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▼ 古泉一樹が想いを募らせる

同居人はもう夢の中だ。なるべく音を立てないように、ドアを閉める。どうしたって音は鳴るのに、無駄な努力とか言わないで欲しい。これでも本人は必死なのだ。
古泉一樹は健全な高校生だ。しかし、健全な高校生は日付が変わった直後の深夜に帰宅などしない。彼は、特殊なバイトという名の使命を果たすため、寝る間も惜しんで働く。それは彼自身の意志ではないが、そうせざるを得ないのも、また使命だった。
同居人の寝る寝室へと足を運ぶ。勿論、扉の開け閉めはお静かに。
彼女は、異世界人だ。いや、別に厨二病的そういう症状ではなく、ガチで真実。簡単に言って神様を簡略化したような人物が、異世界人はいる、と認識した辺りから彼女はこの世界の住人になった。しかし、誰も彼女自身すら、彼女のいた世界のことはわからない。強いてわかっていたことは名前だけであり、どういう経緯で彼女がこっちに来なければならなかったかなんて、それこそ神様すら知らないのだ。
とある宇宙人――もとい、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースによれば、彼女の世界からこちらの世界に移動する際、本来ならば越えられない壁以上の何かを突き抜けてきたのだから、傷害、もしくは対価として名前以外の記憶を剥ぎ取られたとしてもおかしくはない、らしい。もう少し理屈っぽく説明してくれていた気がしなくもないが、それはそれだ。
何より、そんな彼女は今目の前ですやすやと眠っているのだ。小難しいことなど、ぶっ飛んだとしても差し支えないだろう。――古泉一樹は、彼女に恋心さえ抱いている。
成り行きで自分の親戚だと神様に紹介してしまった手前、自分の部屋に匿うことになったのだが、正直恋慕の感情を抱いてからは毎日が気が気じゃない。今こうやって理性を保って彼女の頬を撫でるのが、精一杯の我慢だ。

「せめて僕が貴女を好きになったことだけは、涼宮さんの領域ではないことを願ってますよ」

自分も彼女も、涼宮ハルヒが居なければ創造しなければ今現在ここに存在していないことを棚に上げて、古泉は恥ずかしくもそんなことを考える。



冷え性の彼女の手が、尚更冷たくなった、そんな日の夜だった。









110220



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