文章 | ナノ


▼ プロデューサーをよく見てる天道輝

※not輝さんをスカウトしたP





 DRAMATIC STARSの三人で、天道さんお気に入りのバーに行くようになって、もう数ヶ月は経つ。
 最初は渋々着いてきていた桜庭さんも、やはりバーの雰囲気が気に入ったらしく、最近では「……今日は行かないのか?」などと催促もするようになってきた。本当に素直じゃない、可愛い人だ。
 その日の仕事終わりに明日の仕事が早朝じゃない限り、以前三人がファミレスで親睦を深めたかのようにバーへ通っているようだった。勿論、ファミレスに行かなくなったわけではないという。庶民的な三人だ。

 DRAMATIC STARのプロデューサーである私だが、勿論年がら年中彼らと一緒にいるわけではない。彼らは表立つ人間であり、自分はそれを支えるに過ぎない裏方の人間だという点。それ故に、プロダクションの事務仕事も引き受けなければならないという点。違いはいくらでも見つかる。
 今日も、ラストの仕事に着いていって私に対して天道さんが「今日、店行こうと思うんだけど、プロデューサーもどうだ?」と声をかけてくれた。
 しかし、私はプロダクションに帰ってスケジュールの調整と書類仕事があったために「誘いは嬉しいけど、ちょっと忙しいから行けないんです。ごめんなさい」と断りを入れたのだ。
 天道さんや、後ろにいた柏木くんに残念そうな顔をさせてしまったが、仕方があるまい。

「なかなかプロデューサーと一緒に行けねぇなぁ」

 天道さんが割かし小さな声でつぶやいたのを、私は聞き逃さなかった。

 私は、DRAMATIC STARのプロデューサーだ。だから、彼らとの距離は近いし、信頼もおいている。が、壁が存在しないわけではない。
 彼ら三人の絆と、そこに私も含めた絆では、種類が違う。到底、同じ絆ではないのだ。
 何より、私は女、彼らは男。アイドルという仕事上、異性間のトラブルやそれに繋がる話題や種は、彼らの仕事に大打撃を与える。……それが真実だろうが、嘘であろうが。

 自分が彼らにとって異性な時点で、線引きをはっきりしなければならない、とずっと思っていた。今も、未来もその信念は変わらない。
 もし、私が彼らと彼らの気を許す空間で会話をしてしまったら、それは自分がプロデューサーとしての立場で彼らと話しているのか、それとも私という一個人が彼らという魅力的な男性と話しているのか、わからなくなってしまいそうな、不安感があった。

 あんなに魅力的な人たちなのだ。
 ただの女として、仕事終わりに彼らと話すことで、自分の中の線引きが壊れてしまいそうな、そんな恐怖が拭いきれない。
 彼らには悪いが、私は一生、君たちとプライベートを共にするつもりはないのだと。
 言えないが、私はそう決意していた。


***


 机に座って行う事務的な書類仕事は、肉体労働でないにしろ腰と首回りがガチガチに凝ってしまう。ようやく一段落したので、伸びをし、首を回し、そして背もたれに深く寄りかかった。
 何気なく壁にかけられた時計を見れば、もう日付を超える時間に近い。早く帰らないと、電車がなくなる。
 ドラスタの三人が明日の仕事は遅くとも、自分もそうとは限らない。早朝から事務所に立ち寄り、準備諸々をしなければならない。

 もう誰も残っていない事務所は、静かだ。自分が動いたら、その音だけが殺風景に響く。
 鞄に必要なものを詰め込みながら、最後に携帯を入れようとした時、画面は光り、見慣れた名前を表示しながら震え出したのだった。

「はい、もしもし」

 夜も更けている、こんな時間に突然の電話とは、何かトラブルでもあったのだろうか。

『プロデューサーか? ……今どこにいる』

 電話越しだろうと、桜庭さんの声は涼しげだ。
 具体的に何を言ってるのかはわからなかったが、桜庭さんの声の後ろで、何やら話し声が聞こえる。珍しい。こんな時間まで、誰かと一緒にいるとは。
 というところまで考え、思い出した。桜庭さんは今日、柏木くんと天道さんと例のバーに行っているということを。

「事務所にいます。何かトラブルですか?」
『まだ帰ってなかったのか、仕事熱心なことだな』
「桜庭さんには負けますよ」
『……まぁいい』

 あ、照れてるのかな。

『トラブルと言われれば、大したことはないが、とにかく、今から言う場所に来てくれないか』
「えっ、こんな時間にですか!?」
『今の文脈はそうとしかとれないだろ。僕も早く帰りたいんだ、おとなしく来てくれ』
「……? はぁ、わかりました」

 一応、わかったと返事はしたものの、状況は読み込めていない。取りあえず言われるがままに、桜庭さんの言う住所をメモっておいたが、詳しい話を聞きだす前に電話は切れてしまった。
 馴染みのある地名ではなかったが、記憶が正しければここからそう遠くはないはずだ。
 事務所の電気や鍵諸々を入念にチェックしてから、私は事務所を出た。どこかでタクシーを捕まえるのはいいが、果たして経費で落ちるかどうか……。


***


 タクシーに揺られながら、行き先は一体どこなのか考えていたが、まぁ考えるまでもなかった。
 電話をかけて来た桜庭さんは、柏木くんと天道さんとも一緒にいるし、向かった店も明らか。三人で語らいながら、何かあったのだろうか?
 桜庭さんと天道さんが衝突した? だとすれば電話をかけてくるのは柏木くんだろうし、そもそもそんな些細なことで電話をかけてもらっては困る。こんな時間に。仕事外で正直迷惑だ。
 天道さんは確かお酒強くないから、酔いつぶれたとか? だとしても、私を呼ぶ理由がわからない。男手があるんだから、適当にタクシーに突っ込んで帰らせればいいだけの話だ。
 窓の外を眺めながらうんうん唸っていたが、結局わからずじまい。いや、どうせ着いたらわかることだ。

 案の定、タクシーが止まったのは外装からして雰囲気の良いお店だった。
 運転手のおじさんにお金を払い、一応領収書をきってもらった。短くお礼だけ言って降り、何となくスーツを伸ばしつつ、店の扉を開ける。
 照明を敢えて暗くし、内装も落ち着いた色合いに塗り上げている、言葉通り大人しい雰囲気のお店だった。その中でも、ひと際目立つ三人組がいた。一人の男がカウンターに突っ伏して動かず、一人はその横でおろおろと声をかけている。もう一人は、さも自分はイライラしているんだと言わんばかりに組んだ腕を指で叩いており、早くこの場から立ち去りたい雰囲気が漏れている。
 そして、その中の一人が自分を見た。

「あっ、プロデューサー!」

 柏木くんは、私の姿を見るや否や、駆け寄ってきて手をとり、ぐいぐい引っ張ってくる。

「ちょちょ、柏木くん待って」
「輝さん! プロデューサー来てくれましたよ!」

 私の静止は耳に入っていないらしい。こちらは見向きもせずに、突っ伏したままの天道さんにひたすら声をかけていた。

「……僕は帰るからな」

 一体何がなんだかわからないこの状況で、桜庭さんはスタスタと立ち去ってしまう。
 待て待て、お前が呼んだんだろう。大した説明もせずに帰るとはどういう了見なんだ。

「え、桜庭さん待ってください! 私は何で呼ばれたんですか!」
「そこに突っ伏してる酔っ払いから聞いてくれ。僕は、こんなバカな真似に付き合わされて頭が痛いんだ」

 人を殺しそうな視線をくれて、桜庭さんはそれだけ言うと問答無用で店を出ていった。
 突っ伏している酔っ払い、つまりは天道さんに聞けばわかるのか。酔っ払いなのに?

