文章 | ナノ


▼ 真田弦一郎の家へGO!

体がすごく重い。夜勤なんてやっぱり駄目だ。今更だけど、給料がいいからって引き受けるんじゃなかったと、すごく後悔している。
やっと終わって帰路につくも、意識は朦朧としているし、目は虚ろで、足もフラフラ。第三者が私を見たら、その怪しさ100%さに警察に通報するだろう。
そして、不幸とは募るもの。仕事場から決して近くない私の自宅は電車6駅分。この状態で電車なんかに乗ったら、椅子が私の寝処になってしまう。さすがに、社会人としてその恥じはつらい。
現に、疲れた私の足は覚束ないまま駅とは間逆の方向に向っていた。歩きながら鞄に手を入れ、目当ての金属を探す。冷たい感触をやっと掴んで、彼の顔が頭に浮かんでつい頬が緩んだ。



これでも一応、彼とは所謂男女の仲であり、高校時代からの付き合いだ。彼が一人暮らしを始めた大学一年目。その年の私の誕生日に「使ってくれ」と渡されたのがこの合鍵だった。あまり日常的な欲のない彼は、立派な警察官になった今でも、同じ場所に住所をもっている。
そして、そのアパートの一室は私の職場からとても近い。



古びたアパートの階段はやたらと音を鳴らす。お目当ての、2階の一番奥の部屋前にやっと到達。いつも急にお邪魔するときはノックくらいの1つはするけれども、正直今はそんな余裕がない。
彼は今日非番。昼も近いこの時間じゃ、おそらく昼食を作っているのだろう。彼は用心深いから、どうせ鍵を閉めている。ノックをしなくったて、鍵をあける音で気づくはず。
私は掌で温めた鍵をドアノブに差し込み、回して、扉を開く。調味料のいい匂いと炒める音が届いた。



その炒めものの音が邪魔をして扉の開く音すら聞こえなかったのか、家主からの応答はない。…先ほど用心深いといったのを撤回した(合鍵を持っているのが私だけ=鍵が閉まっている場合勝手に入ってくるのは私だけ、という事実を知らないわけではないのだけれども)

「さなだぁ」
「、む、川口か」

知り合ってそんな仲になってからけっこう経つけど、今だに名字呼びなのは友達期間が長かったせいだ。強制的に呼ばせるのは、真田のポリシーに反するらしい。
相変わらず覚束ない足取りでコンロ前まで歩いていけば、見慣れた広い背中。声を出すのも疲れて出したくないのに、私は頑張ったと思う。炒飯でも作っていたのか、木ベラを持った状態でこちらを振り向いた真田に、不覚にもときめいた。
顔を見れば、驚いた表情。…そりゃそうか。今頃電車に揺られていると思っていた人間が目の前にいるのだから。

「…夜勤明けじゃないのか」
「んー」

だから、しゃべるのもつらいんだって。察して! なんて我儘なことを思いつつ、わざわざ火を止めて自分を構ってくれるコイツが愛おし過ぎる。
なんだか感情が疲れとか愛おしさとかでぐちゃぐちゃになって、たまらない。自分じゃどうしようもなくて、結局真田の背中に思い切り抱きついた。

「お、おいっ」
「…んー、真田の匂いがするー」
「…………」

それこそ高校の時なんかにいきなり抱きつきでもしたら、真っ赤になってひっぺがえし、くどくどと説教を始め出していただろうが、もう私たちだって20代半ば。さすがに色々なことをしてきているわけだから、時代錯誤のコイツだって耐性がついてきているはずだ。
真田の腰に顔を埋めて真田の温かさを堪能していたら、だんだんと眠気が襲ってくる。ああ、グッバイ恋人との休日。きっと今寝たら今日の日付中には目覚めないだろう、と覚悟しながらだんだん力の抜けていく腕を重力に従わせていると、

「……たわけが」

20代になってから声帯も落ち着いてきたのか、厄介なことに真田は自分の声のトーンを故意的に変えることを覚えた。最近はやたらと低くて掠れてているエロ声を出すことに精をだしているらしい。最近は割とその被害にあっている。
そんな声を頭上で言われたら目くらい覚める。それどころか、その逞しい腕を私の腰に巻きつけたじゃありませんか。吃驚仰天。お陰で今ではおめめパッチリの状態で真田を見つめることしかできません。

「ちょ、さ、なだ、どうしたの」
「それはこっちの台詞だ。男の腰近くで寝る女がどこにいる。たわけが」

早口で言いきったと思ったら、腰にある腕をするりと動かし、掌で脇腹を掴まれる。…いや、あの、驚き過ぎて声もでませんでした、はい。

「あ、う、」
「布団まで運ぶ。暫く寝ていろ」

居間の端に置いてある敷布団(きちんと畳まれているあたり、真田の性格が見える)の上にボフリと落される。
最近ご無沙汰だったからなのか、頭上にある真田の顔が色っぽく見えた。…まぁ正直なところ、そんなことをする体力はないのだけれど(今しても、きっと前戯の最中に夢へと旅立つ)

「ん、ありがと」
「うむ。……。…その、なんとかならないのか、夜勤は」

急に声色を変えて言うものだから、妙に心配になった。いや、心配されているのは自分だってわかってますよ。
けど、布団をかけられた後に、頭に乗った手が気持ちよくて。そんなこと、すぐに飛んでしまった。

「んー、下っ端だから難しいかも」

現在進行形で頭を撫でられていれば、一度飛んだ眠気が再び戻ってくる。だんだんと遠くなる意識の中、

「川口も、ここに住めばいい…」

目を細めながら言う真田に、心底惚れていることを再度確認した。








110204



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -