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▼ 先に寝てたら山下次郎が帰ってきた

※夢主=not P
※アニメ放映前に書いたものなので、山下さんちの描写が実際のものと異なります。





 相手の職業はアイドル。私も仕事をしている身。お互い会いたくても仕事に時間を取られ。なかなか会えない日が続いていた。
 そんなある日、次郎くんは私に彼の部屋の合鍵をくれた。

「ま、会いたくなったら適当に来てよ」

 その方がてっとり早いでしょ。と、合理性を重視したから渡した風を装う彼の耳は、若干赤らんでいた。見逃さない。照れ隠しにこちらを見ていないのが仇だ。

 お言葉に甘えて、私は次郎くんの部屋に、かなりの頻度でお邪魔していた。
 彼から今日は何時ごろに帰るのかあらかじめ聞いておいて、何も言わずにご飯を作って待っている、なんて悪戯めいたこともした。流石に驚いた様子だったが、なんやかんや嬉しかったらしい。「人に作ってもらったご飯は美味しいねぇ。材料費もタダだし」とニヤニヤしながら言っていた。
 やはり、休日くらいしか時間を示し合わせないと会う時間がとれない状況に比べ、家に行き来できる状況は快適であった。それに、なにより心も満たされた。
 アイドルという次郎くんの職業柄、こんな半同棲のような状態は好ましくないのでは? と不安に駆られたこともあったが、次郎くんは素知らぬ顔で「事務所には一応言ったけど、特に何も言われてないし、大丈夫じゃない?」と適当に流されてしまった。本当かよ。君の事務所、アイドル事務所なのに寛大だね? 一般的なイメージとして、アイドルにとって恋愛は御法度と認識されるであろうに、特に干渉されないのか。……まぁ、よく理屈はわからなかったが、アイドル本人が大丈夫と言うからには大丈夫なのだろう。

 そんなこんな、居心地も良く誰に反対もされない半同棲状態は、どんどん度を越した。
 次郎くんの部屋には、いつの間にか私の日用品やら部屋着やら、もう彼の部屋で不自由なく生活できるのではないかというほど、私の私物が増えたし、なんなら二人で眠れる大きめの布団も買った。食器もどんどん増えていった。
 ちゃんと挨拶したことはないのだけど、どうやらお隣に同じユニットに所属するアイドルさんが住んでいるらしい。私が訪ねてない時には、よく来て夕飯を食べるのだそうだ。その時、「わーお、ミスターやましたはGirlfriendとラブラブなんだね!」と茶化されたとか何とか。そりゃあこんだけ独身三十路男の部屋に女物の私物やらおあつらえ向きの大き目のお布団とかあれば、よっぽど初心じゃない成人男性なら気付きますわな。

 ただ、いくら半同棲状態とは言えど、流石に翌日も仕事を控える平日は、訪ねるのを控えていた。翌朝、何かしらで影響を及ぼしたくなかったからだ。
 しかし、その日はどうしても、今すぐにでも次郎くんの顔が見たくなった。声が聴きたくなった。もういっそ部屋に行って、彼の部屋の匂いを嗅ぐだけでも良かった。とにかく彼の存在を確かめたくなったのだ。
 特別に何かあったわけでもない。ただ、最近は大きなライブがあるとかで、普段のバラエティの収録やラジオの収録などだけではなく、ライブの稽古も並行して行っているがために、お休みの時間が急激に減っただけ。要は、会える時間が減ったのだ。
 最近は休日に次郎くんの部屋を訪ねても、やれ自主稽古だ付き合いの飲み会だと、部屋を空けていることが多く、おのずと帰りが遅くなってしまう。顔を合わせる時間はないに等しく、私が泊まって寝静まってから帰宅し、私が朝目覚める前に家を出ていることが多くなった。
 おお、これがすれ違いか。と的外れな言葉を、彼の携帯へ送ったら一言、『ごめんね。』とだけ返ってきた。別に、謝罪の言葉が欲しかったわけではない。しかし、彼からしてみれば、謝罪の言葉を返すしかない。こちらが申し訳なくなった。

