文章 | ナノ


▼ スティーブンが酒に酔ってる

わいわいがやがや。秘密結社の夜に酒は付き物だ。

今夜は長いこと関わっていた事件の解決パーティと称した、ライブラメンバーのストレス発散会とでも言うべきか。いつもは潜入捜査に勤しんでいる見慣れない顔を複数集まって、大掛かりなものとなって騒いでいた。以前、比較的新人のレオナルドくんが地下鉄で吸血鬼を目撃したことが発覚したあの夜に似ている騒ぎっぷりだった。

いつもの三割増しで頭がおかしくなってるザップは姐さんに絡まれて青い顔をしている。その横でチビチビとグラスを傾けるレオナルドくんは真顔でそれを眺めている。日頃ザップに面倒をかけられている筆頭だ。きっとざまぁみろ辺りを思っているに違いない。

最近加入したツェッドくんは、どういう流れかチェインと一緒に何やら語っている。珍しい組み合わせなのではないだろうか。粗方、そこで青い顔してるやつの愚痴のような気がしないでもない。愛されてるねーザップったら。

私といえば、お酒は強くもなく弱くもなく。ただ、この騒がしい空間とこもったお酒の匂いで、もうお腹いっぱい。琥珀色のそれが注がれたグラスは手にしているも、口元には近づけず指先で弄ぶだけだった。


「進んでるかい、雫」


座るソファーの後ろから突如現れた男は、弄ぶグラスを私から取り上げるとそのまま自分の口元へ運び一気に煽った。


「…それ弱くないですよ」
「やっと解放されたんだ。今夜くらい羽目を外させてくれ」


長いおみ足を使いやがりましてこの男、ソファーを乗り越えると私の隣に陣取った。体格差のお蔭で、ふかふかのソファーはスティーブンさんの方へ少しだけ沈んだ。私の体は右側に傾く。

手先に弄ぶものがなくて、何となく手持無沙汰に感じた。なお、空になった私のグラスはスティーブンさんの手の中。長い指が栄えて見えて、大変に癪である。


「お疲れ様です。接待ですか?」
「ああ、大きいスポンサーだよ。身内だけ集めたつもりか、どこかからか話を聞きつけてやってきたらしい。目敏い連中だ。金だけ投資していればいいものを…」
「あー…」


言いながら、机に置かれるボトルをグラスに傾ける。なみなみ注がれた中身は、一瞬にして彼の胃袋の中へ消えた。

スティーブンさん、今夜はなかなかに酔っていらっしゃる。というか、お偉いさんへの営業モードにストレスが溜まっているらしい。一応ライブラのトップはクラウスさんだが、顔役というわけでもない。交渉術に長けているわけではない彼の補佐として、スティーブンさんがそこら辺を全て買って出ているわけだが…、その仕事量は心中お察しだ。

ところで、さっきから私の使っていたグラスで酒を飲んでいるスティーブンさんだが、これは立派な間接キスなのではないだろうか。グラスに移ったルージュの色味は、先程飲み干した際に薄れたのを私は見てしまった。生憎生娘でもなければ経験値が極端に少ないわけでもなく、純情なんてほど遠いもんで、そんなことをされたところで別段顔の火照りなんて感じやしないが、しかし、だが、そこらへんに気付いてしまう程には、私の中で彼の存在は大きい。恋心なんて綺麗なものでもないが、異性としての魅力を感じていることは確かだ。まぁ、気付いてないだろうがね、この部分的鈍感男は。


「だからとはいえ、少し飲み過ぎでは?」
「君の分も飲んでやっているんだ」
「なんですかそれ」


チラリと彼の目を覗けば、とても目が座っていた。これはいけない。明日からまた非日常な日常が始まるのだ。今はほんの一時のインターバルである。この上司をべろべろにするわけにはいかない。


「…今日はえらく機嫌が悪いですね」
「慰めてくれるかい?」
「私が?」
「今俺の隣にいる人に言ってるつもりなんだけど」


グラスを持たない腕で、肩を引き寄せられた。番頭…、酔ってキャラが変わってません? そう声に出したい気持ちで私は若干顔を引きつらせてしまっているが、この男、俄然ノリノリである。流石、仕事で女と寝ることの多い男。ツボを心得ている。この後、私とそういう気があるのかないのか癖なのか流れでそうしてしまうのか、しっかり二の腕に指を滑らせている。

はぁ、と私は息を吐く。視界を外に向ければ、さっきと何も変わっていない。接待から帰ってきたクラウスさんがレオナルドくんの隣に座って、何やら話をしている。他の人たちは相変わらずだ。


「俺より他の男か? 妬けちゃうな」
「!」


急に温もりがすり寄ってきた、耳の裏に。掠れた声色で囁くのはワザとに違いない。つい体が跳ねてしまうのも不可抗力だ。そんな私の反応に気付いたのか、鼻で笑った音もする。めちゃくちゃむかつくな、これ。


「私は、情報を探るための女性じゃないでしょ?」
「そうじゃないさ。君は充分に魅力的な女性だ。体のラインとその声が、すごく男の性をそそる…。知らないだろ?」


何を言っているんだこの男。


「あの、スティーブンさん。酔っ払い過ぎです。そのお酒、貰いますね」


これ以上は本当にまずい。明日の業務もそうだが、私の貞操もだ。個人的な希望だが、スティーブンさんにはザップのように下半身で考える行動をさせたくない。…独占欲ではない。断じて。

私は強行手段に出ようと、琥珀色が輝くグラスを彼の手からひったくると、その中身を一気に飲み干した。味は悪くない、自分で選んで先程まで飲んでいたお酒だ。しかし、量が多すぎた。口の中に居座るこいつらは、鼻から抜ける空気と共にアルコールの独特なにおいで私を攻撃する。流石に、一気に煽り過ぎたのだ。先程彼に注意したのはどっちだったか、自分に返ってきてしまった。

半分以上を口の中で待機させながら、私は冷静にグラスを机の上に置いた。中の氷が転がる音を鳴らす。

正直、今すぐこいつらを吐き出したい。しかし、それはあまりにも、あまりにも、だ。女性の品格に関わることを、したくなかった。安いプライドだ。

無様な私の姿を、彼はどういう表情で見ているのか。怖いもの見たさに、視線を彼に向けた。彼は、別段に変わった様子もなく、相変わらず真顔だった。いつもの何を考えているのかわからない顔だった。


「はぁ、君って人は…」
「?」


スティーブンさんから視線を逸らされ、溜息と一緒に吐かれた言葉は辛うじて聞き取れる音量だった。

私はその言葉の真意を、彼の行動から読み取れずに疑問を投げかけたくなった。しかし、私の口はこの有様。口を開けば無慈悲に液体がダバーである。仕方のない。ぬるくなって悪化したこの液体をいい加減に呑み込んでしまえと、鼻からを息を吸った直後、


「ん」


まず、唇より何より先に、その高く整った鼻が頬に当たった。


「んぅ!?」
「んー、」


あらこの人の唇ってすごく厚くて柔らかいえっちな代物ね、なんてアホみたいなことを考えつつ硬直していれば、最初からその予定だったらしいすぐさま舌が口腔に侵入する。

あ。おい。待てこの伊達男。今お前、舌入れたらどうなるのかわかってるんだろうな?

口腔内の温くなった酒は、そのまま口の端から零れ落ちた。のも最初の少量だけで、残りの大半は口を塞いできた張本人に吸い飲まれてしまった。舌を歯茎と上顎に滑らせながら喉仏を上下させる様は何とも淫猥だった。というか、器用だなこの人。

