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▼ 財前光と自動販売機前で

「あ、やべ」

しまった。小銭が足りない。クソ。どうしてこういうときにないんだ、10円玉め…!
今日はすこぶる天気が良かったので、唐突に散歩に出た。時間は12時52分。丁度お昼時なので、路上に人影は見えない。だから、少し調子に乗って大声で歌を歌った。音楽の成績は、いつも2だ。…まぁ、住宅街のど真ん中なので、私の美声は丸聞こえだろう。別にいいけど。
そのせいなのか、暫くしたら喉が渇いた。なので、丁度視界に入った自動販売機で紙パックのいちごミルクを買おうと思った。意気込んで財布から小銭を出して入れていったのに、入れていったのに。のに、10円足りない。明後日がお小遣い日だからと、一昨日友達とゲーセンで使い過ぎたのが原因か。私の財布には、100円玉一枚、10円玉一枚、1円玉七枚しか入っていない。あと三円…あっても自販機に1円玉は使えないが。

「んー、けど飲みたい…」

1円玉以外の小銭はもう入れてしまった。…仕方ない。最後の手段といこうか。
人影ないことは分かっていたが、念のため周りを見渡す。やはり、人はいない。それを幸いとさせて、私は恥を覚悟で地面に這いつくばった。首を傾けながら自販機の底にできているコンクリとの隙間を覗き込む。
………。……………。……あ、何かある! そう思って、手を伸ばそうとする。と、真上でガコンという音が聞こえた。

「へ、」

少し度肝を抜かれて、少しだけ視線を上にあげる。自販機の取り出し口の中に、自分が欲していたいちごミルクが転がっていた。

「は、へ、…え?」

そりゃ混乱もするだろう。というか、させてくれ。買えないのは自分が一番分かっているのだ。それにもかかわらず、目の前に転がっている。why? 何故?

「やっぱ先輩アホっすわ」

今度は頭上から声が聞こえた。しかも、その声は私のよく知っている人物のもので…。

「財前…、何でこないなとこおんねん」
「それより先輩、パンツ見えてますよ」

言われて思い出した。今日はミニスカートだった。驚いたのも束の間。頭だけを不自然に上へ傾けながら、両手でスカートの裾を引っ張った。

「………見た?」
「…見たくて見たんじゃないです。ピンク」

うう。軽く死にたい。何で後輩にパンツ見られなきゃいけないんだろ…。

「で、先輩、ご馳走様です」
「は、何が」

涙声になりながら立ち上がると、財前が入れ替わりにしゃがんだところだった。状況が飲み込めず、アホな顔をしながら後輩の行動を眺めていた。すると、財前は自販機の取り出し口から10円足りないのに落ちてきたいちごミルクを取り出していた。

「あ、ちょ、何で財前がそれ取り出してんねん!」
「…いや、何か運よく110円既に入ってたんで、残りの10円入れて買いました」
「アホか! 私がここにいる時点で誰が金入れたかなんて想像つくやろ!」
「ああ、そういや先輩パンツ見せながら金探してましたね」
「うっ」

痛いところをついてくる後輩だ。その上無表情だから妙にムカつく。それでも、パンツを見られたダメージは大きかった。将来私に彼氏が出来て、パンツ見せながら自販機の下を覗いていたことを財前にちくられたらどうしよう。
…そうやって勝手に被害妄想に陥っている間に、目の前でとんでもない光景が広がった。財前が私のいちごミルクをチューチュー吸っているのだ。

「だぁぁぁぁぁぁ! 私のいちごミルクやろそれ!」
「ども、9割奢ってもらいました」
「9割どころやない! 平然と飲むなや!」

いい加減私の怒りも臨界点に達した。ここまで横暴なことされて黙ってられるか!

「返せ!」
「っちょ、先輩!」

ズカズカと財前に寄っていき、容赦なくいちごミルクを引っ手繰った。財前の慌てた声が聞こえたが、関係ない。これ見よがしに、私はいちごミルクのストローに食らいついて、これでもかと中身を吸った。
ちゅううううという音しか聞こえない状況だった。しかし、暫くするとずずずずず、という音に変わり、中身がもうなくなったことを告げる。どや! というような顔をして財前を見る。9割とは言えないが、8割は飲んだ!
予想していたのは財前の悔しそうな顔。…私は一度もそんな表情など見たことはないのだが。なのに、なのに。

「………っ」

視界に入ったのは、耳と頬を真っ赤に染めてそっぽを向いている財前だった。

「……せんぱい、やっぱあほちゃいますか」

その声は、どこかか細い。

「立派なかんせつちゅーやで、これ」

その一言を聞いた途端、私も真っ赤になった。んだと思う。顔が異様に熱くなった。正直、何で財前がこんな恥ずかしいことを言い出したかわからないが、今はそんなことどうでもいい。
財前のせいで、財前のその一言のせいで、こっちも恥ずかしくなってしまったではないか…!右手に握っていた、もう空になった紙パックを無意識に握りつぶした。そして、

「か、かんせつちゅーて、あ、あ、あほなこと言うなや!」

完璧な捨て台詞を吐いて、紙パックを財前目がけて投げつける。カラカラ、とコンクリに当たった音がしたから、恐らく本人には当たってないだろうと思い、何故か安心。
その後のことはよく覚えていない。脇目振らずに走り出して、こけて、起き上がって、また走って。最終的には何故か腕を掴まれ、後ろから抱き締められた挙句、「好きです」と超ド急の台詞を耳元で囁かれた。
誰に、という主語は聞かないで下さい。









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