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▼ 猪八戒の家にお邪魔してる

「はい、どうぞ」
「あ、どうも……」

机にコトリ、と湯飲みを置かれる。フワフワと漂う湯気は、どう見たって熱いことを想像させるには容易だった。が、青年――八戒の前に座る彼女は、そんなことには気付かない様子で躊躇いもなく湯飲みに手を伸ばす。両手を使って包むように持つ動作は、年齢の割りに幼さを見せていた。

「…熱いから、気をつけてくださいね」
「あ、……。そうなんですか、」

八戒の咄嗟の一言に、動きを止めた。そして、八戒の顔に瞳を合わせながら曖昧な笑みを見せる。ゆっくりとした動作で再び湯飲みと机を出会わせた。

「あの、…ありがとうございます」
「いえ。……あの、すごく言いにくいんですけど、」
「視力のことですか?」
「…はい。……全く、ですか」
「ええ、常に真っ暗なんです」
「……………そう、ですか」

先程の曖昧な笑みとは違う満面の笑み。しかしその裏には影もある。八戒はそれに気付き違和感すら感じたのだが、既に彼女に踏み入っている手前、少し言いにくさを感じた。が、目の前の女性――雰囲気だけなら自分より確実に年上な彼女の表情は、まるでそれを聞いてくれと言わんばかりの空気を纏っていた。

「視力がない、という割りには先程湯飲みの位置を正確に把握していたみたいですが?」
「……、よく気付きましたね」
「いや……、すみません」
「いいんですよ、謝らなくても」

吃る八戒を嗜める彼女に、悪意はない。しかし、そう言い当てられたことが珍しいことであり、それを嬉しく感じていることは、それとなく八戒にも伝わっていた。

「なんというか、気、といいますか、オーラみたいなものを感じるんです」
「…オーラ、ですか」
「………変ですよね、」
「いや、そうじゃなくて。……便利そうだなぁ、と」

八戒は、これでも素面で言ったつもりだ。なのに、聞いていた当の本人は少し驚いた後、すぐに耐えられなくなったかのように吹き出し、声を出して笑いだした。

「え、え、僕、何か変なこと言いましたか?」
「あは、いや、そうじゃなくて、そんなこと言う人初めてだったから、ははは」
「………はぁ」
「目見えてないのに場所は分かるのって、他の人から見たら結構奇怪らしくて良く指摘されるんですけど、こうやって切り替えすと大抵引いたかのようにそれ以降私に話し掛けなくなるんですよ。けど便利って………、ぷっ」
「っもう、いいじゃないですか」
「あはは、勤勉そうに見えるのに結構お茶目なんですね」
「………ほっといとください」

そこまで言われると流石に恥ずかしい。彼女が人や物の位置しかわからないことに感謝しながら、八戒は思い切り顔を赤くしていた。
その直後、空気の読めないスケベな河童が帰ってきて、くるなり八戒の顔色をからかうのだが、それはまた別のお話。









110219



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