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▼ 折原臨也と再会

溢れかえる人の流れに視線を向ける。様々な服、身長、少人数、大人数。……すぐに飽きて上を見上げた。
―――今の心情に合わないほど、憎たらしい青空。
雲すら見えない青さに、目が痛い。さっきまで必死に堪えていた水分が、面白いほど簡単に溢れでてきた。
同時に、腰掛けていた噴水の勢いが増したのか、周りのカップルから感嘆の声が上がる。その縁にいた私には、自分に対して蔑みの目で貶されている副産物にしか聞こえない。流石に耐えられなくて、その場に立ち上がった。
そんなときだった。

「あ、川口だ」

聞いたことがあるような、ないような。いや、聞いたことはあるのだけれども、その声とは何かが違う、そんな聞き覚えのある声。
涙を流してる顔なんか見られたくないのに、咄嗟にその声の方を向いてしまう。

「あれ、泣いてる?」

その言葉の割に、そこにいた人物は終始楽しそうな笑みを絶やさない。ファーのついた黒いコートのポケットに両手を突っ込むその様は、地味だけど周りからは浮いていたし、浮いているんだけど周りに溶け込んでいるように見えた。
何故か自分の名前を呼んだその青年は、聞いた声と同じくどこかで見たことがあるような気がした。が、その記憶はかなり幼い。目の前までツカツカと大きい歩幅で歩いてくるこの人は、確かに古い記憶の中の人だった。

「………おりはら、くん?」

小学校時代の同級生。確か5、6年生の時にクラスが同じだったと思う。辛うじて出てきた名字は、漢字なんて微塵も覚えていない、ただの音。その上、名前も大して印象にないほど曖昧な記憶。当時の彼、こんな楽しそうに笑わなかった。

「へぇ、覚えてたんだ」
「……名字しか思い出せないけど、」
「すごく昔だもんねぇ、顔覚えてただけでも上等じゃない?」
「……そうだと、いいね」

曖昧に返せば、笑みを深くされる。小学校の彼は、こんなに楽しそうに笑わなかった。当時の彼は、私の中じゃ無愛想な顔が似合っている優等生。その言葉の中には勿論彼に表情がなかったという意味合いは含まれていない。あくまで、無愛想な表情が似合っていただけ。

「おりはらくんは、何で私のこと覚えていたの」
「ん? いやぁ、俺情報屋やってるからさ、」
「ああ、だから私が中学校の時に遭った事故のこと知ってたんだ」
「……君は、昔から勘が良かった気がするよ」

今日、告白した男に振られた原因の事故。
―――その事故のお蔭で、私の顔は焼け爛れている。
情報屋であるおりはらくんは、私の事故を知っている。だから、私が私だと気付いたんだろう。昔の知り合いにこの顔は、事故に遭った事実を知っている者にしか分かることができないのだから。

「で、何で泣いてたの?」

未だに面白そうに笑いながら聞く彼に、不思議と嫌悪感はなかった。自分の内面にズカズカと入られている自覚はあったが、これまた不快には感じなかった。

「振られたの、3年間好きだった人に」
「ふーん、告白したんだ」
「そう、なんだけどね…」
「3年も仲良く友人やってて、いざ男女の関係になろうとしたら断られた。酷い話だ」

おりはらくんは、高い背を屈めて私の顔を覗き込む。爛れた瞼上に指を寄せた。

「え、?」
「……、いや、何でもないよ」

そういって、おりはらくんは離れる。

「また会おう」

頭を撫でられながら笑う。
反応を返せずにいる私を余所に、おりはらくんは、池袋の人々の中に消えていった。









110219



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