文章 | ナノ


▼ 天道輝とべろちゅーするだけ

「べろちゅーがしてぇ……、でろでろに、えろい気分になるやつ……」
「は……?」
「……ぐー、」

 酒に弱い彼氏は、意味深なことを吐くだけ吐いて、もう眠りに落ちていた。


***



 冬の空気は肌を刺す様だ。暖かい羽毛布団に包まれていない顔に、冷たい空気がまとわりつく。布団に顔を埋めても、寒かった。
 隣にある背中に、ノロノロとすり寄る。どうやら相手は既に起きていたようで、首だけこっちに向けた。

「おはよう」
「ん……、おはよう」

 なんだコイツ。昨日酔っぱらって早々に寝てたクセに、目覚めはいいらしい。

 今何時なのか確認するのも億劫だ。寝起きとは、何もかも面倒臭がる瞬間である。
 しかし、まぁ今日は二人ともお休みなので、敢えて時間に倣って動かなくてもいいだろう。正直、まだ眠い。
 二度寝をする意思表示として、輝の背中に体をくっつけたのだが、汲み取ってもらえなかった。颯爽と布団から出て、寝癖でぐしゃぐしゃの髪の毛をかいている。

「えー、二度寝するー」
「俺腹減ったんだけど」
「いやー寒いー布団から出たくないー」
「あったけぇもん作るから、それ食って温まろうぜ」
「うー、やだよー寝るよー」

 広くなったベッドで、布団を手繰り寄せながら中央に縮こまる。目から上だけを出して輝の様子を伺うと、なんかめっちゃ優しい顔で見てるので、不覚にも照れてしまった。癪だったので、布団に頭を全部埋めてしまおう。

「なんだ? 今日はえらく甘えただな?」

 ギシリと弾む音と共に、輝の声が布団越しに近付いてきた。「顔出せよー」と楽しそうに話しかけてくる。布団を無理やりはごうとしないのは、優しさなのだろうか。
 観念して、顔を再び外気に晒せば、輝の顔は予想外に近くにあった。寝転がる私に対して、輝はベッドの淵に胡坐をかいており、その姿勢のまま身を屈めている。

「輝、変な恰好」
「布団グルグル巻きのやつに言われたかねぇなぁ」

 何がおかしいのかわからないが、お互いケラケラ笑った。
 あー、無防備な顔だ。髪の毛は寝起きでぼさぼさ。髭も形が整えられていない。普段のお仕事で見せる『他所向きの顔』なんて、今の輝にはどこにもない。

「ねぇ、輝」
「ん? なんだ?」

 無防備な顔、と言えば。簡単な連想だった。
 昨夜、夕飯ついでの晩酌の時、いつもの通り酔って眠ってしまったこの彼氏が、こぼしていたあの一言。

「昨日、酔ってた時に言ってたこと覚えてる?」

 絶対、覚えてない。確信がある。酔ってる間の全てを忘れるわけではないが、眠りに落ちる間際の記憶は曖昧なようだった。…過去の様子を見ていれば、察しはついた。
 案の定、考え中だ。輝は大きな目をぱちくり瞬かせた後、口をへの字に曲げて記憶を漁っているようだ。目が上下左右、忙しなく動いている。昨夜の行動を順番に思い返しているのだろうか。

「うーん……? 俺、何か変なこと言ってたか?」

 縋るような目をされると、少しの罪悪感が胸をちらつく。
 別にとんでもない失言をしたわけじゃあ…、いや、ある意味失言かもしれないが。

「失言っていうか、欲望ダダ漏れ……?」
「うわ、悪い予感しかしねぇ……」
「昨日お酒飲みながら、したいなーって思ってたことは覚えてない?」

 流石に意地悪な質問だろうか? でも、自分で思い出して赤面する姿も見たいし……。
 助言を聞いた輝は、また視線をさまよわせながら、記憶を探っているようだ。

「あ」

 短いつぶやきと同時に、輝の顔はどんどん赤みを帯びていく。思い出したな、これ。
 「あー」とか「うー」とか呻きながら、輝は顔を手で覆っていた。終いには、私が包まる布団の端を手繰り寄せて、自分の顔を隠そうとする始末だ。うーん、照れてこんな反応をする28歳アイドル、可愛い……。

「あー、まじか、声に出てたのか、まじかぁ、あー……」

 土下座のような体制で頭だけ隠している姿は、さっきにも増してシュールだ。

「思ってたこと自体は否定しないのね」
「しねぇよ。してぇし、ディープキス」

 まぁ男らしい。
 一通り悶え済んだのか、輝はこちらに視線を寄越した。寝起きのどこかピントのあっていない瞳から、今は昨夜の熱を少しちらつかせる瞳へと変わっている。…スイッチ入れちゃったか?
 自分の欲望を伝えるだけ伝えた彼は、私に視線を向け続けていた。じゃれ合っていた空気はどこへやら。朱色の乗った頬で、若干上目気味に見つめられるのは、心臓に毒だ。その波にのまれそうになるが、こちらから視線を逸らすことで、一時撤退だ。

「そんなにしたいの?」
「してぇ。最近お互い忙しかったし、のんびりスキンシップしてる余裕もなかったからな」

 視界の端から伸びて来た手は、指の背で私の頬をくすぐった。あまりにも優しい触れ方だったので、感覚だけではないくすぐったさが、心地よい。気恥ずかしくもあったが、今度は布団に顔を埋めることはしなかった。
 もぞもぞと、布団の中から手を引っ張り出し、輝の指へと私の指を重ねる。同時に視線を輝へと戻せば、目を細めながら笑っていた。
 あー。これは。気付いてしまった。こっちから。べろちゅーが。したい。って。言わせたがっている。

「そんなに私から言わせたいの」
「うん。言って」
「言わなくてもわかるのに?」
「うん。言われたい」

 欲しがりさんめ。
 あんなに出たくなかった布団から体を出し、座る輝と向き合う。布が擦れ合う音が官能的に聞こえるくらいの、雰囲気にはなっていた。

「私、輝と、えっちなちゅーがしたいなぁ」
「奇遇だな。俺もそう思ってたぜ」

 茶番だ。白々しく言う輝に笑えてくる。
 口角が緩みきる前に、輝の顔が触れてきた。ほぼ寝起きの唇は、少しかさついていた。


***


 ここで冷める話を一つ。
 私の直接的な言葉にテンションが上がったらしい輝は、そりゃあもうノリノリで唇を合わせてきた。のだが、私はというと、寝起きの口臭が気になってしまい、ムードもへったくれもガン無視して、舌が来る前に輝の頬をつねった。
 異議申し立てを丁重にいさめて、洗面所へと立つ。あれだけベッドから出るのを面倒だと思っていたのに、急に行動力が現れた。
 適当に口をゆすぎ、輝もゆすがせる。不服そうに口を尖らせている。可愛らしくて頭を撫でたら、「後で覚えてろよ」と恐ろしいことを言われた。

 律儀にベッドへ戻り、お互い向き合って座る。まだ拗ねているらしい輝の顔は、表情も相まって幼いものの、髭や輪郭が、れっきとした大人の男のもので、心臓は高鳴る。
 機嫌を伺うように体を寄せた。輝も顔をこちらに近付ける。コツンと音も鳴らず、優しく額同士が触れ合った。温い。たったそれだけだけど。
 私から仕掛けたら、その尖った唇もいつも通りに戻るかと、自ら唇を合わした。ゆすいだ時の水分が唇に乗って、どことなく湿っぽかった。
 軽く合わせるだけの行為を数度繰り返す。だんだん輝の機嫌も穏やかになったらしく、私のリズムに合わせて唇を寄せて来ていた。単純でちょろい。そこが可愛い。
 唇が合わさる度に、輝の髭が顎にあたってチクチクする。慣れないうちは痛かったり時にはくすぐったかったりして、「剃って」と無茶振りをしていたが、今ではこの刺激こそ、輝とキスをしている実感を沸かせてくれていた。慣れって怖い。

 そうだよな。ただのキスじゃなくて、ディープキスが、べろちゅーがしたいのだと、彼は言っていた。
 でも、そう言う割には、私もそう言った割には、なかなかお互いに舌を絡ませようとはしなかった。
 薄目を開けて輝の表情を見たら、度胆を抜かれた。まだ、ただ唇を合わせているだけだ。10代の子だって、まだ進んでいるキスをするはずだ。幼稚と言っても過言ではない、お遊びみたいなキスをしているだけなのに、輝の表情は恍惚としていた。熱い吐息で唇を濡らし、頬は赤く火照っていて、目はどことなく目尻が下がっている。
 なんでだ。なんでそんな表情してんだ。まだ序の口も序の口、お前がしたがっていた代物の前戯程度で。三十路近い男が、なんて表情を……。