 柏木くんに握られた手は離されないまま、私は天道さんの傍へと連れてこられた。
 天道さんの様子はと言えば、柏木くんの声に反応したのか、少しだけ顔を上げて腕の隙間から私の姿を確認した。その時見えた天道さんの表情は、頬が赤味がかっており、唇もとんがっていた。酔っぱらった挙句、すねているような、そんな表情のように見えた。

「柏木くん、どういうことなのか説明してもらえますか?」
「はい。あの、ですね……」

 柏木くんが困ったように話始めた内容をまとめると、こうだ。
 最初は、いつも通り談笑していたという。その最中、ふと天道さんが言いだしたのだ。「プロデューサーって、俺らのこと嫌いなのか?」と。というのも、仕事の中ではきっちりしっかり応援しているのに、終わった途端にドライ、冷たい、関係を持とうとしない。それが、天道さんには気に食わないらしかった。「そりゃあ、仕事の関係なのはわかるけどよ、あんなあからさまに夕飯の誘いを断らなくてもいいじゃんな。わざと避けてるように見える」と。それに対して桜庭さんは「くだらん。君のようなタイプと、プライベートまで一緒にいたくないだけだろう。懸命な判断だ」と一蹴、柏木くんは「オレらのこと、心配してるんじゃないですかね。仕事のパートナーとは異性ですし、オレたちはアイドルだから、スキャンダルしたら大変!って思ってたりして」と分析。しかし天道さんは食い下がらなかった。「でもよ、んな性別の壁なんか作ってたら、いつか上手くいかなくなると思うんだ! やっぱり! 俺らとプロデューサーの距離を縮めるべきだ! 俺はプロデューサーともっと話がしたい!」そう宣言するや否や、天道さんはさして強くもないお酒を頼み、そして一気に煽ったという。大慌てで止めようとする柏木くんの馬鹿力をよそに、天道さんは酒を飲みほすことをやめなかった。桜庭さんは、信じられないものを見るような目で眺めていたという。「俺が、酒に酔ってヘロヘロになったら、流石にプロデューサーも店に訪ねざるを得ないだろ!」「て、輝さん…! そんな無茶なことやめてください〜」「馬鹿だな君は……」すぐにでも酒に酔い始めた天道さんを止められる者はおらず、挙句の果てには「プロデューサーが来るまで俺は帰らねぇからな!」と駄々をこね始めてしまった。そうして、見かねた桜庭さんが私に電話を寄越し、そして今、ということらしい。

 未だに突っ伏したまま動かない天道さんを視線で責める。背中に目なんて勿論ついてないから、威力は0だ。

「輝さんなりに、プロデューサーとの距離を縮めたかった結果なんです。すみません…」
「別に柏木くんが謝ることじゃないですよね」
「そうですけど……。すみません」

 柏木くんは終始、申し訳なさげだ。同時に、今どうしたらいいのかわからないと顔に書いてある。

「プロデューサー、その、輝さんと、お話してください。それで、あの、」
「私は、プロデューサーです。仕事上のパートナーなだけで、仲良しごっこをするつもりはないんです」

 本心を、口にしてしまった。
 柏木くんの目を見ながら言った。でも、本当に伝えたいのはずっと突っ伏している酔っ払いの方だ。

「プロデューサーとして、貴方たちのサポートをします。貴方たちの魅力を最大限の力を使って宣伝します。ですが、それは飽くまで仕事上の話です。ビジネスなんです。お互いが社会の中で生活していくための、お金を稼ぐ手段です。私は、貴方たちを売って、それでお金に変える、そんな仕事をしてるだけなんです。仕事中は、上手くいくように貴方たちと会話もするし、何かと世話も焼きます。でも、それは仕事中だけの話で、こうして仕事が終わった時間に話をしたり世話を焼いたりをするつもりはありません。生憎、私には貴方たちのプロデュースだけじゃなくて、その他細々とした仕事だってあります。時間がないんです」

 嘘は言っていない。まるで、血も涙もない人間のような言いぐさだ。これでは、さも彼らを金づるとしてしか見ていないよう聞こえるだろう。
 そんなことはない、彼らは人間だ。アイドルという名称のついた商品であるという以前に、彼らは人間なのだ。だから、魅力があるし、こうしてアイドルじゃない時間だってある。…恋愛だってする。世間だってわかっていることだ。私が女性である以上、彼らとの必要以上の接触は、誤解を招く可能性がある。下手に、仕事以外の時間を仲睦まじく過ごせば、人の目に触れた時のデメリットは大きくなる。
 そう、彼らに正直に伝えるわけにはいかない。そう言ったって、彼ら、特に天道さんは納得なんてしないからだ。誤解されたなら、誤解を解けばいい。彼の言葉は真っ直ぐで、穢れも偽りもない。天道さんが弁明すれば、それ相応の威力をもってして、誤解を解くことは容易いだろう。じゃあ、その時の自分はどうなっていると思う? 天道さんの真摯な姿を、仕事上だけではなくプライベートでも見て、聞いて、触れて、惹かれないとでも言うのか? …答えは言うまでもなく、NOなのだ。そう考えてしまっている時点で、もう私は彼らとプライベートを過ごす資格はない。

 仕事上の姿を見ているだけで、天道さんに惚れかけている私など。

 公私の混同は、アイドルのプロデュースには御法度過ぎる。何より、自分は天道さんだけのプロデューサーではない、DRAMATICSTARSのプロデューサーだ。惚れたはれたの感情を抱くあまりに彼だけを贔屓することも、隠そうとするあまりに彼だけを遠ざけるのも、してはいけない。仕事上、支障を来たす。
 それではあまりにも、アイドルという仕事を全身全霊励んでいる彼らに失礼極まりない。公私の境目が無くなりやすいアイドルという大変な仕事を、懸命に就いている彼らの、背中を預かるプロデューサーにしてはあまりのも。
 極端な話ではあるが、できないのならやらなければいい。プライベートに介入して、自分の心を保てないのであれば、プライベートから遠ざければいい。

 全ては言わない。ぼろが出てしまう。とにかく、ここで聞いている柏木くんや天道さんに、どれだけ自分が仕事としてしか彼らと付き合う気はなく、根っからの悪人風に、伝えなければならない。

「私は、貴方たちと仕事上の関係でしか関わるつもりはないんです。正直、こういう時間は迷惑なんです」

 柏木くんを見れば、眉毛を下げてまるで泣きそうな表情だった。
 心が痛むが、仕方がないのだ。彼らを、アイドルとしての未来を奪わないために、守るために必要なことなのだ。

「翼、お前はもう帰れ」

 明らかに重くしてしまった場の空気を一転させるような、凛とした声が柏木くんと私の間に入る。
 声の主はもうわかりきっていた。

「輝さん……? 具合悪かったんじゃ?」

 顔を上げてこちらを見る天道さんの目は真っ直ぐだ。しかし、頬は少し赤みがかっており、素面ではないことがわかる。

「ああ、正直あったまいてぇけど、突っ伏して拗ねてる場合じゃねぇわ」
「気持ち悪いのはどこいったんですか?」
「気合いでねじ伏せた」
「ある意味すごいですね……」
「俺のわがままに付き合わせて悪かったな、翼。一人で帰れるか?」
「オレ、子供じゃないから大丈夫です。……その、プロデューサーをお願いします」

 柏木くんは天道さんに軽く会釈をした後に、私の方を見て曖昧に笑った。
 眉間に少し寄った眉は、笑顔というより苦悶の表情をしている。柏木くんをそんな表情にさせたのは紛れもなく自分なのに、胸の奥が軋んだ。だが、その気持ちを表情に出すわけにはいかない。
 店を出て行く柏木くんの背中は、いつも通りの大きさには見えなかった。

「プロデューサー、ちょっとさしで話そうぜ。こっち来いよ」

 天道さんに促され、私は天道さんの隣りの席に座った。カウンターの椅子はかなり高く、タイトスカートでは上りにくい。悪戦苦闘していると、横から手が差し伸べられた。
 「大丈夫か?」と、まるで俺の腕を使えよと言わんばかりの天道さんに、私は思わず動揺した。何故、このタイミングで男前を発揮するのかこの男。心臓が落ち着きをなくし、正直そのたくましい腕の力を借りたいところではあったが、先程とこれからのやり取りがある手前、腕を借りるわけにはいかなかった。
 「結構です」と、わざと突き放すように言えば、横目で見えた天道さんは少し唇をかみしめていた。

「単刀直入に聞くけどよ、プロデューサーは俺らのこと嫌ってるのか?」

 天道さんの目つきは鋭かった。まるで、私を余すことなく観察しているように見える。
 そうだ、この人の行動は一見馬鹿のそれのようだが、実際の学歴に馬鹿要素はない。人を見る目があるというか、よく人を見ており、その観察眼は確かだ。確実に、前職で培われた長所だろう。

「……嫌いとか、好きとか、そういう話じゃないです。仕事上のパートナー、それだけです」
「そうか……」

 私としては、そういうしかない。天道さんに気を持ちかけているなど、口が裂けても言えないのだ。
 天道さんは、急に引き下がったかのように静かになった。顎に蓄えられた髭を指で弄びながら、何かを考えている様子だ。
 なるほど、これが駆け引きというやつか。天道さんは、明らかに私の心の内を見定めるつもりだ。だから、酔っぱらった体に鞭を撃って、こうして私との対話の時間を設けている。…なんとも、私が避けたかった局面になってしまった。
 所詮、自分で繕った外面は、天道さんにとっては怪しいものだと感付かれてしまう程度のものだったのか。

「そう言う割には、今、こうして店に来てくれてるよな」
「私の目の届かない場所でトラブルを起こされても困るので。お酒関係は尚更」
「ふーん。桜庭は、電話だと誰がどうなったのかって説明してなかったけど、よく酒関係で呼ばれたとわかったな」
「そりゃあ、今日の仕事終わりに別れた時、バーに行くって言ってたじゃないですか」
「そうだな。でも俺、今までプロデューサーと仕事終わりにこうして親しくした記憶ねぇんだけど、俺が酒に酔いつぶれてることまで察するとは驚きだぜ」
「いつだかの雑誌のインタビューで自分で仰っていたじゃないですか、実はお酒弱いって」
「ああ、プロデューサーが忙しくて不在だった時のやつな」

 何でこの人、そんな細かいことまで覚えてるんだ?
 なにげなく話しているだけだと思っていたが、いつの間にか私の背筋はぞくぞくと冷えていた。はっきりとはわからない。が、このまま天道さんと話を続けていたら、自分の仮面を取り払われてしまうような、そんな予感がしたのだ。

「……そのインタビューが掲載された雑誌を確認しましたから、その場にいなくても知っていて当然です。私は、プロデューサーとして、あなた方のプライベートな情報をどこまで世間に出していいのか、見定める必要がありますので」

 少しだけ、嘘を吐いた。
 確かに天道さんがお酒に弱いことを知ったのは雑誌のインタビュー記事だったが、確認するために見たのではない。個人的に気になって、自腹で、その雑誌を購入したのだ。家でじっくり読んだのだ。
 仕事上のパートナーという体裁を守っている以上、彼らの姿は仕事上のものしか知らない。知ろうとする姿勢を見られるのも問題がある。ならば、彼らに隠れて知るしかない、という結論に至り、彼らのプライベートな話題に迫ったインタビュー記事が掲載される雑誌を読んだのだった。
 ただ、肝心なことに私が確認したか、覚えていない。だが、恐らくはいつも通り、自分が確認しているはずだった。

「なぁプロデューサー、いい加減諦めろって」

 天道さんの言った言葉は、突然唐突になった。

「え? 何をですか?」

 内心はバクバクだ。私が若干ではあるが、少しだけ、ほんの少しだけ、天道さんに惹かれてることを察せられたのかと。知られたら辞職も辞さない。それだけは駄目だ。

 天道さんは、鋭かった目線をいつの間にか緩め、頬杖をつきながらこちらを見ていた。
 な、なんでそんなに目が優しいのだろうか。見たこともないくらい、柔らかくカーブを描いた目じりを、私は知らない。そんな、まるで、甘い表情、なんでこの話の流れで自分に向けられているのか。混乱した挙句、私はすぐに天道さんから目線を逸らした。見えていないが、天道さんはクスリと笑った気がした。