私の口の中で温まったまっずい酒が目当てだったなら、そのまま離れてくれたのだろうか。この男は、私の口の中の水分を軒並み飲み干してもまだ足りないらしく、如何にも私たち今大人のキスしてますよ、というあからさま音を立てながら吸い付いてくる。口腔だけではない。下唇に歯を立てては、その後舌でなぞる。そして吸う。こんなん感じるに決まってるだろ馬鹿か。いつの間にか瞑っていた目を開けば、こいつも目を開けていた。私と目が合ったことはすぐにわかったらしい。笑ったように目を細めて、何もしてなかった手でまず頬を覆った。ああ。温いな。熱過ぎず冷た過ぎず、丁度いい人肌。ソファーにはいつの間にか座っていなかった。背中に感じる柔らかさは背もたれのものではなかったし、照明は覆い被さるスティーブンさんに遮られて少し暗い。うずく下半身を見逃さなかったのか、ちゃっかり股の間に膝を入れていたことのは感心した。どうも、私はこの辺りからめちゃくちゃ感じまくって腰砕けになっていたらしく、鼻から抜ける声を抑えていられなかったらしい。酒がまわり始めたんだ。酒のせいだ。そんなこと、この男には勿論筒抜けである。お互い口を開き小休憩に唇を合わせながら呼吸をしていれば、「ほら。雫はとても魅力的だ」と骨抜きにさせるようなことを呟き、また貪るように私の唇を食していた。

どれだけそうしていたかはわからない。その光景を異常だと判断したK・Kが暴れだしたのを視界の端で捉えてはいたが、如何せん酸欠気味だわ酒は多少なりとも回っているわで脳味噌は正常な機能を失っていた。

膝立ちで目の前に立ちはだかるこの男、全っ然息を切らしていないのがとても腹の立つこと。座っていた目は、完全に熱を孕んでいた。

起き上がりたくとも体は動いてくれない。すぐにでもこの男を張り倒して警察に猥褻の罪で突き出したい気分なのに。睨んでみたが、得意のスマイルで跳ね返された。ぐっ、イケメン。いやいや、そんなこと微塵も思ってない。

とにかく、この上下する胸をなんとかしなければ、と必死に深呼吸をしていたが、勿論悠長に回復の時を待ってくれる男ではなかった。再び彼は腰から体を倒してきて、私の顔の横に腕を置いて体を」支えた。顔は近い。唇にかかる息は、アルコールを含んでいる。ああ、またキスするのか。気持ちよかったし、いいかなぁ、してくれないかなぁ。つい彼の唇を見つめながら流れで瞼を降ろそうとしたら、彼はまた鼻で笑った。何だと。


「服、濡らしてしまったね」


意味深な言葉だ。彼の指は、先程口から零れた酒が流れた、ブラウスの胸元部分をさらりと撫でる。…そこ以上にびしょびしょな箇所があるが、癪なので黙っておく。誰かさんと違って、私は下ネタを口にするようなキャラではない。と自負している。

すべる指先は、そのままブラウスの金具を外していく。今日の下着は何色だったか。そうだ、ブルーだ。もう少しで、彼にそれが見えてしまうぞ、というギリギリのライン。私は彼のお痛な手首を掴んで止めた。


「脱がしてくれるの?」
「ああ。汚れてしまって、気持ちが悪いだろう?」
「そうね。でも、せっかくなら、」


顔を耳元に寄せ、「二人っきりで、というのはどうかしら?」と吹き込む。おまけに耳元にキスをお見舞いしてやった。

その後しっかり別室に運ばれてお楽しみ、かと思いきや、ここにきて私のアルコールキャパはオーバーしたらしく、ベッドに寝かされた瞬間熟睡だったらしい。

次の日、スティーブンさんは半分程記憶が飛んでいた。そこまで酒に弱い人ではないのだが、疲労には過度なアルコール摂取だったらしく、私とキスして盛り上がったことはしっかり覚えていた。何でそこ覚えてるんだよ。忘れろよ。それで、私が寝た後主にK・Kに制裁加えられたらしいことの方を覚えてろよ。

私はばっちり、彼の唇の柔らかさと舌の熱を覚えてるんで、スティーブンさんの顔を見るのは大変に気まずかったが、そのあとすぐに緊急の要請がかかったので全てがあやふやになった。

それにしても、気まずい表情をする私を見たザップが「堅物の雫があそこまで乱れるのはかなりキたぜ。今夜お前の部屋行っていいか」などと戯言をほざいていやがった。チンコ噛み千切るぞ。





150529



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -