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▼ 鷹城恭二と雨の日デート

 先輩がバイトを辞めたと思ったらアイドルを始めた。
 大型掲示板のタイトルかよってぐらいインパクトのある経緯を持つ先輩は、親しくなって身の上を聞いてるとなんか大きい家の次男らしい。どういうことなの。神は人に二物を与え過ぎでは?
 そしてなんやかんやあって私の決死のアタックに、遂に先輩は折れて今では交際をしている。
 こう、先輩はあまり煮え切らない質と言うか、基本的に自己評価の低い人間なんだけど、アイドルを始めて、というか、一緒にアイドルを始めることとなった商店街の知り合いと出会ってから、何となく、変わった気がする。少しポジティブになったというか、そんな感じの良い感じで。
 そういう心境の変化もあったからか、だから私の告白を受け入れてくれたんだと思っている。先輩と共にアイドルとしてユニットを結成した、渡辺さんとピエールくんには頭が上がらない。

 先輩のお仕事は不規則だ。アイドル業だから仕方ないんだけど。
 だから丸一日のお休みの日は、先輩の疲労がよっぽど溜まってない限り、私はデートを申し込んでいた。先輩は疲れているだろうに、日ごろから私を構えない罪悪感からか、大体快諾してくれる。メッセージは端的で明確なのに、優しいのだ。
 その日は、珍しく二日間のお休みだったので、私も高校が終わってから待ち合わせして出かけようと計画を立てていた。けども、あいにくの雨。出かけるにしてはあまりにも土砂降りで、残念ながら計画は断たれた。
 でもでもでも、せっかくの先輩のお休みに先輩の顔を見られないのは寂しすぎる。最近はテレビで顔を見る機会も増えたけど、そういうことじゃないじゃん。
 ということで、雨で出かけられないけど先輩と会いたいなぁと食い下がったら、「うち来るか? ゲームぐらいしかすることねぇけど」とお部屋に上がるお誘いを頂いたのだ。

「あがれよ。……狭いし何もないけど」
「お邪魔しまーす!」

 ここが先輩のお部屋! いつも寝て起きてをしている場所! すっごい先輩の匂いがする!と私はウキウキだ。
 六畳一間のお部屋は広いとも感じないが、必要最低限の家具とたくさんのゲームしか置いていないので特別狭いとも感じない。

「あ、先輩これ飲み物とお菓子です」
「おう、サンキュ。別に持ってこなくても良かったのに」
「うーんでも家に行く時はありがとうってことで」
「ふっ、どういうことだよ」

 まぁ、ありがとな。と、先輩は私が手に持つコンビニの袋を受け取り、そして私の頭を軽く撫でてくれた。先輩は大きいけど私は小さいので、どうやら撫でやすい位置にあるとかないとか、先輩は何かと私の頭をわしゃわしゃしたり小突いたり優しく触れたりしてくれた。先輩の手は大きくて温かい。だからそうされるのはとても好きだ。

 先輩がテレビの前に腰かけたのを黙って眺めていたら、先輩は私を一瞥した後、「ここ」と先輩の右隣をぽんぽん叩いた。横に座っていいって意味か!と、私は喜々として座った。

「二人でできるやつだとこのくらいしかねぇんだけど」

 見せられたパッケージには赤い帽子のキャラクターが車に乗っている。

「でも、ゲーム機は一つしかないですよね?」
「ああ、これな、」

 と、先輩は、小さい画面の両端にある操作するためのボタンが付いてる部分をスライドして外した。えっ、それ外れるの!?外して大丈夫なやつ!?

「せ、せんぱい、それ壊していいんですか……?」
「壊してねぇよ。こうなんだよ最初から。これ、一つ一つがコントローラーになるから、ほら」

 渡された画面の右についてた方を受け取る。テレビ画面を見るようにも促されたので、先輩が横で自分の分の画面左についてたやつを縦から横に持ち変えて、画面の中に浮かぶカーソルを操作し出す。

「お前のもほら、動かしてみろよ」
「ええ、ええと…」

 十字の形をしたボタンをいそいそと動かすと、私の動かした方向に動くカーソルが画面の中にあることに気付いた。

「す、すごい。最近のゲームってすごいんですね!?」
「あー、そうだな。今度、新しいやつも買ってくるか。付属の段ボールでロボットとかピアノとか作って遊ぶやつ」
「段ボール?」
「それをゲームにとりつけて、動かすと、画面で動くんだよな。大河が……あー、事務所のゲーム仲間も興味持ってたし、それだったらお前も好きそうだし」
「段ボール?がロボットの形してるんですか…?」
「ちげぇって。板の段ボールが付いてきて、それを指示通りに組み立てて、遊ぶんだよ」
「えっ、なにその、作るの楽しそう!私やりたい!」
「小学校の頃の図工みたいだよな。あんた好きそう」
「私図工の成績良かったですよ!やりましょう!やりたいです」
「はは、今度買っておくわ」

 言いながら、画面ではレースがスタートした。ちょっと先輩!?これどうやって操作すんの!?って騒いでも、先輩は右親指を長押しすれば進むとだけしか教えてくれない。ゲーム初心者なんだから優しくしてください!って言っても、何故か嬉しそうにははって笑っていた。なんで楽しそうなの。先輩が楽しそうなのは嬉しいけどさぁ。

 四苦八苦しながらなんとなくだけどちゃんと車を動かしたい方向に動かせるようになった頃、一区切りついたらしく、一度ゲームを止めた。

「最近はゲーム好きな連中とやってたから、お前の反応新鮮」
「その、張り合い無くてつまんなくないですか? 先輩教えるばっかでちゃんと遊んでないし」
「いや……まぁ、ゲームしたい時は一人でするし、なんつーか、あー、まぁ、あれだ」

 言いながら先輩の視線は明後日の方向を向き、私の頭をわしゃわしゃしていた手も離れてしまった。
 寂しくなって、咄嗟に先輩の手を掴んでしまった。そして気付く。身体が結構密着していることに。でも、離れたいとも思わなくて、私は更に身体を密着させながら先輩に詰め寄った。
 近付くとわかる。先輩の耳が赤い。だから、先輩が言い淀んでいたのは、照れていたからだと察した。

「先輩、デートだから私が楽しいようにしてくれたんですか?」
「…………はっきり言うなよ。照れるだろ」

 先輩の顔は更に赤みを増すばかり。
 私も釣られて少し恥ずかしいけど、それよりも嬉しくて顔がにやけてしまう。

「つうか、近すぎる」
「くっつかれるの嫌ですか?」
「嫌じゃねぇけど、俺も男だから、…………いや、わかれよ」
「?」

 くっつかれるのは嫌じゃないけど、先輩は男だから、つまりどういうこと?
 わかんないです。そう思って先輩の顔をじっと見てたら、先輩の顔が急に近付いてきた。で、近付き過ぎてピントが合わなくなって、ぼんやりと先輩の鼻筋が見えるなぁって思っていたら、唇に柔らかく柔らかくて温かいものが触れて、ちゅって音が聞こえた。

「こういうこと、我慢できなくなる」
「…………はっ、」
「俺、男だぞ」

 いま、わたし、せんぱいと、キスしたのか。
 そそそそそそそりゃあ、私たち付き合ってますから!!手を繋いだことあったけど!?ぎゅって抱きしめ合ったことあったけど!?きすは初めてで!!ちゅーしたの初めてです!!えっ!?今私たちちゅーしたんですか!?
 今まで何も気にならなかったのに、急に体の感覚が過敏になって、私は唇を手で押さえながら座りながらにして後ずさってしまった。

「せ、せんぱい、いま、ちゅー、しました、よね?」
「……………………嫌、だったか?」

 あ、まずい、こんな反応を見せたら、先輩は私が嫌な思いしたのかと勘違うしちゃうんだ。
心臓がうるさくて自分の耳の横で動いてるのかよってぐらいだったのだけども、先輩の怯えたような表情は、自分のことはどうでもいいぐらいに放っておけないものだと思った。
 いつの間にか、口の中に唾液がたくさん。ごくんと飲み干してから、私は先輩の手に触れた。

「嫌じゃないです。……もっと、したいです」

 さっきは先輩からしてくれたのだ。だから、今度は私が。
 先輩の手を上からぎゅっと重ねながら、座っている時すら私よりも高い位置にある大好きな先輩の大好きな顔に、私の唇を寄せた。キスするときは、きっと目をつむるのがマナーなのかもしれないけど、いまいち唇の位置がわからないので、ずっと目を開けていた。顔を傾けたはずなのに、私の鼻と先輩の鼻がぶつかった。でも、先輩も顔を傾けてくれたので、そのまま私たちは唇を重ねた。
 暫く触れていた唇が離れると、また心臓はバクバクと鳴っていて、口の中に唾液も溜まっていた。

 結局、このあとはお互いにゲームに手が付かず、適当にテレビを付けながら私の持って来たお菓子を食べていた。
 会話はあったのだけども、内容は思い出せないし、食べていたお菓子の味も、大好きなお菓子だったのに、何も味は感じなくて、ちっとも美味しいと思わなかった。
 先輩とキスをしてから、ずっと夢心地で、時間は経ったはずなのに、ずっと心臓はうるさい。
 先輩は、いつもあまり口数が多くはないけど、よりいっそう静かだった。

 暗くなる少し前くらいに、先輩が気を利かせてくれて「そろそろ帰るか?」と声をかけてくれた。離れるのは名残惜しいけど、暗くなってから帰るのは心細いし、家族に心配をかけるのもしたくはない。

「……帰りたくないです」

 まだ、先輩と一緒にいたいなぁ。……もう一回くらい、きす、したいなぁ。
 そう期待を込めて先輩を見たら、今まで見たことも無いくらい真っ赤に茹で上がった先輩がいた。な、なんで? もう一回きすしたい気持ちがバレてしまったのか?
 慌てふためきながら「やっぱりかえりますね!」と大声を出した私に、先輩は赤い顔のまま私の腕を掴んだ。手から伝わる熱が熱い。

「他意は無いのわかってるけど、俺、男だから、期待するぞ」
「?」

 まただ。先輩が男の人なことは知っている。だから、どうしたというのだろう?
 先輩は大きくため息を吐いた後に、私の腕を引っ張って、大きい先輩の胸の中に招き入れた。長い先輩の腕が、私の背中にまわる。密着した体は熱い。その熱が伝わって、つい私も体が火照ってしまう。

「……そうだよな。あんた、下心無さそうだもんな」
「先輩……?」
「引かれるの承知ではっきり言うけどさ、俺、彼女に『帰りたくない』って言われたら、今夜泊まっていきたいって意味なのか?って考える」

 先輩の低めの声が耳元で聞こえて、心地が良い。

「泊まってっていいんですか?」

 一晩中先輩といられるなんて、そんな嬉しいことはない。と、声を弾ませてウキウキしてしまったが、先輩はまだ溜息を吐く。なんで?

「だから、……はぁもう、だからな、夜一緒に過ごしてたら、俺はあんたにエッチなことしたくなるって言ってんだ。あんたにその気が無くても、俺は男だから、彼女と一緒に寝てたらそういう気分になんの」
「!」

 わ、わ、わ、わ、あ、そういう、そういう意味か!
 今更気付いても遅い。先輩が未だ真っ赤になりながら、はっきり言葉にするのも恥ずかしいだろうに、こんな赤裸々に、私が察せないばっかりに、言わせてしまった。
先輩の下心に、私も恥ずかしくなってしまい、先輩の胸を押して距離をとる。先輩は、そうさ れることを待ってたようで、特に拒みはしなかった。

「…………考え無しでごめんなさい」
「いや……、でも、ちょっとは意識しろよ」

 じゃないと、と先輩は私の目をじっと見る。

「待ってやれなくなる」

 目を細める先輩の表情を、私はしばらく脳裏に焼き付いて忘れることができなかった。




180512 企画提出
180610 加筆修正



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