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▼ 時任樹の幸せを願う

※時任樹を演じてる山下次郎夢ではありません。
※ゴーストスナイパーズ作中夢です。
※捏造8割なので、何読んでも許せる人向け。







 膨大な量の収拾データを持ち帰ってきた時の時任さんは、一見顔には出ないけども、明らかに上機嫌だ。今日の出現ゴーストは、大葉さん曰くなかなかにクセの強い相手であったが、その生態や行動パターンこそが、今後に活かされていくのだと、時任さんは力説する。理屈はわからなくない。

「時任さん、資料はできましたか……?」

 データとは、収集しておしまい、では何もならない。ただ己の知的好奇心を満たすだけだ。それでは、あまりにも自己中心だろう。だから、この知的好奇心の塊のような男は、そのデータを仲間のために活かすことで、己の地位も向上させた。

「そこに置いてある。まだ半分ほどだ。しばらくすれば残りも上がる。少し待っていたまえ」
「はーい」

 時任さんは、人間の身の丈ほどある大きなコンピューターの前に座り、何やらをカタカタ打ち込んでいる。複数存在するモニターはそれぞれに違うものを映し、数字や英字に溢れていた。
 所詮半端者の私にはさっぱり何を表しているのかなどもわかりはしない。少しのゴースト生態の知識、少しのエンジニアとしての知識、どちらにも興味があった結果、中途半端にしかそれぞれの知識を得ることしかできず、二流は二流として、データ収集の鬼である時任さんと天才変人エンジニアである湧さんの、橋渡しのような存在として、二人の間を行き来する日々だ。
 時任さんがデータ化した資料を、私が簡略化及び詳細化し、それを湧さんに説明する。ゴースト生態の知識とエンジニアの知識を持ち合わせているからこそできる芸当だった。
 資料は基本的にデータベースに記録されているが、外に持ち出す際には専ら紙媒体に記される。が、時任さんにしてみれば、データ算出さえ終わればそれが記された紙そのものに価値は無い、と言いたげだ。実際、その資料は乱雑に床に散らばっている。
 時任さんは、暗がりの方が集中できるからと、ラボの電気を一切付けない。コンピューターの複数のモニターの光だけが照明となったこの部屋は、いつも暗く、目がチラつく。床に散らばる紙を集めるだけで労力を使うのだ。

「時任さん。視界が悪いので電気付けていいですか」

 返事はなかった。集中しているらしい。ぼそぼそと独り言を言ってるのだけは聞こえた。
 どうしてこう、自分の職場は変わり者に囲まれているのか。ため息が出るのも許して欲しい。データオタクの、半ば何を書いているのかわからない資料を見ながら、さてこれを発明オタクにどう噛み砕いて説明しようか、と思案を巡らせる。
 胸ポケットからペンをとりだし、この部分はつまりこういうことかと、まず自分が記載内容を理解するための要約や補足を書き込んでいく。近くに机に使えそうなものは一切無いので、床に紙を敷いて、ひたすら脳味噌に浮かぶ言葉を書き込んだ。
 ああ、思考に指が追い付かない。言葉を書ききる前に、次から次へと次の言葉が溢れる。紙に記されて行く文字は、段々と文字の形を無くし、もはや線でしかない。が、自分が理解するための手段であって、誰かに読ませるメッセージではないので、気にするのはとうの昔に辞めてしまった。

 そうして、ふとした時に浮かぶ言葉が途切れ、ペンを走らせる腕が止まる。集中力が切れたのだ。
 目の前の資料以外にも目を向けられるようになったことで、いつの間にか部屋が明るくなっていることに気付いた。顔を上げれば、コーヒーをすすりながら私を見下ろす時任さんがいる。
 はて、いつの間にご自分のお仕事を終えたのか。部屋の電気を付けたのか。コーヒーを挽いたのか。

「君の集中力には、目を見張るものがあるな」
「……お互いさまかと」
「否定はしない」

 君も飲むか?と、時任さんが持つカップを少し傾けられる。私は深く考えずにこくりと頷き、そのカップに手を伸ばした。時任さんが、飲んでいたものを、くれると思ったのだ。
 時任さんは、伸ばされた私の手に、自分の持つカップを渡そうとするが、少しの間、動きが止まった。そして、私が彼の持つカップに触れる前に、時任さんはカップを私から遠ざけてしまったのだ。