 明日も仕事はある。が、今すぐにでも彼の部屋に行きたい。
 仕事帰りの電車内でふと思い立ち、私はその勢いのまま彼の部屋へと進路を変更した。

 日付が変わる前に彼の部屋へとついたが、遠目から見ても部屋に灯りはない。衝動的に来たために彼への連絡もしていなかったから、今仕事中なのかすらもわからなかったが、まぁ今日もまだ帰ってきていないのだろう。
 慣れた動作で彼への部屋へ一直線。扉はやはり閉まっていたので、キーケースから彼の部屋の鍵を取り出し、開けた。
 外から見た通り、部屋の中は勿論真っ暗だ。玄関横には丸々膨らんだゴミ袋が置いてある。生活感ばっちり。電気を付けて中に入れば、敷きっぱなしの布団と脱ぎ捨てられた部屋着が乱雑に散らばっている。男の人の一人暮らしって感じ。
 私は仕事用の鞄を放り、着替えもせず化粧も落とさず、まず布団にダイブした。そして脱ぎ捨てられた彼の部屋着を、腕を伸ばして手繰り寄せた。
 あー。すごい。次郎くんの匂いがする。別に良い匂いでもなく、別に臭くもない、彼のにおいが体内を駆け巡る。それだけのことだったが、とてつもなく安心した。
 しばらく、ゆっくりと呼吸を続けると、今日の疲れに襲われ眠気も圧し掛かってくる。瞼はどんどん重くなり、思考も落ちかけだ。ああ、化粧落とさなきゃ。着替えなきゃ。お風呂入らなきゃ。やらねばならぬことは浮かんでくるが、脳はやりたいことを優先する。
 もしかしなくても、自分、めっちゃ変態行為してる。自覚はあれど、止められなかった。私は次郎くんの部屋着を抱えたまま、起き上がりもせずにずるずると布団の中へ入る。すごい。なにこれ。しばらく自分が来てなかったせいもあって、布団から女のにおいしない。めっちゃ次郎くんのにおいする。やば。もう嗅ぎ慣れたにおいなのに、ドキドキする。本人いないのにいるみたい。こわ。
 嗅覚に意識を集中させていたら、その内眠気は引っ込んだ。今度は情欲が沸き上がり、ムラムラしてくる。本当に節操ないな自分。
 でもお蔭で、色々と就寝前の準備が出来そうだ。体を起こしながら、私にもみくちゃにされた次郎くんの抜け殻を丁寧に畳む。どうせ帰ってきたら、このお気に入りのくたびれた部屋着に袖を通すのだ。枕元に置いて、私は渋々と洗面所へと向かった。


***


 仕事への不安感なのか、最近めっきり寝つきが悪くなってしまった。元々、布団に入ってから眠りに入るまで、かなり時間を要する方ではあったのだが、最近は仕事が繁忙期のせいか比例してトラブルも増え、安眠できなくなった気がする。
 今も、次郎くんのにおいを感じながら眠っているのに、意識は薄く浮上している。だるいしこのまま眠りたいのに、半分寝て半分起きてるような、中途半端な感覚だった。

 正確な時間はわからない。ただ、早い時刻ではないだろう。
 施錠した扉の鍵が開けられる音が聞こえた。家主が帰宅したらしい。
 そういえば、結局彼へ『今日来てるよ』と連絡するのを忘れた。私がいるとは思わずに帰ってきたに違いない。
 案の定、玄関に置かれた見覚えのあるパンプスに「ん?」と声を零しているのが聴こえた。いるんですよー。布団で寝てるんですよー。半分くらい起きてるけど。
 私が寝ていることに気付いたのか、彼の動作は急に音がしなくなった。起こすまいとして気を遣っているらしい。優しい。単純なのでときめく。
 音は消えたが、気配は消えない。そっと布団の傍に存在感を感じる。目をつぶっているので何も見えないけど、暗闇の中ながら影が動いた。なに、寝顔でも見たいの?
 流石に気になって、身体を寝返らせて彼のいる方へ向き目をゆっくり開けた。まさか起きるとは思ってなかったらしく、次郎くんは少し驚いたように目を開いていた。

