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▼ 山下次郎にお金をちらつかせる

 自らがプロデュースするS.E.Mの一員である山下次郎という男。この男、アイドルに志望した理由が、お金を稼げそうだから、である。
 いや、暫くプロデューサーを務めてわかったのは、この男、そうは言うものの基本的には常識的で人間味の溢れる、何というか、そう、いい人だった。
 しかしまぁ、流石お金目的と言うだけあってかなりがめつい。もういい歳だというのに、金さえ積めば凡そ30を超えた男が着ないような衣装だって着てしまう。体力には自信がないだの、おじさんだから体がもういうこと聞かないだの、あれやこれやを言うのだが、最終的なギャラの話にさえ持ち込めばこっちの勝ちだ。
 常識的な面を併せ持ちつつ、やはり金には弱い一面も持つ。それが、川口雫の山下次郎という男に対しての最終的な結論だった。

 そして、疑問に思ったことがある。
 もし、金にがめつい山下次郎が、金をちらつかせた上で非人道的な行為を強いられた場合、金をとるのか、道徳をとるのか。
 都合のいいことに、ここに自分の今月分のお給料云十万円がある。そして、自分は女だ。山下次郎は男である。
 雫は奇妙な実験を思いついてしまった。もし、山下次郎の前で「この数十万をくれてやるから私を抱け」と言った場合、山下次郎はどう行動をするのか。お金にがめつい比較的真人間という、一見矛盾とも思える人格を持っているこの男に、その矛盾を突き付けてやったとしたら、お金をとるのか、人間性をとるのか。
 雫は、これでドキュメンタリー番組の一つや二つ企画できそうだと思う反面、こんなふざけた企画今時アダルトビデオにだってありはしないだろ、と苦笑することしかできなかった。


***


 私は315プロダクションに所属して真っ当に仕事をこなし、可愛い可愛いアイドルくん達をこの世に送り出している。ありがたいことに、今担当しているS.E.Mというアイドルグループは、最近ようやく軌道に乗り始め、世間でもその名を聞くことが増えて来た…! デビュー当初からメンバーの平均年齢が高め、且つメンバーの過半数が30代ということで、主にバラエティに出してもらえるのが精いっぱいの状況ではあるが、これが宣伝効果を生んでこの後すぐにでも人気が出ること間違いなしだと、私は踏んでいる。お蔭さまで、私は多忙で日々せっせと動き回っているのだ。
 しかし、その忙しさにかまけていたら、つい先日、彼氏にフラれた。『お前は俺より仕事をしている時の方が楽しそうだし、何より仕事とはいえ俺よりもその男たちの面倒を見てるのが気に食わない』だそうだ。
 何というか、ショックを受けなかったかと言えば嘘になる。出会いがナンパだとはいえ、気が合う仲としてそこそこ上手くやって来ていたのだ。それが、軌道に乗り始めた仕事を理由にフラれてしまうのだから、何というか、情けないというか……。
 恋人との時間、仕事の時間、その二つのバランスを上手いこととることができなかったのだ。だから、元彼氏にはそんなことを言われたし、否、言わせる状況を作ってしまった。非があるとすれば、私なのだろう。自覚はあったし、少し考えればわかることだった。彼と上手くいかなくなりはじめたのは、私が今の職に就いてからだ。
 とにかく、仕事ではウハウハで調子が上がってる反面、プライベートではズタボロ。極めつけは、借りている家のガスが止まり、風呂が使えなくなってしまったことだ。その落差に私の頭はくらくらだ。強いアルコールを浴びたい気分。

 そんな精神的に参ってる時、私を励ましたのは、あの熱血で人が困っているのも見逃せない硲さん、ではなく。
 いつもポジティブでその元気さは周りにもうつり瞬く間にハッピー空間を作り上げる舞田くん、でもなく。
 おおよそアイドルに似つかわしくない風貌と低燃費な姿勢でいることの多いお金とお馬さん大好き、な山下さんだった。

「プロデューサーちゃん、彼氏にフラれたって?」
「……どこから聞いたんですか」

 山下さんは一瞬しまった、という表情を作るも、すぐさまにやついていつもの調子に戻る。

「ま、風の噂ってやつかね」
「知られてるなら、もういっそ出所はどこでもいいです」
「そう? 男気溢れるねぇー」

 首に手を添えながら、へへ、と笑ってやがる。
 この野郎。傷心してる時にからかいやがってこんちくしょう。

「はぁ。何か、山下さんと話してると疲れます。その話を私にふって、どうしようって言うんですか?」

 あからさまにイラついた表情を作ってやれば、山下さんは少し驚いた表情をしていた。
 そりゃそうだ。私と山下さんは飽くまでビジネスの関係。しかも、山下さんは良いお年の大人。今まで仕事上の付き合いとして面の皮を何重にも厚くして接していたというのに、私はその時の気分を顔に出したし、山下さんはプライベートな話を私に突っ込んできた。
 お互いがお互い、急にビジネスの関係にしては浅くない一矢を放ったのだ。……これも、所謂情が沸いた、ということになるのだろうか?

「んー、一応俺はプロデューサーちゃんよりも年上だしね。人生の先輩として、ちょっと相談に乗りつつ慰めようかなって…」
「…………」
「何でそんな怖い顔するの」

 口を真一文字に結んでいたら、それは怖い顔ということになるらしい。

「……山下さんは、私の私生活に興味ないものだと思ってました」
「えっと……、別に特別興味があるとか、そうは思ってないよね? プロデューサーちゃんの私生活に興味あるって言い方、ちょっと変態臭くない?」
「興味あるんですか」
「んんー、あるかないかで言ったらあるけど……」
「変態!」
「だから! 常識の範囲内だって! 誤解よ誤解!」

 慌てふためいてる様子は、どう見ても素だった。私が思ってるより、山下さんはずっと人間らしい人なのかもしれない。私は、どうも何でもやる気ない素振りばかり先行して、人間関係も希薄に済まそうとする人なのかと思っていた。

「とにかく、おじさん相談くらいのるから。今度ご飯食べにいこ」

 落ち着かせるように、なだめるように言う様子に、そういえばこの人は元々教師をやっていたんだな、ということを思い出した。
 お金にがめつくたって、教師をやっていた人なのだ。教師という職業は、何も頭が良くて人にものを教えるのが上手ければなれるというものではない(と私は思う)。山下さんは、私から見る限り、ちゃんとした元教師だった。

 とにかく、からかい半分にディナーの約束をされ、そして今夜がその日だった。
 別段、わかりやすく慰めてくれたわけでもないのだが、この一見で私の心は軽くなった。我ながら訳が分からない。
 でも、日ごろ自分を気にかけていないと思っていた人物が、実は気にかけていたし心配もしてくれて、そして行動にまで起こしてくれた、という紛れもない事実は、私の心に安寧を取り戻させてくれたのだった。


***


 おエライさんとの会食だって番組のスタッフさんとの食事会だって、こんなに緊張することはなかった。そもそも、あまり緊張しない質で、緊張しなさ過ぎて注意されることの方が多い性分なのだ。なのに、高々同僚と一晩ご飯を食べるくらい何だというのだろう。普段通りお仕事の話をして、普段通りたわいもない世間話をして……。多分、私の恋愛相談めいたこともする。
 そう。それが問題だ。今までそこそこの距離感を保ってきた仕事仲間しかも異性と、そんな恋愛話だなんて自分のこと赤裸々にさらけ出してしまう内容をペラペラと話せっていうのか?  いやいや、恥ずかしいだろ普通に。あの山下さんに! そんな!
 緊張しない質ではあるが、それは決して図太さの証明ではない。だから、珍しくこんなに緊張してる。

 恋愛相談か、と自分の身の振り方を模索する一方、山下さんって恋人いるのか? と疑問が浮かぶ。
 原則、アイドルは恋愛禁止、なんて話は他の事務所やプロダクションで聞かない話ではない。でも、山下さんはもう30というお歳だし、元々教師をやられていたということもあるから、異性との出会いなんて腐るほどあるだろうし、あれで彼女がいないって言われても驚く。
 いやしかし、あの山下さんに彼女のいる雰囲気は感じられない。うまく隠そうとすればできそうではあるが、それ以前の根本的な問題で、彼の時間の使い方を見受ける限り、恋人と過ごす時間を作っているようにも見えない。
 というか、もし彼女いるなら、彼氏に振られた傷心女をご飯に誘うんじゃねぇよ。仲がほころんでも知らねぇぞ。

 あーもうやだやだ。なるようになるさ。
 全ての思考をシャットダウンさせる。今日はなんて言ったって給料日だ。この一ヶ月の努力が報われる最高の日。
 ただし、あの山下さんとのお食事会である。ワリカンどころからこちらが全額払わされる可能性も捨てきれない。
 私はしっかりお金を携えて待ち合わせ場所に向かった。


