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▼ 跡部景吾のカリスマ性のような

寒さを感じて、ムクリと体を起こした。
夕暮れの日差しが目を刺す。帰りのSHRが終わって、眠気に負けた私はぐっすり夢の中だった。そのお陰で閉じていた瞼に日差しは痛い。強く瞑って開いてを繰り返し、やっと慣れたところで伸びをした。勿論のこと、教室には誰も居なくて静か。蛍光灯も付いていなくて、教室全体は夕日の色で包まれている。
いい加減に帰ろう。
机の横に掛かりっぱなしのスクールバックを手にとり、中身を確認してから立ち上がる。置勉主義の私の鞄は、いつも軽い。
椅子を机にしまう瞬間、寝呆けていて力が入らなかったのか、床と擦れてしまって嫌な音を立てた。私はこの音が嫌いだったから、思わず顔をしかめた。

「何だ、まだ人がいたのか」

無機物音しかなかった中を。
急に教室の後方、特徴的なその声が聞こえた。急過ぎて、表情を固めたままその方を振り向いた。

「……酷い顔だな」
「うるさい。そっちこそ、足音と気配消さないでよ」

無駄に驚いちゃったじゃん、と小声で呟けば、言いがかりは止せ、と睨まれた。ちょっとムカつく。

「てか、何しにきたの」
「アーン? お前に話さないといけねーのか?」
「………別に」
「…ならいいだろ」

何だこいつ、ムカつく。
こいつとは数ヶ月間クラスメイトをやっているけど、どうも好きになれない。周りの女の子が、キャーカッコいい、とか言ってる意味が分からない。まぁ顔はちょっと整ってるかもしれないけど、性格が酷いじゃん。何、何なの、ただのナルシストなだけのこいつの何がいいわけ? 私には理解できません!
相変わらず偉そうに教室入ってきて自分の席の引き出しを覗くこいつを見ながら、散々な悪口を脳内でぶちまけたけど、どうもイライラする。このままイライラしてても気分が悪くなるだけだから、私はわざと聞こえるように溜息を吐いて、肩に鞄をかけ直して歩きだす。視界にこいつを入れたくなくて早々に教室を出ようとする。

「…あ?」

しかし、それはこいつのいつものイメージとは違って間抜けでイラついた声のせいで拒まれた。

「………どしたの」

何故聞いたのか。勿論聞き返さなければさっさと帰れたことは百も承知。それなのに聞いた私は馬鹿というよりお人好しだ。

「……ない」
「何が」
「………何でもいいだろ」

え、そこまで言って肝心なことは言わないの?
意味分からないという顔でこいつを見たけど、こいつもこいつで随分とイラついているようで眉間に皺が寄っている。さすがにこれを見て喜ぶ女子は特殊な趣向をお持ちの方だけだろう。正直、できれば今のこいつには話し掛けたくない。

「……何がなくなったかはわからないけどさ、アンタが教室でたあと、女子が中覗いて何かとっていったよ」

単純に情報を提供するのは癪だけど、たまにはいいかもしれない、と一口にそれを吐き出す。するとこいつの顔はみるみるうちに拍子抜けしたように緩んでいく。それを呆然と見ているのもそれはそれで面白いと思った。

「…何故、教えた」
「教えるな、なんて言われてない」
「教えろとも言ってねぇ」
「…………」

人がせっかく親切に教えてあげたというのに、何だこの態度は。さすが、跡取り息子は格が違いますね。内心でそんな皮肉を呟きながら、やっぱりこいつなんか大嫌いだ。
私は、無言のまま足早に教室を出た。



「何、それで盗ってきちゃったわけぇ?」
「だって、ただでさえ敵が多いのよ。ラブレターなんてピンポイントなことしたら、記憶に残っちゃうじゃない」
「あははっ、最高っ」

そんな最高から最もかけ離れた話が聞こえてきたのは昇降口前の廊下。向こうは階段にいる私の姿に気付いてないのだろうが、私は気づいた。そうか、あいつが探してたのはラブレターだったのか。…それを机の中に置っぱなしって、どういう神経してんだか。
かつかつと、わざと上履きを鳴らして歩く。別に何をしようとか考えたわけじゃなかったのだけど、曲がったことが嫌いな性分、何もやらないのは性に合わなかったのかもしれない。クラスの女子二人は壁にもたれかかりながら、ペラペラと聞かれちゃ困ることを話している。そのへらへらした表情が、私を付かいなさせた。

「あ、あの子。やたら跡部くんを毛嫌いしてる子よ」
「ホント、趣味疑っちゃうわ。跡部くんが何でもできちゃうからって、妬むのもバカらしいのにね」
「……………」

何事もなかったように。何も聞いてなかったように。こんなクズ共、相手しないように。
冷静にそこを通り過ぎるつもりが、わざと聞こえるように言いやがったこいつらを、さすがに素通りはできなかった。なるべく無表情をするよう努力して、私は彼女ら二人を見た。

「残念だったけど、盗んだの誰だか跡部に言っちゃったから」

修飾語が足りないけど、今のこの人達には充分伝わったようだった。頬の緩みは一気に引き締まり、盗んだ張本人は特に顔が青白くなる。……そんな顔をするくらいなら最初からしなければいいものを。

「あ、う、何で…」
「ちょっと、アンタなんて事してくれてんのよ!」

急にガタガタと震えだした盗んだ子じゃない方の子が怒鳴りながら拳を振り上げた。まさか、こんなに逆上するとは思わず、不覚にもこのまま殴られるのだろうと、咄嗟に目を瞑った。

―――パチーン・・・・…

指で鳴らす、独特な音が響き渡った。

不意に顔を上げれば、階段の踊り場から伸びる影に視界を遮られた。丁度、窓から夕日が差して、オレンジ一色。

「跡部くん………」

その言葉を最後に、彼女らは走ってどこかへ行ってしまった。
私は、何故かその場から動けず、ゆっくりと階段を降りてくる跡部を見ていたのだった。









意味不  110112



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