▼ 硲道夫に届く声
事務所の所属ユニット全員が参加するライブの写真が事務所に届いた。先日行われたばかりの、出来立てほやほやだ。
賢くんに客席から撮ってきてもらったこの写真らは、事務所での資料として永久保存される。その前に、少しくらい目を通したってかまわないだろう。
賢くんは私にこの写真の束を渡した後、「これから授業があるので……」と帰ってしまった。現役学生は大変そうだ。しかし充実しているのだろう。
事務机ではなく、テレビの前に置かれた机に写真を広げ、ソファーにのんびり腰かける。特にこの後、時間で動く案件はないので、少しゆったりできる。
「プロデューサー、それはこの前の写真だろうか」
はて、今事務所内には自分一人だと思ったが、いつの間にか硲さんがいらしていたらしい。気配が薄い。忍者の末裔か何かだろうか。
「硲さん、お疲れさまです」
確か、今日のS.E.Mは三人揃ってバラエティのお仕事だったはず。朝からの収録で、どこかで昼食を摂ってくるという連絡を受けていたが、他の二人はどうしたのだろう。と、思っていたら顔に疑問が浮かび出ていたらしく、硲さんは困ったように微笑んだ。
「二人は先に帰宅した。明日の予定をきくだけなら、私一人でも充分だと判断したのだろう。あとで連絡を私からすれば済む話だからな」
硲さんは、私のすぐ隣にそっと腰を下ろすと、少し声をひそめながら私の耳元に吹き込んだ。
「気を、使わせてしまったらしい」
言いながら私の手に優しく触れてくる。指で指をなぞったかと思えば、遠慮がちに握ってきた。おのずと私たちの距離は縮まり、肩と肩は触れ合う。
仕事中だというのに、密着してくるとは、この人としてはなかなか珍しい。
「……今日のお仕事、何か不都合ありましたか?」
公私混同を避けるこの人が、一応勤務時間中に恋人である私に甘えてくるのは、それなりの理由があるだろう。どこか落ち込んでいて、慰めて欲しいように思った。
「いや……、うむ。そうだな。君には隠し事はできまい」
硲さんは背もたれに寄りかかり、私の手を握った。
「バラエティ番組というのは、難しい。予習は完璧にこなしたはずだが、やはり机上の空論に過ぎない様だ。収録は、実際に一般視聴者方に観てもらいながら進んだ。当然、彼ら彼女らの反応は直接こちらに届く。面白ければ笑う。面白くなければ笑わない。当然のことだが、……その反応にうろたえるようでは、私もまだまだ未熟だな。学ぶべきことは多いだろう」
具体的なことは話してくれないようだが、まぁともかく納得がいかなかったのだろう。完璧を目指す彼らしい。決して手を抜いていないだろうし、何より他の人間からみれば充分な仕事ぶりだったのだろうが、本人はこれである。
もしかしなくても、類くんも山下さんも、この様子の硲さんを見て、わざと私と二人きりにさせようと目論んだのかもしれない。頭の回転が速い二人だから、きっとそうだ。
「次にバラエティに出る時の目標ができましたね。またとってきます」
「ああ、そうだな。復習は欠かさずしておこう」
硲さんは気持ちを一新させたいのか、目の前の物を指摘した。
「ところで、これは先日のライブの写真だろうか」
「はい、そうです。ご覧になりますか?」
「ああ、是非、見させてもらおう」
手に取りながら一枚一枚、目を通していく。ステージ上のみんなは勿論だが、ところどころに映っているお客さんの顔も晴れ晴れと楽しそうだ。
「良い写真だ」
「そうですね」
目を細めながら、硲さんは独り言を言っていた。
「……聞こえてくるな」
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