「ごめん、起こしちった?」
「んー…………」

 そんなことない、と言いたかったが、喋るのもままならなかった。体は寝ているらしい。布団の中に収めていた両手を緩慢な動きで出して、次郎くんの顔に伸ばす。私が何故そんなことをしたのか、敏い彼はわかったらしく、へにゃーと笑いながら布団の中に入ってきた。
あ、

「へやぎ」
「ん? 何?」

 声を出したものの、布団にもぐる衣擦れの音でかき消されて、ちゃんと聞こえなかったらしい。私の声を聴きとるべく、次郎さんの耳が私の口元に寄ってきた。思わず、外耳を食む。

「え、ちょ、なに、どしたの」

 まさか唇で愛撫されるとは想定外のようだ。そりゃそうか。
 耳をかじっていると今度は声を出すのが億劫になったので、腕を伸ばして部屋着を持ち、次郎くんの顔に乗せた。「んぼぅ!?」顔に突然布地がかかって、驚いている。声が面白くて、笑い声が出てしまった。

「これに着替えろって……? はいはい」

 んー? なんだか察しがいい。いや察しがいいのはいつものことだけど、今日は文句を言われない。こちらが疲れているのを見越して甘やかしているのだろうか。自分もくたくただろうに、恋人を気遣うとは優しい人だ。ごめんね。好き。

 次郎くんは、せっかく布団に入ったのに一度出て、惜しげもなく服を脱いだ。柄物のワイシャツのボタンを外し、ベルトを外し、チャックを降ろし、足から引き抜き、最後は靴下を抜いたらしい。全て音で知らされると、えらく官能的だった。
 だぼだぼの部屋着を身にまとい、次郎くんは再度布団の中に入ってきた。彼の足へ足を伸ばせば、スウェットはめくれたのか脛毛がじょりじょりと当たる。次郎くんの足だ。スリスリと擦り付けてたら、頭上でクスリと笑われた。

「部屋開けたらいたから、びっくりしたよ」

 言いながら次郎くんは私の頭に顔を埋めている。さっきお風呂を借りたから臭いはしないはず。「俺んちに置いてあるシャンプーの匂いだ……」と次郎くんはご満悦気味だ。お互いにお互いの匂いに安心している。似た者カップルだな。

「寝てたんじゃないの? 寝なくて平気?」

 起きたんじゃない。微睡んでるだけだ。
 大丈夫という意味を込めて次郎くんの胸板に縋り付く。本物の匂いがした。大きい手が私の頭を包み、そして優しく撫でられた。

「事務所でシャワー浴びてきたから汗臭くないと思うけど……」

 大丈夫か聞きたいらしい。心配事の多い男だ。鼻を上下に擦り付けることで、こちらの意志を示した。

「何かあった?」

 ううん。会いたくなったから来ただけ。

「最近忙しいから会えなかったもんね」

 仕方ないね。忙しい内が華の仕事だから、嬉しいことだよ。

「急に会えて、結構嬉しいよ、俺」

 良かった。

 次郎くんしか喋っていない。声が心地良い。
 あんなにぼんやりとして眠れなかったのに、彼の体温を肌で感じ、彼の声を一番近くで聞いて、心臓はいつもよりドキドキしてるにも関わらず、頭はどんどん睡眠へ入る準備を始めた。

「眠い? 俺も眠いし、寝るか」

 次郎くんも睡魔が襲っているらしい。あくびを一つかましていた。

 あ、待って。これだけ言わせて。

「おかえり。きょうも、おつかれさま」

 半分どころか三分の一は確実に意識が沈んでいたけども、なんとか声に出せた。
 この一言が言える瞬間が、やっぱり同じ屋根の下同じ布団で眠れる喜びだ。

 次郎くんの反応を待たずして、私は今度こそ睡魔の誘いに抗わなかった。



170420
171206 冒頭の注意書き追記



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