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▼ ライナーが男

「今すぐどうこうなろうとは思わない。ちゃんと考えてから、結論を出してくれ。…可能な限り、待つ」


それだけ言って、何も言えない私に対してまた唇を落としてきやがったので、頭を叩いておいた。社交辞令のように「痛いだろ」って言われても熱いのには変わりない。バカバカ。

その後、特に何もなく、平然と職員室へ行って用事を済ませたのだからびっくりだ。

言いだしっぺライナーは普段通りで、私は動揺しまくり。横並びに歩きながらこっちに近づいてくるライナーの左手が私の右手に触れる度に、前だったら「当たったぞなんだよー」とか茶化せたのに、今日は一歩ずつ距離を置いた。視界の端に映るライナーの顔は、少しだけいつもと違った。どう違ったかまでは、わからないけど。

訪ねた担任の先生は、いつも通り何かが楽しそうだった。呼び出しの内容は、授業で使うプリントをまとめて欲しい、とのこと。「腕、出して」とライナーに言うと、大層な厚さ重ねられているプリントを差し出した腕の上にドサリと置いた。勿論、ライナーの強靭な腕はそれくらいビクともしないようだった。

「教科準備室は空いてるから」と担任の先生は言う。そこで作業をしろということらしい。担任の先生の担当教科は理科だ。理科室の横に、教科準備室はある。ライナーと私は職員室を出て、階段を上って理科室横へ向かう。

ライナーに託されたプリントを「少し持とうか?」と聞いたところ「重いからいい」と言う。いや、だから「重いから、少しだけど持ってあげるって」と、ライナーのシャツの裾を掴んだ。そしたら、急に立ち止まってこっちを見て「それすげぇそそるな。またキスしていいか?」なんて真顔で言うから、ふくらはぎを蹴って「先に行ってるからな!! 馬鹿! この馬鹿!」と怒鳴って走った。



***




担任の先生が言っていた通り、準備室の鍵は空いていて扉を引けば薬品の臭いが鼻に流れる。いい匂いではないけど、私は嫌いじゃない、この匂い。

扉から入って目の前には奥に伸びるのっぺりとした長机が一つ。理科室にあるようなフラスコや汚れたビーカーが転がっていたり、プリントが散らかっていて綺麗とは言えない参上だ。椅子は左右に三つずつ。更に左右の壁には、剥製やらなかなか使う機会のない器具やらちょっと危険な薬品なんかが並ぶ棚がある。長机の奥には、先生が使う先生用の机が。プリントや筆記具の他にカップ麺や生き物とは思えない生き物の様な謎の模型が置いてある。まさに先生の城といった様子で、普段先生が長い時間ここで過ごしていることが見て取れた。

因みに、先生の机の右手奥には隣の理科室に繋がる扉がある。普段は鍵が閉められている。今はどうなのか、わからない。作業はここだけで事足りるから、開いてある必要もないし確かめる必要もない。


「机、空いてるか?」


ライナーが遅れて準備室に入ってくる。さっきのことがさっきのことなので、私は咄嗟に距離をとって、机の上が比較的混み合ってない手前部分、そこに近い椅子に座った。「警戒しなくても、何もしないぞ」とライナーも対になる位置の、机を挟んで向かい側の椅子へ行き腕に乗っかるプリントを机の上に乗せた。


「それで、これを順番通りに並べてホチキスで止めるっていうのか?」
「これ全部だから、クラス全員分だね」
「…今日中に終わるのか」
「終わらなきゃ、帰れないしここに泊まることになるよ」


ライナーの返答があると思っていたのに、何も返ってこない。また無表情で視線を下ろしてだんまりだ。イケメン、ではないけどかっこいい顔してるよなぁ、とか。おいおい、何考えてるんだよ。友達だろ、男友達。いや、そうだよな。ライナーは男なんだよな。私だったら持ちきれない大量のプリントだって軽々と持っちゃうんだもんな。

私、ライナーと、キス、したんだよなぁ。唇、柔らかかったなぁ。

あん!? 何思い出してんだよ! 生々しいわ!! 忘れろ!!


「好きなやつと同じ部屋で一晩二人きりって、俺お前のこと襲うぞ」
「わっ、あ、は、早くやろ! 早くやって早く帰ろ! 明るいうちに帰ろ!」


目の前の男はとんでもないことを言い出した。もうやだ。何で私ただの友達にこんなドキドキしてんの。いやらしいこと想像してんの。何でキスの感触ばっかり頭に浮かぶの。

もう! 全部、急に男みたいになったライナーのせい!!



***




元々ライナーは、無口というか寡黙というか、真面目だからやらなきゃならないことがある時は黙々とそれだけをやる。だから結果的に手だけ動かして口はあまり動かさない。今も、プリントを順番に並べては重ねていく。ライナーはとても静かだった。髪の擦れる音だけが聞こえる。

私は、その重ねられたプリントをきれいに揃え直して右上をホチキス止める役目だ。ライナーが喋らなければ、私も喋らない。話しかけることはいつでもできるけど、なんだかライナーの邪魔をするみたいで、邪魔にはなりたくなかった。

先生に預けられたプリントはだいぶ減って、最初の半分の半分くらいにはなった。黙々とやったおかげで、なんとか夕陽が沈みかける頃には帰れそうだ。ライナーに襲われることはなさそう。

と、私はまた余計なことを考え始める。襲う、ってやっぱりお前を抱きたいとかセックスしたいとか、そういうことなんだろうな。好きな人を、そういうえっちな目でみるって、どんな感じなんだろう。まだ好きな人、とか好きになるってことがイマイチわからないから、そこまで考えられない。けど、ライナーは私のことが好きで、私のことをえっちな目で見ていて、私とセックスがしたくて。

裸になって、ベッドの中でくっつく。部活の朝練でたまたま見てしまったのだけど、ライナーは体格の通り筋肉の塊みたいな、とても男らしい体つきをしていた。そんなライナーに抱きしめられて。女にしては高い身長も、すっぽりと包まれて。どちらかといえば大きめな胸を触られて。誰にも触られたことのないところを触られて。大きく硬くなったライナーの、を入れられて。腰を振られて。ドロドロになって。とろとろになって。気持ち良くなって。よくわからなくなって。それで、

もうやめろ考えるな考えるな。いつの間にか手は止まっていて、ライナーはプリントを並べ終えたらしく、目の前には互い違いに積まれるプリントの山が。


「雫? どうした。顔が赤いな」


ライナーは少し、心配そうな顔をしていた。言えない。あなたとセックスをしている妄想をしていた、なんて。

あーもう。今日の放課後は散々だ。机に額をゴン、と当てて突っ伏せば、ライナーは「お、おい。具合悪くなったのか、大丈夫か?」と心配そうな声色を強くして、立ち上がったらしい。視界は暗く机の木目しか入ってこないけど、椅子を引く音が聞こえた。

直後、頭にライナーの手が乗った。そして、また指が滑る。やっぱり気持ちいいんだな、これ。


「ねぇ、ライナー」


私は突っ伏しながら、口をもごもご動かす。ちゃんと聞こえているのか、わからないけどライナーは「ん?」と返事を返してくれた。まだ、ライナーの手は私の髪の毛を弄んでいる。


「好きとかよくわからないけど、」
「ああ」
「ライナーとセックスしたら気持ちいいだろうな」


あまり、抵抗もなく口は滑った。耳まで熱い。返事はいつでも待つって言われたけど、待つのは面倒くさいから、私なりに考えて早めに返事を。

勿論、ライナーはしばらくだんまりだった。どんな顔をしているのか気になったけど、顔はあげたくなかった。それくらいの恥じらいはあった。この頃には、ライナーの手は頭の上になかった。


「っあー……」


聞こえた溜息みたいな、溜めていた息を一気に吐き出したような息、まぁつまりは溜息なんだけど、溜息よりも威力がありそうな溜息の音が聞こえた。そして、バチンと肌が肌を勢いよく叩く音も。私に衝撃なんてこないから、多分ライナーが自分の頬を平手した音だ。


「お前のせいで勃った」
「は!?」


流石に顔を上げた。ライナーの顔は赤かったけど目が座っていた。

この表情の下でライナーの、は…。考えて、直前で引き返す。体格が体格だから、立派なものに違いない、とか考えてはいない。決して。


「あーもう、お前といると我慢できるもんもできなくなる。ほら、早くホチキスで止めろ。んで、先に半分だけ先生のところ持っていけ。残りの半分は俺が持っていく」
「え? ライナーは? 何で私だけ先に行くの?」
「…お前が慰めてくれるって話か?」
「!?」


思わず、視線が下降する。机に阻まれて見えるものなんて木目だけだけど、この先には大きく太く硬くなったライナーの、


「なんだ? 思ったより乗り気か?」
「ちっ、ち、ち、ちちち違う!!」


勢いに任せて立ち上がって、何故か震える手をなんとか動かしてプリントをホチキスで止めた。目の前でライナーが、椅子をぐいっと机の方へ引き、両手をもぞもぞと机の下に持っていた。カチャリと金属音が鳴ったあと、スルスルと引き抜く音がする。


「え、ちょ、ライナー、何やってんの!?!」
「あー、何かオカズ置いていってくんねぇ?」
「はぁ!? ばっかじゃないの!!」


ホチキスで止めたばかりの、たった数部のプリントを、くしゃくしゃにしそうな勢いでひっつかんで、ライナーの方から目を背けた。目指すは扉、「あ、待て。これでいい」

瞬く間に肩を掴まれてライナーの方へ向け直されると、目の前にはライナーの精悍な顔立ちが。頬が赤いな、なんて悠長なことを思っていたら、感じ覚えのある柔らかさと熱が唇に。また、キスされた。やっぱりドキリとした。それだけでは終わらず、ぬぬめるもっと柔らかくてもっと熱いものに、上唇を撫でられた。直後、ちゅ、というやたら粘着質で生々しい音を出して、ライナーの顔は離れていった。


「やらけーな、雫の唇。すげぇ興奮する」
「しね!!」


持ったプリントでライナーの顔を叩いて吹き飛ばしてから、私は何も考えずに教科準備室を飛び出した。

これからあそこでライナーが、私の唇の柔らかさを思い出しながら大きくなったそれをひたすらに擦って興奮している様を、少しでも想像した自分が恨めしい。

職員室に着く頃には変な汗がだくだくで、先生には具合が悪くなったので先に帰る、と、ライナーは残りを片付けてから来るので遅くなります、と嘘を並べて足早に去った。

校舎を出て、気になったから理科室横の教科準備室を校庭から見たが、まだ電気がついていた。夕焼けの中、電気のついている教室は割と目立っていて、見なければよかったな、と後悔した。

明日から、どんな顔をしてライナーと会えばいいのかわからない。今までこっちは友人として付き合っていたのに、ライナーは違ったのだろうか。いつから私が好きになったのだろうか。どんなところが好きなのだろうか。

考えれば考えるほど心臓は働き者になった。





140805



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