「雫、舌、出せ」

 そう言ったように聞こえた。そう聞こえただけで、本当にそう言っていたかが定かでない。半分以上吐息みたいなもので、ほとんど唇にかけられて消えていった音だった。
 そんな興奮した表情をされてしまえば、こちらだって堪らない。言われた通り、唇を開けて舌を出す。ただし、ゆっくり、なるべく焦らすように、唾液を絡ませて、輝の目の前に出した。
 その様子を、輝は固唾を飲み込みながら見ていた。出された舌を、じとりと目線で捉え、そして唇で咥えてきた。温かい。他人の体温は気持ちがいい。相手の濡れた咥内に招き入れられ、私からは何もせずにそのままでいた。
 輝は貪るように私の舌を愛撫した。唇で優しく挟んだと思ったら、歯を立てて刺激させられる。舌先でくすぐられたかと思ったら、全体でこねられる。強く吸われたかと思ったら、リップ音と共に解放し、唇を舌に寄せてくる。キスというよりも、舌を口淫されている気分だ。飽きもせずに、何度も何度も舌を攻めてくる。
 舌を出していることにも疲れ、口の奥へと戻そうとすれば、輝の舌はそれを追いかけてきた。遂に口腔内へと侵入され、舌だけではなく、上顎や歯茎、舌の付け根をもくすぐられる。まずい。わざと唾液を絡ませるように、そのせいで鳴る水音を聞かせられるように。ああ、まずい。
 ベッドへついていた掌は、いつの間にか入っていた力のせいで握られていた。そこに、ちょこん、と輝の指が触れる。その温もりは、私の腕を辿ってどんどん上へと上がっていった。肩、首、耳、そこまで上がってくると、輝は両手で私の耳を覆ったのだ。
 あ、音がこもる。やばい。そう感じたのもつかの間、頭を包み込まれたまま、優しくベッドへ押し倒されていた。背中に布団の柔らかさを感じる。耳元では輝の掌に流れる血管の音が低く響いていた。
 腰辺りでもぞもぞ動かれ、輝は私の股の間に自分の腰を押し付ける体勢をとってきた。これではまるで正常位で挿入した時のようだ。急に、情事の熱に気付かされ、身体が内から火照った。
 輝のキスは激しさを増した。じゅるじゅると舌と共に唾液も絡められ、耳を手で覆われてしまっているために、水音が脳内へ直接響くような感覚になって、キツイ。心臓の鼓動も、脳内へと聞こえてくる。
 呼吸が苦しくなりながらも、やめて欲しくはなかった。鼻で懸命に酸素を集めながら、輝の息を鼻先で感じながら、私たちはお互いの唇を舌を唾液を捕食し合った。
 絡め、吸われ、舐められ、弄られ、噛まれ、扱かれる。のしかかられる重みも、腰を少し揺らされ突き上げられる圧も、全てが天道輝という恋人がここにいることの証明に思えて、頭が破裂しそうだった。

 だんだんと、意識が朦朧としてくる。熱に浮かされたせいだろうか。これ以上はまずい、心身に支障を来たすと思って、輝の背中に手を回して、数度叩いた。
 名残惜しそうに、舌が離れる。唇をも離れた時、濡れたリップ音が鳴った。耳を覆っていた両手は、離れてベッドへと置かれた。天上を背負いながら押し倒されている体勢だ。腰は未だに離れず、どことなく硬い感触がぬぐえない。

「ちょっと、きゅーけー」
「……おう」

 あまり息が上がっている自覚はなかったのだが、口呼吸をすれば胸は上下に大きく動いた。
 見下ろされている輝の顔を、ぼけーと眺めた。さっきまでのがっつきはどこへいったのか。頬を緩ませて、少し眉を寄せていた。

「悪ぃ、流石にやりすぎた」
「ん……」

 言葉にするのも何となく恥ずかしかったので、喉の奥を鳴らして返事をした。横にあるに男らしい手にすり寄り甘えた。

「……なぁ、これからしてもいい?」

 野暮なことを聞く男だ。

「ゴムあるなら」
「あー、1個しか残ってねぇんだよな」

 バツが悪そうに頬をかきながら、ベッドサイドの引き出しを見ていた。しばらくしてなかったのに、よく残量覚えてたな。馬鹿に見えて、全然そういうことない人だからな、この人。記憶力、いいのかも。

「足りなかったら、また買ってきて続きしていいか?」
「はは。ばーか」

足を絡めて、首元へと抱き付いた。





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