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▼ ライナーを意識する

「じゃあじゃあ、お前は誰がいいんだよ」
「んー、同い年より歳上がいいなー、リヴァイ先生とか」
「ああ!? リヴァイはねぇよリヴァイは!!!」
「そんなことないよー」


姦しい会話は桃色だ。一応私だって女の子。どんな異性が気になるとか気にならないとか、興味がないわけではないんだけど、今はそれよりも待ち人が来ない。

お呼びがかかるのを待ち続けて早30分。クラスの教室で友人たちと楽しくお喋りしながら過ごすにも、いい加減飽きが来る。飽きじゃなくて人を待ってるんだ私は。お喋りにも飽きて、机の上でやることもないのに携帯を持て余す。用事もないのに教室に残る友人二人の会話は、いつしか青春の1ページを彩るものになっていた。あー、早く来い。椅子の上で伸びをしても、ほぐれたような微妙なところ。

教室前方には男子たちが黒板に落書きをして騒いでいる。その中に平然と混ざって盛り上がっているサシャのことが私は心配です。


「雫はさ、誰とか好み?」
「んー、ライナー…」


早く来ないかなー。


「んん!?」
「わぁ! 急に大声出さないでよ。机も叩いてびっくりするなあ」


口の悪いこいつは、素行も悪ければ物の扱いも雑だ。


「お前、ライナーなのか!」
「え? 何突然? 何の話?」
「ふーん、そっかー、ほう…」
「ん?」


訳がわからない。話が読めない。何がライナー? 待ってる人は確かにライナーだけど、そんな驚くこと?

一人でニヤニヤと納得した様子のそいつの横で、おっとりマイペースなこの子は少し頬を染めて「えへへ」とか笑っている。


「何、何の話?」
「あ? お前聞いてなかったのかよ。アイラブな相手の話だってのー」
「んんん!?」
「そっかー、えへへ、雫ちゃんはブラウンくんが好きなんだー、そっかー」
「んん!? 待って、え、ちょっと待って」


どうしてそうなってんの。私がぼーっとしてる間にカマかけられたの!? 「んなことしてねぇよてめぇが話聞いてねぇだけだっての!」と頭を叩かれた痛い。

ガラリ、と教室の扉が開く。影から金髪が覗き、巨体がのしり、と現れた。件のライナーだ。


「雫、いるか?」


すぐに目があった。叩かれてジンジン痛む頭を抑える手を挙げて返せば、目配せをしてライナーは教室を出て行く。OKのサインだ。待ち人来たり。椅子から立ち上がり、鞄を引っ掴む。


「おっ、意中の男と帰り道デートかぁ? ぐいぐい行くねぇ雫ちゃんってばぁ」
「が、頑張ってね! わたし応援してるから…!」
「だ!か!ら! 違うっての!」


我ながら、顔を熱く赤くしてる自信がある。そんな顔見せてそんなつもりないと言い張っても説得力はない。


「職員室に用事があるだけだって! ばーか!」


黒板前の男子、というかコニーとサシャにも「ヒューヒュー」と冷やかされながら、逃げるように教室を出る。扉を閉めた瞬間に、下品な笑い声が漏れてきた。腹の立つ。何かあったら冷やかし返してやる。



***




クラスの代表委員を一緒にやることになったライナーとは、一年の時から部活で知り合いだった。と言っても男女だし、同じ部活なわけではない。私は女子剣道部。ライナーは柔道部。同じ武道場を使う部活動同士、何かと顔を会わすことが多く、いつの間にか気の知れた友人になっていた。そう、友人に。あいつらに言ったような気持ちがあるわけがない。ライナーは友人なんだ。

今日は放課後に担任の先生に呼ばれていた。ライナーと一緒に来い、と。しかし、ライナーは柔道部の主将として部員に話があるらしく「悪いが教室で待ってくれないか」と頼まれたもんだから、私は待っていたのだ。

教室から少し駆け足で進めば、前に熊みたいな巨体がいる。特に声をかけることもなく、ライナーの横に並んだ。私も女子にしては身長が高く、170cmを超えているわけだがライナーの横に並べば小さいもんだ。高校に入った頃から伸び続ける身長に「お互いに成長期が終わらないな」と笑いあったことは記憶に新しい。


「待たせて悪かったな」
「もー、暇だったよ」
「何やら楽しそうに話してたみたいだが」
「!」


勿論、ライナーに他意はなかったんだと思うんだけど、何というか、気まずい。一方的に。

ライナーをそういう意味で、見たことは、なかったと、思うんだけど、なんか、うん、なんか、だ。


「なんだ急に。百面相して」
「い、いや! 別に!」


声が裏返った。流石におかしく思ったのか、ライナーも怪訝な表情だ。


「…何か悩んでるんなら、言えよ。男の俺に言えることなんて限られてるだろうが、相談くらいならのれる」
「うん。ありが、」


ポン、と頭に温かい掌がのる。友人に叩かれたたんこぶに触れたせいか、ズキズキと痛んだ。遠慮がちに髪の撫でる指は、なんとなくこそばゆかった。


「と」
「…嫌だったか?」


主語はなかったが、頭を撫でたことに対してだろうな、ってことくらいはわかった。


「ううん。気持ちいい」
「………」


今度はライナーの様子がおかしい。急にだんまりだ。見上げれば、耳が少し赤かった。


「照れたの? 自分でして?」
「いや…、わからないなら、いい」
「?」


私はライナーがわからない。


「わからないと言えばさ、」
「ん?」


友人との会話のことを思い出していた。


「ライナーは、好きな女の子っている?」
「!」


ライナーが急に視界から消える。今までが、歩きながらの会話だったわけだけど、ライナーはしゃがみこんで頭を抱えていた。急に立ち止まってしゃがみこんだから、視界から消えたわけだ。

数歩戻って、ライナーと同じようにしゃがみこむ。向かい合ってしゃがめば、勿論私の方が目線は下がる。けど、子供を相手くるような感覚だった。こんな大きな子供は嫌だけど。


「どしたの? 頭痛いの?」
「結構露骨だったと思うんだけどな…」


「鈍感か?」とこちらを見る。顔を上げたライナーの表情は険しくて、でも赤くてあべこべで、なんだか面白かった。


「眉間のしわ、すごいよ?」


「伸ばしてあげるー」と、ライナーの額に指を伸ばしたらその手首を掴まれた。


「?」
「不用意に男に触ろうとするな。好きなやついるかとか聞くな。…気持ちいいとか言うな」


掴まれた手はライナーの口に持っていかれた。と、思ったら掌に柔らかくて熱いものを感じた。また、気持ちよかった。けど、意味はわからなかった。ただ、異様に恥ずかしかった。


「え? ライナー?」
「俺は、触られそうになったら変なこと考えるし、好きなやつ聞かれたら期待するし、気持ちいいとか言われたら興奮する」
「こうふ、?」
「好きだ」


掌に伝わる振動も、耳に届いた音も、間違えようのないものだった。

話の流れからして、誰が誰のことをどういう意味で好きなのかくらいわかる。わかるけど、けどね、


「あ、私、えっと、ライナーのこと、そういう風に考えたことなくて、」


首から下が異様に熱い。熱い。暑い。一枚脱ぎたい。汗は出てないけど、暑くて。


「なら、今から男としてそういう風に見ちまえ」


瞬く間に顔は両手で包まれ「雫……」なんて切なそうに名前を呼ばれながら唇を寄せれば、そりゃあドキドキしますよ。

嘘から出た真?





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