***


ここに来る途中、大葉さんとばったり出くわした。
「時任さんのとこ行くのか?」と聞かれたので、「そうですよ」と答えた。何気ない会話だ。
なのに、大葉さんは一瞬だけ顔を曇らせた。その後、いつもの表情へ戻った。私は、その真意を察せなかった。


***


 自分で入れてきたコーヒーに口を付けながら、床に散らばったままの資料を一通り集めた。自分で散らかしたくせに、几帳面でもある彼は、何でこんなに散らかっているのかと言いたげに、私を手伝ってくれていた。

「私が来る前、ここに誰か来ましたか?」
「……何故そんなことを聞く?」
「資料以外散らかってないので……。他は片付いてるから、来客かな、と」

 それも、割かし立場が上の人間の。
 でなければ、彼がデータの収集の暇も惜しんで部屋の整理をするわけがない。

「隠すつもりはないが……、その、なんだ」
「はい」
「上層部が来た」
「はぁ。またお小言ですか」

 末端に文句を言うのが上の仕事でもある。と、思う。何かと上層部とのいざこざの矢面に立つことの多い時任さんから、色々な話を聞いてるせいだ。実状と運営は相容れない。お互いの立場が、想像しにくいのだろう。
 いつも通り、大葉さんが無茶し過ぎだの、総志くんの素行に批判がきてるだの、湧さんが予算使いすぎだの、そんなこと言ったって…と言いたくなるようなことを、比較的まともに話せる時任さんへチクチク言ってきたのかと思った。

「いや、今日はそうじゃない」

 何故か、時任さんは、苦虫を食い潰したような表情だった。

「……縁談をな、もちかけられた」
「………………へぇ」

 縁談。へぇ、縁談。ほぉ、縁談。縁談ですか…。
 時任さんの年齢を踏まえれば、確かに奥さんがいてもおかしくはない。けどこの人に今伴侶はいない。恋人もいない。私はよく知っている。

「受けるんですか?」

 気になって仕方がない。そわそわする。カップを持つ手に汗がにじみ始めた。

「…………」

 時任さんは、私から視線を逸らしてから、一度何か言いたげに口を開き、そして何も言わずに閉じた。
 その様子は、明らかに悩んでいる。……少し考えればわかることだ。時任さんの立場は、上がよかれと思ってこちらに持ちかけてくるものを、断れる立場でもない。それに、どんな相手を奥さんに貰うかは知らないが、婚姻を結ぶとなれば人間関係においての密な繋がるが増える。人脈が増えれば、それだけ情報も資金も増える可能性があるということだ。
 仕事に関わるメリットを考えれば、受けるべき縁談なのだろう。どんな相手かわからない状態だとしても。この婚姻に求めるべきは、性格の一致ではなく、身体の相性でもなく、ただ、互いの立場を利用することなのだから。

 心臓がバクバクしている。私の指先が震えて、どうするというのか。いや、どうすることも、できないのだけども。

「……受けますよね。断る理由は無いですし」
「……先方には、前向きに考えようとは伝えたな」

 そうだ。それがいい。そうであってくれ。
 いっそのこと、彼の口から「受ける」と聞いた方が、よっぽど指の震えは止まる。
 そうなのだ。彼は、彼が成し遂げたいことを考えれば、彼にとっての結婚とは、それすらも道具であった方がいい。使えるならば使うべきだ。彼の立場は、ただ単にこの組織の司令塔というわけにもいかない。彼の手によって、救える命があるならば、それは即ち、彼の匙加減一つで救えない命も出てくるということだ。時任さんの立場は、あまりにも、大きい。

「だが、私は、一つだけ心残りがある」

 今日聞いた中では最も凛とした一声だった。物思いにふけていつの間にかうつむいていた私の頭だって、咄嗟に上がってしまうくらいの。
 だから、時任さんとの距離がいつの間にか縮んでいたことに気付くのも遅れたのだ。
 カップを包む指に、時任さんの指が触れていた。その指は私の指をゆっくり、優しくなぞると、私からカップを取り上げ、近くのテーブルに置いてしまう。

「ちょ、時任さ…ん…!」

 仕事中だぞ。距離が近すぎる。
 私が半歩下がろうとするのも道理だろう。なのに、そんな行動は最初からお見通しだったと言わんばかりに、時任さんの長い腕は私の腰を巻き取る。体の幹が密着し、熱が移ってくると、顔がカッとなるのも仕方ない。言い訳をさせてくれ。

 彼の突然過ぎるアプローチに、勿論黙っちゃいられない。
 一体、何が心残りなんだ。心残りがあって、何故、私に密着する必要があるのか。真意を確かめたくて口を開いた。が、恋愛ドラマの後半の盛り上がりの如く、私の口は時任さんに塞がれた。

 ああ、彼のオフィスとも言われる場所で、こんな。彼とのキスの中で、最も熱烈なまぐわりだった。

「ん、ねぇ、待って」
「……待ったら、君は、」

 一度、時任さんの唇が離れる。離れると言っても、顔の近さは変わらない。すぐにでもまた唇を合わせられる距離だ。
 近すぎてピントの合わない視界では、彼の表情もわからない。が、辛うじて視界に入った彼の眉間は、いつも冷静な彼の表情とはかけ離れて、皺がよっているようだった。
 時任さんは、言いたいことはきっとその後だろうに、言葉を切って、しばらく私との、この唇が触れるか触れないかの距離感を、吐息で弄んでいた。
 言いたいことがあるなら言えばいい。なのに、彼は一方的に苦しそうに息を荒げ、結局何も言葉を発さず、私の唇と自分の唇を合わせた。
 今度は、唾液も絡まない、唇同士が触れ合うだけの、かわいいものだった。

「君は……」

 なおのこと苦しそうな顔がやっと見れた。しかし、顔の距離は離れても、時任さんは私の腰から腕を離さず、むしろさっきよりも私をきつく抱きしめていた。

 ああ、切ない感情に囚われたのは自分だけだと思っているのだろうか、この人は。
 相変わらず何かを耳元で言いかけて言いよどむ彼が、無性に愛おしくなって、私も彼の案外広くて大きな背中に腕を回した。この背中も、遂に、私以外の女が触れるのだろうか。また結局何も言わない唇も、私以外の女に優しく触れるのだろうか。くるしい。

「君は、言ってくれるか?」
「……………」

 何を、とは聞けなかった。彼もまた、何を、とは言わなかった。
 喉まで出かかってる。言いたい。相手の立場も忘れ、相手の背負うものにも目をつぶり、私が彼の部下である事実からも逃避し、思いのたけをぶつけたい。ただ一言。ただ、『縁談を受けないで』と。『私と一緒になって』と。
 葛藤で唇を開閉させるのは、今度は私の番だった。
 これは、決して自分の欲望を言うためではない。
 これは、なんて言ったら、彼が迷いなく、ためらいなく、後悔がなく、縁談を受けられるか、言葉を探していたからだ。自分の想いは決して考えず、変わらず私をきつく抱きしめて離そうとしない彼の想いも全て無いものと考えて。
 何も考えられない。出てくるのは、唇からの言葉でなく、目頭からの涙だけだった。

「……私のデータだって、今まで散々録ったじゃないですか」
「…………」
「そのデータから予測してくださいよ」

 私が、中途半端な知識で、どこの専門職にも就けなかった時、私の能力が必要なのだ、と拾ってくれたこの人は、仕事上においての私の一から百を知っている。
 私が、彼に惹かれていって意識し始めた時期も、しかしその想いを成就させようとは思っていなかったことも、時任さんの方から私を誘ったのも。ここでは無い、高級なベッドから安っぽい布の上でのことだって、彼は私のなんでもを知っているし、予測ができるはずなのだ。

「……ああ、そうだな」

 言いながら、腕を緩めたので、私は決死の思いで、その腕から離れた。そして、遂に、時任さんから距離をとった。

「時任さんのデータに基づく私が何をあなたに言ったのかは聞きません。私が、これから何も言わずに去ろうとしていることもわかってると思います」

 時任さんは、私を愛おしそうに、目を細めながら、ただ私の言葉を大人しく聞いていた。

「だから、最後に、これだけ、許してください」

 私は、再び時任さんに近付き、彼の頬を柔らかく両手で包み、ただ驚いている彼の唇に、優しく、

 許してくださいと言いながら、私は許される気なんてさらさら無い。彼との、この名前を付けなかった関係性に、いざ終止符をうつこのタイミングで、彼へと未来永劫忘れられないようにと呪いをかけた。
 愛しい者への口づけは、解呪としての役割が多い中、彼のデータを覆すためだけに、ただ、それだけのために。

 私はエゴイストだ。
 だから、私は、時任さんの幸せを願う。





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171206 誤字修正



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