文章 | ナノ


▼ ザップに口を塞がれた

事後処理云々かんぬんを済ませた翌朝の事務所の空気というのは、何とも形容し難い。とにかく、淀んでいる。

その空気を放つのは、主に夜通し励んでいた旦那と番頭だ。今は旦那は机で、番頭はソファーでぐったりしていた。静かにギルベルトさんが毛布をかけてから、もう30分は快眠中だ。

24時間スタンバイOKな電話が、我々に知らせを放り投げてくれさえしなければ、淀んだ空気も少しは浄化されるだろう。


「片付けから戻りましたー、っと……」
「おかえり〜」


背を向けて座る扉から声が聞こえる。反射的に言葉を返した。別に顔を見なくても誰だかなんて予想はできる。

現れた少年は寝こけてる上司をみつけて、少し声のボリュームを落とした。らしい。動作を見ていないのでわからないが。極めつけ、扉を静かに閉めることにも余念がない。

そういう気遣いができる子である、誰かさんとは違って。


「あれ? クソクズは?」
「ザップさんなら、何か黙ってどこか行きました。いつも通り」


クソクズと言って、すぐにザップのことだと察してくれる少年のことが、私は好きである。頭をグリグリしたい。


「ふーん。どうだった、様子」
「さぁ? 普通じゃないですか?」


何となく、少年の声色が笑ってたので、振り向いて少年の表情を見れば、そりゃあもう楽しそうに笑ってやがりまして。


「なんじゃいね、その表情は。しばき倒すか?」
「心配なら、直接会いに行けばいいじゃないですか」
「……お前、ここ来てから性格良くなったな」
「先輩方の教育の賜物ですね」
「あとで覚えてろよ」


口角上げながらレオを脅したら、肩に乗るソニックがびくついていた。お前じゃないお前じゃない。



***




少年のことだから、クソクズがどこにいるかなんて多分予測済みなんだと思う。別に彼の目で見る必要もなく。

空は曇っている。いつもどおりだ。そのせいで特別気分が沈むなんてことほないわけで、ないわけなんだが、何となく足取りは重い。喧騒と混沌の中を歩けば、そこには見た目からして三者三様。すぐの横で、何本足か数えるのも億劫な生物が、酔っ払ってるのか薬に溺れているのか、千鳥足で大型バスっぽいやたらとトゲトゲしている乗り物に突っ込んで爆発を起こしていた。歩く喧騒は変わらず。これが日常なのだ。

ふと、横にいい匂いがする。おさげの揺れるブロンドの少女が、お母さんの元に駆け寄ったようだった。勢いよく抱きついたかと思えば、手を繋いで笑顔で歩き出す。仲睦まじかった。

視線を前に戻して、歩みは変わらず。その少女をみたことで、脳裏に昨日まで騒がしかった何者かを浮かべるが、それ以上の感情は浮かばない。この街では、何でも起こる。



***




街を外れれば、少しくらい自然は残っているもんだ。草っ原の風は、ビル風とは違うように感じるから不思議。どちらも地球の呼吸でしかないのに。

先程までの喧騒は街の中に置いてきた、なんつって。静か過ぎていて耳が寂しく感じられるぐらい、人気もなければ、そもそも生きてる心地というのもここでは薄い気がする。

死んだものを埋葬する地、所謂墓地である。

人っ子一人いない雰囲気を醸し出しつつ、墓地の一角、誰の墓の前に一見マッチ棒のようにも見えるシルエットを見つける。この街ならば、マッチ棒の1本や2本くらい自立して歩いてそうだが、言わずもがな、マッチ棒ではない。


「ん」


彼の隣りにピタリと立って、静かに掌を出す。その動作に察したらしく、懐から白い巻物を一本差し出した。

受け取っている片手間、自分の懐からはライターを取り出す。左に受け取ったを指で支えながら火を付け、口元に持っていく。

ああ、これだこれ。


「いい女だったよ」


噛み締めるように言ったのはマッチ棒、もといクソクズ、つまりザップだ。


「ん?」
「んだよ、じろじろ見やがって。犯すぞ」


今の言葉、彼の言ういい女とは、一体誰のことか。いや訂正。一体どっちのことだろう。

思い浮かぶ顔は片方のみ。その子の髪の毛なんてこのクズマッチ棒にそっくりで、親子ですと言われても一瞬信じるくらい(よくよく考えれば、年齢的に難しいということがわかるので、一瞬だけ信じるのだ)。小憎たらしいところもあったが、そこは大人の包容力と余裕でカバーだ。最も、目の前の親マッチ棒には、そんな人間の理性に則る要素なんて皆無に等しかったわけだが。

犯すだとか、何だか下劣極まりない男の風上にも置けないような一言は、完全にスルーする。


「いい女ってどっちのこと?」
「はぁ? 何言ってんだお前、バカか?」


バカなのはお前だよ馬鹿。馬鹿だから理解できないんだよ馬鹿。馬鹿馬鹿。


「アシュリーさんのこと? それとも、」
「やっぱりバカか。あれは女じゃねぇ、ガキだ。もしくはサル」


言いながら煙草を吹かす様は、どこか拗ねているように見える。誰がガキでサルなのか、徹底的に言い負かしたいところではあるのだが、まぁ今はこいつには珍しく傷心しているようだし、このまま黙っておいてやる。


「くそったれ。最悪な事件だったぜ」


空仰ぎながら、吸い殻を落として靴底の餌に。おいおい墓地で何やってんだよ。


「レオがさ、持って帰って来たよ、色々」


ここに来る前、片付けが終わった少年が手に持っていたのはバレリーに買い与えたものだった。可愛らしい。今ここでもう会えなくなった彼女の悪口をたたく割には、捨てられなかったのだろう。片付けには少年だけではなく、このザップもいたのだ。これで、可愛いところもあるんだ。


「…あー、それがどうした」


ほら、ちょっと照れくさそう。何も言及していないのに、照れはじめる。私のニマり顔に気が付いたのか、それとも動物的勘かな?


「私のとこに置いといても良い?」
「はぁ? んでだよ、お前には関係ないだろ」
「だって、アンタんとこに置いといたら、男女の汚い空気とか汚らわしいものがたくさん付くでしょ!」
「ヤリ部屋に置くかよ!!」
「じゃあ何? 大切に閉まっておくとでも言うの? アンタが?」
「なっ!にっ! っ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」


そうそうアンタはそうやって騒いでるのが一番いいよ。そうじゃなくちゃ、こっちの調子が狂うよ。本心は口に出してやらない。

らしくないことを自覚して、言われたことがやはり照れくさいのか照れ隠しに怒り出すなんて、やはり子供だ。

勢いで、肩を掴まれる。距離が近くなった。


「だってほら、私のところに置いておいたら、私もバレリーに会える口実ができるでしょー?」
「何年後の話してんだ、わっかんねぇだろ俺もお前もおっ死んでるかもしんねぇのに」
「生きる口実だよ。ね?」
「だ、」


まだ何か、嫌に現実的なことを抜かそうとしているやつの唇に指を置いて、無理やり黙らせた。


「わかってるでしょ?」


本心では、また会いたがっていること。今度は、次こそは、こんな歪んだ形ではなく、親子なんて嘘っぱちな関係を疑わずに、ちゃんと、しっかり、一人の人間として。


「…お前さ、」
「何だ?」


唇に寄せた指を、肩にくっつく腕とは逆の方で掴まれた。


「こうじゃないだろ」


ニヤニヤした顔がうざい。


「何が?」
「黙らせてぇ時はこうすんだ」


何が起こったかわからないとは、まさにこのこと。視界には浅黒い肌と少しの白髪。唇には独特の感触。

なるほど、確かにこっちの方が黙ってしまう、というか黙らざるを得ない。精神的ダメージが大きい。


「………」
「うっし、帰るぞ」


すぐに引きはがされたかと思ったら、このクズは目の前をスタコラと歩いていた。


「何なんだ」


何でこいつは、今私にキスしたのか。する必要はあったのか。いや別にないだろ。はぁ?

された直後は驚きとそれによる硬直で、何も感想もなかったが、終わってみるととてもムカムカしてくる。意味が分からなくて。何なんだこの男。


「お前は!!こういうこと!!誰でもすんだろ馬鹿!!!」


走りながら背中をぶん殴ってやったら、やつはつんのめった。ざまぁみろ。その時、揺れた髪の隙間から赤い耳が覗いて、まさかこいつ私に気でもあるんじゃないか? とか変に勘ぐってしまった。嫌だよこんな男に。願い下げだね!



***




随分蛇足な後日談だが、結果としてバレリーの持ち物は私の部屋にやってきた。ザップに近いメンバーで、保存状態が良さそうな環境に置け、即ち女性の部屋だ!ということで、チェインは何故か自粛し、K.Kは子供のおもちゃになることを懸念し、私のところに回ってきた。旦那でもいいのでは?と思ったが、そう発言する前にザップがまた口を塞いできた。口で。周りにみんないる中で。殺したろうか。

そこから、何故かザップが私の部屋によく来る。バレリーの持ち物がちゃんとあるかチェックするためだそうだ。チェックする必要性も感じないし、わざわざ来る必要もないだろう。その理由は、完全に私に会いに来る口実である。本人は隠しているつもりらしいが、私にはばれていた。というか、みんなにばれていた。

同僚の精神的疲労困ぱいを心配したら言い寄られ始めたんだけど、どういうこと?





150722



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -