扱おうとはしない宗三の、普段の素直じゃない言動に隠れる優しさからかけ離れたこの行動は、私の采配ミスが生んだのだ。ならば、責任をとるのが筋ってものだろう。
 一体、宗三がこれから私に何をするのか、読めなかった。言葉通り乱暴に暴力を振るうのか、それとも男女の性差にものを言わすのか、それ以外の行動なのか。しかし、どれも、受け止めよう。
 私は、宗三左文字の主なのだから。

「…貴方は、僕の気持ちを手玉にとることで、籠の鳥として扱う。そんな魂胆ですか?」

 腹を決めて宗三に視線を向けていると、宗三は私の上に覆いかぶさる形で身を預けてきた。私の頭の右側には宗三の頭が置かれ、彼の呼吸音が近い。…長身の割に軽い体重に、ちゃんと食べてくれと心配になる。

「まさか。私に、宗三を貶める意図が無いことなんて、わかってるでしょ?」

 どうにも、この人が、駄々をこねる子供に見えて、仕方がないのだ。
 いつの間にか拘束が緩んでいた腕を、宗三の背中に回し優しく撫でれば、存外に温かかった。

「僕が貴方のことをわかりきってるですって? 何を抜かしてやがるんですか。貴方のことなんて、ちっとも、全く、ええ、以前から、皆目検討もつきませんよ」

 宗三は勢いに任せて体を起こすから、その反動で私の腕は解かれてしまった。

「何なんですか。僕に刀としての本分を散々全うさせた挙句、それなのに、また闘いから遠ざける。なんて。……もうね、わかりませんよ。僕は貴方をどう想っていいのか。気持ちを弄ばれて憤ればいいのか、このひしめき合う感情に任せて乱暴に扱えばいいのか、どうしようもなく大切に触れればいいのか。わかりません」

 掌を私の頭に両脇についていたのが、緩慢な動きによって肘までが布団につけれてしまう。私と宗三の顔と顔との距離は、今までに無く近い。月明りを背負う宗三の肌は、白くて美しかった。そして、宗三の呼吸は温かかった。

「貴方は、どうすれば、僕を唯一無二にしてくれるのですか……?」

 とても小さく、懇願された。あまりにも切実な訴えだったので、胸がぐっと苦しくなった。そう思う頃には、宗三の唇の感触が柔らかかった。
 ただ、触れるだけで離れていった。が、相変わらず宗三の顔は近すぎたので、表情は伺えない。
 …ここで、何も声をかけなかったら、私は審神者としてダメダメだ。

「…宗三はさ、そもそもが刀で、今は付喪神として人間の身体を持ってはいるけど、人間として赤ちゃんみたいなものじゃない?」
「…………?」

 うん。わかるよ。渾身の口づけを交わしたのに、急にこんな話をおっぴろげたら驚くね。普通の反応だよね。だがしかし、困惑の反応は見て取れたが決して拒絶はされていないので、このまま続けた。

「元々刀だったのに、色々あってこっちの都合で勝手に人間の身体与えられちゃって、何かと大変でしょ。無かった気持ちとか、きっと持て余すし、それを教えたいわけよ。こっちとしては」

 赤ちゃん、という単語に面を食らった様子で、宗三の力は緩んでいた。ので、私は宗三の肩を手で押し、自分もろとも起き上がらせて、向かい合って座っている体勢へと戻した。
 ここが好機、というか、ここで体勢も気持ちも形成を逆転させないと、このままずるずると宗三自身が説明できない己の気持ちを持て余させたら、審神者として、いや、曲がりなりにも人間の先輩として、情けないと思ったのだ。ここで押し負けては、宗三の言い表せない苦しみはずっと続くと思ったのだ。断ち切らねばならないと。実の刃を持たない私でも。

「夜這いって何なのかとか、どういう流れで夜這いという行動をとる気持ちになってしまったのか、そうなっちゃう原因は何なのかとか、それに身を任せると自分も相手もどうなるのかってのは、表面上の知識でしか理解してないと思うんだけど、どうですかね」
「いや……。どうですか、と聞かれても…」
「なので、夜這いしに来るほど心がぐちゃぐちゃなら、ここで一から十まで私が言葉で説明したとしても、それも上辺だけになっちゃうし、ならば、もういっそ、ここは宗三も経験したことがないはずのことを実際にして、カウンセリングしようと思います!」
「は?」

 楽しくなってまいりました! 目を白黒させる宗三を力任せに布団に寝かしつけ、私も同じ布団へダイブ。何か「ちょ、」とか「まっ」とか言ってるけど、どうせ乱暴できる程の度胸が宗三に無いことをしっているので、そのまま宗三の頭を胸の辺りで抱きかかえた。やはり男性の身体を持つ者に、おっぱいへの抵抗はできまい。宗三はあきらめたように、大人しく私に抱きかかえられていた。

「宗三はさぁ、刀だった時はろくに戦闘もしなかったって聞いて、なんか無性に戦闘に出したくなっちゃって、今こうやってみんなより早く強くなっちゃったんだよね。別に宗三が自分から戦いたいって言ったわけじゃないから、完全なこっちのわがままだったんだけどさ」

 宗三は、私の独り言を静かに聞いているようだった。

「今、こうして相手できない子たちが増えてるから、どうにかしようかなとは思ってたんだけど、みんなを抱っこして寝ようとしたら、流石に嫌がられるかな?」

 静かに聞いているが、落ち着かないように動きだした。

「ん? どうした宗三?」

 胸に抱きかかえるのを緩めると、宗三は顔を出して、私の頬に両手を寄せた。

「僕の次は、誰の相手をするんですか」

 色の違う両目が、やたらと綺麗に見えた。ここまで綺麗に見えたのは、初めてだった。

「…ごめん。嘘。宗三にしかしないよ」
「本当に? 何故?」
「それは……、そうだね。うん。強いて言うなら、貴方がこの本丸で一番最初に最高練度に到達した理由と一緒だよ」







7.『邪道極まれり』



 人間の身体を手に入れてから、勿論初めての経験だった。
 目が覚めれば当然朝になっていた。自分の腕の中には、あの主がすやすやと眠っていて妙な心地になった。以前、修行から帰りたての小夜が、いつの間にか自分の布団にもぐっていたことを思い出したが、あの時とは温さは同じでも、柔らかさが違う。
 あまり、主と自分の性差なんて、考えたこともなかった。事実として、男と女。生物の機能として様々な体のつくりが違うこと、知識としてはわかってもいても、体感はしなかった。
 昨夜、主が言っていた『刀剣男士は、人間としては赤ちゃん』という言葉の意味は、こういうことかもしれない。人間の身体を手に入れた時、知識として身体の年齢に見合ったものは与えられた。しかし、それはあくまで知識に過ぎず、時間をかけて実際に体験したこととは違う。圧倒的に、人間として過ごした時間が少ない分、宗三達は知らないことが多過ぎるのだ。

「僕はもう起きましたよ。貴方はまだですか?」

 主の柔らかな頬を弄べば、どちらが赤子か迷いそうだ。すると、その感覚に目が覚めたのか、主は寝ぼけ眼で宗三をじっと見ていた。

「……おはよう宗三。よく眠れた?」

 当たり前なのだが、普段の眠気から覚醒している時の声色よりも、ずっとふにゃふにゃしている。宗三は胸が苦しくなった。

「眠れましたよ、そりゃあぐっすりと」
「ふへへ、良かった」

 主は満足気に頬を緩ます。…その表情を見ていると、宗三は解せなかった。

「貴方、本当に誰にでもこういうことしてないんですよね?」

 自分以外の刀剣、例えばへし切りなんかが同じ思いをしていると考えたら、昨夜に逆戻る気がしたのだ。

「してないよ。宗三が初めてだよ、添い寝したの」

 そのたった一言だけで、宗三は満足できた。

「では、僕は貴方の初めての男になったわけですか…」
「…………」

 わざと行間に含みを持たせたら、昨夜あんなに饒舌だった主のは閉口してしまった。

「なんでそこで赤くなるんでしょうね」
「ごめん、言葉選びがさ…」
「何考えてるんですか、はしたない」
「………ごめん」

 こんな主の表情を、宗三は初めて見た。そう、彼女にとっても初めて見せる顔なのだ。この、自分だけ知っている主がいることが、堪らなく満たされる。

 もっと、経験したことないものを経験したい。主と、時を共にしたい。
 宗三は心の臓が温められた気がして、この瞬間が永遠に訪れ、時が止まればいいとさえ思った。
 しかし、時が止まるはずもなく、朝は昼へと近づいていく。
 この後、いつもより起床の遅い主を心配し、もとい会う口実として審神者の部屋に現れたへし切り長谷部が、大切な大切な主が悪友宗三左文字と布団を共にしている様子を目にし、この世の終わりかというほどに騒ぎ立てることとなる。







8.『泣いたり笑ったりスパーキング!』



 練度上げも充分かと思われた頃、お次の政府からの指令は戦力拡充計画だった。嬉しいことに、現本丸には顕現可能な刀剣男士が全員そろい踏みなので、また暇を持て余すことになる。

 一夜の出来事以降、宗三は定期的に審神者の部屋を訪ねていた。おおっぴろげにはしなかったが、隠そうともしていなかった。
 意味深な脇差に、「一体部屋で何をしてるのか」と聞かれたこともあったが、宗三は余裕な笑みを浮かべるだけだった。
 健気な短刀には、「主さんとは、お付き合い、をしているのですか」と聞かれたこともあったが、宗三は言葉を濁すだけだった。
 宗三すら知り得なかった気持ちを察していたのか、事に加担した気になっている雅を謳う打刀は、陰で満足気に微笑んでいたという。
 宗三は、主が金平糖をこぼした日、拾わずに放った一粒の色が、自らの髪の色と同じであることを、思い出していた。そういえば、その金平糖はどこへ行ったのだろう。…また、主の部屋へ訪ねた時に、探してみればいい。





1707?? 執筆
190322 公開



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