「そのインタビュー記事の確認、プロデューサーじゃなくて、俺がしたもん」
「…………」

 やばい。やってしまった。終わった。
 脳内でその言葉だけがぐるぐる回った。

「基本俺らはインタビュー記事の確認はしねぇけど、内容が一応プライベートな話題だしってことで珍しく俺ら三人で確認してな。それぞれ単独でインタビュー受けてたから、お前それ好きなのかーとか嫌いなのかーって一頻り盛り上がってな」
「そう、だったんですね。知りませんでした」
「仕事の空き時間に、編集の人に直接頼まれたからな。事務所通してねぇんだ、これ」

 じゃあ、最初からカマをかけるつもりで話を振ったというわけで……。

「で、仕事で確認する必要のないインタビュー記事の内容を、どうしてプロデューサーは知ってるんだろうな」

 返せる言葉はない。
 うつむいて、唇を噛むしかなかった。どうする……? どう切り返せば、この難所を切り抜けられる……? 考えても答えは浮かばずに、これからどうしたらいいのか、そればかりが浮かんでは消えた。

「なぁ、プロデューサー。さっき、プロデューサーは、俺らのこと商売の道具としてしか見てない、って言ったけど、そんな人が、俺らのインタビュー記事をわざわざ読んだり、こうして俺のわがままに付き合ってくれるか?」
「…………」
「それにさ、ほら、雑誌のグラビア撮ってる時とか、プロデューサーよく見学してるだろ? そういう時、何気なく目が合ったら、なんかこう、がんばれー!みたいな表情で見てくれるだろ? 俺、あれ大好きでさー」
「っ……」

 は、ずかしい……。天道さんは、私が思っている以上に、細かいところをまで見ているし、気付く人だった。
 桜庭さんが散々馬鹿呼ばわりするから、勝手に鈍感なイメージもあったが、そんなことない。少し考えればわかる。この人は、28歳という若さで弁護士として優秀な事務所に所属していた人なのだ。

「確かに、仕事終わりに誘っても乗らない人だけど、そこまで非道なやつには思えなくてさ。やっぱりあれか? 自分が女だから、スキャンダルとか、そういうの心配してんのか?」

 私は相変わらず一言も返さなかった。が、沈黙が答えだった。こういう場合での沈黙は、もれなくYesの意である。

「そうか。いらぬ心配させてたんだな…。なんかすまねぇな、プロデューサー」
「…………天道さんが、謝ることじゃないです」

 そう返すのが、やっとだ。

「にしても、プロデューサー驚くほど不器用だなー。もうちょっとやり方あんだろー」
「気にしてること言わないでください」
「直接、スキャンダル怖いから仕事じゃない時は……って断った方が、無難だったと思うぜ。何でそう言わなかったんだよ、それにも何か裏があるのか?」
「、」

 あ、待って。それは駄目。それだけはばれてはいけない。
 仕事での立場もあるが、何より恥ずかしいじゃないか。やめて欲しい。きっと、このままでは、天道さんはまた答えを導き出してしまう。それだけは、駄目だ。

「いや、その、本当、私が不器用なだけで、特に深い理由は……」
「そうやってプロデューサーが誤魔化すってことは、何かあるんだな」
「いやあのその」
「はは、そのどもり方はそうですって言ってるようなもんだぜ? よし、プロデューサーが言ってくれねぇなら、俺で考えるからちょっと待ってろよ」

 あああ、やめてくれ。考えないで。お願い。
 口から出したい言葉は、それこそ必死さだけを伝えるだけで天道さんを止める理由にはならない、と咄嗟に飲み込んだ。
 子供がクイズの答えを考える時のように、天道さんの顔は楽しそうだ。先程までの大人の表情はなりを潜め、いつもの天道さんの雰囲気である。
 多分、恐らく、きっと、私は天道さんを意識しているという直接的な行為はしていないはずなんだ。記憶にない。ボロを出さないように尽力してきたつもりだ。
 だが、どうにも無意識のうちに天道さんを見つめていたり応援したりしていたりなんなりをしているらしいと、天道さんはそう言った。自分のことながら、無意識の行動には責任が持てない。意識してないんだから。

 この状況を、なんとしても回避しなければならない。
 その一心で、私は勢いよく立ち上がった。厳密に言えば立ち上がろうとした。が、座りにくいほどの高さをしている椅子から、勢いよく立ち上がろうとすれば、足の長さがそもそも足りていない私はどうなるだろうか。
 言うまでもない。この辺りに床があると思い込んで足を伸ばせば、それは椅子の支えで、床ではなかった。平らではないそこに足を引っかけてしまい、私は情けない声と共に椅子から尻を滑り落とした。

「! 危ねぇ!」

 素晴らしい反射神経だった。落ちる私を見るや否や、天道さんは自分も椅子から尻を滑らせ、片腕で私の腰を、片腕の腰を支えた。床とぶつかるかに思えた私の下半身は、天道さんの腕によって救われた。
 が、状況が良くなかった。私の視界いっぱいには、天道さんの喉元で埋められ、鼻には男性物らしい香水の匂いと、少しのアルコールの臭いがかすめた。宙を浮く手は、手持無沙汰で咄嗟に天道さんのシャツを掴んでおり、私の胸元は天道さんの腹に密着していた。
 五感を半分を天道さんで埋められ、私の思考は停止。そのままの状態で動けなくなってしまった。

「おい、プロデューサーだいじょう、ぶ、か……」

 私の安否を確認しようと、天道さんは顔を覗き込んだ。……それがいけなかった。
 私の頬は、自分でもわかるほどに熱くなっており、つまりは真っ赤だ。異性と密着しているからと言って、生娘じゃなあるまいし、こんな露骨に顔に出ることなんてなかなかないだろう。……意識してる相手じゃない限り。

「あ、あれ? お、おいプロデューサー、なんでそんな顔赤くして…」
「いいから! 早く! 離れてください!」
「お、おう」

 いそいそとした動きで天道さんは離れるものの、私の腕を掴んでその場に立たせてくれた。だからそういうところで男前を出さなくていいと……。
 天道さんの顔が見れない。絶対、今の一連の流れで、私が何故天道さんとの会話を極端に避けていたのか、その理由はまるわかりだろう。
 未だに高鳴る心臓が忌々しい。頼むから、天道さんの香水の匂いを思い出してまたドキドキするのはやめてくれ。

「あー、そのなんだ、足、大丈夫か?」
「…………大丈夫です」

 ほらみろ、天道さん困ってるぞ。
 穴にも入りたい気分とは、こういうものなんだろうな、と独り言ちた。

「もう夜遅いですし、帰りましょう。お疲れさまでした」

 これ以上、天道さんを私のせいで困らせるわけにはいかない。今すぐにでもこの状況をどうにかしようと、話の流れを全てぶった切って、とにかくこの場から、天道さんから離れようと、一心不乱に口早に言って、即座に天道さんに背を向けた。
 だが、恰好がつかない。先程床を踏み損ねた足は、私が思っている以上にダメージを負っていたらしい。踏み出した足はそのままねじれ、前のめりに手を付く結果となった。
 心臓の鼓動ばかりが気がかりで気付かなかったが、少し痛めてるらしい。

「おいおい、そう急ぐなよ! ……あーあ、足くじいちまってるじゃねぇか」

 天道さんは、絶対こういう時に人を放っておかない。
 そういう部分だって素敵なところだ。

「おい、立てるか?」
「……もう、私に優しくしないでください。仕事上のパートナーで、いさせてください。相手に迷惑の掛かる想いを、捨てさせてください…」

 随分と身勝手な言い分だ。勝手に好きになって。勝手に遠ざけて。
 嫌気がさして欲しい。自分の口から仕事のパートナーでしかないという反面、実際のところは恋い焦がれてそれ以上を望んでいる、浅ましい自分を。早く、嫌って欲しかった。
 周りの視線が痛い。遅い時間とはいえ、この店はバーだ。夜こそが本番。この時間こそ賑わっている。店の迷惑にならないうちに、天道さんが天道さんだとばれないうちに、早く退散しなければ。気持ちだけが焦り、立とうとするも足は自分の体重を支えてはくれなかった。

「嫌だね」

 吐き捨てるように言ったのは私ではない。天道さんだ。
 天道さんは少しを唇を尖らせながら、私をにらむ。そして再び私が視線を逸らすと、今度はいっそうに力強く私の腰を支え、立ち上がらせてくれた。

「肩に腕かけろよ。くじいたの右足だろ?」

 右側で私を支える天道さんは、あろうことか耳元に口を近づけて、私の耳に息を吹き込むかのように言った。…つい、その感覚に、息を飲んでしまったことには気づいていて欲しくなかったが、恐らく気付かれているのだろう。
 「はやく」と半分吐息のような声で言われれば、私の抵抗心はいともたやすくなくなった。大人しく天道さんの肩を掴めば、嬉しそうに「よしっ」と言った。

「取りあえず、タクシーで家まで帰れ。んで、明日朝一で医者に行け。いいな?」
「は、はい……」

 観衆の視線に刺される中、店を出る。天道さんは器用にも、片腕で携帯を駆使しタクシーを呼んでる様子だ。

「ったく、プロデューサーって変なとこで抜けてるよな」
「……すみません」
「足のことだけじゃねぇからな。好きな男が俺じゃなかったら、下手するとこのままお持ち帰りだぞ」
「うっ……」

 そうはっきりと言われると、なんとも恥ずかしい。

「あんなに顔赤くされたら、こっちだって変に意識するっつの」
「……ご、ごめんなさい。その、天道さんのこと、」

 好きになってしまって。そう言おうとしたのだが。

「俺は、女性に好意持たれるのは、素直に嬉しいぜ。ありがとな」
「……っ」

 ずるいこの人。なんてことを笑顔で言うのか。こんなの、好きになるだろ……!
 卑下しようとするのを止めた上で、自分は嫌じゃないと、むしろ伝えてくる。今まで一体何人が、この天道輝マジックに引っかかったのだろうか。考えたくもない。

「天道さんは残酷ですね」
「ん? 何がだ?」
「その気がないなら、さっさとその気がないって言ってください。もしかしたら、を想像させるような言動は、そりゃあ男としては性欲のはけ口にするくらい屁でもないかもしれませんけど、女からすれば気持ちに付け入られて最悪です」
「せ……。すげぇこと言うのな」
「とにかく、早く言ってください。お前を女として見てないからって」
「あ? 俺そんなこといつ言った?」
「はぁ?」

 見ない見ないと思っていた天道さんの顔を、咄嗟に見てしまうくらいには意味がわからなかった。
 しばらく見れていなかった天道さんの表情は、また大人の男性のようだ。細まった目が、確実に私の心を勘違いさせてくる。まるで、まるで愛しい者を見つめるようなその視線は一体なんだ?

「俺馬鹿で単純だからさ、好きだーって言われた人のこと、意識すんぞ」
「いっ、わ、私別に好きとかそんな、い、言ってない……!」
「言ってんじゃねぇか、目で」

 目……? 目でってなんだ。目は口ほどにものを言うってあれか?
 目は誤魔化せないのか。やっぱり天道さんを見てるのは危ない。言ってもいないことが筒抜けになってしまう。懲りずにまた目線を逸らせようと、私は明後日の方向いた。

「ははっ、可愛いなアンタ」
「〜〜〜〜!」

 もうやめてくれ。いいから早くタクシー来い……!
 念じるが、勿論タクシーはまだ来ない。離れたいのに支えて貰ってるだけに離れられない状況にやきもきしていると、急に顎に指が伸びて、無理やりにでも右側にいる天道さんの方を向かされた。

「なぁ、本当に俺とスキャンダルするか?」

 この時の天道輝という男の表情は、後にも先にも、見たことがないくらい雄の顔をしていた。
 この一言に、一体どんな真意があったのか。本当に天道さんは、私が天道さんを意識していると知った時から、私を女としてみていたのか。もっと言うと、天道さんが私と仲良くしたい一心で、苦手なお酒まで飲んで体張って呼びだしたのは何故なのか。仕事中、やたらと私と目があったのは、天道さんも私を見ていたからで、じゃあなんで天道さんは私を見ていたのか。
 突然降り注ぐ疑問は、全て、唇の感触に集約されていた。





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