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▼ 忍足侑士を呼びにいったら

「おーい、忍足くーん……あ」

向日くんが呼んでるよー。と、伝えようと思ったのに。
さぁ、家に帰りましょうと教室から出て廊下を歩いていたら、隣のクラスの向日くんに呼び止められ、忍足くんを見かけたら部室まで来させろという伝言をもらった。で、たまたま借りていた本を返し忘れたので図書室まで来たらそのお蔭で、今こうやって忍足くんを発見した。のに、

「……、起きてますかー?」

彼は、机に突っ伏して寝ていた。すぐそばにいつもかけている眼鏡と、読み途中らしく真ん中らへんで開いて置いてある文庫サイズの本があった。

「……どうしようか…」

カウンターにいるはずの司書さんがいない。…そういえば、今日は町の図書館へ行く予定があるとか何だとか言っていた気がした。カギ当番は図書委員だし、閉まるまでに彼を起こさなければ迷惑になるかもしれない。
取りあえず、揺すってみた。

「忍足くーん、起きてくださーい」

男らしいその広い背中を思いっきり揺すってみても規則正しい息遣いの音が聞こえるだけ。机に突っ伏している顔を覗き込んだら、意外と幼く見えて、少しドキッとした。忍足くん、というかテニス部員は大人びた人が多いから、同い年としての共通点を見つけると少しだけ驚く以上に心拍数が上がる。…これがもてる要素なのかも。

「朝練で疲れてるのかなぁ…」

関東大会が当たり前の氷帝男子テニス部。詳しくはわからないけど、毎日朝練も早いのではないだろうか。
そう思うと、何だか起こすのが可哀想になってきた。

「…向日くんには悪いけど、」

ごめん。もうちょっとだけ寝かせといてあげてください!



とは言ったものの。
暇だ。本来ここにきた目的だった借りていた本を返した後、何もすることがなくて困っていた。そもそも、本を借りていいたからといって、本を読むことが好きなわけではなかった。課題の資料のために本を借りただけ。基本は活字を追うことに苦痛を覚える人種である。
図書室にいるのに、そこにある本に興味を示さない。……何もすることがない。

「……、忍足くん、起きてよー」

さすがに飽きというものが迫ってきた。再び忍足君の背中を叩いて起こそうと試みるが、

「…やっぱ起きませんよねー……」

反応が返ってこないことを確認したあと、何となく、忍足くんの隣の椅子に座った。
ここで、何故か彼の読みかけの本が気になった。

「…………」

正直、理由はわからない。単純に、忍足侑士というテニス界では天才なんて呼ばれている、私にとってはただのクラスメイトでしかない彼がどんな本を読んでいるか、気になっただけかもしれない。
わからないけど、いつの間にか彼の本へと手を伸ばしていて。

「………、…へぇ」

とりあえず、恋愛小説ということだけ理解した。しかも、開いていたシーンが所謂ベッドシーン。…思春期の男の子がこんなシーン半ばで眠りに落ちるとは、ある意味すごいかもしれない。
…申し訳ないことに、私も思春期だ。女の子だからといってそういうことに興味がないわけではない。軽い気持ちでそれを読み進めていたら、いつの間にか、

「へぇ、きみってけっこう大人しそうな子に見えてたんやけどな、そういうの読んだりするん?」

別に悪いことをしていたわけではないのに、思わず驚いて体をビクつかせてしまった。
ふと横を見れば、忍足くんが眼鏡をかけずに机に頬をつけながらこっちを見ていた。少しだけ、眠そうだった。

「ああ、すまんな。別に驚かすつもりはなかったんやけど、」
「…、いや、私も勝手に読んでて、……あ」

そうだ。彼が起きたなら、伝言を…。

「…?どうしたん」
「けっこう前にさ、向日くんが部室まで来いっていってたよ」
「……それ何分前の話?」
「えーと……、」

言いながら時計を見る。私が向日くんから伝言を受けた時間から、およそ30分が経過していた。

「あー…、こりゃ跡部から大目玉やな」

眉間にシワを寄せて、苦い顔をした彼の表情は私の中では新鮮だった。忍足くんからは、クールなイメージが抜けないらしい。

「しゃあない、行くか」

面倒くさそうに呟いて、立ち上がった彼を見て、私はずっと持っていた本を慌てて彼へと差し出した。

「あ、えっと、これ」
「ん?…あー、はいはい」

思い出したように受け取って。私の表情の伺いながら、終いには微笑みながら言われた。

「えらく真剣に読んでたようやけど、貸そか?」

一瞬、何を言われているのかわからなかった。けど、反射的にでた言葉が、

「借りる。貸して」

それを聞き取った忍足にまた微笑まれて。何か、嬉しかった。

「わかった。明日には貸すわ。待っとき」
「うん」

じゃ、と手を振られたので振り返した。何となく、明日が楽しみだと思った。









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