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▼ ライナーの告白現場

うちの高校では、昼休みにだけ校舎から繋がる食堂と購買が開放される。成長期の腹を空かせた高校生たちは、飢えた獣よろしく数の限られた食べ物を自分の腹に入れようと財布を片手に戦地に赴く。かくゆう私も、その戦士の中の一人だ。今まで一度も勝てたことのない、一日30個限定のスペシャル焼きそばパン争奪戦に、今日こそ勝ちたい。この、普通の焼きそばパンの二倍は大きいくせに100円というとんでも価格は、万年金欠を騒ぐ高校生皆の味方だ。

攻略方法は主流のものが2つある。授業が終わった瞬間、友人達との「一緒に行こうよ!」をガン無視して、スーパーダッシュをして食堂に飛び込むこと。まぁこの攻略法はあまりおすすめできない。友人との関係性が集団行動及び高校生活を円滑に進める為にかなり重要視されるからだ。それらを捨ててまで食堂に走ることは、友人より金を大事にする、と暗に示すことになり、今後の友人関係に綻びを生みかねない。

もう一つは、こちらは下準備が必要になる。まず、昼休み直前の授業が体育のやつと仲良くなる。体育の授業は集合が早い分、先生が気を利かせて早く終わらせてくれることが多い。それを利用するのだ。友人に一人でも体育の奴がいれば、そいつに頼める。「お金渡しとくから買っておいて」と。まぁこれは一部の人脈鉱山や、所謂いじめの相手にすることが多いようだった。勿論、善意だけでやってくれる子もいるけどね。

さて、本題。私もスペシャル焼きそばパンを狙う一角だが、この2つの方法のどちらもとらない。どちらも勝率はまちまち、結局は授業がいかに早く終わるか、その運が全てだからだ。そんな、運なんて不確定なものに頼るのは私は好きではない。運も実力のうち、なんて言葉もあるけど、私は嫌だ。ポリシーに反する。

なので、チートを使う。異論は認めない。ずるいが、成功法ではないが、チートができる材料と実力を持っていることは、私のポリシーに反しない。

作戦の内容は、こうだ。その前に、購買が存在する食堂への地形を説明しておきたい。コの字型に作られている校舎の、コの左側、つまり開いている部分には体育館と、剣道場と柔道場がが備えられている武道場が肩を並べて建っている。その三つの建物に囲まれる中に、食堂は存在する。本来、食堂へは校舎のコの字の筆を入れる左上から伸びる廊下からしか入ることはできない。しかし、だ。隠れた道が存在する。それが、武道場の裏口から伸びる廊下だ。これは食堂の裏口に伸びている。何でそんなものがあるかというと、部活終わりの学生たちが食堂でのミーティングをするためだ。剣道部や柔道部など、武道場を使う部長はその裏口の鍵の所持を許されている。部活が終わる頃には、校舎の鍵は閉まっており、表口から入ることができないからこその裏口なのだ。

ここだけの話、この食堂の裏口から侵入し食堂へ忍び込む、というのは一種の伝統と化しており、先生たちも黙認している節がある。それだけ、武道系の部活の部長が担う重圧が半端ないってことで。これくらいのご褒美をあげてもいいってことにしておいて欲しい。



***




というわけで、レッツ決行!

チャイムより早く終わった授業に、クラスの皆は浮き足立つ。我先に、と言わんばかりにサシャとコニーは教室を飛び出した。その後を追おうとして、エレンとジャンは張り合っている。いつも通り、賑やかな光景だ。

私は少しのんびり。のんびりしていても、大丈夫。大勢の人をかき分けて購買まで走る手間が省けているからだ。女子剣道部の部長は大変だけど、こんなこともあるから全然オッケー! 友達とのお喋りもほどほどに、秘密の抜け穴へと歩く。友達たちはそこまで食に一生懸命になるタイプではないので、一人での旅だ。クラスのやつらには釘をさしてあるので、そのうち誰も着いて来なくなった。なんやかんや、この争奪戦に勝とうが負けようが、楽しんでいる節があるのは誰の目にも明らかだ。

ところで、皆の進む道に逸れて武道場を目指していると、途中で良くライナーとばったり出会う。ライナー自身がそこまでパンに渇望しているわけではないのだが、あれで兄貴分なやつは何かと仲間に頼られている。いつも数個買ってきてくれている彼にパンを買うものも少なくない。そこで、自分が買った値段より高く売りつければ立派な商売が成り立つというのに、彼はしない。そういう奴だ。私は、ライナーのそういうところが好きで、

