▼ 湧和久と二人きり
※湧和久を演じてる硲道夫夢ではありません。
※ゴーストスナイパーズ作中夢です。
※捏造8割なので、何読んでも許せる人向け。
アキハバラにて、ゴーストが異界から溢れだしその扉を無理やり閉めた、かの事件から早半年。少数精鋭だったゴーストスナイパーズも、ニホン以外の各国でのゴースト観測を組んで、いくつかのチームに分かれて各国を飛び回っていた。しかしそれでは、今の人員ではどう考えてもゴーストを捌くのには足りていなかった。そこで、体力もしくは知力に自信がある者を募らせ、新メンバーとして若手育成を図った。
しかし、構成員がそもそも少人数、実際にゴーストを駆逐する所謂戦闘員はたったの3人、と、将来を見据えて新人育成をしたいとは言え、各国でゴーストが観測される中、ずっと新人に付きっきりというわけにもいかない。新人研修とは銘打っているが、それは名ばかりで、ろくな訓練メニューも構築されていない段階からいきなり実践投入される。
アキハバラでの一件はゴーストバスターズの存在認知に大きく貢献し、志願者は後を絶たなかったが、最終的に残った人数は両手に満たないのだ。訓練というよりも実践を経験していく中で、日常触ることのない不慣れな道具を駆使し、身体能力そして観察眼、咄嗟の判断など、現代社会の人間が数百万年前に捨ててきたような動物的感性を呼び起こし、ゴーストに立ち向かう。言うなれば、人間業ではないのである。偉大な功労者である先輩方を目にし、自分なんて役に立てないと去っていく人間が多いのもうなずける。
さて、かくいう私もなんやかんやと実践に食らいついた志願者である。が、他の戦闘員たちは各国へ赴き、ゴースト退治に明け暮れているのに、私の同期にあたる新人たちも先輩にくっついて多かれ少なかれ活躍しているというのに、何故か私だけは、嵐が去った後のようにゴーストが現れなくなったニホンで待機なのだ。
私に待機を言い渡したブレーンの時任さん曰く、アキハバラで異界からの扉を無理やり閉めた影響で、異界のゴースト許容量がパンクし、各地でゴーストが漏れ出ている状況らしい。現在はニホンより各国での観測が目立つが、いつまたニホンにゴーストが現れるかわからない。なので、私にはニホンで待機していて欲しい、と。そう言われたのだ。
誰よりも時任さんのお言葉だ。説得力が無いわけが無い。他の新人連中には任せられない大任なのだと、とても光栄で誇らしかった。
のも、数日前までの話である。
ニホンでの初任務だと思っていたもので胸を高鳴らせ、本部にていつゴーストが観測されるかと、身体が黙ってはおれず、筋トレをしながら待っていたその時、共に本部にいて居残り組であったエンジニアの湧さんが、忙しない私を見ながら言った。
「どうせ健さん達が帰ってくるまでは暇なので、俺の仕事手伝ってくれませんか」と。
そんな暇あるかい、私はいつ出動しても良いように身体を起こしているんだ、と、口には出さなかったが目が言っていたことだろう。湧さんはぼさぼさの頭をかきながら「アキハバラで扉を閉めたので、ニホンにはしばらくゴーストも現れないです。そもそもの入口を塞いで、入り口から出られないから他の部分が破けて諸外国にゴーストが現れているので」
一体どういう理屈なのか。
「…水がパンパンに入ったビニール袋を想像してください。水はゴースト、ビニール袋は我々のいる現世と異界を隔てる壁だとします。そのビニール袋は絶えず水が増加し、しかしビニール袋の大きさには限度がありますから、口から水が溢れています。半年前、アキハバラに現れた異界の扉はそのビニール袋の口だとしましょう。我々はそれを強引に閉じました。こちらの都合で。しかし、異界でのゴーストは増え続けますし、ビニール袋の中の水も減ることはありません。今までは口が開いていたのでそこから漏れ出ていましたが、そこを閉じられてしまった今、ビニール袋の閉じ込められる水量を越えてしまいました。その結果、口から離れた場所にあるビニール袋の側面や底、つまりはニホンから離れた諸外国で、水が漏れ出し、即ちはゴーストが現れているのです。そちらをどうにかしない以上、再び口であるニホンへゴーストが漏れることもないでしょう」
有り余る高揚感は、話を聴きながら頭の中で漏れ出ていた水と共に流れていってしまったようだった。
私は、志願者の中で唯一今まで残り続けた、戦闘員志望の女だった。
他の志願者は、如何にも格闘技をしていそうな筋肉隆々の男性から、身のこなし軽やかな男性、頭のキレる男性、とにかく男性が多かった。理に適っているのはわかる。生き物の構造上、女は男よりも筋肉量が少ない。運動能力はどうしても劣ってしまう。
ゴーストから市民を守りたい一心で、元々体力には自信があったし、自分には天職だと思って今ここにいる。実際その判断は間違っていなかったはずだ。現に私は、今この瞬間も残っている。
だが、現実は甘くないのだ。私は補欠扱いで、平和なニホンで変わり者のエンジニアと二人きり。恐らくこの後、ゴーストの出現は見込めず、私のお役はごめんだ。
ということは、だ。
「これ、持っていてもらえませんか?」
「はい」
「……あの、もっとちゃんと固定してください」
「…………はい」
注文の多いエンジニアは、指示がいちいち細かい。本来なら、戦闘職の私が手伝ってるんだから、文句を言わないところだ。ゴーストを倒すための武器を作るのがこの人の仕事で、私はそれを駆使してゴーストを倒すのが仕事だ。はき違えるな。仕事が無いからって手伝わせるな。
湧和久の存在は、志願者たちの中でも知れ渡っている。ゴーストスナイパーズの裏方志願者は勿論のこと、彼の造る武器を使うのは戦闘員たちであり、彼の武器は評判が良い。ただ、有名な理由はそれだけではない。彼は変人という意味でも、その名を馳せていた。
今のところの自分の印象であるが、あまり変わり者だという印象はない。だが、ぼさぼさの髪、だぼだぼの服、すすだかインクだかなんだか知らないもので汚れたままの身体、自らに頓着の無いところから、まぁ一般の感性は持っていないのだろう。その見た目から、私は臭いが酷いのかと思ったが、今のところ妙な臭いはしない。ただ、嗅いだことの無い独特なにおいがする。彼の造ってる武器の素材のにおいなのだろうか? その辺りはてんで管轄外だから知らないけど。
「……上手く、いきそうです」
なんだかわからないものを固定していて欲しい、と私の手を借りている湧さんは、独り言の音量でご満悦していた。そりゃあ良かった。
「なら、私のお役はごめんですね。失礼します」
この人と一緒にいたって、何を話すわけでもない。体を鍛えていた方がまだ建設的だ。
早々に別れを告げようとしたのだが、目の前の男は何故かきょとんとしている。
「……やっとあなたの武器が完成したのですが、触っていきませんか?」
「は?」
私の武器? 何の話だ?
「あれ、時任さんから聞いていませんか。あなたに合ったあなた専用の武器を造り上げるように言われてたんですけど……。とうの本人が知らされないなんて、珍しいな、時任さんの連絡ミスかな」
湧さんのこの言葉で、私の脳味噌に1つ記憶が浮かんできた。
志願者が諸外国へ発つ前日、時任さんに呼び出されたこと。私はニホンに残留し、ゴースト再来へ備えること。そして、「お前は唯一の女性戦闘員としての素養がある。今後のデータ算出のため、新型武器の開発を湧に依頼した。当分はお前しか使わない専用武器となるだろう」と、最後に言っていたこと。
「……いえ、今の今まで忘れてましたけど、思い出しました」
「それは良かった。浮かない表情をなさっていたから、補欠扱いされたのでは、と気を病んでいたらどうしようかと。ちゃんと、今後の予定や将来のための過程に過ぎませんから、安心してくださいね」
湧さんはわくわくしている様子で、物がたくさん積まれている机の上をガサゴソと物色し、一つのファイルを取り出した。
「時任さんから、あなたのデータを全て受け取っています」
「私のデータ?」
「ええ。身体的特徴から性格、戦術や得意なこと、ゴーストと対峙する際に関わる全てのことです。女性ということもあり、既存の武器たちではいささか重量がネックになりそうだったので、全体的な軽量化を図りました。今までのは健さんたち基準で造っていましたが、性差は戦闘においても無視するわけにはいかないんです」
長くなりそうだ。
……変わり者、と称されるのは恐らくこういうところなのだろう。きっと根っからの武器オタク、というか武器を生み出すことに長けており、そして大好きなのだろう。武器の性能を語る彼は、先程まで武器を造っていた時の真剣な視線とはまた違い、空想でロボットが合体する様を見て目を輝かす子供のようだった。
不覚にも、少しだけだが、可愛いと思った。
「あなたは女性の中でも大きい胸部を持っていますから、移動時に武器の抱え方などを」
おい、今なんて言った?
「無理な体勢にしないように、全体的にシャープな作りを意識して、……、どうしましたか?」
どうしたもこうしたもないだろう。湧さんが持つ私のデータとやらが書いてあるらしい紙切れをにらむ。
私は思わず、その紙切れを湧さんの手からぶん捕った。
上から下まで目を通す。………………。
「…………なんで私のスリーサイズが書いてあるんですか」
「……? 入隊時に健康診断を受けさせたと時任さんが……」
世間話をするように言う湧さんは、ようやくことの重大さ、というかセクハラと訴えられても仕方のない発言をしたことに気付いたらしい。色白の汚れた肌が、急に桃色に染まっていく。
「はっ、お、俺、いや、その、えーっと、いや、そんな意図は無くて……!」
しどろもどろになりながら湧さんはお困りだ。
「あなたに合った武器を作るためには、あなたの身体の数値も加味しないと……」
「言いたいことはわかりますけど、敢えて本人の前で言わなくてもいいじゃないですか! わざわざ動きやすいように普段は潰してるから、一見じゃそんなこと誰も知らないのに!」
勢いで口が滑ったのは私も同じだった。
目の前のあまり知らない男にスリーサイズからなにからなにまで知られてしまった羞恥で、つい。
湧さんは、私の発言に吊られて、視線を私の胸部に移していた。少しそこを凝視した後、何を想像したのか、少し間をあけて顔を思い切り逸らす。耳が赤いのを見逃さない。
「な、なにを想像したんですか!? 湧さんのえっち! 変態!」
「ごおおおめんなさい不可抗力ですごめんなさいごめんなさい」
後から考えれば、このやりとりが、彼と打ち解けられたことのきっかけだった。
暇である。
諸外国でのゴーストは、新団員たちの力添えもあるのかないのか、順調にその数を減らしていた。近々の帰国も現実的だろう、と時任さんから連絡が来たのがついさっきのことだ。
何かと忙しなく動いている皆さんと違って、私は専ら自主トレに専念していた。ようやく形になった私専用だという武器は、以前使わせてもらった中古品とは雲泥の差で、私の手や体に良く馴染み、私の身体の一部かのように扱えた。これを、あの湧さんが作ったのだ。武器を使って、初めてあの人がすごい人なのだと実感した。ただのムッツリスケベではないのだ。
本部の地下には、簡易的ではあるがトレーニングルームがある。とはいっても、予算や光熱費の都合で非常にアナログなものだ。ゴーストに模された吊りものが複数体まばらに設置されており、風を吹かしてゴーストの動きに見立てる。簡素ではあるが、かなり不規則に動くそれらは、まぁ実際のゴーストにはもちろん劣るのだろうが、何もないよりはかなりマシであった。
今日もいそいそと、飽きもせずにトレーニングに励んでいると、前触れも無く湧さんがトレーニングルームに現れた。
私は一度動きを止め、近くに置いてあったタオルで汗を拭き、水を飲む。
「お疲れさまです」
「はい。お疲れさまです。どうですか、武器の調子は」
湧さんはなにやらペンと紙を持っていた。武器の実践データを聞きに来たのだろうか。厳密にいえば、実践経験はないのだけど。
「扱いやすいです。軽いし、持ちやすいし、あとかなり感覚的に操作できます」
「はは、良かった。あなたに合わせて作った甲斐あります」
嬉しそうな湧さんは、その後いくつかの質問を私に投げかけた。トリガーの引きやすさ、走る際の重心はどうか、他に何か要望はあるか、など、これでもかなり使いやすいというのに、まだ改良をするつもりらしい。
熱心な人だ。私は、つい口が滑って、「今のままでも充分ですけど、まだ改良するんですね」と言っていた。
「俺は、武器を作ることでしか君たちに貢献できないからね」
湧さんのその笑顔は、少しやるせなさそうだった。
私はその笑顔に、エンジニア希望の女性志願者を思い出した。彼女は、自分が非力であることを知っているから、ゴーストと戦うことはできない。でも、力にはなりたい。だから、裏方として戦闘員たちをサポートしたい。体を張って、自分が傷つきながらも市民を守る、彼らを護りたい。そう力強く言っていた。
湧さんの様子は、そんな彼女と重なった。彼ら裏方は裏方なりに、思うところがあるのだろう。
私は、そんな湧さんの気持ちを、放っておくことはできなかった。
「湧さん、この後時間空いてますか?」
「え? ……はい。急ぎの案件はないですけど」
そりゃあ急にこんなことを言ったら、誰しも怪訝な表情になるだろう。
「……私、いい加減この自主トレにも飽きてきたんですよね。だから、湧さん、ちょっと私の相手をしてくれませんか?」
「俺が、ですか?」
決して、あなたは武器を造ることでしか、私たちに貢献できないなど、思って欲しくなかったのは、私のわがままだった。
流石裏方。流石もやし。ずっと室内で頭を唸らせて機械の相手をしている人間の、運動の出来なさを甘く見ていた。
ゴーストの特性として、人の身体に憑依して実態を持つ攻撃をしてくる場面というのも、可能性の一つとしてある。その対策として、生身の人間との組手などをしたいところではあるが、いかんせん一人ではできないのが難点だ。そこで私は、気分転換も兼ねて湧さんを誘った。いくらエンジニアだろうと、男だし、私くらい動けるだろう、と。軽く手を合わせるくらいなら、素人さんでもできるだろう、と。
それは幻想だった。
「はぁ……はぁ……、すみません……、運動……、苦手で……」
「いえ……。予期するべきでした」
私はというと、自主トレ時の汗が完全に引き、涼しい顔をしているのだが、一方湧さんはというと、真っ赤な顔で息も絶え絶え、床に寝そべり呼吸を荒げている。
「大丈夫ですか」と声をかけ、手を伸ばす。湧さんは「はひ」と呼吸交じりの返事で私の手を掴んだ。握られた手の厚みや骨の感触はれっきとした男の人ではあったが、腕を引いた時に感じた彼の身体の重みは、あまり重いとは思わなかった。
「無理に付き合わせてしまって、すみません」
「いや……。ふぅ、俺も運動不足をどうにかしたかったし、良い運動になりました」
水飲みますか?と尋ねるが、湧さんは少し間を開けてから断った。
「では、そろそろ俺は戻ります」
「はい、ありがとうございました」
湧さんは、手の甲で汗を拭いながらトレーニングルームを後にしようと歩いた。
が、
「わぁっ」
すぐに足がもつれて、その場にこけた。
「ちょ、っと!? 湧さん大丈夫ですか!?」
思ったよりも足腰に来ていたのか、湧さんはその場に倒れこんで突っ伏している。また独り言か、「な〜さ〜け〜な〜い〜」と呟いていた。
「……立てますか?」
「すみません……。また、手を貸していただけますか?」
私は肯定する前に、また手を差し伸べた。湧さんも、手をとった。
先程と変わらず、私は大した力も入れずに手を引いた。が、誤算だった。さっき起こしたのは足腰がしっかりしている方の湧さんである。今起こすのは足腰がしっかりしていない方の湧さんだ。男性なのに重く感じなかったのは、湧さんに自分で立とうとする力があったからである。今は、ない。
「わぁ」
私も私で情けない声を出し、しゃがんだ体制から後ろにのけぞり、べしゃり。ゴテン、と背中を打ち付けて痛みを感じる前に気付いたのは、起こしきれなかった湧さんが、私に覆いかぶさる状態になってしまったということだった。
重くはない、が、勿論軽くだってない。自分とは違う体温が密着している。最近は体感することのなかった感覚だった。あれ、思いの外、湧さんの顔が、近くにありませんか。というか、あれ、なんか、唇熱くないですか。というか、目を開けたら、湧さんの顔がめっちゃ近くに、
思考停止だった。気付いた時には、さっきまで立てなかった湧さんは「ごめんなさいごめんなさい」と誤り倒しながら、もつれる足でなんとかトレーニングルームを立ち去った様子だった。
全てを把握するまで時間がかかったが、気付いてしまってからは、「マジかぁ」と私も床に顔を突っ伏した。体を動かした時とは違う、心臓への負荷がかかった。
こんなトレーニングは嫌だ。二度とごめんだ。
数日後、遂に本部に全員が帰還した。
それぞれの班が、時任さんへ報告を行った後、形式的に私と湧さんにも「変わりはなかったか?」と投げかけられた。
湧さんは、口を開く前にちらりと私を見て、少し顔を赤くした後に「何もありませんでした!」と声をひっくり返しながら言った。何かあったと言ってるも当然だ。
時任さんは眉間の皺を深くしながら、何かあったのか?と言いたげに私の方を見たが、私も咄嗟に視線を逸らしてしまった。
大葉先輩の目が輝いていたらしい、と聞いたのは、少し後の話だ。
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