***


 結論から言うと、私はその食事会のお金を私が払ったのか山下さんが払ったのか、知ることはなかった。

 と、いうのも。
 食事会と銘打っていたというのに、私はお酒をがぶ飲みしたからだ。別段アルコールに弱いわけでもなかったのに、今日は駄目だった。「そろそろ辞めたら?」とやんわり静止されるのも聞き流し、私は上等なワインを味うこともせずにどんちゃんどんちゃん……。


***


「私だってねぇ!会えなくて寂しかったんですよ!でも!仕事を蔑ろにしてまで会うとか、それはないと思うんです!だから!我慢して!今は頑張って!落ち着いたら埋め合わせしようって!思ってたのに!何なんだよあいつ!!!」
「……雫ちゃんって、考え方男前だよね」
「寂しいのが自分だけとでも思ったのかよ!私だって寂しいわ馬鹿!うわあああああん」
「あっ、と……。運転手さん、そこ左に」
「あいよー」
「ちょっと!山下さん聞いてるんですか!?」
「はいはい、聞いてる聞いてる。待っててねー、今雫ちゃんのお家まで連れていくからー」
「うっ……うっ……私だって、もっとあの人とキスがしたかったしセックスしたかったです……寂しいですよぅ……うっ」
「…………えっとー、ここの住所はこっちだって書いてあるから……、運転手さん、次の信号を右ね。それから直進」
「お兄さん……、女友達の介抱も大変だねぇ。送り狼にならないように気を付けなよ」
「たはは、善処します」


***


 意識が戻ると、私は自分の家の天井が見えた。
 はて、私は山下さんと美味しいお夕飯を食べてまして、でまぁ嗜み程度にとワインを開けて、そして、

「やってしまった!」

 つい大声を出してしまったが、それは自分の首を絞める結果になった。自分の大声は、未だ酔いのせい痛む頭に追い打ちをかけた。尚更ガンガンする。痛い。私はいつの間にか横たわっていたベッドに再びうずくまった。

「あ、起きた?」

 布団に埋めた顔を声の方へと向ければ、そこには声の主、まぁ驚くこともない、山下さんが水の入ったコップを持って立ってらっしゃった。今日会った時より、少しやつれているのは十中八九私のせいなんだろうなぁ。起きてしまったことを悔いても仕方ないが、山下さんにはご迷惑をおかけしてしまった。

「気分は大丈夫? 取り敢えず、お水飲みなね」

 ほい、と渡された水を口に運ぶ。冷たくて美味しい。

「ありがとうございます。あの、すみません……大変な粗相を」
「プロデューサーちゃんって酒乱? 結構凄まじかったよ」
「いつもはそんなことないんですけど、今日はちょっと……」
「精神的ダメージがアルコールを助長させちゃったかな。まぁ、そういうときもあるさ」

 言うやいなや、山下さんは手を私の頭にのっけて髪の毛をくしゃくしゃされた。男が女にやるそれよりも、もっと、愛玩動物に対してのそれっぽい。私は猫か何かか。

「あの、本当申し訳ないんですけど、ここまではどうやって……?」
「ごめんね、プロデューサーちゃんの住所、勝手に手帳見て調べて、タクシー乗ってきたんだ」
「えっと、あの、お金払います!」
「そっちもごめん。お店の方で俺の財布すっからかんになっちゃったから、タクシー代は…ね?」
「あー……すみません。本当何から何まで……」

 罪悪感が酷い。せっかく、仕事上で切っても切れない縁である私を、少しでも元気づけようとしてくれたというのに。
 私ってやつは……。こんなんだから彼氏にも振られるのだ……。

「本当にすみませんでした、山下さん」

 握り締めていたコップを尚更強く握りながら、私は深く頭を下げる。
 目頭は熱い。まだお酒が残っているのか、思考はクリアだがどうも感情的になり過ぎているようだ。
 私は、山下さんにこれ以上の粗相を見せるべきではない、と泣きそうな、というかもう既に涙はこぼれているのを必死に隠そうと、頭を下げて、そして上げなかった。

 暫く沈黙が続いた。
 私の涙は一向に止まらず、しゃくりあがる声を漏らすまいと必死だった。……この人は、見ていないようで見ているし、ぼけているようで敏い。なかなか頭を上げようとしない様子に、もうとっくに気付いていそうな雰囲気がある。
 しかし、山下さんは、何も言わず、見えるのは布団の皺だけだからわからないけど、きっとずっとそこに立っていてくれている。
フッ、と動く気配がした。山下さんは、遂に私の座る布団へと腰を下ろしたらしい。視界の端に山下さんの下半身が映った。

「顔、上げないの?」

 眠そうな、いつもの山下さんの声だった。

「……嫌です。私の顔、見ないでください」
「そっかー」

 そういいながら、山下さんはそっぽを向いたらしかった。声が遠くなった。
 ふと、また、頭に温もりが。わしゃわしゃとした動きではなく。ただ、ただ、軽く私の頭をぽん、ぽん、とリズム良く撫でてくれた。

「お酒飲んでる時もさ、プロデューサーさん泣くかな、って思っても全然泣かないし。悲しいなら、ちゃんと泣いた方がいいよ。……おじさんのお節介なんだけどさ。今はまぁ、仕事上の付き合いとか忘れて、おじさんに甘えなさい。ね?」

 もう駄目だった。

「っ、うぅ……」
「はいはーい。よしよし」

 私は視界の端に映ったまま涙でぼやけてもう何がなんだかわからない山下さんの足にすがった。そして嗚咽を漏らした。
 ひたすら、山下さんの優しさが嬉しかった。それと同時に悲しかった。お蔭で涙は止まらない。ボロボロ、飽きるほどに目からあふれ出す。鼻水も酷かった。山下さんの太腿部分は、きっとびちょびちょで気持ち悪いだろうに、私が涙を流す間、ずっと頭を撫でてくれていた。
 その手の温かさが、更に涙を増やした。

 暫くすれば、涙は枯れた。そして嗚咽も大人しくなった。
 私はもう、山下さんの前でどんな姿でも見せられる気になっていた。

「山下さん」
「ん? なぁに? 落ち着いた?」
「お金払うんで、私とセックスしましょう」
「……ん?」

 すかさず私の頭から離れた山下さんの手を掴み、逃がさないという意思表示をした。
 しばらくぶりに見た山下さんの表情は、小さな瞳をこれでもかというほど広げていた。まぁ、急にこんなこと言ったら驚きますよね。

「ま、待って、えっと、え? 今泣いてる最中に何考えてたの」
「ナニ、ですかね」
「いやそんなドヤ顔で言われても……」

 山下さんは私に捕まえられていない方の手を忙しなく動かしている。とても挙動不審だ。相当動揺してるらしい。

「私、今彼氏に振られて寂しいんです」
「はい……」
「心だけじゃなくて、最近ご無沙汰だったので体も……」
「は、い」
「山下さん、お金大好きですよね」
「それは……、はい」
「だから、私が山下さんにお金払いますんで、私と寝てください」
「いやいや、だからが繋がってないんですケド……」

 私は必死だった。
 お酒の力も借りていたのかもしれない。仕事上の付き合いだけだと思っていた人が、私のために時間を割いてくれて、大事なお金も消費してくれて、頭撫でててくれて、汚く泣いても撫でてくれて、ズボンがびちょびちょになっても何も咎めないで。こんな失礼なことを言っているのに、相手しないで帰るという選択肢もあるだろうに、こんなに正面から向き合ってくれている。
 私は、もうこの時には山下さんに好意を向けていた。完全な恋慕の気持ちとまではいかないが、この男に抱かれたがっている自分がいるのは確かだ。失恋した直後にこれなのだから、我ながら現金なやつだ。

「山下さんは、彼女さんいらっしゃいますか」
「いや、いらっしゃらないけどそういうことじゃなくて……」
「今更いますって言われても、幻滅します。彼女いるのに私っていう女を慰めて、彼女さんが可哀想」
「……お気遣いありがと。俺一応アイドルだしさ、彼女は、ね」
「いないならいいじゃないですか」
「だから、そういう問題じゃないでしょ。そんな簡単に寝たいとか言わないの」
「だから、山下さんの大好きなお金ちらつかせてるじゃないですか!」

 私は、遂に言葉を荒げてしまった。

「何で、何で! こんなに優しくするんですか、今まで仕事の関係だけで良く知らない相手なのに、失恋した途端、こんなに優しくされたら、そりゃあ、期待するじゃないですか!」
「……」

 山下さんを睨めば、神妙な顔のまま、私を見つめ返してきた。
 何だか無性に恥ずかしくて、私は目を逸らし、そして続けた。

「浅はかだと思って構いません。私は、今、こうやって小言一つ零さず、嫌な顔もしないで、無視して帰る素振りも見せない、山下さんに甘えたくて甘えたくて仕方ありません。体がうずいて仕方ありません。だから貴方に思いっきり抱かれたいんです。でも、それじゃああなたの気持ちは完全無視だから……お詫びにお金を渡すんです。山下さんがお金好きなのは知ってます。……私はあなたの好きなもの、お金しか知らないんです」

 また涙が出てきてしまった。さっき枯れたと思っていたのは思い過ごしだったらしい。でも、さっきとは違い、嗚咽がしゃくりあげることもなく、涙は静かに頬を伝っていくだけだった。
 私が捕まえていた山下さんの手が、急に私の手を握ってきた。お蔭で私は驚いて、逸らしていた視線を山下さんに向けた。
 山下さんは、少し唇を尖らせながら、こちらをチラリと見て、目を逸らし、またチラリとこちらを見た。
 流し目は、とても色っぽかった。思わず、私は山下さんの手を握り返してしまっていた。

「俺はさ、頑張ってる子って好きなんだよね」
「……私、今そんなに頑張ってましたか」
「いや今じゃなくて。プロデューサーちゃん、いつもお仕事頑張ってたでしょ?」

 そりゃあ、お仕事だから頑張りますよ?

「今はもう、一応アイドルって名乗れるくらいにはなったけど、やっぱり俺は教師やってたんだよねぇ。直向きに、ただひたすらに頑張ってるプロデューサーちゃんのこと、放っておけなくて」

 山下さんは言いながら、空いている手で私の頭と言うか髪を撫でた。そしてそのままその手は頬へたどり着き、親指で涙の後をぬぐった。些細な動作だったが、とても力強さを感じて、私の心臓は正直に動き出す。

「そんな姿が眩しくてさ、これが恋なのか何なのか、イマイチ良くわからなかったんだけど、なんだろ、気になる女の子ってやつ? それでまぁ、今回珍しく凹んでるみたいだったから、ちょっとお近づきになりたいなぁーっと思って」
「……ええー」

 何か、何だろ、とにかく恥ずかしい。頬に置かれた手は離れようとしないし、いつの間にか降りて来てるし、指で唇弄んでるし…!
 もう片方の手と言えば、いつしか指を絡められていた。そして優しく手の甲を指でなぞられる。おかしい。私は手の甲に性感帯なんてなかったはずなのに、背筋に通り抜けたの確実に性欲の二文字だった。

「思った以上の痴態を見せてくれるから、おじさん結構テンション上がってるのわかる?」
「は、え? 山下さんって、結構ずるい人?」
「ずるい人っていうか……、まぁ30年も生きてればね、そっち方面に強くなるもんなの」
「えええ」

 あっという間に私は肩を押された。重力に逆らうことは出来ず、私の背中は布団と接触。固まっていたら頭上には山下さんの顔が。したり顔で寄って来て、そして唇同士が触れて可愛らしいリップ音がたてられた。

「あーあ、プロデューサーちゃんとちゅーしちゃった」

 握られた手は解かれ、顔にあった温もりも消えて、私の両脇に腕が置かれる。肘を曲げられているお蔭で、私と山下さんの距離は近い。お互いの吐息が唇に触れあって、大変にいやらしかった。
 頭が真っ白だ。さっき私は山下さんとキスをした。いやいや、それ以前に、山下さんは私を憎からず思っていたらしい。というか、あわよくばと思って泥酔を見守ってたのかよ。家まで送ったのかよ。送り狼になる気満々だったのかよ。
 さっきまで、私が攻めの姿勢を見せていた気がするのに、押し倒されてしまってはどうしようもない。私は急にしおらしくなって顔を赤くさせ熱くさせながら心臓をバクバクさせるしかなかった。

「急にどした? さっきまで強気にセックスしようって言ってたプロデューサーちゃんはどこに行ったの?」
「そ、そんな、だって、山下さんがその気になるなんて思わなくて、」
「大人とは、常に下心を持っててそれをなるべく気付かれずに振る舞い、そして誘導するもんだ」

 今度は、ペロリと唇を舐められた。そして私は漏れなく声を上げてしまった。

「さて、お金いらないから、俺とセックスしようか?」
「……お金渡すんで、ちょっと一度待ちませんか?」
「雫ちゃんはお金より欲しいので却下でーす」

 あー、もう無理。
 私はもう目の前の人が性的な目でしか見れなくて、目をとじた。





151217 執筆終了
171204 誤字・脱字修正
190320 修正



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