い、や、友達として、の話だぞ。そんな、別にライナーに恋愛感情があるとか、そういうのはないんだ。この前、ライナーにお前のことが好きだって言われたり、露骨に性的な目で見られてることを実感したけど、でも、だからってライナーのことを好いた、とか、そういうのじゃなくて、だって、それじゃあライナーの気持ちに流されてあいつのこと好きになったみたいじゃないか。私は前からあいつのことが好きで、あ、だから、男としてじゃなくで友達としてで、あーもうわけわかんない。

空腹もダブルパンチでムカムカしてくる。何でこんなに悩まなくてはいけないのか。こえからハッピーランチタイムだというのに。空腹にも財布にも優しい焼きそばパンちゃんが私を待っているんだ。

やっぱり、食べ物のことを考えていると楽しい。ウキウキハッピーライフだ。スキップまでできそう。できないけど。空まで飛べそう。飛べないけど。


「好きです。男の子として、好きなんです。付き合ってください」


は?



***




校舎から武道場へは、上履きのまま行けるように野外ではあるものの屋根が設置された廊下がある。そこから武道場に入る扉には普段は鍵がかかっており、私はその鍵を勿論持っているので開けることができる。が、開いていた。さしずめ、誰か他の部の部長が急ぎすぎて締め忘れたに違いない、と踏んで、武道場へ足を踏む入れたあと、代わりに鍵を閉めてやる。こうしておかないと、武道系部長の唯一の得できる特権が失われてしまう。部活で努力も苦労もしていないやつなんかに、この権利はやらん。

もしかしたらライナーかな、なんて浮き足だって武道場を進み、左右に部屋を眺めつつ道なりに進めば、裏口には苦労なく着く。また鍵は外れているかな、と思ったら、こっちは閉まっていた。何かおかしいな、と思ったのだが、そんなことより焼きそばパン。鼻歌でも歌いそうになりながらドアノブに手をかけた頃だった。


「好きです。男の子として、好きなんです。付き合ってください」


やたらと気合を入れて声を張っている女の子の言葉が聞こえた。

もしかしてもしかしなくても、告白の現場だった。おいおいおいおいまじかよー! めっちゃ青春みたいじゃん! こんなところに呼び出して告白なんて、女の子も結構大胆だなぁ。

なんて、勿論他人事なんだけども、なんとなく女の子を応援したい気分に浸りつつ、私には何もできないけどせめて邪魔だけはしないように、と行動を極端にゆっくりにして極力音を立てないように鍵穴を回そうと鍵を鍵穴に入れた。流石にガシャンという音は鳴ってしまった。許してください。次は静かに回しますんで、


「悪いが、好きなやつがいるんだ。その頼みはきけない」


遠慮なく音を立てて鍵穴を回した。おい、今の男の声を私は知っているぞ。知っている、よく話すやつだ。今みたいな真剣な声で、私のことを好きだと抜かし、ある時は可愛いから付き合いたいと真顔言い放ってクラスのみんなを沸かしたり、またある時は体育着のピッチリ感が大きい胸囲と高い身長とミスマッチ過ぎてえろくてどうにかなりそうだと、さも深刻そうな表情で男子の友達に相談していた奴の声だ。

あえて言う必要も、今更ないと思うが、ライナーの声が聞こえた。

隙間の開いた剣道場の扉向こうから聞こえる。十中八九、この向こうにライナーと私は知らないライナーのことが好きな女の子がいて、告白、をしているわけで。

さっき、盛大に音を立てて鍵を開けたが、流石に微々たるものだったらしく私の存在は気づかれなかったらしい。扉向こうから伝わる緊迫感はそのままだった。

ここで、無粋な真似はせずに本来の目的である焼きそばパンを買いに行くべきだろう。裏口を使っているにしろ、急がなければ売り切れてしまう代物だ。こんなところで友人の告白現場を覗くだなんて、そんな悪趣味、遠慮したいところ。

しかし、私の足は脳みその正常な判断をガン無視して、剣道場の扉の隙間を覗ける立ち位置に向かった。おいこら止まれ。掌に汗がにじむ。気持ち悪いから拭きたいのだけれど、力んで掌を開けなかった。隙間から見えた限り、剣道場の窓際に、小柄な女の子とでかい男。うつむく女の子とどうしたらいいのかわからないらしいライナーは視線を彷徨わせていた。


「その、すまない」
「…付き合ってる人がいるってことですか?」
「いや、そうじゃない。俺の、片思い、だ」


自分のことを言われている。すぐにわかって、何故か心臓が鼓動した。


「片思い、辛いですよね」
「…そうだな。こんなに好きなのに、見返りがないのは、きついな」
「じゃあ、私のことを好きになったらそんな思いもしなくなりますよ」


何を言っているんだあの娘っ子は。人を好きになるって、そういうことなの? 好きになろうとして、好きになるものなのか。


「先輩、私なら先輩に寂しい思いをさせません。だから、私と付き合ってください。そうすれば、先輩も、」
「悪いが、今の言葉で幻滅した。俺、帰るわ」
「え」


ライナーは頭をガシガシさせながら、こちらに歩き出す。あ、このままだと鉢合わせする。あ。うわ、ちょっとたんま。咄嗟に扉から離れたが、すぐにライナーの足は止まった。女の子の姿は見えなくなったから、多分後ろから引き止めたんだろうな。


「な、んでですか」
「その、俺のこと好きなことは、単純に嬉しいけど、他人の気持ちを勝手に決めつけてくるやつは、仲良くやれそうにない。友達でもごめんだ」
「ど、どうしてそんなこと言うんですか」
「お前に、俺がどれだけあいつのこと好きか、わかるわけないだろ」


な、んていう告白だろう。顔が熱かった。めちゃくちゃ。扉から目を離して、壁を背にへたり込む。どれだけ、私のことを好きなんだろうか。勿論わかるわけないのだけど、ライナーは私のことがすきなんだ、と、再確認させられた。忘れたことなんてなかったけど、これはかなりのダメージだ。

不思議でならない。背も高くて口も悪くて暴力的な自分のことを女として好きだ、なて。ライナーは悪趣味なのか。

迂闊だった。すぐにライナーが出てくるのを見越して、この場を離れればよかった。しかし、今更後悔しても遅い。気付いて顔を上げた時には、口を真っ直ぐ結んだライナーが扉から出てきたし、その後ろですすり泣くような声が聞こえていた。


「な、何で雫がここにいるんだ」
「きゅ、休憩中?」
「………」


嘘バレバレを言ったら、めっちゃ怖い顔で睨まれました。なんだか、イライラしてません?


「ちょっと、こっち来い」
「え、はっ、ちょっと、」


問答無用で腕を掴まれて、無理やり立ち上がらされる。というか、立ち上がる前にもうライナーは歩き出していて、掴まれた腕をこの筋肉の塊から振りほどくなんて勿論無理なので、半ば引きづられるように、私はライナーとどこかへ向かった。

途中、何度も名前を呼んだのだが、全部無視。懇親の大声を叫んだところ、立ち止まるわけでもなく返事が返ってくるわけでもなく、またすごい顔で睨まれて、また引きづられた。何も言うな、ということらしい。文句の一つでも言いたかったが、この時のライナーは後にも先にも最高に怖くて、らしくなく体が震えてしまって、文句を言うどころでなかったのが、本音だ。



***




連れてこられたの柔道場だった。柔道部部長のライナーは勿論柔道場の鍵も持っていて、ご丁寧に入って私を雑に投げて腕を離すと、扉をまたまた乱暴に閉めそして迷いもなく鍵をかけた。わーお、密室の完成だね。


「見てたのか」


言われなくても、わかるが、告白の現場のことだろうな。ここで嘘をついても埓が明かないだろうから、正直に言うのが吉だろうな。


「…うん。焼きそばパン買いに行こうとしたら、たまたま告白する声が聞こえて、頑張れーって思ってたら、ライナーの声も聞こえたから、つい」
「………」


正直に答えたのに、ライナーは無言だった。ど、どうして? 私、ライナーの気に障るようなことした? わからないから怖い。無意識のうちに、ライナーを傷つけているんじゃないかと。床を見ながら、泣きそうになっていた。


「ライナー?」


無言が長い。投げられてその反動で座りっぱなしの私は、目線をあげて扉近くにいたライナーの方をみる。腕を掴まれている時のような、刺々しいオーラが、今は全くなくて、むしろ、困惑している空気が伝わってくる。

重たい沈黙がしばらく続く。その均衡を破ったのは、ライナーだった。


「それは、俺だから気になったのか?」
「ん?」


何を聞きたいのか、意味も真意もわからなくて私は首をかしげた。わからずライナーを見つめ続けていると、髪の毛をガシガシとかきむしりながら「あーーーーっ」と咆哮して、勢いよく私の目の前にあぐらをかいた。揺れやすい構造をしている柔道場は、ライナーの巨体を一身に受け止めて揺れた。


「お前は、あの場に俺がいたから気になったのか? 他のやつだったら気にならなかったのか?」
「ん? え、どういう意味?」
「だから! …あーもう。お前は、俺が違う女に告白されてたら気になるか」
「えっと、気になるってどういう意味で?」
「純粋な意味でだよ」
「んー、」


さっきの情景を思い浮かべればいい。ライナーのいう通り、私はライナーがいたから立ち止まったのだ。女の子の告白を受けている男子が、もしライナーじゃなかったら、私は鍵を静かに開けて、食堂へ向かっていたに違いない。ライナーの声がしたから、うっかり音をたててしまったし、覗きまでしてしまったのだ。それは間違いない。

だから、ライナーが気になるのか。それを直結させるのは、少し難しい気もする。どうしても、私をそういう目で見ているライナーの口から気になる気にならない、の単語を聞くとそういう方面の想像をしてしまうが、今ライナーは純粋な意味で、と言った。そういう気持ちを入れないで、ライナーを一人の人間として気になるのか、と言われたら、そりゃあ。


「気になるよ。友達だもん」
「そうだな。俺たちは友達だ」


ライナーは噛み締めるように言った。


「でも、俺はお前のことが好きで、あわよくば恋人同士になって、一緒に過ごして、手を繋いで、キスして、それ以上のこともして、上手く行けば結婚したいと思ってる」
「……それは、いくらなんでも気が早いんじゃないかな?」
「そうやって、お前は俺の気持ちを受け入れる。なんでだ? 俺とお前は友達だと思ってるんだろ? 俺のことは男として見ていないんだろ? なのに、どうしてそう普通に受け入れるんだ。望みがないなら、いっそ、」


泣き出しそうな声だった。


「拒絶してくれ。お前に無理やりキスした俺を、お前をエロい目で見てオナニーしている俺を。嫌え。んで、二度と口聞くな」
「無理だよ」
「なんでだ」
「ライナーのこと大事」


なんとなく、正座してライナーに近づいた。目元が濡れていたけど、指摘はしなかった。その情けない様子が、いつもの頼もしい雰囲気とは真逆に可愛く見えて仕方ない。なんとも言えない気持ちが、胸をこみ上げてライナーに触れたくて仕方なくなった。私の手は止まらず、気づいたときにはライナーの頬を両手で包んでいた。


「ねぇライナー。まだ、私、好きとか恋とかよくわからないよ。けどね」
「……ああ」
「ライナーにキスされて、恥ずかしかったし意味わからなかったけど嫌じゃなかったし、何か私のこと考えながらえっちなことしてても嫌いにはなれないし、全然わからないけど、やっぱりライナーのこと大事にしたい」
「雫、それ、」
「こういう風に思うのが、友達なのかな。友達はみんな大事で、みんなと仲良くしたいなって思うのに、こんなふうにライナーだけ一番に特別に大事にしたいって思うのってさ、」
「雫!」


ライナーにガバリと抱きしめられて、その体重に耐え切れずに後ろに倒れる。ライナーの腕が背中に回り、強い力で包まれる。苦しい熱いし痛いんだけど、嫌じゃないから不思議なんだ。


「ねぇライナー、私はライナーのことが好きなんでしょうか?」


答えは返ってこなかったけど、ライナーがぐすぐす言いながら私の首元から離れないので、そういうことなんだろうなって、思った。

しばらく離れなかったライナーは、ある時を境に顔をあげて、そして何度も何度も私にキスをしてきた。何度も「好きだ」とか「大切にする」とか「愛してる」とか「結婚しよ」とか、寝言みたいにふわふわと呟いて。私は「私もだよ」って一回だけ言うのが精一杯で、唇を柔らかく扱われながらひたすらにこの思いを受け止めた。

きっと、これが恋だよ。ライナーのことが好き、というより大切にしたいってことだよ。

忘れないでね、と自分に言い聞かせながら、体が大きすぎる甘えん坊の背中に手を回していた。



***




余談だけども、この日からライナーの私贔屓は露骨になり、クラスのみんなには散々冷やかされた。友達だけではなく、先生にまで言われたのは流石に恥ずかしかったけど、幸せだからいいです。

これからもよろしくお願いします。





140807



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